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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
339/463

339.本来の火神教

 結果、以前パドマが行った火神の神殿にやってきた。それは、町はずれの、何もない場所に急にある。昨日の串カツ屋周辺のような賑わいは欠片もない、寂しい場所である。どこまでが神殿の敷地なのかわからない、草がぼうぼうと生える中に無造作に建っている。建物ではあるが、野ざらしに近い。平屋の真四角の建物の四方に入り口があるのだが、入り口にドアがないのだ。最初からないのか、途中からなくなったのかはわからないくらいに、あちこち痛んでいた。

 神殿の中心に聖火台があり、常時火が灯されている。薪も油もくべられていないのだが、不思議と消えることはない。パドマが一晩入っていた火は、これだ。レイラーニは、その火に近付くと、熱を感じた。

「あれ? 熱い?」

 前回とは全く違う手ごたえに、レイラーニが首を傾げていると、師匠は腕を引っ張った。

「火傷しますよ。近付き過ぎないよう気を付けて下さい」

「うん。ごめんね。なんか火に入れないみたいなんだ。どうしようか。信徒がこのおっさんだけなら、連れ去っちゃえば、どうにかなりそうだけどさ」

「火神がもう少し神々しければ良かったのですが、そこの信徒は、火神を見ても気付きもしないようなので、特別ゲストを呼びましょう」

 師匠はため息をついた。


「親愛なる闇龍アンフィスバエナよ。私の可愛い子が困っておりますよ。このままにしておきたくなければ、私の召喚に応じ、私に使役されるがいいでしょう。仕方がないから、使って差し上げますよ。感謝なさい」

 師匠がかなり失礼な言葉を紡ぐと、建物の外から圧倒的な光が飛び込んできて、火神信徒Aは目を眩ませた。師匠の袖に守られたレイラーニが表に出ると、黄蓮華設立の原因になった2つの頭を持つ神龍がそこにいた。

「あっ、神龍さんだ。久しぶり。元気してた? 預かった人たちは、元気にしてるみたいだよ」

「おお、リシア。記憶はしっかりしているようだな。魔法で固定した甲斐があったというものだ」

 神龍は紫の煙を口から吐き、ふぁっふぁと笑った。師匠が失礼な言葉で呼び出したのだが、機嫌は損ねていないように見えた。

「魔法? 固定?」

 前回、遭遇した時に、パドマは記憶をなくすと元に戻る魔法をかけられていた。パドマが死んだ後、記憶が戻ったり、記憶が薄れると記憶が戻ったりしているのは、その所為だった。闇龍がお気に入りに何度も忘れ去られた悲しみの果てに、気合いでかけた魔法である。死んでも、時間が巻き戻っても消えない呪いのような魔法だった。リシアも何度か記憶喪失になったが、パドマにリシアの記憶がないのは当然のことである。レイラーニはパドマとも別人なのだが、闇龍は気付いていない。

「親愛なる闇龍アンフィスバエナよ。火龍役をお任せします。迷惑な火神信徒を叩き潰して下さい。神殿の粉砕も許可します。必要ならば、再建は任されましょう」

「相変わらずの生意気さよ。逐一、呪で話しかけるな。煩わしい」

 闇龍は師匠に紫の煙を吹き付けた。師匠はよろめいたし、呪もかけられたが、動じない。悪辣な呪であれば、養父の呪の働きでそのうち解呪される。

「お年を召した闇龍アンフィスバエナよ。呪を使わねば、耳の遠い貴方には私の声が届かないでしょう。やむを得ない処置ですよ」

「神龍さん、ごめんね。師匠さんの性格の悪さは今更だから放っておいて、ちょっと相談に乗ってくれない? 迷惑な人たちが火神信仰を隠れ蓑にして、放火をして歩いてるらしいの。辞めさせたいんだけど、いい方法はないかな」

