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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
351/463

351.父娘の会話

 暗がりで寝ていた男は、目を光らせて、ゆらゆらと立ち上がった。まだ光がさす場所まで来ていないから、姿は見えないのに、目が赤く光っているから、それがわかる。魔法で起こされた、どうということのない現象だが、それに慣れていないレイラーニにとっては恐怖の超常現象で、自力で立つこともままならず、ハワードに抱かれるままになっていた。ハワードは、男の声が聞こえないから、何がなんだかわからない。ヘクターは、ハワードが入り口から動かないから、何も見えない。

「あなたの父親は、私ではなかったのですか? その男との交際は認めていませんよ。離れなさい!」

「し、師匠さん?」

「離れろぉお!」

 師匠は、激情のままに魔力を解放した。師匠の可愛さに惑っている精霊たちが、師匠に力を貸した。結果、地は荒れ、風が荒れ狂い、圧倒的な風圧で、訪問者3名は吹き飛ばされた。



『申し訳御座いませんでした。娘が大変お世話になりました』

 師匠は、ハワードとヘクターに平伏して謝罪した。

 吹っ飛んだレイラーニを見て我に返り、師匠は泣きながらレイラーニを魔法で回復させたところ、怒られながら事情を説明されたのだ。

 ボートを漕げなかったレイラーニを2人はここまで送ってくれて、師匠が暗闇で目を光らせたりするから怖くて縋ってしまっただけだと。

 それを聞いた師匠は、納得した。パドマは、ただそこに男がいるだけで泣くような、怖がりだった。いくら見目良い師匠でも、暗がりでは顔が見えない。いきなり腕をつかまれて、怖かったのだろう。師匠もレイラーニだと気付かずに、誰かに襲われるかと思って怖かった。レイラーニなら、師匠以上に恐怖を感じたに違いない。それなら、あんな藁屑でも縋ってしまうだろう。それを怒るのは鬼だ。悪魔だ。地龍の所業だ。

 師匠は納得したから、木に引っかかっていたハワードと海に浮かんでいたヘクターを拾ってきて、レイラーニの魔法で回復させた。師匠の魔力残量が尽きていたからだ。それでも平時であれば、レイラーニに魔法をかけてもらうなどという羨ましい立場は譲らないが、今は大変反省していることを示している最中なので、我慢した。その結果、レイラーニの魔力も怪しくなってきたので、地龍の秘密の魔法で回復させ、気持ち悪いと、更にレイラーニに怒られた。嫌がる顔もご馳走だと思う師匠は、その件に関しては反省していない。

「本当に親子なのかよ。だったら、怒れねぇな」

「丈夫だけが取り柄ですから、お気遣いなく」

 ハワードとヘクターは、2人の様子に驚いた。前回会った時は、親子のそぶりなんて何もなかったからだ。師匠は綺羅星ペンギンの最大の仇敵だが、レイラーニの父だというのであれば、反発はできない。アーデルバードの習慣からすると、レイラーニの将来を決める立場にいることになる。できたら気に入られたい相手だ。師匠との仲がうまくいけば、レイラーニに好かれずとも、夫になれる。

「師匠さん、謝罪が済んだら、お茶と茶菓子だよ」

 平べったく床と一体化している師匠の上衣を引っ張り、レイラーニが立たせようと奮闘していると、ハワードが立ち上がった。

「ああ、そういうのはいい。もう帰るから。師匠さんが元気なら、ここのミッションは完了だろ? それなら次は、白蓮華に行くぞ。ここから、まあまあ距離があるからな。早く行かねぇと、小さいのは寝ちまうぞ」

「何言ってんの。まだお日様は、あそこだよ。パドマだって、まだ寝ないよ」

 レイラーニが空を指して否定すると、ハワードは首を振った。

「お前も、ちったぁ気を使え。師匠さんは、寝てたんだろ」

「あ、そうか。そうだね。邪魔して、ごめんね。帰るね」

 レイラーニとヘクターも立ち上がった。師匠も立ち上がった。

「ついて行っても、よろしいでしょうか」

「え? 寝てていいよ。送ってもらうから、1人でいけるよ」

「あの日から、ずっと寝ていました。睡眠は足りています。もう眠れません」

 師匠は、虚ろな目で、ふらふらと前に出てくるので、レイラーニは出かける風を装って、じりじりと離れた。

「あの日って、どの日?」

「あなたが部屋変えをした日ですよ」

「うわ、ごめん。穴倉に引きこもってたから、何日前だかわからない」

 レイラーニは、顔を引き攣らせた。師匠の目はお前の所為だと言っているが、その罪の重さが判断できなかった。父親として心配してくれたのはわかったが、そもそも父親がなんなんのかもよくわかっていないのだ。

