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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
343/463

343.クマ会1

「お兄ちゃんは、ひどいの。次から次へと新しい女を家に連れ帰ってくるの。それでね、もういらないから家に帰しておいてって、わたしに押し付けるの」

「男に言い寄られて困る。なんで一緒にいるお前は好かれないんだろう。誰でも好きなのをあげるから、代わりにデートして来て欲しい、とか言うの」

「わたしも、振り向いて欲しくて、頑張ったの。だけどね、料理も裁縫も掃除も洗濯も、生花も楽器も絵画も、何をどうしても勝てなかった。あんなおかしな人に勝てなんて、どうしたらいいの? 勝てたのは、魔法と格闘技だけ。頑張って負けようとしても、勝っちゃうの。お兄ちゃんがヘナチョコすぎるから。負ける度にわたしをゴリラ扱いしてくるし、可愛い服を着て女子力アピールしてくるのが、ムカつくの!」

 緑のクマのぬいぐるみの師匠への悪口が止まらなくて、レイラーニは気が遠くなってきた。話を聞きながら一度、いつの間にかに寝落ちして、起きて朝ごはんを作りながら聞いて、食べながら聞いて、片付けながら聞いて、そろそろ昼ごはんを食べようかな、という頃合いなのだが、これっぽっちも終わる気配がなかった。ママクマは、いつの間にかいなくなっていた。レイラーニ以上に聞き飽きているから、逃げたのだろう。緑クマは、1500年分のイライラが溜まっているらしいが、まだ生まれて数年分の苦情しか終わっていない。最初は逐一共感したり、感想を言ったりしていたレイラーニだったが、もう「そうなんだ」「それはひどいね」をループするだけで、まったく内容が頭に入って来なかった。細かい状況は違うようだが、結局のところ、師匠が無駄にモテるのをひけらかす、師匠が相手にしてくれない、師匠の性格が悪いの3つのどれかなのである。新展開はないし、驚きもないし、腹の底からレイラーニは聞き飽きていた。

「そんなに嫌なヤツなら、いらないじゃん」

 と言えば、

「でも、でも、好きなの」

 と、照れ始める。レイラーニは、これは何の時間なんだろう、と思い始めた。


「もう、大体わかったよ。師匠さんが嫌なヤツだってことは、聞く前から知ってるし。話には出て来なかったけど、人の裸像を作る変態の上に、ウチのお母さんとか、部下の男たちとか、息を吸うように口付けして歩くキス魔だよ。そんなのは、もういいよ。それより、どうしたいの? ダンジョンに入れた時点で、なんでもできるよ。復讐でも懐柔でも、なんでも好きにしたら良いんじゃないの?」

 レイラーニは、ワインを片手に肘をついている。もう飽き飽きだよ、と全力でアピールしているのだが、緑のクマは見えていないのか、しゃべるテンションは変わらない。

「何でもできるって、ダメよ。何回か殺してみたことがあるけど、怒られて余計に避けられるようになっただけだもの。追い詰めてる間だけは、わたしだけを見てくれるの。だから、嫌いじゃないけど、それは悪手なの」

 クマは可愛く、だめだめと手をバツにしているが、発言内容は殺人だった。レイラーニは、流石、師匠の妹だと思った。常識が通じない。

「そりゃ、ダメだよ。嫌われるに決まってるじゃん。ウチも死んだことあるからわかるんだけど、すごい苦しいからね。つらいからね。そんなことをする人は、好きになれないよ。なんで好きな人に何でもできる、って言われて殺しちゃうんだよ。他にいろいろあるでしょ。顔に落書きするとか、おでこにみかんを積むとか、口にチーズを詰めるとかさ」

「そんなことして何になるの?」

「口にチーズが入ってると、起きた時、幸せな気分になるよ。落書きは、友だちに好評だったし、みかんが1番びっくりした。起きたら、50個くらい乗ってて、一気に落ちてきたの!」

「何それ。まさか、お兄ちゃんにされたの? それで、好きになっちゃったの? どうして、そんなことされてるの? まさか、キス魔って、キスしてるの? やだ! やだ!! どうして!?」

