329.兄たちとの再会
レイラーニは、カイレンにぶいぶい文句を言われつつ、背負ってもらって街に戻った。髪色は黒茶に戻し、カイレンにべったりと張り付いていたので、次第にカイレンの機嫌も直った。走っている時は落ちたら危ないし、歩いている時はくっついていたら人が寄って来ないことに気付いたからなのだが、機嫌が良くなるならと、カイレンに説明せず、放置した。アデルバードに小遣いをもらったので、金はある。そのまま数件店に立ち寄り、食べ物を買って、唄う黄熊亭に行った。
カイレンとともにレイラーニが客として訪れると、騒がしかった店内が無言になった。そんなことが起きるとは想定していなくて、レイラーニは怖くなり、店を出ようとしたら、ワインのおっちゃんにドアを閉められた。
「2人目だな?」
「何が? 違うよ。何もしてないよ」
レイラーニは訳もわからず否定したが、大騒ぎが始まった。
「坊主! パドマが増えたぞ!!」
「噂の嬢が、やぁっと来やがった」
「いつまで立ってやがる。座れ座れぃ」
「マスター。あれを出せ!」
「てめ、こら、俺が先だぞ」
静寂が一瞬で懐かしいノリに変わり、行けいけと、レイラーニはおっちゃんたちの席に追い立てられた。カイレンもついて行ったが、「てめぇは、今まで一緒にいたんだろ」と、爪弾きにされた。
「あのね、ウチはただのそっくりさんで、パドマじゃないんだよ」
とレイラーニが断っても、勝手にサングリアの杯を置かれ、チーズ盛り合わせがバケツリレーのように運ばれてくる。おっちゃんたちの歓迎の圧に負けて、レイラーニは座った。
「付き合うのは、一杯だけだからね。パドマに話があって来たんだから」
「今日のおいちゃんたちの勘定は、そこの色男持ちだかんな。むしろ、パドマがいなくちゃ、払ってもらえんだろ。遠慮せずに、店の売り上げのために飲んでくれや」
「えええー。なんでそんな断りづらいことを言うの?」
「そりゃあ、こんまい頃からの付き合いだからな」
「お兄さんは、払わないよ。パドマの隣の席を譲ってくれるなら、払ってあげてもいいけどさ、何なの、この扱いで言う? 厚かまし過ぎない?」
カイレンは、いつもの席から悪態をついた。
「パドマ、あいつケチだぞ。あいつだけは、やめとけ。おいちゃんたちが、新しいのを見つけてやっからなー」
「やめたげて。イレさん、振られちゃったんだって。ずっとぐちぐちうるさいの。これ以上うるさくなったら嫌だから、優しくしてあげて」
「振られただと?」
「だから、話を聞きに来たんだよ」
「レンレンが振られたぞ!」
「男は顔じゃない!」
「男は金じゃない!」
「めでたい!」
「振られ男を奢ってやろう!!」
おっちゃんたちだけでなく、店中の客が喝采をあげた。テーブルに乗せられないほど、エールの奢り注文が入った。あまりの騒々しさに、レイラーニは両手で耳をふさいだ。
だから、「羽根がねえ!」という声は聞こえなかった。
「パドマ!」
耳をふさいで他人のフリをしていたから、レイラーニは気付くのが遅れた。レイラーニの後ろに、パドマを抱えたヴァーノンがいた。久しぶりに見たヴァーノンが尊すぎて、レイラーニは涙を流した。
「どういうことだ。お前もパドマだな」
ヴァーノンの確認に、レイラーニは首を振った。レイラーニが何も言わないから、パドマが紹介した。
「レイラーニだよ」
「天の花? またすごい名前だな。またパドマが増えるよりは、わかりやすくていいが」
「前にね、天子みたいだって言われたことがあったからさ」
レイラーニは、目を伏せた。一度死んだからだとは、言えなかった。だから、以前ヴァーノンに言われたことを理由にした。
「そうか。そうだな。似合いの名前だ。これからはこっちに住むのか?」
