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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
328/463

328.魔力回復

 アーデルバードに到着し、街中は馬車で入れないので、木箱に隠れたままミニ馬車に乗り換えた。折角、アーデルバードに来たのにな、外を見たいな、とレイラーニがモヤモヤしていたら、入っていた木箱が揺れた。誰かに持ち上げられたようだった。まだ着かないよね、なんで? と思っていたら、木箱が飛んだ。レイラーニは、声を漏らさないように、木箱から飛び出ないように、必死で木箱に手足をかけた。手が痛いとか言わずに、頑張った。


 しばらくして木箱が床に置かれると、フタが開けられた。顔を覗かせたのは、カイレンだった。

「やっぱりパドマだった。お兄さんの目は誤魔化せないんだよ」

「いや、別に、イレさんのことなんて、誰も気にしてなかったけど」

 カイレンの後ろが、カイレン宅の天井っぽかったので、レイラーニはそっと外を伺い、誰もいないと見て、箱から出て伸びをした。手には木箱のトゲが刺さっていて痛かったが、気にしないことにした。

「気にして。片時も忘れずに、心の中に置いておいて」

「ウザいな。邪魔くさいな、って?」

 一頃、パドマの定位置だったソファの上に座ってみたが、何も楽しいことは起きなかった。

「格好いいなぁとか、会いたいなぁとかだよ。お兄さんは、ずっとパドマのことを気にして、お兄ちゃんに相談に行ってたのに」

「うーん。イレさんちは大好きだったんだけど、やっぱり師匠さんとセットだから良かったのかな?」

 レイラーニは、ダイニングのイスに座ってみたが、やはり何も起きない。師匠という単語を聞いて、カイレンは総毛だった。

「ごめん。ずっとダンジョンにいずっぱりだったから、今は何もないんだ。買い物に行こう」

 うっかりカイレンがレイラーニを外に連れ出したから、レイラーニの周りに人だかりができた。すぐに綺羅星ペンギンから護衛が派遣されたが、もう集まってしまったものは、どうにもできなかった。何もされていない時点で手を出せば、レイラーニが怒る。

「移住の件なら、ウチは人事権がないから、どうにもできないよ。師匠さんに言ってね」

 と、レイラーニが口を開けば、更に人が殺到した。「推薦をください」「口添えして下さい」「わたしは、白蓮華にも黄蓮華にも入れないのです」と人が迫ってきたから、カイレンはレイラーニを抱えて跳んだ。

「ごめん。買い物は無理みたいだね。また今度にしよう」

 そう言って、他人の家の屋根を跳び渡りながら走り、ダンジョンに入場し、途中でお守りぬいぐるみを掘り出して、99階層まで駆け抜けた。



「お兄ちゃーん! パドマを連れて来たよ。何かご馳走を出して」

 カイレンが階段の部屋で叫ぶと、扉が開き、アデルバード(ダンジョンマスター)が顔を出した。手にはホールチーズがのっている。レイラーニがダンジョンに入った時点で気付いたので、準備を始めたのだが、カイレンの足が速すぎて、何もできなかったのだ。

「パドマ? パドマ!」

 アデルバードは、チーズを放り投げてレイラーニの前に来た。失われた愛妹が、目の前に出現した喜びに駆けつけたが、レイラーニの姿勢がおかしい。何かを隠しているのを察した。

「またケガをしたのですか?」

「ああ、ちょっと雪遊びのしすぎで?」

 即座に木箱のトゲを抜かれて、消毒され、謎の軟骨をぬられて、包帯代わりのミトンを手に被せられたレイラーニは、カイレンを見上げた。やはり、イケメンより、イケメン財布より、優しさの方がいいと思ったのだ。更に言えば、アデルバードや師匠も美男で金持ちだった。彼らと結婚したいとは思わないが、カイレンは最高ではないと評価を修正した。

 して欲しいことを言わないレイラーニが悪いのかもしれないが、ヴァーノンと師匠と護衛に囲まれて暮らしていたレイラーニは、言わないでもあれこれと世話を焼いてもらえるのがスタンダードである。生まれた時からそうだったのだから、なんでカイレンはやってくれないのかがわからない。だから、伝えたらいいという発想に至らない。

 カイレンは、この段で初めてレイラーニの傷に気付いて、驚いている。顔の造形も財布も、何も役に立っていない。

「時に、その頭の色と背中の羽根は、どうなさったのですか?」

 手のトゲにすぐに気付いたアデルバードは、今はじめて白髪と鳥の羽根に気付いた。

「こっちもこっちだな。ウチは、レイラーニ。パドマのそっくりさんだけど、別人だから」

「別人じゃないよ。パドマが2人に増えたんだ」

「お母様たちみたいだね」

 カイレンの説明に、アデルバードはふふふと笑った。滅多に起きない異変なのに、動じない人生経験を積んでいるらしい。

「違うよ。あの人たちは、元から2人だったけど、パドマは本当に2人に増えたんだ。新しい街のダンジョンマスターに、パドマを登録したんだ。師匠がやったんだよ」

「ああ、私と同じでしたか。お仲間ですね」

 アデルバードは、以前のようにレイラーニの頰を撫でた。カイレンの頬がピクリと動いた。

「うん、そうなの。お兄ちゃんはさ、羽根がついてないよね。どうやって消したの?」

「ダンジョンマスターに、羽根は無用。お父様は、そんなものは付けません」

 レイラーニがアデルバードの背後をとり、背中をぺたぺた探った。アデルバードは正面を向いたまましれっと会話を続けているが、カイレンの手のひらには指が突き刺さり、血がにじんでいる。