「任された。安心するがいい」

 闇龍は、レイラーニの頼みを軽く請け負うと、神殿に向き直り、前脚を上げた。そのまま横に振り払い、神殿の屋根を折り飛ばした。案外にも壁は丈夫で倒れなかった。

「火神信徒は、吾か?」

「はい、神龍様」

「死ね」

「は?」

 闇龍は口から紫色の炎を吐き出し、神殿ごと火神信徒Aを焼いた。

「何やってんの? 頼んだのは、そんなことじゃないよ。その人を殺すだけなら、ウチだってできたし!」

 レイラーニは悲鳴を上げながら、闇龍を非難した。口調だけは怒っているが、顔は恐怖で泣いている。

「心配するな。本物の火神信徒にしてくれただけよ。そうだな。これだけでは足りぬ。町中、火神信徒にしてやろう」

 闇龍が上機嫌に言うと、大きな紫の光が溢れて散った。師匠はレイラーニに飛び付いて保護したが、一歩遅れてレイラーニの目が焼けた。レイラーニは、うにゃあぁと言って、目を押さえた。何も見えなくて不安だから、師匠の手のうちに籠る。

「腹立たしい闇龍アンフィスバエナよ。おっとりのんびりするのも、大概にしていただけますか。人の子の前で、気安く力を使うなど配慮が足りません。私はともかく、この子の害になるのに気付いて下さい。害悪には、もう用は御座いません。お帰りください」

「わかった。帰る。リシアを離せ。此度の報酬は、リシアでいい。連れ帰る」

 闇龍は、それを寄越せと手を出した。

「残念な闇龍アンフィスバエナよ。この子は渡せません。この子がリシアであれば、いくらでも進呈致しますが、この子は私が作り出した、私のフェリシティです。リシアには、このように美しい羽根は生えていないでしょう。譲る謂れがありません」

「妹が懐かないからと、人形を作りおったのか。そんなことで済ませるから、嫌われるのだぞ」

「囀りが騒々しい闇龍アンフィスバエナよ。やむにやまれぬ事情があったのです。失わずに済む方法が、これしかありませんでした。仕方がないではありませんか。私には貴方のような力はないのですから」

 師匠は愛しさを隠しもせずに、レイラーニをかき抱いた。師匠とリシアは、兄妹だ。わざわざ人形を作ったのは、実妹を恋人にはできない分別かと、呆れて闇龍は引き下がることにした。リシアに手を出されるよりはいいと、納得したのである。

「ふん。まぁ、いい。リシアよ、何かあればまた呼ぶがいい。其方であれば、リシアに免じて話を聞いてやる。今日は帰るが、達者でな」

「うん、ありがとう?」

 闇龍は、くどくどと師匠に不満をこぼし、レイラーニに同じ量の注意をし、再会を約束すると、光の粒子を撒き散らして一瞬で消えた。今度は師匠が抱いて守り切ったので、レイラーニの目も無事に済んだ。


 師匠の胸が早鐘を打っているのが聞こえて、レイラーニは頬を染めた。首としっぽに頭がついている不思議生物に気を取られていたが、よく考えたら、とんでもない体勢になっていた。師匠は、レイラーニの顔周りを袖で隠すように抱きしめ、師匠の胸にレイラーニの顔を押し当てている。その上、レイラーニのことを自分の物だと言い切った。もう気恥ずかしくていられなかった。

「師匠さん、解決したの?」

 レイラーニは、師匠の胸を押して離れようとしたら、師匠の腕が背中と腰に移動して、余計に逃げ辛くなっただけだった。

「恐らくは。確認が必要ですが、折角ですから、今しばらくこのままでもよろしいでしょうか」

 師匠は、レイラーニに向けて魔力を流し、ご機嫌伺いをした。魔力は満ちているから必要ないのだが、お互いに日向ぼっこをしているような心地良さを得られるのである。身体がぽかぽかふわふわとしてきて、レイラーニはこれはマズいと感じた。

