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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
338/463

338.儀式の準備? いや、眠いし、無理むり

 話がまとまらないので、師匠はとりあえず火神信徒Aを簀巻きにして、かまどを片付けて、撤収することにした。とりあえず、3人の誰かが生贄になるから気にしないでと断り、レイラーニは串カツ屋の店主と別れた。

 火神信徒Aは馬車に転がした上で魔法で拘束し、師匠たちは宿に戻って1泊した。レイラーニが、眠気に耐えられなくなっていたのだ。



 朝起きたら、まずは朝食である。ありがたいことに、レイラーニは寝坊助なので、慌てず準備することができる。師匠は、宿のかまどを無断借用し、朝食を作る。スープの匂いに釣られて人が集まっても、無視する。これは自分と愛しい人の朝ごはんだ。朝ごはんを食べる習慣のない有象無象は、相手にする価値はない。

 今日の朝食は、簡単にホットドッグにすることにした。パンは以前焼いたものだし、ウインナーやソースも作り置きである。だが、魔法で出来立てのまま保管していたので、味に問題はない。師匠本人は手抜き料理のつもりでいるが、できたものはいつもとクオリティは変わらない。スープを煮込んで、サラダを作って、彩り良く美しく盛り付けして、レイラーニのもとに運んだ。

 テーブルセットは粗方済んでいた。そこに師匠が料理を並べていたら、レイラーニは目を覚ました。いつも通り目が半開きの上、頭はボサボサ、服はぐちゃぐちゃだった。師匠は料理を並べ終えると、レイラーニのところへ行き、上から服を被せて、髪を整えてやった。支度を終えても動かないレイラーニに、ご飯ですよと声を掛けると、ようやく目が全開になった。おはようの挨拶が出て、ウキウキとテーブルに歩いていく。

 レイラーニは食卓を見て、凍りついた。とても美味しそうなだけでなく、栄養バランスも良さそうな料理が並んでいる。フライドポテトが添えられたホットドッグと、ミルクスープと、フルーツサラダがそこにあった。

 メニュー名だけならば大したことはない。レイラーニにも作れる。だが、師匠は、焼きたてパンに手作りウインナーを挟み、チーズを乗せて焼いてきた上で、これでもかとトッピングを並べている。ちぎったレタスや刻んだキャベツくらいなら、まだいい。卵スプレッドや、ワカモレ(潰しアボカド)や、フレッシュトマトソースや、あまつさえミートソースが何でもないかのように並べられている。ホットドッグにかける少量のミートソースのために、朝からぐつぐつ煮立ててきたのであれば、正気を疑いたい。朝起き抜けに、生地を捏ねてパンを焼き、ミンチ肉を腸詰して、更にミートソースを煮た結果、ホットドッグを作ったなんて、信じられなかった。レイラーニなら、パン生地を捏ねて、パン屋で焼いてもらい、百獣の夕星で焼いてもらったウインナーを挟むくらいが精々である。ソースなんて面倒なものは、師匠かヴァーノンに作ってもらわねば諦める代物である。食べるのはいいが、このくらい普通に作れるよね? と、言われたら困る。師匠の家族になる自信はない。レイラーニは、目を泳がせながら、食卓についた。

「イレさんは?」

「幸せそうに寝ていますから、もう少し寝かせてあげましょう」

 師匠は魔法でカイレンを寝かしつけて来たのだが、それをおくびにもださず、ふわりと笑った。食卓にはきちんと3人分の料理を並べた。イスも3つある。意地悪はしていない。

「まだ朝早いしね。仕方ないよね。じゃあ、食べよっか」

「はい」

「いただきまーす」

「召し上がれ」

 レイラーニは、果実水を飲んだ後、ホットドッグの上にワカモレと卵スプレッドとフライドオニオンとケチャップを乗せて、大口を開けてぱくっと食べた。一口目ではワカモレその他まで到達しなかったが、外がカリカリのパンも、パリッとした皮のウインナーも絶品だった。ダンジョンで育てているからか、中身のハーブのブレンドが変わっているのに気付いた。脂が抑えられて、すっきり爽やかだが、肉の旨みはしっかりとあって美味しかった。パンの甘味とも合うし、トッピングを乗せたのは失敗だったかと思ったが、まろやかな白ソース(マヨネーズ)もワカモレも蕩けたチーズとともにウインナーを優しく包み込んだ。レイラーニの食事は趣味であって、生命維持活動とは何の関係もない。レイラーニが食べれば食べるほど、食べ物を無駄にしている背徳感が募るのだが、手も口も止まらなくなった。


「昨日の串カツ屋は、どこが気に入っていたのですか」

 串焼きもどうかと思っていたが、串カツは不味そうなだけでなく、身体にも悪そうだった。師匠は、レイラーニの胃袋をつかむために質問を飛ばしたが、レイラーニの悪食には共感できる気がしない。もう少しお手柔らかにして頂けないものかと思っている。甘すぎる、辛すぎるくらいなら、頑張って合わせようと思うのだが。

「ああ、あの継ぎ足しつぎたしの、最悪な油が懐かしくてさ。ウチ、森暮らしをする前も、あんまりいい暮らしをしてなかったからさ。油なんて、そんなにいい物を使ってなかったんだね。食用かどうかも怪しいような、そんな油を使って作った料理が母の味だったの。だからね、あの串カツを食べたら、それを思い出しちゃって。何回も売られた時点で、法律的に縁は切れてるし、ウチがあのパドマだってことは、お母さんは墓場まで持ってってくれるみたいだから、もうあそこには行かれないし、あの味は食べれないんだ」

