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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
336/463

336.ウサギを巡る争い

「パドマー。ウサギがとれたよ!」

 どこぞに居なくなっていたカイレンは、薪とオヤツの調達から戻ってきた。師匠のひざの上に乗せられたレイラーニの姿に、イライラしながら出かけたが、戻って来たら焚き火を挟んで離れて座っていたので、途端に上機嫌になった。嫌われたかとニヤニヤして師匠を見ると、ニタリと妙に自信ありげに返されて、カイレンは怯んだ。そんな2人を眺めて、レイラーニは仲良くしろよ、バカ兄弟と思っている。

「イレさん、それ、本当にウサギ?」

 カイレンが持って来たのは、レイラーニサイズの肉塊だった。形は確かに四つ足の生き物だが、もう毛皮が剥がされている。ウサギの最大の特徴だろう長い耳も切られてなくなっている。そんな生々しい肉をさげて歩いてきたのだ。

「ツノウサギだよ。知らない? パドマが毛皮欲しがるかなって先にはいじゃったけど、間違いなくウサギだよ。大きいから、食べ応えがあるんだよ。師匠が大好きなんだ」

「へえぇー、そうなんだ。それは美味しいんだろうね。良かったね。し、しょうさん?」

 にこにこと肉を揺らすカイレンとは対照的に、師匠は目をそらして震えていた。とても好物の肉を前にした表情ではなかった。好物の前では、魔法の光を撒き散らした様に、キラキラするのがいつもの師匠である。

「実家の近くで、ウサギとタヌキの保護区を作っていました」

 掠れるような小さな声で師匠が答えたので、レイラーニは大好きの意味を知った。眺めて愛でる方の好きだ。カイレンが素ボケすぎて、うっかりなのか、わざとなのかまではわからないが、基本的に可愛い師匠を泣かす男は、レイラーニにとっては悪である。

「ちょっとイレさん!」

 レイラーニがカイレンに文句を言いかけたところで、師匠は止めた。

「もう肉になってしまったものは、どうにもなりません。あれは、悪意があります。懲らしめる為に、協力して頂けませんか」

「ケンカの協力はしないよ」

「いえ、仲良くしたいと思います」

 レイラーニは睨みつけたのに、師匠は花が綻ぶようにふわりと笑った。それに釣られて、レイラーニは了承してしまった。可愛い師匠には、抗い難いものがある。



 師匠は、馬車から調理セットを出して来た。調理台や鍋やアミやナイフなどである。それらを並べ終わると、カイレンから肉を引き取り、調理台に置いた。その段で、本格的に耐えられなくなったらしく、ほたほたと涙をこぼし始めたので、レイラーニが引き受けた。

「精肉はウチがやるよ。ブロック肉になっちゃえば、少しは気が楽になるよね。その先はお任せするから、やってもいい?」

「申し訳ありません。お願い致します。内臓も使いますので、捨てないで下さい。骨も使います。全部使います」

「ああ、うん、わかったよ。急いでやるから、ちょっと待っててね」

 レイラーニは、躊躇うことなくズバーンと頭を切り落とし、腹をかっさばく。元々、カイレンが腹を割っていたので、苦労することなく臓器を取り出し、クリーニングした。次いで脚としっぽをはずし、背肉を取った。

 骨が残っているのが少々生々しいが、百獣の夕星(にくや)で売っている肉は、大体こんなものだ。そう思って、レイラーニは背を向けて震える師匠に声をかけた。

「お兄ちゃん、こんなもんでどうかな」

「ありがとう御座います、パドマ。助かりました」

 精一杯機嫌取りに励むレイラーニの気持ちが通じたか、師匠は青い顔でふわりと笑った。

 カイレンは、己れの失敗を悟った。レイラーニの視界に入る度に睨まれているし、やたらと師匠は親切にされていた。料理を言い訳に、イチャイチャを見せつけられている。

 師匠が真っ青な顔をしているから、レイラーニが調理を代わってやるのだが、完全に任せることなく、最終的にどの作業にも師匠が介入するのだ。今も背肉の上にミンチ肉と内臓を乗せるだけなのに、レイラーニの真後ろに立ち、抱き付くような格好で一緒に調理していた。

