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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
350/463

350.人かモンスターか動物か

 皆の様子はわからないが、そろそろ起床かな、と思われるタイミングで、レイラーニは62階層に戻った。何も考えずに戻ったら、足についていた鉄球でヘクターを潰してしまったが、本人が大丈夫だと言うから、大丈夫だと判断することにした。

 皆が食べていた焼き貝を断って、ギデオンに鉄球を外してもらう。ギデオンは、指力だけで鎖の輪を丸カンのようにこじ開けて、レイラーニの足を解放した。もしかしたら、ギデオンも魔法使いなのかもしれない。

「うう、1樽はやっぱり飲み過ぎたかな」

 レイラーニは、痛んでいるような気がする頭を押さえていると、冷たい視線が突き刺さった。

「休息を取ったのは、眠かったからじゃなくて、レイラーニの酔い覚ましのためだったんだぞ」

 ハワードが、レイラーニの頭を拳でぐりぐりと痛めつけた。痛みに悲鳴をあげているのに、パドマではないためか、ギデオンも助けてくれなかった。

「痛いいたい。ひどい」

「百会と率谷(そっこく)風池(ふうち)を押さえた。何もしないよりは、いいだろ」

「おお。流石、深酒飲みのバカの言うことは、含蓄がある」

 元々痛い気がする程度だった頭痛は、ハワードのツボ押しですっかりよくなり、レイラーニは復活した。

「うるせぇ。今日はそのバカの頂点は、お前だからな」

「今は酒造りを始めたとこだし、これも勉強だよ。お兄ちゃんのところは、高級酒がゴロゴロ出てくるんだもん。市場を知らなきゃ、目指す方向性がわからないからね!」

「ただ飲みたいだけだろ」

「違う。そうじゃない。ウチの最大顧客は、アーデルバード街民だから。皆だから。だから、好きなお酒を教えてね。頑張って作るから、飲んでね。遊びに来てくれたら、ただ酒振る舞うから、来て、ね」

 生きてる間だけでいいから、と段々と萎んでいく声を受けて、ギデオンはハワードを殴り飛ばした。更にそれをルイが踏みつけて、レイラーニを誘った。

「委細承知致しました。それでは、そろそろ先に進みましょうか」

「うん。ハワードちゃんが、無事だったらね」

 レイラーニはそう言いながら、ハワードの無事を確認することなく、歩き出した。



 ウミウシ鑑賞をして、歩き進み、ルイの背中に乗ってヒモムシその他をやりすごし、クラゲ鑑賞をしたら、ダツその他戦を挟んで、シャチ戦がある。

 なんだかんだと言って、パドマすら単独で倒していた程度の海獣だ。彼らならなんとでもなるだろうと思っていたが、補給部員から男の腕よりも太いモリを受け取ったギデオンとルイが力技でシャチを堕としていく様が怖過ぎて、レイラーニは思わずジャックの腕をつかんだ。79階層の下り階段を見た時にほっとして、腕をつかんでいることにようやく気付いた。誰だこれと見上げたら、凶悪な面構えのジャックと目があった。レイラーニはもう少しで気を失いそうになったところを踏みとどまったが、腰は完全に役立たずになった。だから、すっかり復調していたハワードの背中にお世話になることにした。



 階段を降りたら、ようやく目的地の1つである80階層である。レイラーニは、ここの火蜥蜴人間を見に来たのだ。前に来た時は、やけっぱちで叩き伏せたが、冷静になって対峙した時に、どんな気持ちになるものか、確認しに来たのだ。亜人間と思うか、モンスターと思うか、動物と思うかを体験しようと思ったのだ。

 それまでの火蜥蜴と同じく、ぬらぬらと光る黒いボディを晒したまま二足歩行をしているのが、80階層の火蜥蜴人間である。滅多に道具を持っていないが、徒党を組む知能はある。トマスやカール並みの脳みそを持っているようだから、人並みの知能レベルだと言って差し支えないだろう。そうでなければ、パドマの部下は大半、人ではないことになってしまう。

 手出し無用と言ったまま、レイラーニは四つ足で80階層のフロアに降りた。どちらが人だかわからない構図である。部屋に3人いた火蜥蜴人間は、動きを止めて、レイラーニを見た。手出し無用と言われたギデオンとルイが、レイラーニの斜め後ろに詰めた。