 レイラーニは、緑クマに肩をつかまれ、ガクガクと強めに揺さぶられ、ワインまみれになった上で、放り投げられた。地べたに座って酒盛りをしていたのだが、ぬいぐるみがみっしりといる部屋だったから、頭から落ちてもケガはしなかった。どうやって投げられたかわからない、一瞬の早技だったので、緑クマが怖くなったが。

「師匠さんは、不法侵入の常習犯だし、お兄ちゃんでお父さんだからさ。そんないいものじゃないんだよ。ウチはさ、イレさんの嫁候補なのに、男が怖くて、どうにもならなかったから。だから、女顔の師匠さんで慣れればいいとかいう、ひっどい話だったんだよ」

 されて嬉しいと思ったことはない。気持ち悪くて、嫌だった。それで羨まれて意地悪されるのは、割に合わない。レイラーニは緑クマを睨みつけた。

「あなたも、なんでそんな男が好きなのよ」

「知らないよ。なんかいつでもそこにいるからだよ。嬉しい時も、悲しい時もいるの。何でもできて便利だし、可愛いし、美味しい物を作ってくれるし、あっちには何とも思われてないから、幻滅されるようなことをしても何も言われないし、素の自分でいられて、楽なんだよ」

「やだ。やだ。あなただけ、ずるいわ。どうして、そんなに仲良しなの?」

「じゃあ、親子になればいい。または、イレさんの嫁。師匠さんは、イレさんが大好きでしょ。ウチはイレさんの嫁だから、可愛いがられてるんだよ」

「カイレンなんて、死んでもごめんだわ。そもそも、カイレンなんていなくても、わたしは妹だもの。でも、そんな風にされたことない。あなたは、リシアにそっくりだけど、お兄ちゃんはリシアにだって、そんなに優しくなかった。優しくしてたのは、カイレンとあの子だけ。あの子は、お兄ちゃんが好きになるのが納得できちゃうくらい、本当に可愛い子だった。あなたも、そうなのかな。なんで、わたしは可愛くないのかな」

 緑クマは、いじけた。ぺたりと座って、じゅうたんをむしっている。

「たまに聞くんだけど、リシアさんて、誰なのかな」

「うちの兄弟は、1番上が、お兄ちゃん。次がわたし。3番と4番が妹で、その次がカイレン。その次がリシアで、もう1人妹がいるの。父親が3人、母親が2人いるから、血のつながりは滅茶苦茶だけど、みんな兄弟って育ったの。私はね、お兄ちゃんの婚約者にするための子だったから、お兄ちゃんとは血のつながりはないの。物心がつく前から、お兄ちゃんと結婚するんだよって言われて、すごい嬉しかった。お兄ちゃんは、なんでもできてすごい子だったの。格好良かったの。でも、お兄ちゃんは、わたしじゃない人を選んだ。

 リシアは、お兄ちゃんと同母同父の妹。すごく明るくて前向きでって言えば聞こえはいいけど、考えなしで無鉄砲でイノシシみたいに、何処へでも行こうとするの。平気で竜の口に入ったり、悪魔の池に飛び込んだり、少し目を離すといつも大変なことになってて。でも、リシアは、お兄ちゃんとは大して仲良くなかったのよ。可愛がっていたのは、カイレンだけだったもの。本当に、カイレンは大嫌い」

「そうなんだ。そうだったんだ。師匠さんが言ってたの。妹が死んじゃったんだって。生きてる時は気付かないけど、失ってから後悔するんだって。だから、リシアさんにしてあげたかったことを、ウチにしてくれてたのかもしれないね。ただ、それだけなんだよ。だから、ウチの気持ちなんて、気にしないでいたんだね。あんなに可愛い人に可愛がられたら、好きになったって、しょうがないじゃん。妹に似てるって、なんなの? 本当に、この顔はロクでもない」

 レイラーニは、ポロポロと涙をこぼした。その姿がキレイだったから、緑クマは負けたと思った。兄が愛した人に似ていると思った。彼女も同じように、自分が愛されているとは口にしなかった。仕方なく自分を選んだと、他の理由を提示して、緑クマを慰めてくれたのだ。

「お兄ちゃんにバカにされたままは、悔しいから、せめて見返してやる手伝いをしてくれない?」

次回、師匠をぎゃふんと言わせたい。

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