330.豚まんの秘密
モンスター師匠たちは、レイラーニと師匠を抱えて、フェーリシティに走り帰った。最速で帰るため、邪魔な家を飛び越え、城壁を垂直に走り登って、勢いよく跳べば、フェーリシティの城壁も超えた。南のダンジョンの屋上から窓をぶち破って直接寝室に入り、布団でくるんで、2人を温めた。急ぎ湯を沸かし、温石を作るよう頼み、モンスターヴァーノンやモンスターパドマまで招集し、ダンジョンマスターの無事を祈った。
後ろをついてきたカイレンは、邪魔なだけだと判断され、モンスター師匠が追い出したが、簡単には追い出されてくれず、やはり邪魔なヤツだと、総力をあげて追い出すことが決まった。ダンジョンの外郭に被害が出ているが、危険レベルを上げるまでだ。
レイラーニは、わりとすぐに目覚めた。自分のダンジョン内に入ったので、魔力が急速充電されたのだ。
「あっつ! 何? 石? 師匠さん? 嫌だ! 離せ!!」
布団でぐるぐる巻きにされていたため、レイラーニは簡単に抜け出せずに暴れたが、モンスターヴァーノンがすぐにレイラーニを開放した。一緒に包んでいた師匠は床に落ちて頭を打った音がしたが、気にしない。首が変な角度で曲がっているが、気にする必要はない。
「にゃあぁあ! 何してるの、お兄ちゃん、それ、本物でしょ? 治して!」
大丈夫だよ、よしよしと、慰めてくれるモンスターヴァーノンをぺしぺしと叩いて、レイラーニは命令を下した。渋々という風情でモンスターヴァーノンは師匠を拾い、ぐきっと適当に首を戻して、壁際に運び、壁にもたれさせて立てかけようとして失敗し、師匠は倒れた。次策として、壁にそわせて座らせて失敗し、寝かせて手を腹の上で組ませ満足し、レイラーニを見たら、ぷんすかと怒っていた。レイラーニが座るベッドをべしべしと叩き、ここに寝かせろと指令を出すので、モンスターヴァーノンは指示に従った。それでは初期状態と同じではないかと、違いを理解できずに苦悩しているが、不満はない。ダンジョンマスターには、絶対服従が、ダンジョンモンスターの特性である。
「唄う黄熊亭にいたと思うんだけど、何がどうして、こうなってるのかな」
レイラーニは、師匠の首を撫でた。顔は真っ白で、およそ生気を感じられず、首の骨が変形している気がした。僅かに心音は聞こえるのだが、不安しか呼び起こさない外見をしている。
「魔力切れかな。首が曲がった所為かな。どうしよう。魔力をもらう方法だけじゃなくて、あげる方法も聞いてくれば良かった」
レイラーニは、とりあえずアデルバードの真似をして、師匠の頭を抱えてみた。その後、どうしたらいいのかわからないので、とりあえず魔力あっちにいけと心の中で念じてみる。これといって何も起きないが、必死で精霊にお願いし続けた。
師匠の魔力量は、残念なくらいに少ない。母はそれなりの魔法使いだったが、実父が魔力を持たない人だったからだ。魔力の器の大きさは、おおよそ血統だけで決まる。養父が魔力の器だけ大きく、自家発電で魔力を貯められない体質だったため、魔力の節約術に長けていて、それを教わった師匠も大魔法使いのフリをして生きていたが、残念なくらいに魔力を貯める器が小さい。
パドマは、現代の人間としてはあり得ないくらいに魔力の器が大きい。魔法的には、かなり良い奇跡の血筋を持っている。師匠の両親の血も混ざっているが、それ以外は師匠の養父である、いにしえの大魔法使いの親族の血しか入っていない。祖先に竜を持つ、並の人間には到底太刀打ちできない器を持つ一族である。彼らは基本的に同族としか婚姻関係を持ちたがらないので、純血種が残っているのはそう不思議ではないのだが、数を減らした今では珍しい存在になった。師匠の養父は一族の例外中の例外で、妻は異世界人だったし、星の数ほどいた情人も一族の者はあまりいなかった。ヴァーノンのような人間が時折発生するのは、養父が遊び歩いた結果ではないかと、師匠は思っている。
師匠の養父の一族は皆、自力で魔力を貯める術を持たないのだが、パドマは師匠の母の血も継いでいるので、休息で魔力を回復することもできる。幼くして魅力的な魔力の貯蔵庫だった。育てば、更なる成長が見込める。
レイラーニの魔力の器も大きい。人ならざる者だから、血の制約を受けない。師匠は最大限大きく設定して、レイラーニを作った。レイラーニを至高の存在たらしめる労力は惜しまなかった。
だから、師匠は2人を魔力で満たすことはできない。命懸けで魔力を注いで、少々命を繋ぎ止めるくらいしかできない。だが、その逆は簡単だ。注ぎつくされても器から魔力が溢れるだけで、器が破壊されることはないから、すぐに師匠は目覚めた。
師匠は首に異変を感じたが、呪いの力でそのうち修復される。それよりも問題なのは、師匠の右顔が巨大マシュマロに圧迫されていることだった。この巨大マシュマロは、師匠特製特大豚まんと同じ大きさということになっている。師匠の両手を並べてお椀を作ると、ちょうど収まるシンデレラサイズだ。だから、豚まんを売り出せとパドマに言われた日は、正気を疑った。どうしてもと言うから、パドマの名誉のためにこっそり10パーセント増量させて作った。それ以降、作る度に大きさを更新している。
だが、今日の巨大マシュマロは、師匠が思っている大きさとは違った。あれからパドマも育って、ビー玉を挟めるくらい指を開かねば収まらないようなことになっていたのは知っていたが、これは更に育っている。ダンジョンマスターは良くも悪くも成長しないものなのに、不思議だった。レイラーニは、師匠の願いで生まれた存在だからかもしれないと思い至って、師匠はどうしようもなく恥ずかしくなった。レイラーニには、師匠の夢が沢山詰まっているのだ。