 できるなら、1人でやれよ! とカイレンは思っている。いや、実際に言った。そして、レイラーニにひどいと言われて、取り合ってもらえなかったのだ。明らかにレイラーニもべたべたする師匠に困っているようなのに、師匠が口を動かすと、黙って作業を再開する。

「仲良しを見せつけられれば、カイレンも後悔して嫌がらせをやめてくれます。私を助けてください」

 師匠は青い顔をして、内心ではカイレンに感謝していた。レイラーニは、恥ずかしさと恐怖心を押さえて、兄弟ゲンカをおさめるために頑張った。

 師匠は、途中楽しくなってきて、ウサギの骨をガンガンと叩き割り始めたら、レイラーニも疑惑の目を向けた。

「うさちゃん?」

「骨の形に耐えられなくて!」

「ああ、なるほど?」

「そんなことより、アク取りをお願いします。鍋の色が、大変なことになってますよ」

 ちょっとした言い訳では疑惑の目は振り払えないと悟った師匠は、レイラーニに仕事を振った。アク取りをレイラーニに頼んでも、役に立たないことはわかっているが、話題が反らせればそれでいい。

「ええー。さっき取ったよ。これさ、無限に出てくるから、やるだけ無駄じゃない? アクくらい食べても死なないし、味もそんなに変わらないよー」

「そんなにというのは、少しは変わると認めていますよ。仕方のない人ですね。私がやります。見ていて下さい。アク取りにもコツがあるんですよ。具が邪魔にならなければ、取りやすいでしょう」

 師匠は、またレイラーニの背中に張り付き、アク取りを持つレイラーニの手をつかんだ。小さく悲鳴をあげつつ、嫌がったり照れたりするレイラーニの顔を至近距離で眺めて幸せに浸りつつ、片手間にアクを取る。

「だからさ、なんで後ろから? 横からやれば良くない?」

「先程、仲良くすると申しました。パドマが仲良くして下さったら、ヤキモチ焼きが後悔して、私をイジメるのをやめるでしょう」

「イレさんと仲良くするって話じゃなかったのか」

「可愛い弟です。仲良くしたいのは山々ですが、仲良くしてもらえないのです。協力して下さい」

「うーん」

 そんな具合で、カイレンに見せつけながら調理を続け、ロニョナード(内臓包み焼き)とローストと汁物を完成させた。


 できる男は調理終了前に粗方の調理道具を片付け終え、野外とは思えないテーブルセットを並べ、完璧に配膳し終えると、レイラーニをエスコートして連れてきて着席させた。そんな育ちをしていないレイラーニは、師匠が鬱陶しいだけだし、カイレンの視線が居た堪れないが、言っても無駄だろうなと諦めている。調理中も言った上で、言い勝てなかった。

「熟成させていない肉なので、さして美味しくはないでしょうが、できうる限りは頑張りました。お召し上がり下さい」

「いただきまーす」

 レイラーニは、食事に逃げた。兄弟の目配せバトルに付き合うのが、嫌になったのだ。食べていれば世界は平和なのだ。偏食師匠が食べるかは知らないが、テーブルには3人分食事が並べられている。

 レイラーニは、ウサギ汁の器に手をかけた。ウサギの肉は申し訳程度にしか入っていない、見た目はほぼ野菜スープである。広口マグに入っているので、手に取って食べても良いのだろうと直接口を付けて、レイラーニは師匠を見た。なんだかんだと嫌がっているように見えて、師匠はウサギ料理のレシピを知っていた。

「如何ですか」

 師匠は料理に手をつけることなく、優雅にお茶を飲んでいた。

「ウチが知ってるウサギと違う。味が深い。種類が違うから?」

「骨を砕いたからですよ。ウサギに敬意を込めて、せめて限界まで味わい尽くさねばならないでしょう」

「ウサギは美味しいのにさ、食べちゃダメだって言うんだよ。ひどいよね」

 兄だの弟だのと兄弟順を気にする必要がないくらい年長なのに、やはりレイラーニの目には師匠が兄で、カイレンが弟に見えた。師匠の言動は大人らしいが、カイレンにはお前何歳だよと言いたくなる。

