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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
34/463

34.期待の超新星フライパンのパドマ

「勘弁して欲しいんだけど」

 朝起きたら、兄が鎧を着ているのを見て、パドマは2度寝をしようかと思った。

「ウインナーで忙しくて休みが取れなかったんだが、材料が取れなくなってきたから、まとめて休暇を取れ、と言われてな」

 兄がフライパンを持って、ニヤニヤしているのが、ムカついた。

「休みなら、休めよ」

「いやいやいや。今をときめく驚異の新人? 新進気鋭の超大型ゴールデンルーキー様は、休みなしでダンジョンに潜ってるらしいからな。それにあやかったら、休んでられないだろう?」

 兄は、黒いフライパンを撫でている。少し前までは、パドマが使っていた物なのだが、今は使っていない。ふざけた某武器屋のおっさん店主が、スモールソードと一緒にフライパンをくれたからだ。

 パドマが、虫相手ならフライパンが1番だ、と言ったことを真に受けて、武器用フライパンを作りやがったのである。料理用であれば具材を入れるところに持ち手が付けられたり、悔しいことに利便性が上がっていた。店主は、似たようなフライパンを大量生産し、パドマの武勇伝とともに売り出した。

 パドマの武勇伝とは言っているものの、店主はパドマが行く階層数しか知らない。店主が捏造した華々しくも奇想天外な物語が、まことしやかに語られるようになった。年端も行かない細腕の少女が、とある武器屋にもらったフライパンを片手に深階層チャレンジをする話だ。この話に出てくる師匠は、キレイで可愛くて、パドマを心配して付き添っているだけの人で、パドマは、フライパンで敵を叩いて切って弾き飛ばす快進撃をみせる。ヘビ毒にやられても、火蜥蜴に炙られても、何故かフライパンのおかげで復活するのだ。誰がそんなものを信じるんだよ! と思ったものだが、フライパンの売れ行きは上々らしい。

 ダンジョンにフライパンを武器として持ち込む人間など、パドマしかいない。すぐに正体が知れた。某商家の関係者も、ソロで巨大トカゲを楽々倒していた、100匹以上いたイモリを2秒で殺したなどと話を広げ、師匠さんと一緒にいるあの子でしょ、と段々と話が膨らみ、街を歩いても、ダンジョンに潜っても、指をさされるようになった。

 武器屋のフライパンが売れて、浅階層のフライパン率が上がれば、埋もれることを期待していたが、師匠が余計なことをした。パドマのフライパンに、色を付けたのだ。緑と橙に光る金属など、誰も持っていない。埋もれるのが、不可能になった。引きこもりたい気持ちと、ハジカミイオを食べたい気持ちで、毎日板挟みになっている。毎日、ハジカミイオが圧勝しているが、気にしていないのではないと声を大にして主張したい。

「期待の新星様は、きっと忙しいから、お兄ちゃんの相手をしている暇はないよ」

 パドマは、そうやり返すのが、精一杯だった。



 付属品の2人がいなかったことには安堵したが、火蜥蜴やミミズトカゲを倒す方法を聞かれて、パドマは困った。火蜥蜴は、投げナイフを習得できればどうにかなるが、ミミズトカゲを安全に倒す方法など、パドマも知らない。突撃を繰り返す間に、なんとなくできるようになった、なんて言うことはできないし、真似をされたら、兄が死ぬかもしれない。

「ええとー、投げナイフで火蜥蜴を倒せるようになったら、教えてあげよう」

 と言って逃げようとしたのだが、

「それなら、もうできるようになった」

 と、ヴァーノンは、自前のナイフを取り出し、実際にトカゲに当ててみせた。ナイフは、パドマと似たような糸が付けられていた。最近は、一緒にダンジョンに潜っても、パドマとイモリの運搬しかしていなかったハズだが、パドマの様子を観察し、暇を見つけて練習をしていたらしい。何のコネもスキルもなく、商家で快進撃を見せる兄の生真面目さを、甘く見過ぎていた。

「でもなぁ、教えろって言われても、どうしたらいいのか、わからないんだけど」

「何度か見たが、改めて見せてくれないか」

 ヴァーノンがそう言うので、模範を見せることに決まった。


 見学は、兄と師匠だけでいいハズなのに、関係ないギャラリーが集まって、階段がすし詰めになっていた。通行の妨げになる迷惑な人たちだ。半分くらいは、酒場の常連客であるため、日頃ご飯を食べさせてもらっている身では、文句も言いにくい。