「短時間であれば、秘密で受け入れてもらえるのではないですか」

「えぇえ、いいよ。お母さんとは、そんなに付き合いがなかったし、積もる話もないから。会っても話題なんて、テッドとパドマの報告くらいしかないし、報告するほどあの子たちとも遊んでないじゃん」

「そうでしたか」

 師匠は、パドマの昔話を聞くと気まずくなることを忘れていたことを、後悔した。こうなったが最後、どうリカバリーしたら明るい食卓に戻るだろうと悩んでいたら、ドアがノックされた。これ幸いと、「なんでしょうね」とドアを開けて、閉めた。

「し、しょ、う! パドマの部屋で、何をやってるのかな!!」

 閉めたドアは再度開けられ、カイレンが顔を出した。朝の空気に相応しい爽やかな笑顔を浮かべているが、友好的な空気ではない。一晩同室に押し込めただけでは兄弟仲は改善されなかったかと、レイラーニはため息を漏らした。

「朝ごはんを食べてるんだよ。起きたなら、イレさんも一緒に食べようよ」

「うん。ありがとう。聞いてよ。師匠、ひどいんだよ。魔法でお兄さんを寝かしつけてさ、除け者にしようとしたんだよ。もうね、そんな罠なんて1281回目だし? いつまでも引っかかるお兄さんじゃないっての」

「ああ、そうなんだ。それは良かったね」

 レイラーニはケンカはお腹いっぱいだと、話半分にもしゃもしゃとごはんを食べている。

「何がいいの? 何もよくないよね。話聞いてた? イジメだよ、イジメ。しかも、カボチャスープとか、何考えてるの? やだやだ」

 レイラーニは、カイレンがケチをつけたミルクスープに手をつけた。温かく優しいミルクにカボチャの甘さが溶けている。まったりとした白ソースの後は、もう少しさっぱりとしたスープが欲しかったが、恐らく、これはレイラーニの好みを反映したものだ。中に忍ばされたスープに馴染まないきのこの存在も、きっとそうだ。

「パドマ、どうしたの?」

 返事をしないレイラーニに異変を感じて様子を伺うと、その美貌を台無しにするほど眦が吊り上がり、手はふるふると震えていた。自分好みの食卓を汚されて、レイラーニは腹を立てている。

「ウチは、全面的に師匠さんの意見を推す。

 暗黒の深淵より湧き出でし、眠りの精霊よ。夜の扉を打ち開き、夢の世界へ案内せよ。この者を幸せな夢で封じ、一夜の拘束を命ず。我が翼に包まれて、眠れ、眠れ」

「なっ?」

 レイラーニは、カイレンに向けて手を伸ばした。

 師匠が愛用している暗黒と深淵だけくっつけておけば、おおよそ魔法が発動するかと適当に言葉を並べてみたが、魔法を使うのに、決まった呪文は必要ない。精霊に願いが正しく伝われば、何でも構わない。眠りの精霊と言う言葉に精霊は反応し、その時点でカイレンは倒れた。抵抗を試みようとしたのだが、夢の国ではパドマとレイラーニが右と左から攻め寄せてきて、陥落せざるを得なかった。据え膳食わぬは男の恥なのだ。仕方がない。レイラーニが馳走してくれたレイラーニは、受け入れなければ男が廃る。自分が先だと争う2人の姿に、カイレンは鼻の下を伸ばしきった。

 眠れと言った瞬間、レイラーニも力尽きて倒れた。怒りのあまり、全力で魔法を使ってしまったのだ。師匠は急いでレイラーニを拾い、窓から外に飛び出して、町の外まで駆け抜けて、地龍に助けを乞うた。



「んくぅっ」

 レイラーニは目を覚ますなり、口を押さえて身体を丸めた。不快感が全身を駆け巡り、しばらく消えていた背中の羽根が飛び出した。

「またやったなぁ」

 レイラーニは瞳を涙でにじませて怒っているが、その姿を可愛いとしか思えない師匠は、ノーダメージである。ご馳走を食べ切った直後のレイラーニのように、余裕の微笑みで返した。

「貴女が死にかけたりしなければ、私もやりたくはなかったのですよ」

「でもでも、嫌なの」

「では、死にかけることのないようにして下さい。私が目の前で倒れた場合、助ける手立てを持っているのに、放置することはできますか」

「ううぅ」

「わかって頂けたなら、結構です」

 涙を溜めて震えているが、レイラーニは拳を収めた。死にかけた師匠を目の前にした時を想像したのではない。真正面からの微笑みに耐えられなかったのである。その姿に、師匠は満面の笑みを浮かべた。

 師匠は、レイラーニを抱えて町に戻った。真っ直ぐ馬車に行って、火神信徒Aを降ろした。


 火神信徒Aは、すっかり風邪を引いていた。熱が出ているかまでは定かではないが、ガタガタ震えて、鼻水をたらしていた。春の花が咲き始めてはいるものの、夜はかなり冷える。一応、毛布は積んであげて去ったのだが、防寒対策は足りなかったようだ。

 師匠は、足の拘束を解き、犬の散歩をするように歩かせた。火神信徒Aは、火神信徒らしい服装をしていたため、敬遠して離れる人こそいても、師匠を咎める人はいなかった。師匠は何も言っていないのだが、火神信徒Aは、ついて来いとスイスイと歩いて行く。

次回、火神教は解決するかわからないけど、カイレンと仲直り。

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