「嫌われたと思って、お終いなんだと思って、何もやる気が起きなくて、もう死んでしまいたくてっ」

 師匠が感情をたかぶらせ、また魔力が漏れ出していた。師匠の身体の周囲に茶色のモヤモヤが発生している。無意識でも、ワザとでも、危険な状態だ。また吹っ飛ばされるところから、やり直したくはないレイラーニは、じりじりと離れていく。

「ええ、なんで? ちょっと珍しく真面目に考えごとをしてるのに、ケーキとか見せてきて邪魔するから、逃げただけだよ。だって、あんなの見せられたら、美味しそうなんだもん。気になっちゃうでしょ。卑怯なんだよ。ほんっとーに、真剣に悩んでたのに」

「ついて行ってはいけませんか。もう嫌われてしまいましたか」

「別にいいけどさ、白蓮華でそんな顔をされたら困る」

「わかりました。、、、切り替えます」

 生気がない瞳に温もりが満ち、抜け落ちた表情が微笑みに転じた。師匠の一瞬の表情の変化に、レイラーニはまた恐怖を感じた。師匠の表情と感情は繋がっていなかったのだと、気付かされたからだ。師匠の何を信じたらいいか、わからなくなってしまった。

 レイラーニの悩みごとは、主に2点だ。友だちを斬ってしまった師匠と、魔力を吸われることで死の恐怖を呼び起こすカイレンである。何よりも愛していた妻の同胞をあっさりと斬ってしまった師匠は冷徹なのか、それとも自分が鈍臭いばかりにその選択を取らせてしまったのか、実はどうということのない出来事だったのだろうかと、ずっと考えていて、答えがわからなかったから、火蜥蜴人間を見に行ったのだ。結果として、火蜥蜴人間が不可解な行動をとったから、疑問が増えただけで終わったが。

「それならいい。じゃあ、行こうか」

 レイラーニは無意識に、ヘクターの袖をつかんで歩いたから、師匠とハワードの目が吊り上がった。だが、レイラーニがそんなことをしたのは、師匠の所為である。

 師匠のボードへ乗る誘いを蹴り、レイラーニはボートに乗った。今度はハワードが漕いだが、行きの時にした話など、師匠に吹っ飛ばされた時点で何処かになくしてしまったレイラーニは、ハワードが何を威張って誇っているのか、わからなくて困惑した。



 レイラーニが白蓮華を訪れると、パドマがいた。パドマは、師匠の顔を見ると、ぷりぷり怒って突撃してきた。しばらく見ない間に足が速くなったなぁとレイラーニが感心していると、師匠の足下に到達し、ぽすぽすと師匠を叩き出した。むーむー言ってるだけで、わけのわからないそれを師匠は抱き上げて、愛おしそうに頰を寄せた。

「会いに行けずに、申し訳ありませんでした。病気で伏せっていたのです。また元気になったら、遊んで下さいね」

 パドマは許す気がないらしく、ずっとむーむー言っていたが、最終的におやつ攻撃で黙らされていた。

 それを見て、レイラーニは悲しくなった。おやつで懐柔されるのが3歳児と一緒、と気付いたのではない。パドマへ向けられる愛情への嫉妬半分、あの顔もウソかと思う疑う気持ち半分、そんなことを考える性格の悪い自分への嫌悪半分だ。だから、師匠を視界に入れないようにして、庭に行き、遊具を調整しているルイの仕事を見物していた。


「いたいた。お姉ちゃん、相談いいか?」

 悲壮感を漂わせ、誰にも話しかけさせずに、窓辺の彫像になりかけていたレイラーニに、休憩のため執務室から出てきたテッドが声をかけた。

「あ、うん。聞くだけなら、構わないよ」

「ありがとう」

 テッドは、パドマの横に並んで同じように座った。

「お姉ちゃんのダンジョンに、兄ちゃんたちっぽい変なのが、いっぱいいると思うんだけどさ」

「ああ、いるね」

 テッドにとっては師匠も兄ちゃんなのかと思いつつ、レイラーニは軽く応じた。

「あれ、俺のも作ってくれない?」

「え? なんで?」

「兄ちゃんに聞いたんだけど、見た目だけじゃなくて、性格がうつるんだろ? 兄ちゃんが姉ちゃんを任せられるくらいに信頼できるなら、俺も胡椒の扱いを任せられないかと思ってさ。見に行く時間を減らせて、楽になるから」