「よっ、新時代のニューエース! 鮮やかな手並みを見せてくれよー」

「今日見たことは、子々孫々まで語り継いでやっからなー」

 まだ朝なのに、酒場で飲んでいる時と寸分変わらぬテンションでいる。からかわれていることは、明白だった。文句は言いにくいが、今晩のエールは3割減でついでやろうか、などと思ってしまう。彼らをさっさと解散させるためにも、パドマは急いでミミズトカゲを倒すことにした。

 部屋に入ったところで、左に踏み込んで誘った拍子に右に飛んで1匹目を剣で叩き斬り、2匹目は、こちらに突っ込んできたものを口が開いたところで、そのまま口を引き裂いた。

 ギャラリーは、フライパンを使え! とヤジを飛ばしているが、無視する。虫相手には、強力な武器になるが、それ以降は盾利用がメインだ。物語ではフライパンで倒しているらしいが、そんなものは知ったことではないし、それが事実ならば、新星様はパドマではない別の人だ。

「できそう? 失敗すると、かじられて痛いらしいけど」

 ヴァーノンは、兄だけにパドマよりも大きい。外見年齢も身長も、師匠と同じくらいだ。試してみないとわからないが、丸飲みにはされないと思う。

「どうだろうな。挑戦してみよう」

 実は、階段のある部屋よりも、それ以外の部屋の方が安全地帯がない分、難易度が高いのだが、ヴァーノンは物怖じもせずに特攻し、1匹倒してしまった。

 よく考えたら、パドマの剣は切り裂き用で、ヴァーノンの剣は打撃武器である。模範など、何の模範にもなっていなかったなとパドマは思ったが、それでもヴァーノンは、ミミズトカゲを倒してしまった。パドマの真似をして剣を打ちつけてみたが、切れなかったので、その場で機転を効かせて突き刺した後、力任せに裂いていた。倒せたのは僥倖かもしれないが、ちょっと時間がかかって、複数匹いた場合、微妙な倒し方だった。

 2匹目は、パドマが入って倒したのだが、兄は間に合っていなかったので、フォローに入っておいて良かったと、胸をなでおろした。師匠のように、ピンチになってから助けに入ることなど、パドマにはできない。

 師匠は、ギャラリーからオヤツを分けてもらって食べているので、まったく介入を期待できそうにない。兄を見ていると、ひやひやしっぱなしなので、師匠の存在を有難く思いそうになったが、過去のいろいろを思い起こしてしまったので、あまりうまくはいかなかった。

「できないこともない、か」

 ヴァーノンは、次々とミミズに向かって行った。兄がトカゲ相手に奮闘する姿を見て、やっぱりこの人を可愛くするのは無理だな、とパドマはガッカリした。


 そのままヴァーノンは、14階層のアシナシトカゲまでは、パドマのフォローを込みではあるが、一気に制覇した。

 ここまで来るのにも、それなりに苦労をした思い出のあるパドマは、いじけたくなった。兄は一緒に魔獣から逃げていた仲である。なけなしの度胸すら、同等だろう。あっさりこなされて少し不満に感じたが、そもそも金属鎧をつけて動ける時点で負けていた。兄の方が身長が高いから、手も長い。足も長いから、走るのも速い。力も強い。見せつけられる前から、勝てそうな要素は、特になかった。やる気を出した兄に敵うつもりでいた方が、恥ずかしい。

 だが、その足も15階層で、ぴたりと止まった。



 15階層の主は、トビヘビであった、サイズが大きいこともなく、小さいこともなく、パドマに言わせれば、実に普通のヘビだった。

 小さいだけに、一部屋にいる数は多いし、壁の上から斜め下方向に滑空してくる個体もいたりする。飛んでいる途中で移動方向が変えられると、ちょっとびっくりするが、それだけだ。森に住んでいた頃は、上からヘビが落ちてくるくらいのことは、それなりにあった。木の実を取ろうと、木を蹴飛ばして、ヘビシャワーを浴びたこともある。気にするほどのことではない。