「ダメ。ちゃんと確認してよ。本物の火神信徒って、なんなの?」

 レイラーニが嫌がって暴れ出すと、師匠は如何にも渋々という顔で、拘束を外した。レイラーニの手を取り、また魔力を流しつつ、神殿内に戻った。

 そこでは、火神信徒Aが膝立ちで、はらはらと涙を流していた。師匠たちが目の前に立ったのに、見えていないかのように、遠くを見つめている。

「儀式をどうするか、聞いて頂いてもよろしいですか」

「ああ、うん。あのさ、生贄の儀式をどうする? 神龍さんは、生贄を捧げられても迷惑だって言ってたけど」

 師匠に促されレイラーニが聞くと、火神信徒Aは、平伏した。

「人の身でありながら火に触れるなど、そんな大罪を犯すことはできません」

「本来の火神信徒は火を恐れ敬い、人の道具として扱うことを拒否する者たちでした。いにしえの火神信徒になったのなら、放火どころか不審火も起こさないでしょう。

 闇龍は、人の心を惑わすような魔法を得意としています。今は無駄に好意を向けられているようですが、気を付けて下さいね。妹はアレに可愛がられた結果、人格が崩壊していました」

 師匠は火神信徒を眺めたまま、レイラーニに話しかけた。レイラーニか見上げると、真剣に悩んでいるような顔をしていた。

「人格が崩壊?」

「ええ、母親譲りなのか、少々忘れっぽく粗忽だった妹を心配した闇龍が、記憶を固定する魔法をかけました。妹は、記憶力が良くなったと喜んでいましたが、何もかもを忘れられなくなったのです。忘れられるから心が守られることもあるのに、それができなくなって、少しずつおかしくなりました。

 言い訳になりますが、年がだいぶ離れておりまして、私は妹が生まれる前から実家を離れていたので、変化に気付いてあげることができませんでした。気付いてすぐに、闇龍退治をして元に戻させたのですが、手遅れでした」

「怖いね」

「ええ。ですが、貴女のことは、私が守ります」

 師匠は、握った手に力を込め、気持ち魔力も多めに流した。師匠は可愛いのに、声だけ男だ。パドマは背中がむず痒くなって、逃げることにした。

「町の様子も見に行こう」

 繋いだ手を離してもらえなかったので、大して状況は変わらなかったが、視界に変化があれば話題は増える。レイラーニは話が切れないように、どうでもいい話を次々と話して歩いた。今まではいくらもいなかった火神信徒の赤ローブを着て歩く人が増えていたので、話題には事欠かない。

 火神信徒は、火を扱えない。だからか、食べ物屋が、休みになっているのをチラホラ見つけた。世界から美味しい物を減らすなんて、やはり闇龍は危険な存在だと話し合った。


「あのさ、ウチは、師匠さんのものだったの?」

 思い切ってレイラーニが話題に乗せると、アデルバードもかくやと思わせる、甘い微笑みを師匠が浮かべた。

「心が自由なのは知っていますが、それでも、貴女は私の希望で私が作り出した存在ですよ。所有権を主張するのは、当然ではありませんか」

「そ、そうだね。コストもかかってるもんね」

 師匠は何でもないように使っているが、ダンジョンその他を作る時に使っている謎のラメ入り紙だけで、相当な散財になっているのは、間違いない。紅蓮華で使っている紙は、ジュールでは1年働いても1枚も買えない高価な代物である。それらは少し茶ばんでいて、硬く扱いにくい上に手触りもざらついているのだが、師匠の紙は厚いものも薄いものも驚くほど均一で、すべすべで引っ掛かりがなく、色も漂白したかのようにキレイな白であることが多い。何枚あっても、大きさも形も色柄もまったく同じなど聞いたことがないのに、何でもないかのように揃えてくるのだ。どれだけ高価なものだか、想像も付かない。師匠の手作り品だから、元手はかかっていないという可能性もあるが、それだって使わずに売れば稼げるだろうから、散財させていることには違いはない。レイラーニは、気が遠くなった。自由を主張するためには、自分を作り出した紙代だけでも払わねばならないだろうな、と考えたのである。