「ああ、うん。その意見なら、師匠さんの意見を支持する。ウチは、ペコラを食べろって言われたら断るから。でも、イレさんに殺されちゃったら、キレイに解体して全部食べるよ。ウチが食べても、命は何も繋がらないけどね。ウチもパンダちゃんは殺すなって言ったことがあるし、人のことは言えないの。ごめんね、邪魔して。

 ウサギはさ、かなりポピュラーな食肉だし、何で食べちゃいけないの、って言いたい気持ちもわからないではないけど、せめて目の前では食べないくらいの配慮はあっても良いと思う。家族だから難しいかもしれないけど、今は一緒に住んでないんだし、できるよね」

「肉屋で買って来たんじゃないから、選べなかったんだよ」

 カイレンは、慌てて言い訳を口にしたが、レイラーニの視線は冷たく厳しい。

「師匠さんは、ずーっとイレさんと仲良くしたいな、って言ってるよ」

「ウソだ!」

 レイラーニの視界には入っていないが、師匠は舌を出して、カイレンを嘲笑っている。絶対にカイレンの行動を利用して、レイラーニにまとわりついて遊んでいるだけなのに、カイレンの言葉は信じてはもらえなかった。

「ウソじゃないよ。今だけじゃない。師匠さんは、ずっとイレさんのことしか見てなくて、考えてなくて、ウチの気持ちなんて考えてくれなくて、それなのに、なんでそんなことを言うの?」

 レイラーニは、師匠が穴に落ちた日を思い出し、カイレンを呪った。カイレンの所為ではないかもしれないが、あの時、成り代わりたいと強く思ったのだ。今日も調理をしながら師匠は、弟と仲良くしたいな、とずっと言い続けていた。カイレンが意地悪をするなら、自分を弟にしてくれたら良いのにと、レイラーニは師匠の胸に飛び込んで泣いた。師匠は突然の出来事に驚いたが、ヴァーノンを思い出し、なすがままになっていた。


 レイラーニがめそめそグズグズとして動かないし、師匠が勝ち誇ったような顔で見下してくるので、カイレンは耐えきれず、急ぎオヤツを済ませた。馬車が直っていることを確認し、使い終わった荷物を積み込んだ。そして、放されていた馬を繋ぎ直す。

 師匠はレイラーニを抱き上げて馬車に乗ったから、カイレンは料理を運び込み、テーブルセットも片付けた。カイレンが使った皿は、既に洗浄されていた。魔法を使ったのだろう。こういうところが、カイレンは師匠が嫌いだった。頑張っても勝てないのである。師匠が馬車を降りて、生き残ったアルラウネを呼び集め、死んでしまったアルラウネを頭陀袋に仕舞って馬車に積み込んだら、出発である。

 1人馬車に残されたレイラーニは、自分の皿をきれいにたいらげていた。調理もしたし、一緒に食卓も囲んで今更なのに、師匠がいないうちに食べようとしたのである。カイレンはレイラーニの性質を学習したし、師匠は苦笑した。

「お気遣い頂かなくても、良かったのですよ。でも、そうですね、嫌でなかったらで構わないのですが、私の分も食べて頂いてもよろしいですか」

「わかった。食べる」

 ウサギを誰が食べようとカイレンは構わないが、これみよがしに手ずから食べさせている師匠に腹が立った。

「師匠、ごめんなさい」

 これがカイレンの企みに対する報復だというならば、カイレンは全面降伏をすることにした。勝てる気がしなかった。勝てても得られるものがレイラーニの冷たい視線だけならば、頑張る甲斐もなかった。

「パドマも、ごめんね。やきもちばっかり、格好悪いよね。もう妬くのはやめる。ように頑張る。だけど、妬かなくなっても好きじゃなくなったんじゃないから。誤解しないでね」

「うん、わかった」

 フェーリシティに戻ったらパドマに伝えよう、とレイラーニは思った。レイラーニの中ではあくまでも、カイレンはパドマのことが好きなのだ。レイラーニは、人でなくなった時点で、人の恋愛には関係ない存在になったと思っている。

次回、生贄ばかりやっていたレイラーニ。

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