そんな妄想で時を無駄にしても、いつまで経っても、謎の拘束は解かれなかった。他の誰かなら蹴散らして終いにするのだが、レイラーニだけはマズい。返しに失敗すると、嫌われてしまう。それは悲しい。自分は何もしていないのに、なんなのこのピンチと、師匠はうっかり首を傾げて、激痛が走った。
「!!」
師匠が動いたから、レイラーニはがばりと起きた。師匠さん治れ! と念じていたつもりが、うっかりうとうとしていたことに気付いたのである。布団を被っていた所為か、身体がぽかぽかしていたのが敗因だ。魔力をあげるつもりが、搾り取っていたかもしれないと、蒼白になって師匠を見ると、可愛い師匠がいた。師匠は頬を薔薇色に染めて、首に手を当てて涙ぐんでいた。
「首痛いの。大丈夫?」
師匠はしゃべらなかった頃の癖で、また首を振ってしまい、痛みに悶えた。平静であれば、そんな阿呆なことはしないが、レイラーニが怒っていないことに安心して、油断し過ぎた結果である。
「ああ、ごめん。返事はしなくていいよ。痛いのは、わかったから。師匠さん、こういう時はどうしたらいいの? 冷やした方が良い? 温めた方がいい? 外科手術がいる?」
レイラーニは、モンスター師匠を呼び出した。モンスター師匠は綿菓子のような微笑みを浮かべ、ぺたりと師匠の首に絆創膏を貼った。可愛いペンギン柄の絆創膏である。そんなものを見たことがないレイラーニは、「それも古代魔法遺産?」と聞くと、モンスター師匠は頷いた。実際には、異世界の雑貨店で買っただけの何でもない絆創膏だったが、そういう適当な話をする人物だとインプットされているから、そう動作した。そして、実際に、師匠はその処置だけで回復し、起き上がった。
「何があったかは存じませんが、貴女は唄う黄熊亭で倒れていました。後生ですから、外出には私を同道して頂けませんか。貴女を失いたくないので」
真正面からの師匠の眼差しに耐えきれず、レイラーニは視線を外して応えた。
「近日中に、旅行に行く計画があったんだけど、付き合ってくれる?」
アデルバードに頼まれた旅である。行き先を知らせると逃げる恐れがあるため、何も伝えずにしれっと連れて行けという指示が出ている。
師匠に会いたがっているという養母さんは、師匠より年上に違いない。1500歳オーバーの師匠より年上とあっては、相当なお婆さんである。そんなお婆さんの頼みを聞かないなんて人じゃないと、レイラーニは思ったのだ。アデルバードのためではなく、人生最後の頼みのつもりでいるかもしれないお婆さんのために、レイラーニは成功させようと思っている。
「勿論です。熱海にしますか? ハワイにしますか? ああ、海は見慣れているから、山の方がいいでしょうか」
レイラーニの予想を裏切り、師匠は華やいだ声を上げ、無駄にくいついてきて、レイラーニを戸惑わせた。
「アタミ? 何それ」
「私の両親の定番の旅行先です。茶色の饅頭がそこら中で湯気を出して私を呼んでいて、ついつい見つける度に食べていると、お腹がいっぱいになりすぎて、豪華な夕食が全て父と叔父の酒の肴に変貌してしまう魔境なんですよ。でも、次の日もやっぱり揚げかまぼこの魅力に取り憑かれて、夕食が食べられなくなるのです」
「へえぇ。どんな場所だか、まったくわからないね」
「そうですね。口で説明するのは難しい場所ですから、いつか一緒に行きましょうね。案内します。春には、キレイな花が見られるんですよ。
で、貴女はどちらに行かれるのですか?」
「美味しいものを探して、放浪旅だよ」
「放浪? それはおやつが大量に必要ですね。こうしてはいられません。失礼して、旅の準備をして参ります。ラーメン丸は自分で作るにしても、チョコ占いは買って来なくては! あれは自分で作ると痛いですからね。サイコロキャラメルは、自作でもいいでしょうか」
師匠は、ぶつぶつと謎の単語を発しながら、レイラーニの返事も聞かずに窓から帰って行った。北西のダンジョンで材料を集め、お菓子を作りまくる予定でいる。
1人残されたレイラーニは寂しくなって、何故かダンジョン入り口で暴れ回っていたカイレンを招き入れて、師匠と旅に出ることを告げた。カイレンは師匠と言っただけで怒り出したので、お兄ちゃんに頼まれたでしょと、レイラーニも応戦したが、拗れたカイレンの脳は収拾がつかなかった。
アーデルバードのダンジョン宛に、弟をなんとかしろと手紙を書いて、レイラーニはカイレンに食べる白ソースを作って欲しいとおねだりした。食べたいだけなら、モンスター師匠に頼んだ方が早いが、ヴァーノンのレシピ通りに作るだけなら、カイレンにもできる。
カイレンは師匠のことを忘れ去り、熱心に白ソース作りに取り組んだ。パドマと仲良くなるためには、白ソースを作れることが基本だと刷り込まれているからである。絶対に失敗できない大仕事がやってきたと、全力を注いだ。ようやく静かになったと、レイラーニはホッとした。
レイラーニは、モンスターヴァーノンにキジンエビをいっぱい拾ってきてもらって、衣をつけて揚げまくり、カイレンと一緒に食べて、さよならする前に、手紙を渡すお使いをお願いした。
前回のどれが本物の師匠かクイズの答え編。
次回、旅立ち。食い倒れ旅になる予定は未定。