「住まないよ。引っ越ししたら、死んじゃう身体なの」
「死ぬ? なんでだ!」
「あのね、ウチ、パドマじゃないよ。顔は似てるかもしれないけど、別人どころか、人じゃないの。隣の街にあるダンジョンのダンジョンマスターなの。新米で、魔法がへたくそだからさ、ダンジョンから長く離れてると、具合が悪くなっちゃうんだ」
「そうか。それは残念だな。でも、こうして遊びに来れるなら、店に顔を出せよ。なんでも出してやるからな。
お前は俺の、、、4人めの妹だ。俺の妹はな、知らないうちに生まれてて、大きくなってから存在を知るのがデフォルトなんだぞ。だから、お前も妹だ。血縁なんて気にせずに、兄と呼んでくれ」
「ぷ。ホントだ。確かに、そうかも。うん。なるべく売り上げに貢献するね」
パドマは、大金貨をヴァーノンに握らせた。
「おま、ちょ、この金はどうした? 別に、お前から金を取る気はないぞ」
「取っといてよ。その分、しばらくお金を払わないし、好きに飲み食いするから。今だけ、ちょっとお金持ちなんだ。パドマに美味しいものを食べさせてあげて、ね」
レイラーニは、ヴァーノンからパドマを取り上げた。
「さぁ、お兄ちゃんから許可は取った。今日は、食べる白ソースチーズ祭だよ」
「やたー」
パドマをひざの上に乗せ、両手を合わせて喜びの舞いをともに踊る。小さい頃のヴァーノンと踊るよりも、息がぴたりと合った。やはりこれは己の半身なんだな、とお互いに感じた。
「こら、レイラだけだ。レイラは毎日は食わせてやれないからな。お前は、ちゃんとした物を食え」
「チーズと卵を食べると背が伸びるんだって。師匠さんが言ってたの。パドマにも食べさせてあげてよ。人並みの大きさに、育ててあげてよ」
「いや、だが、それしか食べないのは、身体に良くないだろう」
「今日だけ。こんなちっちゃい子に禁止して、1人で食べれないよ」
「仕方ないな」
ヴァーノンは折れて、厨房に行った。レイラーニともっと話したかったが、それよりも腹一杯に食わせてやりたい気持ちが勝ったのだ。
「さて、パドマ。話は聞いた。テッドと何があったの?」
レイラーニは、目を光らせて尋問を開始した。
自分に限って、テッドと恋仲になるのはあり得ない。テッドだって弟だ。兄みたいに大きくなってしまっても、弟でいると話した記憶がある。だから、カイレンの話がまったくピンと来なかった。故に、レイラーニはパドマに話を聞きに来たのだ。パドマなら、レイラーニが何を疑問に思うか、すぐに理解するだろうから、他に聞くよりも早いと思った。
「テッドとは、何もないよ。にーちゃがきゅーに縁談を纏めてきただけ。なんてゆーかさ、テッドのおとーさんは、にーちゃのおとーさんだからさ。どーにもならないよね。100年後は好きにしたら良い、って言われたの」
パドマは、レイラーニのサングリアに手を伸ばしているから、レイラーニは杯をあけた。あけても第2弾がすぐにやってきたし、残った果物もパドマは狙う。それをがふがふとたいらげながら、レイラーニは応じた。行儀悪くサングリアを完食するこの残念美人は、間違いなくパドマだと、おっちゃんたちに笑われながら。
「それは、どうにもならないね」
「ごめんね」
同一思考だから、それだけで察した。ヴァーノンが何を言ったか、カイレンとの約定を捨てた謝罪だとか、細かい説明はいらない。
「ウチはいいけど、どうしようね。かなりくそ鬱陶しいよ」
カイレンに視線を移すと、不機嫌にエールをあおり続けている。兄たちほどは弱くないが、カイレンも飲めば酔って、鬱陶しさが上がる。やだねー、と目で感想を言いあった。
「任せた!」
「うーわー」