 ヴァーノンにとっても、イモリ拾いで通い慣れた道のハズなので、今更何を躊躇しているのか、パドマは理解できなかった。

「さあ、行け!」

 と言っても、

「行けるか!」

 と返される。

「なんでだよ。よく顔を見てみなよ。ブッシュバイパー並みに、可愛いじゃん。目がくりくりだよ」

「顔なんて関係あるか。毒って言ったろ!」

 ヘビに毒があるのは、パドマの所為ではなかろうに、ヴァーノンは、いつまでもこだわりを捨てなかった。

「大丈夫だよ。弱毒性だから、クリーンヒットしなければ、噛まれても平気!」

 ヘビを対処できない人間は、基本的に踏み入れないのだから、ヘビに噛まれた実例は、ダンジョン内でもそう多くはない。何人かの実例で死者はいなかったので、多分、弱毒だろうと言うことになっている、と話した。

 ダンジョン内のヘビ毒と、ダンジョン外のヘビ毒が同じ物とは限らないので、判断が難しいのである。ダンジョン外のヘビ毒であれば、個人個人で耐性が違う。また噛まれ方によって、毒の注入量が変わる。たまたま噛まれた実例が、耐性のある人で浅く噛まれただけの可能性があるから、何度もガブガブかまれたり、深く噛まれたり、アレルギーを持ってたりしなければ大丈夫! と言ったのだが、パドマの説明がいけなかったらしい。ヘビが小さくて沢山いて、上からも飛んでくるし、四方八方から襲われたら、1匹くらいに噛まれてもおかしくない、とヴァーノンは主張して動かないのだ。面倒臭い男だな、とパドマは匙を投げた。毒が云々と言っていたら、ブッシュバイパーもリンカルスも相手にできないのに。

「はい。今日のお兄ちゃんの修練は終了ね。大人しく後ろをついて来ること」

 パドマは、前面にいるヘビだけ蹴散らしながら、走り進んだ。



「目隠ししながら走り抜けるとは、どういう芸当だ」

 18階層でのパドマの奇行を見て、ヴァーノンは震えていた。妹が、またおかしな生き物に進化していた。危ないことをしていないか心配をしていたのだが、思っていたのと実際は何かが違った。

「ん? やろうと思えば、全階層で目隠ししっぱなしでいけるよ。万が一があるといけないから、やらないだけで」

 おかしなことをやっている自覚を、パドマは持っていなかった。パドマからしたら、目隠しなしで通り抜けられる皆の方こそ、超人だった。どうしようもなく、なけなしの頭で考えた小狡い手を使っていると思っている。

「全階層で?」

「うん。音と圧? で、なんとなく敵の動きがわかるから。でもね、モンスターと間違えて通りすがりの誰かを斬りつける危険があるから、滅多にやらないよ」

 目隠しをすると危ないのは、敵の接近に気付けないことである。パドマの言う万が一と、ヴァーノンが想定した万が一の内容が、少し違う気がしたが、ヴァーノンは、聞き間違いだろうと結論付けた。

「そうか。危ないから、必要最低限に留めておけ」


 師匠と一緒にハジカミイオ退治をした後、パドマは、ヴァーノンの上にハジカミイオが何匹乗るか、挑戦しようと試みたのだが、断られてしまった。

「イモリを持って帰るんだ。それは持ってやれない」

 だが、そんな話が通る訳がない。優しい微笑みを浮かべる師匠に、ハジカミイオをズンズン積まれて、3匹目で潰れた。そうなると、2匹持って帰るのがノルマになる。優しいパドマは、兄の背中にハジカミイオを2匹縛りつけてあげた。手で抱えるよりは、背負う方が楽だし、その分余力があるならイモリでも何でも持てばいい。ヤマイタチにも1匹乗せたので、ダンジョンを出る時に、パドマが抱えて運ぶことになる。師匠なら、何匹でも持てそうなので、今更1匹2匹の増量は必要ないと思われるが、体力作りの一環として課しているのだ。



 唄う黄熊亭にハジカミイオを卸したら、パドマは兄を連れて、揚々とフライパンの武器屋を訪れた。

「おっちゃん! 有望株を連れてきたよ!!」

 期待の超新星フライパンのパドマを消し去ってやろうと、兄の売り込みに来たのだ。

「この人、すごいの。格好良いんだよ! 今日、いきなりミミズに投下したら、あっさり倒してトカゲ制覇だよ! ウチなんかより、才能にあふれまくってるよ!! どう思う?」

