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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
326/463

326.師匠の世界

 師匠はパドマを連れて、北東の城門前に来ていた。ダンジョンを作るのである。今日のパドマは従順どころか、師匠の腕の中で昼寝中なので、やりたい放題できる。変化がわかりにくいので、魔力の搾りすぎには注意が必要だが。

 師匠が呪を唱え、図面を投げ入れると寺院風の建物が現れた。中庭に泉水を持つ、方形の建物である。建物の左右は回廊で、前後にアーチがある。アーチの天井は、バラ柄のタイルでムカルナス構造になっていた。市街地側のアーチの上には鐘付き塔が2つ備えられていて、城門側のアーチの上には真ん中にドームがある。回廊には、それぞれ7つのファサードが並び、ステンドグラス入りの木戸を入れた。ここのステンドグラスの意匠は、バラにした。建物中、どこを見てもバラが咲く。壁の装飾も、師匠の内面を映すかのように、あちらこちらにバラが隠れている。

 この建物の外観は、それほど見事でもない。見所は内部にある。師匠は扉を開けると、またしてもレイラーニに蹴り入れられた。


「乱暴ですね」

 レイラーニは、きっちりとパドマを取り上げてから師匠を中に入れたのに、師匠には何事も起こらなかった。立ち上がって、服のシワを整え直している。一度情報を取り込んだ者には無害なのだろうかと、レイラーニも中に入ってみたが、何事も起きない。パドマも、スヤスヤと寝たままだった。

「お姉様、お兄様には、優しくして差し上げなければなりませんよ」

 床からにゅるりと生えた妹パドマを模したモンスターが、ふふふと笑って、レイラーニを諭した。

「パドマは、そんなことを言わないよ」

「データの取り方が気に入らないご様子なので、こちらの守護者は、図面とパドマのデータをベースに作成しました。多少の揺れは、諦めてください。手作業では、そんなに細かい設定ができないからこそ、生体から情報を抜き取っていたのです。

 これで、ダンジョンは4つ作成し終わりました。残りは1つです。守護者なしでも構いませんが、もし千年後に会いたい人物がいるならば、登録しても構いません。選定権は、貴女に授けましょう」

「え? いや、苦しむ人はいない方が良いよね」

「私は、仮令中身が別物でも、時々、両親の顔を拝みに行きますよ。あのダンジョンは、恐らくそのために作られたものですから。失われてから、大切なものだったと気付くのです」

「ああ、そうなんだ」

 レイラーニは、アーデルバードのダンジョン100階層の風景を思い出した。あそこにいたチビ師匠は、とても可愛かった。だが、今の師匠の方が可愛いと考えかけて、思考を止めた。そんな妄想はいらない。

「あそこの人たち、みんなキレイで、びっくりしたよ。あの時はあんまりピンとこなかったけど、イレさんのお父さんだかお母さんだかわからない人、めちゃくちゃキレイだったよね。イレさんがあんな顔になったのも納得できるのに、どうしてもあの顔を見るとイレさんだと思えないんだ。師匠さんは、どっちの顔がイレさんぽいと思う?」

「ひげづら」

 師匠はぶっきらぼうに言い捨てて、奥に歩いた。「あ、ウチと同じだ!」とレイラーニが応えたが、その話題を広げたくない師匠は、無視して先に進む。

 カイレンの実父は、師匠の憧れだった。師匠が髪を染めたのは、カイレンの実父の息子らしく見せたい気持ちが始まりだった。それもあってカイレンを可愛がっていたのだが、今となっては憧れた人から沢山のものを受け継いで、その価値もわかっていないカイレンに、イライラと嫉妬している。顔は、師匠よりカイレンの方が美しいのは、師匠も認めている。だからこそ、レイラーニにはカイレンの顔を話題にして欲しくなかった。

 2列に並んだ12本のらせん状の石柱が設けられた回廊に着いた。ヴォールト風の天井やファサードなどの形も美しいが、目を奪うのは色彩だ。天井も壁も床も、床に敷かれた絨毯も、幾何学模様が描かれていて、原色の色が氾濫している。そこにステンドグラスからの光のシャワーが降り注ぎ、幻想的な世界を作っていた。

 これをパドマと見るためだけに、師匠はこの建物の図面を描いた。図面にはこの建物の装飾を、事細かく全てそのままに描かねばならなかったので、とても大変だった。バロック調の装飾を歪みなく描くのも大変だったが、この建物のタイルを1つひとつ描いていく作業に比べたら、大した手間ではなかった。

 レイラーニは言葉をなくして、棒立ちになっている。師匠はその隣に立った。景観の邪魔をしたくなかったのだが、レイラーニは師匠がいてこそ完成される作品だと思ったので、少し残念に思った。