「あんの変態がさ、キスしたら一瞬消えるから安心とか言うんだよ。一生に1回ならともかく、一瞬だよ。付き合いきれないよね」

「キス? それなら、お兄さんに任せて! パドマの婚約者だからね。困ったら、いつでも助けるよ」

 うつむき何かに耐えていたカイレンは、パドマに向かって手を広げて微笑みを浮かべた。口元も手のひらも血で汚れている。その不気味さに、レイラーニは後退りした。

「すみません。その言い草だと、私も変態仲間にされている気分になるので、やめてください。魔法で付けられたものであれば、そんなに思い詰めなくとも、なんとでもなりますよ。あれはファジーなものですから。例えば」

 ダンジョンマスターは、レイラーニの袖をまくって、上腕にくちびるを落とした。すると、レイラーニの背中がむずむずと動き、紫の光とともに羽根が消えた。

「え? 消えた? 消えた! やった!」

 飛び上がって喜ぶレイラーニの姿に、アデルバードの頬も緩む。

「お兄ちゃん? お兄ちゃんも、パドマが好きなの? ダメだよ。パドマは2人とも、私のだからね!」

 カイレンは、兄とレイラーニの間に割って入って牽制した。

「腕くらいで、いちいち目くじら立てなくてもいいでしょう。私はいろんな意味で、この子の兄分なのですから。あまり見苦しい様を晒していると、嫌われますよ。今まさに面倒臭い男だな、って顔をしているじゃないですか」

 アデルバードは、カイレンを面倒臭い男だなと見上げた。

「え? いや、そんな顔はしてないよ。少しは落ち着けよ、って顔だよ」

「読み間違えてしまいましたか。これは、お恥ずかしい」

「そうだよ。風評被害が起きちゃうよ。勝手なことを言いふらしちゃ嫌だよ」

 レイラーニとアデルバードは、ふふふと笑いあった。

「どっちでも嫌だよ。やっぱり、パドマのためでも、旅に出るのは嫌だよ。小さいパドマに振られたし、帰ってきたら大きいパドマにも振られるよ。嫌だよ!」

「だから、この子と一緒に行けばいいでしょう。半身を連れて行けば、事故が起きても、アレが対処します」

「それで、パドマが命を救ってくれてありがとうって、師匠に惚れたらどうするの?」

「心配せずとも、もう惚れてるでしょう。これより悪くはなりませんよ」

「ほ、惚れてないよ! ウチは、お兄ちゃん一筋だから」

 レイラーニは、全身を朱に染めて、アデルバードに飛び付いて、力一杯否定した。師匠が大好きな件は、秘密にしなければならないのだ。冗談で言っただけで師匠に殺されてしまうと、レイラーニは未だに信じている。

「すみません。あなたのことは大好きですが、妹のようにしか思えません」

 アデルバードは、優しい笑顔で、きっぱりと否定した。それを聞いて、レイラーニも更に顔を赤くして、否定した。

「お兄ちゃんのことじゃないよ!」

「パドマは、お兄さんの未来の奥さんだもんんー」

 ダンジョン99階層に、レイラーニとカイレンの叫びがこだました。



 アデルバードは、ちょっと待っててね、と姿を消して、ワゴンを押してティーセットを持って来た。一人暮らしのくせにいつもそうしているのか、アフタヌーンティースタンドに軽食を乗せ、ポットからお茶をカップに注いでくれた。方向性は違うものの、どっちも面倒臭い男だな、とレイラーニはカップに手をかけた。

「以前、パドマに魔法を使って失敗した際に、力添えをして頂いた神龍たちに、お礼をしに行ってきました。単刀直入に、どのようなお礼をして欲しいか伺ったところ、闇龍はパドマと遊びたいと希望して、風龍は私の半身に会いたいと希望されました。ですので、カイレンを連れてあちこちに行ってきて頂きたいのですが、ご都合如何でしょうか」

 お茶なんて出されてもなーとレイラーニがすすると、酒の味がした。師匠が昔作ってくれた激甘茶にアルコールが加算されたカクテルだったのだ。レイラーニは瞳を輝かせた。そして、話を半分しか聞いていなかった。