「なるほどね」

 レイラーニは、ルイを視界に入れた。師匠は残り1人と言ったから、部下の誰かを入れようと思っていたのだ。気持ち悪い思いをさせなければならないのだが、沢山いることだし、バカばっかりなのだ。誰か1人くらいなら応じてもらえるかと期待していた。可哀想だから、白蓮華の子は除外して考えていた。

「登録する時に、苦しむのは知ってる?」

「聞いた。でも、1回だけだろ? 費用対効果を考えたら、ないのと同じだ」

「そっか。わかった。師匠さんに相談する」

 レイラーニは、そっと胸を押さえた。テッドの要望は叶えてあげられる。喜ばしいことだと思わねばならない。ヒヨコ頭が脳裏に掠めたが、寸胴鍋をかぶせて見えなくした。

「いや、無理ならいいんだぞ。言ってみただけだから」

「無理じゃないよ。多分。やるのは師匠さんだから、確約はできないけど。千年後まで弟を連れていけるんだもん。最高じゃん。ばんばんこき使ってやる。、、、テッドのお願いを叶えられるように頑張るからさ、ウチのお願いも聞いて欲しい。パドマのこと、よろしくね。大変だと思うけど、大切にしてあげて欲しい」

 レイラーニが辛そうな顔をしていたので、困らせているのかと思っていたら、予想外のお願い返しをされた。テッドは驚き顔で動きを止めた後、参ったなぁ、と言って照れた。

「俺は、アーデルバード1の幸せな男にしてもらうんだぜ。大事にするに決まってんじゃん。絶対に逃げられないように、優しくするに決まってんじゃん。まだ兄ちゃんにも勝てないけど、大人になるまでには何とかしてみせるさ」

「いや、そんなにいいもんじゃないと思うけど」

 何ぶん、パドマはちょっと前の自分だ。レイラーニは、ズボラで家庭的でなく、男を受け入れられないパドマを知っている。収入額か、魔力量で相殺できるのであれば構わないが、結婚とはそういうものではないと思っていた。

「実際のところ、姉ちゃんは小さくなっちまったし、別人に見える時があるんだ。これから、どんな風に育つかわかんねぇし、変な女になっちまうかもしれねぇけどさ。今、俺がこうしてるのも、パドマが生きてるのも、姉ちゃんのおかげだって感謝してんだぜ。一生をかけて、感謝を返す。まぁ、姉ちゃんが変な女に育ったら、それはそれで俺の所為だと思うから、気にしないでいいよ」

「ありがとう。誰に頼むより安心感がある。でも、どうにも無理だったら、我慢しなくていいからね」

「ああ、もう我慢しないよ。俺は、姉ちゃんが大好きだ」

「え?」

 にっかりと笑って言うテッドに、レイラーニが固まっていると、部屋の真ん中でパドマにままごとをして遊んでもらっていた師匠が、目を光らせた。パドマを抱き上げて、テッドに迫る。テッドにパドマを抱かせると、ままごとセットの場所に追いやった。

「ままごとするほどの時間はないのに、しょうがねぇ兄ちゃんだな。姉ちゃん、胡椒畑2個目もらったんだ。御礼を言っといて」

 テッドは、師匠にべしっと叩かれながら、パドマとおままごとを始めた。みかんがペンギンを食べるよくわからない正餐の風景に、レイラーニは物申しに行こうとして、師匠に腕をつかまれた。

「何? ああ、ええと相談が。いや御礼が先?」

「どちらも後回しで構いません。『師匠さん大好き』または、『大きくなったら、師匠さんのお嫁さんにしてね』が先です」

「何の話なの?」

「パドマは、言ってくれました」

 師匠は、パドマに向けて手を広げた。だが、テッドが仕事戻りたさに、パドマを頭の上に乗せて走り去って行ったので、もうパドマはいなかった。

「わかったわかった。イレさんの倍くらい背が大きく育ったら、お父さんのお嫁さんにしてね」

 師匠がそんな父娘の会話に憧れていると理解して、レイラーニは適当に答えて、テッドのところにパドマを回収に行った。師匠は、巨大なレイラーニを脳裏に浮かべ、カタカタと手を震わせていた。

次回、緑の人を殺した理由。

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