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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
341/463

341.恐怖のブリザード

 レイラーニも師匠について行こうとしたら、貴女はこちらと、腕をつかまれて、ソファに連れて行かれた。

「手伝いはいらないわ。1人で出来なかったら、叱ればいいのよ」

 そう言われ、なるほどこれは師匠の母だと、レイラーニは納得した。あの師匠が声を聞いただけで、死を覚悟する相手である。レイラーニ如きが敵うべくもない。完全降伏し着席すると、流れるような動作で、お茶が出て来た。うわぁ、お茶だ、どうしようとレイラーニは思ったが、逆らう勇気はない。茶を飲んだって、人は死なない。故に、南無三と苦手なお茶をあおった。すると、不思議と身体がポカポカした。恐らく、魔力が回復している。

「ニワトコ、たんぽぽ、イラクサ、みかん?」

 このお茶の作り方がわかれば、師匠なしで旅が出来る。口に残った味から推測し、茶っ葉の正体を探る。

「ハッカの種類は、何だろ。まさか、バラの品種まで当てなきゃダメだとしたら、無理だ」

 レイラーニがお茶の正体あてクイズをしていると、ママはくすくすと笑った。笑っているのだと思うが、顔は表情がないままだ。乾いた血のような赤黒いくちびるが恐怖を誘う。

「すごいわね。今言ったものは、全部入っているわ。でも、これは、ただのお茶よ。変な物は入れていないわ」

「違うよ。同じお茶を作ってみたくて! お、美味しかったから!!」

 味は至って普通のミントティーと変わり映えしなかったが、ママが怖かったので、レイラーニはおべんちゃらを言った。液体は口に広がるので、苦かったり渋かったりする物は固形物を食べた方が始末がいいと思っているが、そんなことを言う勇気はない。

「そう。それなら、優しいお姑さんは、帰りにお土産にお茶を用意するわね。レシピはコハクが知っているでしょう。なくなったら、作ってもらいなさい。原料も持たせるからね」

「ありがとう御座います」

 好意的に接してもらえているようだが、レイラーニはどうしても馴染めなかった。無表情美人の目が恐ろしいのだ。どうにも歓迎されている気がしない。最恐のグラントが可愛く思えるほどである。

「単刀直入に聞くわ。貴女の恋人は、どっちなの」


 レイラーニの気の所為ならいいのだが、見えないブリザードが吹き荒れている気がした。ママは表情筋が動かない体質の人なのかもしれない。そう思い始めたところだったのだが、思い当たることがあった。師匠だ。師匠は災厄のように、歩けば歩いただけ、恋の種を撒き散らかすのだ。男女の区別なく、年齢の区別なく。パドマの母アリッサとともに、夜の街に消えて行った師匠を思い出して、レイラーニは気分が悪くなった。ママは師匠のお母さんだと油断していたが、乳母というのは実母ではない。あの困った人は、もしかしたら実母も落とすかもしれないな、と半眼になりつつ、言葉を探した。

「2人とも、恋人ではありません。でも、イレさ、カイレンさんとは、そのうち結婚しようね、と話してます」

 カイレンと結婚話をする度に、やだやだと思い続けていたが、今ばかりは良かったと思った。ラブラブな空気を出すのは無理だが、結婚は家同士の契約に過ぎない。恋愛感情は必須アイテムでないのなら、レイラーニでも受け入れることができる。

「カイレンよりは、コハクの方が、いくらかマシだと思うけど」

 事実を話しているのに、ママは変わらぬ表情で、レイラーニを見つめたまま、追い込んでいく。やはり師匠が問題なのだと、レイラーニは確信を得たから、逃げ口上を必死で探す。

「ウチは、コハクさん? のダンジョンマスターにお世話になって、育ちました。コハクさんに、妹に似てるから、妹の代わりにしたいと言われました。そして、知らないうちに、娘になっていました。ただそれだけです。作ってくれる栗のお菓子は大好きです」

 レイラーニは必死に笑顔を作ったが、沈黙が流れた。非常に気まずい。ママの表情は今も変わらず、ただカップを口に当てている。飲んでいる最中なら、喋らないのは普通かもしれないが、飲む時間が長過ぎやしないかと、レイラーニはいらぬ汗をだらだらとたらした。

 ふいに後ろから両脇に手を差し入れられ、レイラーニは身体を持ち上げられた。師匠がテーブル席に食事を並べ終え、迎えにきたのだ。レイラーニを片手抱きして、ママを睨みつける。

「親愛なる風龍様、私の可愛い子をいじめてはいないでしょうね」

「なんて、ひどいことを言うのかしら。一緒にお茶を飲んでいただけなのに」

 ママはカップを置き、長過ぎた沈黙を破った。レイラーニは、抱かれて師匠の武装が以前のものに戻っているのに気付き、驚いた。レイラーニなら、フェーリシティのダンジョンや唄う黄熊亭に帰れば、武装を解くところなのに。