 火蜥蜴人間は、ぴぴぴぴきゅーい、と大声を上げると、レイラーニの方を向き、膝をついて、手を前方へ上げ、視線をレイラーニに固定して止まった。

「あれ、何してんの?」

「まさかとは思いますが、ひょっとして彼らも、きのこ信徒なのでは?」

「それは困りましたね。わたしは相当数、彼らを殺してしまいました」

「ウソでしょう? あのトカゲが、きのこを食べるの? ギデオンが強すぎるから、屈服してるんじゃないの?」

 レイラーニの意見を聞いて、ギデオンはルイに任せて下がっても、何も起きなかった。続いて、レイラーニが階段に戻ったら、火蜥蜴人間は立ち上がり、爪をルイに向けた。ルイも階段に戻り、レイラーニを階段から追いやると、また火蜥蜴人間は両膝をついた。

「レイラーニで確定だな」

「それより、今ウチを蹴り落としたのは、誰だ! ふざけんな。罰として、ウチを地上までおぶっていけよ」

「わたしが、やりました!」

 真犯人であるルイは手を上げなかったが、7人に自首されて、レイラーニは半泣きになった。誰だと言ったが、犯人の目星はついていたのだ。階段の上の方にいたマイケルが犯人なわけがない。頭のおかしな男がいっぱいいて、最悪だと思った。

「ごめん。ギデオン、連れて帰って」

「承知致しました」

 腰が抜けて背中によじ登ることのできないレイラーニは、ギデオンに抱えられて帰ることにした。


「結局、何がしたかったんだ?」

「人っぽい敵を無感動に倒せるか、やってみたかったんだけど、あそこまで無抵抗な相手に剣を向けるのも、どうかと思うよね」

 ハワードに問われて、レイラーニは返事をした。声に力はない。火蜥蜴がきのこ信徒だった疑惑と、罰ゲームをしたがる変態と、どちらをまず消化しようか、悩んでいるからだ。

「そういうものか。俺は別に、人でも気にしねぇけど」

「そっかー。まぁ、ウチも皆を血みどろにしたこともあるし、人のことは言えないか」

 無抵抗な相手なら、人でなくても攻撃する気にはなれないし、襲われれば人であっても刃物をむける。可愛らしいお気に入りの動物でも、腹が減ったら食べてしまった。パドマはそうして生きてきた。酷かろうと、そうしなければ死んでいただろう。今でこそ暢気に皆に守られているが、刃物が人になっただけで、レイラーニが殺しているのと変わらないと思う。

「そんなもんだろ。何を気にしてるか知らねぇが、細けぇことばっかり気にしても、ハゲるだけだぞ」

「少しはハゲたらいい」

「ヒヨコがハゲたら、可哀想だろ」

「そうかな。美味しそうになるかもしれないよ」

 さばくのが面倒だからやりたくないんだけど、小鳥も串焼きにすると美味しいんだよ、というレイラーニに、ハワードは残念な視線を向けた。



 レイラーニはダンジョンを出ると、皆と別れて外に出た。別れたところで、いつものヤツらは付いてきてしまうのだが、師匠の家に行くのだから、全員は連れていけない。ボートに乗り切れない。だからさよならだと言ったが、聞いてもらえなかった。

「ボートを自分で漕いだら、死ぬんじゃないですか?」

 と、ヘクターに言われたら、レイラーニも自分に自信が持てなかった。パドマがどの程度自力で活動をして、どの程度魔法で力を底上げしていたのかが、わからないのだ。

「えーっと」

 と言うしかない。レイラーニが困り果てた顔をしていると、ハワードが勝手にボートに乗った。

「今回はついて行く。自力で漕そうだったら、次回から1人で乗ればいいだろ」

「何故、ハワードがメンバーに決まってるのですか」

「お前らは、留守番に決まってるからだろ。護衛の基本は2人以上だが、お前が乗ったら、レイラーニしか乗れねぇ。ギデオンが乗ったら、レイラーニも乗れねぇ。俺なら、レイラーニを乗せても、もう1人行けんだろ。残念だったな、デカブツどもめ」

「ぐっ」

 ルイはハワードに黙らされ、セスが辞退したため、レイラーニはハワードとヘクターとともにボートに乗って師匠の家がある島に渡ることになった。ボート漕ぎはやったことがあるという程度である。オールを持ってチャレンジしてみたが、はかばかしくなかった。

