332.串焼きの思い出〈中編〉
村には家畜はいない。肉屋もない。肉の入手は、その辺の林で狩りをすることだった。店主自ら狩りをするとは、思っていたより大変な商売のようだった。
あの後、早速、4人で近くの林に突入した。レイラーニ1人でも肉を狩れるが、カイレンと師匠を連れていけば、完璧な布陣だ。チビヴァーノンが、素手でやっていたことである。武器を携行している成人男性ができないとは思えない。串焼き屋なんて、弓を持って来た。プロの技にかかれば、確実に肉が手に入るだろう。期待に胸が高鳴り、レイラーニの足取りは軽い。
「それで、あの肉は、何の肉なの?」
「さてな。その日にとれた適当な肉を焼いてただけだ。店で買ってくんじゃあるまいに、そう都合良く好きな肉は狩れねぇだろ。適当だ、適当。今は冬だかんな。イノシシが取れたら、最高だな」
先頭をレイラーニと元串焼き屋店主アダムが歩き、離れて師匠とカイレンがついてくる。2人は並んで歩いていないが、アダムを邪魔だと思う気持ちは横並びだった。
「マジか。最悪だな、アダム。イノシシは、ダメだ。すぐ見つかるし、狩るのは比較的簡単だけど、今はイノシシじゃない。10日くらい前まではベストシーズンだったけど、今はワーストシーズンだよ。肉が硬くて、臭い時期なんだよ」
「なんだと? 冬はイノシシが定番なんだぞ。脂が乗ってる時期だから。だったら、何がいいんだよ」
プロはアダムなのに、レイラーニは知ったような口を聞く。白い綺麗な肌をしたレイラーニが狩りを知っているとは思われないため、アダムは知ったかぶりの女なんだな、とカマをかけた。
「10日くらい前まではね。今は戦闘疲れでくたばってるから、だーめ。ウチのオススメは、キジかカモだよ。この辺にいるかまでは、知らないけど」
「鳥かよ。そんなの捕まえられるか。飛ぶじゃねぇか」
アダムは、全力で無理だと言っていた。毒も持っていないし、さして強力そうな弓でもない。レイラーニはずっと鳥狙いで来ていると信じていたので、驚いた。
「それ、何のための弓なの?」
「肉が怖えぇから、弓なんだ」
「怖い? キジが?」
「どれがキジかなんて、知るか。怖えぇのは、イノシシとシカとか、大物だよ」
「どういうこと? シカに怖い要素ないよね。シカなんて、首を1刺ししたら終わりだよ。あの程度で困ってたら、この辺の人は、ゾウとかキリンとか出て来たら、どうするの? それとも、シカって、ジャイアントムースのこと? ウチ、剣なんて持って来なかったよ。どうしよう」
アダムとレイラーニは、完全に意識がズレていた。アーデルバードのダンジョンの知識と野獣兄妹の常識で語っても通じない。アダムは串焼き屋をやっていたが、狩猟の腕も料理の腕も三流未満なのだ。だから味が悪かったのだが、一流のプロみたいな扱いをしているから、噛み合わない。
「何の心配もありません。この辺りは、ジャイアントムースは出て来ませんし、出てきても私が仕留めます。私が守ります。貴女を傷付けさせはしませんよ。安心して下さい」
師匠は、いつも通りにふわふわと微笑んで、レイラーニを見つめた。レイラーニは可愛いなぁと師匠に見惚れているから、カイレンの頬は引き攣りまくっているが、レイラーニの言葉を聞いて、少し安心した。師匠は何を話しているのかわからないので、イライラしていたが、口説いている訳ではなかったらしい。
「ありがと。その時は、遠慮なく剣を借りるね。ウチが使えるってところを、とっくりと見せてあげるよ」
レイラーニはシシシと笑ったが、師匠はまったく嬉しくなかった。話をちゃんと聞いていたかと、聞きたいような返事が戻ってきて、少し気が遠くなった。
その時、イノシシが遠くに見えた。林の外をトコトコと歩いている。向かっている方角からすると、村か畑に行こうとしているようだった。
「まあた、芋を狙っとんな」
アダムは、弓を構えた。大した距離を飛ばせない短弓だが、イノシシは圏内にいた。イノシシなんて、珍しくも面白くもないレイラーニは何も言わない。3人に見守られながら、アダムは弓を射った。立て続けに3本連射し、そのうち2本が命中して、よっしゃーと雄叫びをあげた。レイラーニは、うわぁと言った。
イノシシを拾いに行くと、アダムはイノシシにロープを引っかけた。慣れているのか、暴れイノシシにロープを引っ掛ける手腕はなかなかだった。イノシシを縛り上げると、そのまま引きずり始めたので、レイラーニは思わずツッコミを入れた。
「何やってんの?」
「まだ生きてんだろ。怖えぇからさ、このまま持って帰るんだよ。家に着く頃に、死んでくれてたらいいんだけど」
「何言ってんの? もうさ、弓矢がお腹に刺さってるだけで、最悪なの! 内臓を傷付けちゃダメなの。肉が臭くなるから。あと、いつまでも生かしてないで、一気に引導を渡して血抜きして、さっさと内臓を始末して、冷やすの」
「的がデカいのは腹だろ? 何言ってんだよ。無理ばっかり言うなよ」
「うがーっ。バカー!」
話の通じないアダムに、レイラーニが頭をかきむしってイライラしていると、師匠は懐中から長弓を取り出し、林に向かって射った。何を射ったやらわからずに弓矢を探して歩くと、イノシシの首に風穴が開き、絶命していた。ただの弓矢の破壊力とは思えず、レイラーニは震えていると、師匠はナイフをレイラーニに差し出した。解体は嫌だからやれということだろう。とりあえず内臓を処理するかと解体を始めて、結局肉にしてしまった。師匠に出してもらった氷で、冷やしながら持って帰る。