「師匠さん? いじめられてはいないよ。美味しいお茶をお土産にくれるって。だから」

「知らない人にもらったものを、食べてはいけません。そのお茶には、十中八九、毒物が混入しています。マンドレイクの匂いが致します。薬として調合された物でも、何割かは人死にが出る危険物ですよ」

 師匠は、わざとらしくレイラーニの口臭を嗅ぐそぶりをしてみせた。顔が顔に接近してきて、レイラーニは挙動不審になった。あわあわと、いらぬ動作をしている。

「え? 匂う?」

「ええ、かなり。体調に異変はありませんか」

「そっか。ぽかぽかしたから、これだと思ったんだけどな」

 好きな人にかなり臭いと言われ、レイラーニは悲しい気持ちになった。もう1人だけ野宿でいいから帰りたいと思いつつ、やる気を失って脱力した。

「親愛なる風龍様。私は、この子に出会うために、今生に舞い戻りました。失うことがあれば、再び眠りにつきます。他に思い残すことはありません。

 そも無理強いをされても、どうにもなりません。よりわずらわしく思うだけです。大人なのですから、理解してください。私は男なのですから、どうにもしようがないでしょう。私は、かなり早い段階で拒絶しましたよね。だから、その責は私の物ではなく、皆さまの物ですよ。なんでも私に押し付けないでいただけますか」

 レイラーニが反発しないことをいいことに、師匠は魔力を注いで機嫌取りをしつつ、頬を寄せて仲良しアピールをした。そのままママに背を向けて食卓に移動し、レイラーニを席につかせる。

「万一、この子が失われることがあれば、私は許さない。そんな人間は家族じゃない。ただの仇です」

 最後の言葉はあえて呪に乗せなかったが、意図は伝わった。ママは何も言わずに、部屋を出て行った。レイラーニは、食事と2人の様子を天秤にかけ、食事をとった。大人の色恋に、もう巻き込まれたくなかったのだ。

 テーブルには、煮込みハンバーグ、サラダ、野菜スープ、バゲットが彩り豊かに並べられていた。レイラーニは、食前の挨拶もそこそこに、スプーンを持った。

「ここは任せて。師匠さんは、あっちに行ってきていいよ。久しぶりでしょ。存分にママに甘えてきなよ」

「ちょっと待って下さい。先程の話を聞いていましたか。どこをどうしたら、そんな仲に思えるのですか」

 師匠は愕然として、席に座ることすらままならず、テーブルにもたれた。

「よくわからないけど、大人のドロドロ恋模様? 乳母は母だけど、実母じゃないから、セーフじゃない? ウチのお母さんとチューして歩かれるより、大分いいよ」

「まったく違います。私を何だと思っているのですか?」

「初恋泥棒。歩く災害発生器。キス魔。ぷよちゃん。お弁当箱。バー」

 ツラツラと出て来る悪口を、師匠はぶつりと遮り、神に願う仕草で懇願した。

「ちょっと待って下さい。もう少しいいところもありますよね。褒め言葉を下さい!」

「栗山ケーキが美味しい。黙ってケーキだけ焼いてたらいいのに」

「他は。他にも、いいところは沢山ありますよね」

「食べる白ソースなら、お兄ちゃんに頼んだ方が美味しいし、他も大体、お兄ちゃんの方が美味しいし、お兄ちゃんに栗ケーキを頼むと、芋ケーキで騙そうとしてくるから、栗ケーキくらいしか用はない。なんだったら、ウチの僕の師匠さんの方が使い勝手がいいから、師匠さんはいなくても困らないな」

 レイラーニの素直な意見に、師匠はテーブルからも落ちた。モンスター師匠の性能や知識は、コピー当時の師匠とまったく同じなので、勝てる要素はない。最近覚えた必殺技はない。生前の知識を小出しにして生きているだけだから、本気で何もない。

「でも、この黄金色のスープは美味しいね。ハンバーグも美味しい。すごく心があったかくなった。こういうの、いいよね。憧れてた。1人で食べるのは寂しいから、一緒に食べて。お願いを全部聞いてくれる人しかいないのは、虚しくなるんだ」

「作り置きのものばかりで、申し訳ありません。また一緒に料理をしましょうね」

「うん。イレさんちに不法侵入したり、火蜥蜴爆発炎上バーベキューとか、またやりたいな」

「食い扶持が増えると大変なので、2人きりではいけませんか」

「いけません。ウチには55人の弟妹と、300人くらいの舎弟と、数えきれない信徒がいるんだよ。全部パドマに押し付けたら、寂しくなっちゃうから、ダメ」

 席について、フォークを持った師匠を見て、レイラーニは口角を上げた。師匠との食卓は、どこでもわが家のように感じられ、ようやくレイラーニはママの呪縛から逃れた。

次回、パジャマパーティー。

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