「師匠さんは、魔法に関係ないのに?」

「風龍は、アレの乳母ですから。久しぶりに顔を見たいから、連れて来て欲しいと頼まれました」

「ああ、それは会いたいかもしれないね。でも、ウチはフェーリシティを離れたら死んじゃうらしいよ。悪いけど、兄弟水入らずで行ってきてよ。ウチを殺したいんじゃなければ」

「フェリシティは、旅に出たいのではなかったのですか。カイレンから、そのような相談を受けていたのですが」

「行きたいよ。行きたいけどさ。ウチが死んだら、ダンジョンが壊れるんだって。あそこには、弟の夢が詰まってるんだよ。だから、死ぬわけにはいかないの。100年後なら行ってもいいけど、今は無理だよ」

「パドマも弟がいいの? お兄さんは、2人ともあの子にパドマを取られちゃうの? あんまりだよ! ただの弟だって言ってたのに!」

「あー、もう鬱陶しいな。さっきから本当になんなの? 会話の邪魔なんだけど」

「パドマが100年後ならって言うから信じて待つことにしたら、小っちゃいパドマに弟と結婚するからごめんね、って言われたの! 振られたの! 悲しんでるの!」

「弟って、どの?」

「パドマ兄のそっくりさん!」

「全然似てないけど、テッドかな。なんでまたテッドなんだろ」

「なんでまた? なんでまた? 鈍いにも程があるよね。あの子、完全にパドマ狙いだったよね。もう、パドマの言うことなんて信じなければ良かった。ひどいよ。お兄さんの心をもて遊んで!」

「あー、今度会ったら、話聞いとくから黙ろうか。どうせ子どもの戯言でしょ」

「口で言うより実地で教えた方が早いと思うのですが、試しに抱きしめてみてもよろしいでしょうか。小さい頃のようにしていただければ、問題ありません」

 アデルバードは、カイレンの話を無視して、話を進めた。

「ダメに決まってるよ。さっきから何なの? 連れて来なければ良かった。パドマ、帰ろう!」

「やかましい。邪魔です。黙らっしゃい」

 アデルバードは、カイレンを隣の部屋に転送した上で、閉じ込めた。カイレンはドアを叩き壊すが、次々とドアを修復し、厚い壁に変えていく。

「変なことしないなら、いいけどね」

 15年ほど騙されて、ひどい目にあわされたのは、記憶に新しい。断りたいのが本音だが、断っても無駄な足掻きなんだろな、と思ったからレイラーニは引き受けた。

「では、こちらに来て、上に座って頂けますか」

 アデルバードはイスごと後ろに下がって、レイラーニに向き直った。

「なんで」

「私から触れるつもりはないからですよ」

「そうだね。その方が助かるかも」

 レイラーニは逆らわず、アデルバードのひざの上に座った。身体の大きさは大分変わってしまったが、かつては毎日のようにそうしていたから、それほど嫌悪感はない。

「ジャーキーを食べますか」

 アデルバードも、その頃を思い出したのか、笑ってそう言ったが、レイラーニが食べると応えると困った顔をした。言ってみただけで、準備はなかったのだろう。当時のパドマが好きだったから、そのためだけに作っていたのかもしれない。アーデルバードには、あの味のジャーキーを作る店は見つけられなかったから。

「また今度作ってね」

 とレイラーニがもたれかかると、はいと返事があった。

「大きくなりましたね」

「イヤミか。ここ数年変わってないよ」

「ダンジョンマスターになるにあたって、少し大きくなってますよね」

「それこそイヤミだよ。多分、足の長さを伸ばされた。あいつ足短いなって思ってたんだよ、きっと」

「違うでしょう。貴女が背を伸ばしたいと思っているから、叶えたのだと思いますよ。胴を伸ばすのは、構造が複雑で難しいので。胴を伸ばせないからバランスが崩れないギリギリのラインで足を伸ばしたのではないでしょうか」

「ふーん」

「それでは、今からフェリシティの魔力を回復させます。不快でしたらやめますから、言ってくださいね」

 アデルバードがそう言った瞬間から、身体がぽかぽかとしてきて、レイラーニは眠くなってきた。うとうとし始めたところで、如何ですかと声をかけられ、はたと覚醒した。もうぽかぽかは終わっている。

「うっかり寝るかと思った」

「魔力回復は、休息中に行われることだからでしょうか。このような形で、魔力不足を補うことができます。私の半身であればできますから、アレを連れれば、どこまでも行けます。旅に行きたいと言って、乳母がいる場所に行ってくれませんか。私の頼みよりも、確実ではないかと思うのです。アレは実家を嫌っているので」

「うーん。生き返してくれた恩もあるし、おばあちゃんの頼みは聞いてあげたいけど、不安だなぁ。でも、行ってくるから、ウチのダンジョンの様子もみておいてね。万一の時は、せめて死者を出さないでね」

「あなたも私の妹です。2度と死なせはしません」

「うん。ありがと」

 話が終わったので、カイレンは解放されたが、くっついている2人を見て、またいきりたった。

次回、唄う黄熊亭へ。

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