帰り道でヒヨドリを見つけたパドマは、師匠に借りた手縫いと拾った石でスリングを作り、捕獲し絞めて、下処理をした。カイレンが真似をして石を投げてハトを捕まえたので、レイラーニはそれは夏だと注意した上で、下処理をした。
結果、イノシシ2頭とヒヨドリ11羽とハト1羽を持って帰ることになった。イノシシはカイレンが、鳥はアダムが運ぶ。レイラーニと師匠は、急にかわい子ぶって仕事をしなかった。
店に戻ると、アダムは自分が仕留めたイノシシの解体を始め、師匠はヒヨドリの焼き鳥とスープを作った。串焼きだって言っただろ、とレイラーニは思ったが、ヒヨドリスープが美味しくて、蕩けている。カイレンは危機感を覚えた。
アダムは、イノシシの解体も下手くそだった。仕留める段階で内臓を突き破っているので今更だが、解体でも内臓を細切れにしていた。うっかり突き破るのではない。キレイに外す方がむしろ楽じゃないかと思う場面でも、きっちり刻んでくれる。レイラーニは、自分の解体を見ていたか? と言いながら、部下たちを躾けるように、手取り足取り教えてやった。
それを見ているカイレンと師匠が、明らかに不機嫌なことに、アダムは気付いた。カイレンはレイラーニが好きなのだろう。自分は一方的に怒られているだけだが、妬いているに違いない。変な女だが、顔はキレイだし、悪いヤツではない。わかる。だが、師匠は見るからに女だ。レイラーニが好きだと言うことは、ないだろう。そこから導き出される答えに、アダムは赤面した。いいところなんて何も見せてないと思うのに、春が来た! 一目惚れされてしまったような気がする!!
アダムは、ヒヨドリ串を食べて、衝撃を覚えた。我が家で作られた、可愛い女の素人料理が美味い。美味すぎる。あばたもえくぼ効果にしても、常軌を逸していると思った。これは運命に違いない。
そうして、とうとうレイラーニの夢の串焼きが完成した。レイラーニは、瞳を輝かせて串焼きを頬張った。出来立てのアツアツ串焼きが、臭いし、苦いし、硬くて、最高にくそ不味かった。
「くうぅっ。これだよ。これこれ。これが食べたかったの! めちゃくちゃ不味いよー」
レイラーニは、不味い不味いと喜んで食べる。店主は肉を余らせても売れないし、正直自分でも食べたくないので、ガンガン焼いた。串がなくなってしまっても関係ない。とりあえず焼けば、レイラーニは喜んで食べる。どうしてかわからないが、食べてくれる。もう売り上げどうこうを忘れて、焼きまくった。
カイレンは、恐るおそる串焼きを持って食べてみた。カイレンに食べさせたいと、レイラーニが言っていたからだ。何故、くそ不味いものをわざわざ食べなければならないのかはわからなかったが、食べろと言われるなら、食べた方がいい。思い切って口に入れると、口に苦味が広がった。豚より噛みごたえのあるイノシシ肉だが、それにしたってと言いたくなるくらい固かった。
「なんだ。美味しいじゃない。ごはんやパンには合わないかもしれないけど、エールがあったら最高だよ」
そう言って、普通に食べているカイレンを見て、師匠だけでなく、アダムも引いた。変なヤツが、もう1人増えた。2人とも見た目はキレイなのに、なんて残念な味覚だろうと思った。
「この肉のどこを気に入ってるのでしょう」
師匠が引きながら質問すると、レイラーニがふふふと笑った。
「激不味いんだけどね。ちっちゃい頃、食べてた肉は、こんなのだったと思うの。すっごく懐かしくてさ。今では、お兄ちゃんも丸焼き技術が向上して、美味しく焼いてくれるから、全然違うんだ。あの頃、毎日大変だったけど、ずっとお兄ちゃんと一緒だったし、お腹減った以外の悩みはなかった気がするし、今思えば幸せだったのかなって思うの」
レイラーニの答えに、師匠はほたほたと泣いた。それは他に悩みがなかったのではなく、他を悩む余裕がなかっただけだろうと気付いてしまったからだ。暑いとか、寒いとか、雨が困るとか、何かしらあっただろうに、それが気にならない程、飢えていたのだろう。
「それにしても、イレさんは、こんなの食べさせられても、不味いって言わないんだね」
「うん。だって、ムカデも似たようなものだったよね。硬さの方向性は違うけど、どっちも硬くて苦いでしょう。酒のアテなら、こんなものだよ」
「そっか。イレさんのいいトコ見つけた。何でも美味しく食べてくれる人って、いいと思う。粗探しされないなら作った料理を安心して出せるし、一緒に美味しいね、って言えるの、いいよね」
「うん。もっといろんな物を一緒に食べようね。パドマが食べろって言うなら、お兄さんは草でも食べるよ」
「やだなぁ、ウチは人には草なんて出さないよ。人に出すのは、サラダとか山菜とかって呼ぶんだよ。もとは草だけどね」
「そっか、あれは牧草じゃなくて、山菜サラダだったんだ。長く生きてたつもりだったけど、まだまだ知らないことってあるんだね」
謎のツノをつけられて、見るからにチモシーやアルファルファではないかと思われる草を食べさせられた記憶があるのだが、勘違いだったのかと、カイレンは思った。多分、間違いなくあれは牧草だったが、動物が食べている草なら安全だと、ヴァーノンがサラダにしてパドマに食べさせていたのかもしれない、ということになった。
「イレさんは、ぼけぼけだからね」
楽しそうに笑うレイラーニに、師匠は危機感を覚えた。
次回、串焼き回終了。次の町へ。