 ない語彙力を総動員して、一生懸命持ち上げたのだが、店主のテンションは低空飛行のまま変わらなかった。

「なんだ? その兄ちゃんに、惚れてんのか? その年の男なら、やる気があればできんだろ。面白くも何ともない」

 と冷たく切って捨てられた。ヴァーノンは、誤解のないように「兄です」と自己紹介し、大人の挨拶を続けて、店主と仲良くなっていた。

「なんでだよ! ウチよりお兄ちゃんの方が、すごいんだよ。だって、ウチが生まれる前から、生まれてんだよ!」

 パドマの主張は、全員に聞き流された。


 ここで問題となったのは、武器屋にお客さんが来ていたことである。武器を買い物に来ていたお客様なら問題なかったが、お客さんは、フライパンのヒットを羨んで相談に来た防具商であった。

 パドマを紹介して欲しいと来ているところに、のこのことフライパン娘が現れたのである。今は、フライパンは携行していないが、パドマに興味を持っていて顔を知らないことはない。目印の佳人もそこにいて、人違いなどあろうハズもない。

「会いたかったぜ、嬢ちゃん」

 武器屋の店主と、厳つさ競争をしたらいい勝負になりそうなおっさんが、ニカッと笑ってパドマを見下ろした。

「知らない人と話をすると、父ちゃんに怒られるから帰るね」

 嫌な予感に、回れ右をして帰ろうとしたパドマを、ヴァーノンが肩を組んで引き留めた。

「兄ちゃんと一緒なら、父ちゃんも怒らないだろう。もし怒られるなら、兄ちゃんが怒鳴り返してやる」

 そもそも、パドマの父など存在するかどうかから不明であり、今更のこのこと現れたところで、文句を言われる筋合いもない。それを知っている兄の前で言っても効力を発揮しなかった。

 以前、鎧を身につけないことを気にしていたヴァーノンと、何でもいいから自分の防具を持たせたい防具商が出会ってしまった。パドマの背筋に冷たい汗が流れた。

 そこに、自分の監修した物しか身に付けさせる気のない師匠も参戦して、パドマの意見をまったく聞かない新商品開発会議が始まってしまった。パドマは、武器屋の店主の横で、それを眺めていることしかできない。

 物を言わぬ師匠は、また何かを描いていた。文字が通じないから、今度は絵で参戦するらしい。キラキラ輝く笑顔で防具商に突きつけた落書きを見たら、肩当てに謎のトゲトゲがついていた。100歩譲っても、絶対に身に付けたくないデザインだった。

「嬢ちゃん、良かったな。今度は、タダで鎧が手に入りそうじゃねぇか」

「鎧を着るなんて、正気の沙汰じゃないよ。ウチから機動力を奪ったら、何も残らないよ。おっちゃん、暢気にしてるけど、ウチが鎧を着たら、それだけで荷重オーバーだから、フライパンは持っていけないよ」

 パドマが泣き言を言ったら、武器屋の店主も会議に加わった。


 検討に検討を重ねた結果、服の上に身に付ける防具は似合わないと全て師匠に却下され、鎖の着込みは重くて着ていられないことが判明した。着込みの重さに耐えられないならば、金属製の鎧の類いは、概ね着られないし、皮の鎧でブッシュバイパーと戦って、何か役に立つとも思えない。

 フライパンを持っているのだから、盾を渡すのも、武器屋が強硬に反対した。

 何でもいいと言っているのに、何も持たせることができない。

 そのため、防具商は、鎖の胴衣と腹巻と籠手を用意するから、どれか身に付けて欲しいと懇願した。防具としてではなく、筋力トレーニングの一環としてなら、とパドマが受け入れて、手打ちになった。

 ヴァーノンだけは不満そうにしていたが、筋力が上がったら着れるよ、と言う以前と同じ理由で納得させられた。自分が着ているのだから、金属鎧が重いのはわかる。男のイギーが耐えられない重さを身につけて、走り回れと妹に言うのは酷だと言うのも、わかる。防具商が、何でも用意するとまで言っているのに、良い案を思いつかない自分が悪い。黙るしかなかった。

 パドマは、特に欲していなかった筋トレグッズを手に入れ、更に栄光の物語を追加されたのである。新しい物語では、新星様は兄に惚れていることになっていたので、それだけはやめろと抗議に行った。

次回、防具屋発信の熱愛報道に兄が困ります

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