 


 宿に戻り、遅すぎる朝食の続きをした。食後、起きる気配のないカイレンを片付けてもらって、部屋に湯船を出してもらい、師匠も追い出して、レイラーニは1人で部屋にこもり悩んだ。お湯をちゃぷちゃぷとさせていれば、師匠は部屋に入って来ない。多分。

 朝になり、朝食の時間になって、再び3人で顔を合わせた。少し目を離していたら、レイラーニの背中から羽根が消えていたので、師匠は愕然とした。そういえば、羽根の消えていた時間が長すぎた。口付けの相手はカイレンではないようだが、だったら相手は誰なんだ。昨日、風呂に入っている間に男と会っていたのかと、身体が震えた。

 師匠がぷるぷると震えて見ていると、レイラーニはカイレンの前に立った。

「ごめんね、イレさん。昨日、大変なことに気付いたの。パドマがダメなら、ウチが結婚すれば許してもらえないかなって、うっすらと考えてたんだけど、ウチはね、発生した時点で師匠さんの物だったんだって」

「それ、師匠が言ったの?」

 そうなる予想はあったが、レイラーニが師匠と口にした瞬間、カイレンが剣呑な表情になって、レイラーニは後退りした。

「うん。よく考えたら、状況的にそうかもしれないかな、ってウチも思ったの。師匠さんが、ウチのお父さんか、お母さんだったんだよ。だからね、もしも本気で結婚する気があるなら、ウチに言うんじゃなくて、師匠さんに許可を取って欲しいんだ」

 レイラーニは真剣に話しているのだが、何故か師匠は頭を壁にめりこませていたし、カイレンは大爆笑した。壁に突き刺さったまま師匠は動かないし、ゲラゲラと笑いに笑って、カイレンも苦しそうだ。涙をにじませて、床に崩れている。レイラーニは意味がわからず、困惑した。

「なんで? 今はうっかり笑い魔法が飛び出たりしてないよね?」

「いや、かなり強力な言霊魔法だったよ。苦しくて、死にそう。

 お兄さんにも謝らせて。ずっと大切な約束を忘れてて、ごめんね。自分で思い出したんじゃなくて、パドマに聞いちゃったんだけどさ。ようやくわかったよ。パドマ兄を幸せにする、それが大切な約束。だから、パドマは弟との結婚を断れないんだよね。お兄ちゃんの言い付けを破って、心配させたくないから。

 全部、お兄さんが悪いんだ。パドマ兄に認めてもらって、結婚の許可をもらうのは、お兄さんの仕事なのにね。あっちのパドマはまだ小さいから猶予があると思うし、パドマ兄を説得できるように頑張るね。

 それで、こっちの大きなパドマに関しては、アーデルバード所属じゃないんだし、自由に結婚したらいいんじゃない? 少なくとも師匠は、親の反対を無視して結婚した前科があるんだから、親の言うことを聞かなきゃダメだなんて言わないよ」

 カイレンは、笑いを堪えながら話し出し、落ち着くと優しい顔をした。そんな顔をしていればモテただろうにな、とレイラーニは思って見ていた。

「反対、されてたの?」

「父親3人と母親2人、その他村中の人に反対される中、勝手に婚約と結婚を強行したんだよ。それに比べたら、師匠1人の反対なんて些細なことじゃないかな」

「確かに。そんな人にだけは、とやかく言われたくないね。だったら、親の決めた婚約者と結婚してから出直してくればいい、くらいのことは言いたくなるよね」

「そうそう。だから、師匠の言うことは、気にしなくていいよ」

「ありがと。気が楽になった」

「どういたしまして」

 師匠はまったく動かなくなったので、カイレンが掘り起こした結果、自ら頭陀袋に入って出て来なくなった。仕方がないから、朝食は2人で食べて、お弁当に出来そうなものを一人前包んで、カイレンが師匠袋を持ち、馬車に戻った。

次回、目的地到着。

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