うーうーうなりながらチーズを食べていたレイラーニは、おっちゃん席を立って、カイレンの横に座った。カイレンも、パドマの話は聞こえていたし、同じ話は何度も聞いた。レイラーニがどうにかする気もないことも知った。だから、そっぽを向いてむくれている。レイラーニはしばらくその横顔を睨んでいたが、持ってきたサングリアをぐぐーっと飲み干して、カイレンの胸ぐらをつかんだ。
「イレさん、パドマの話を聞いてきた。イレさんは、どうしたい? 100年後、お友だちとしてウチらと一緒に3人で暮らす。パドマの2人目の夫になる。、、、ウチと結婚する。どれが、マシ?」
また店を静寂が包んだが、カイレンが壊した。
「なんで? 3人で駆け落ちするが、抜けてるけど」
カイレンは、胸ぐらをつかまれたま、レイラーニを睨んだ。酔いつぶれているのか、眼光はそれ程きつくないが、レイラーニは怯えて手を離した。
「そっか。イレさんは、ウチらを独占できたら、他はどうでもいいのか。ウチらの幸せなんて、考えてくれないんだね。だったら、ウチももういいや。約束してくれた時は、嬉しかったのに。もう他の人を探すよ」
レイラーニは席を立った。そのまま店を出ようとするのをカイレンが先回りして道をふさいだ。
「全力で取りに行く、って言ったよね。何がいけないの?」
「何回言っても、1番大事な約束を守ってくれないからだよ。何よりも大切だって言ったのに、次こそ守るって言ったのに。1度だって守ってくれなかったのに、なんでウチだけイレさんとの約束を守らなきゃいけないの? ふざけんなよ。そんな人と添い遂げなきゃいけないなんて、いくらウチだからって、可哀想すぎるよ。どけ! ウチは道を塞がれるのが、大っ嫌いだ!!」
レイラーニの身体から、黒い光がにじみ出てきた。じわりじわりと漏れ出して、身体を包んでいく。なんでもない生活動作に魔力を垂れ流しして魔力切れを起こすレイラーニである。激情とともに魔力が大量に溢れ出た。魔法でカイレンを吹き飛ばしたくて、店の中では使えないと理性が止めて、ただ魔力だけが溢れていた。
「1番大事な約束? それは100年後に結婚することだよ」
「違うし!」
レイラーニは、何の力も持たない魔力をカイレンにぶつけて倒れた。パドマが悲鳴をあげると、白ソースを作っていたヴァーノンが店舗に出てきて、レイラーニを見つけた。ヴァーノンは、直様、パドマを抱えて、レイラーニの前に駆けつけた。
「レイラに何をした?」
「何もしてないよ。急に怒って、倒れたんだ」
ヴァーノンに睨まれたカイレンは、驚きつつ答えた。
「何もなくて、人が倒れるか! 妹を害するヤツは、出ていけ!! もう来るな!」
ヴァーノンがレイラーニを抱き上げると、微かに呼吸を感じた。かつてのパドマとさして変わらぬサイズだが、呼吸は浅く少ない。それに危機を感じ、ひとまずベッドに寝かせるかと部屋に向かうと、師匠が6人入店した。
師匠が店に来るのは毎日のことだが、今までは1人だった。2人くらいなら、双子だったのかと思うだけだが、6人はすごい。なんだこれと、驚いて固まっていると、ヴァーノンは師匠の1人にレイラーニを強奪され、別の師匠がレイラーニに口付けた。すると、口付けた師匠は倒れてしまったが、更に別の師匠が倒れた師匠を担ぎあげた。
可愛い師匠軍団に、思わずヴァーノンは見惚れていたが、レイラーニの頬に赤みがさしたら、思い出した。以前も、絵本のような光景を見せられたことがある。師匠軍団は、レイラーニが目を覚ます前に唄う黄熊亭を飛び出した。ドアが壊れたので、殿の師匠は、魔法でドアの修繕をし、光って消えた。
パドマはまた悲鳴を上げたが、ヴァーノンはパドマを抱いてあやすだけで、何もできなかった。寒空の下、パドマを連れてレイラーニを追いかけることはできない。師匠のように分裂する技能が必要だと、痛烈に感じた。
次回、回復するだけの話。脱線多め。