「お前らが重いのがいけないんだ。前にやった時は、こんなに重くなかった」

「もしかしたら、それもあるかもしんねぇけど、そん時ぁ途中から漕いだりしなかったか? こういうのは、最初が一番キツいもんだろ」

「ふーんだ」

 レイラーニがオールを投げ出すと、ヘクターが後を継いだ。ヘクターは、一漕ぎでボートを動かした。

「すごいすごい。ヘクターすごーい。うるさいだけのハワードちゃんとは違うね」

「ええ、実はそうなんです」

 わざとらしくはしゃいでみせるレイラーニに、ヘクターは真面目な顔をして答えた。ハワードを揶揄う呼吸だけなら、ツーカーだった。

「んだと、こら、オールをよこせ」

「途中から、楽をしようとしてますね」

「ほんと、ほんと、そんなのだったらウチでもできるっつーの」

 レイラーニは残される男たちに手を振って、別れた。いつまでも待ってなくて済むように、戻ったらハワードが連絡するように伝えたから、帰ってくれるだろう。


 いつも船着場にしている辺りに上陸すると、落ち葉がいっぱいで、あまり使っているような気配はなかった。カイレンなら、ジャンプでひとっ飛びだし、師匠はSAPボードで渡ってしまうような距離だから、船を使っていない可能性はあるが。

「ここにいないとなると、どこを探したらいいか、わからないな。イレさんに先に居場所を聞きに行けば、良かったかな」

「ここのところは、ボスのところにも来ていないらしいですよ」

「え? そうなの? もっと早く教えてよ」

「すみません。ご存知かと」

「ああ、ごめん。謝らなくていい。モンスター師匠さんがいっぱいいるから、すっかり本体のことを忘れてたウチが悪いの。お兄ちゃんに聞いて、やっと思い出したの。ひどいでしょ」

「惚れてたんじゃなかったのか?」

「なっ!? ち、違うよ。やめてよ。殺されちゃうよ。こないだ、師匠さんの婚約者さんと仲良くなったところなのに、誤解されそうなことは絶対に言わないで。パドマは師匠さんの妹で、ウチは師匠さんの娘だから。大好きだけど、家族愛だから。いい? 家族愛だからね」

 レイラーニは、ひぃいと悲鳴を漏らしながら、必死に否定した。その照れ具合を見たところでは、やはり惚れてるんじゃねぇかとハワードは思ったが、それを口に出せない事情があることはわかった。別に、本人が自分の感情に気付いてなくても構わない。気付いてないくらいがいいので、そのまま流された。

「なんだ。そんなのがいたのか。でも、逆じゃね? 姐さんが娘で、レイラーニが妹なんじゃねぇの」

「違うよ。師匠さんの妹に似てるから、パドマが妹。なんか、妹とすごく年が離れてるんだって。師匠さんが大きくなって、別居した後にできた妹だって言ってたの。で、師匠さんの魔法で作られたウチは、娘なの。こんなに大きいけど、実は、まだ1歳だから。ダンジョンセンターの人には秘密ね」

「随分と発育のいい1歳ですね」

「うん。同い年の中では、大きい方な自信がある。成長する予定はないから、そのうち全員に抜かれちゃうだろうけど」


 落ち葉を蹴散らしながら歩いて行くと、師匠の家に着いた。半分外のリビングは、落ち葉に埋もれていた。毎日掃除しても落ち葉が入ってくる部屋だが、それにしても、使ってる気配がなかった。マメな師匠がいれば、こうはならない。

「うわ、これは、いる気配がないな。ちょっとここで待ってて。折角、ここまで来たから、一応、中も確認してくるね」

「おう。なんかあったら、呼べよ」

 散らかりきったリビングを土足で通り抜け、靴を脱いで、寝室に入った。この家の寝室は部屋中ベッドなので、靴で歩く余地がない。

 ドアを開けて、光がさす範囲内には、師匠はいなかった。だが、暗闇で奥は見えないので、行かなければわからない。なんでこんなに暗くしたのかな、と思いながら歩いていくと、足裏に異変があった。手をつくと、髪の毛のような触感があった。気持ち悪いな、と思いながら辿っていくと、頭らしきものがあった。触っても温かさのようなものがない。怖いこわい怖い! となでていると、急に頭が動いた。ガッと二の腕をつかまれ、引き倒された。

「いやぁああぁあ!」

 思わず恐怖心が口からこぼれると、腕は離された。すみませんという声は、ハワードにかき消された。

「大丈夫か!?」

 レイラーニは返事をせずに、匍匐前進でハワードににじり寄り、抱き上げられた。抱き合っている2人を見て、寝ていた人物は絶叫した。ハワードとヘクターには聞こえなかったが。

次回、白蓮華。

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