「貴女とともに見たかったので、とても嬉しいです。夢を叶えて下さって、ありがとう御座います」

「ああ、うん。それは、良かったね」

 レイラーニは話しかけられると、反射で師匠の顔を見てしまう。近くで見たくないから、必死で顔を背けていると、師匠は嫌われたのかと、落ち込んだ。

「白い身体に暖色が映えて、美しいですね」

「え? あ、そう? そうかもね」

 パドマは黒や茶色が好きだから、レイラーニはそういう色の服を好んで着ていたが、アーデルバードのダンジョンマスターの部屋は白かった。レイラーニの部屋も白いから、師匠は白が好きなのかな、と今日は白い服を着ていた。白い頭に白い肌に白い服である。変じゃないかな、と思っていたところに思わぬ指摘をされて、レイラーニは慌てた。寄せていると、気付かれたくない。カイレンの好みに合わせて髪を伸ばしても、カイレンは気付きもしない。それに油断をしていた。兄弟でも、中身は似ていない。

「銅、鉛、亜鉛、鉄、スズ、アルミニウム、リチウム、マグネシウム、チタン、クロム、マンガン、コバルト、ニッケル、モリブデン、タングステン? これで大砲が完成するの?」

「いえ、金属も使いますが、それらはカムフラージュの方です。一部、表面にはリポップしないものがありますね。それらには毒物も混ざっていますので、そのまましまい込んでいてください。使える施設ができるまでは、死蔵していてください」

「だったら、その時に作れば良いのに」

「貴女への忠誠の証ですよ。私が使い始める前に、使って下さって構いません。好きな鉱石があれば、貴女だけに捧げましょう。真珠を作りますか」

「集める苦労も愛の証だよ。だから、いらない」

「貴女のダンジョンで作られた物なら、存在自体が貴女の愛情だと思いますけどね。封鎖した方が楽なのに、あえて開放しているのですから」

「アーデルバードのダンジョンも、封鎖できるの?」

「できますよ。あそこは、私の宝箱です。開放して、宝をくれてやることに意味はありません。父の遺産も埋められていますし、皆、物を奪うだけで、マナーもなっていません。見るに堪えませんが、閉鎖すると失われる命が増えます。致し方のない処置です」

「うっ。ごめんね、好き放題、遊んでて。師匠さんたちが、アーデルバードのために開いててくれたんだ」

「違います。これ以上の鳥獣を失わないためですよ。人間が本気で狩ると、すぐに種が絶えてしまいますからね」

「鳥獣。そっか」

 レイラーニは自分の羽根を見た。納得した。カイレンも大概だと思ったが、師匠はそれ以上のくそ変態なのだ。この世界は、変態で溢れている。

 レイラーニは聞かなかったフリをして、硝酸カリウムと硫黄を東のダンジョンに転送した。



 その勢いで、師匠は中心街に歌劇場を作った。

 当初の話では街の中心が歌劇場だったが、実際には役所が作られた。それで、レイラーニはすっかり忘れて室内装飾を見ていたのだが、師匠が急に脈絡もなくアリアを歌い出したので、思い出してしまった。ここは歌を歌う劇場かと。音の響きが凄まじかった。

 師匠はパドマと歌劇を楽しみたくて、「恋とはどんなものかしら」を独唱してみたのだが、レイラーニには何も伝わらなかった。歌詞も原曲のまま歌ったため、呪文以上に何も伝わっていない。

「楽器好きだもんね。歌も好きなんだね」

 レイラーニは、なんとか当たり障りのない感想を捻りだして、静かに後退りした。仮令、解毒のためでも歌うつもりはない。発声からして別人のようだった。無限に時間が有り余っていて、どんなに暇を持て余しても、師匠の鬼特訓を受けるなど、ごめんだ。

「歌劇団を育てて、一緒に鑑賞しませんか」

 師匠は可愛い顔でレイラーニを誘っているが、騙されてはいけない。混ぜられたら、足腰が立たなくなるような修行の日々が始まってしまう。

「そんなものを育てなくても、モンスター師匠さんを並べたら、すぐに開演できるんじゃない? 男役がいなくて、困るかもしれないけど」

 男しかいないのに、男役がいない歌劇団である。レイラーニは冗談で言ったのだが、師匠は喜んで衣装製作を始めた。師匠の手にかかれば服など秒で出来上がるのだが、沢山いるモンスター師匠を集めたら、舞台が一瞬でできた。舞台装飾も音源も、師匠だけいれば事足りる。モンスター師匠A、B、C、D、E、Fに師匠が役名を伝えると、台本も練習もなく、歌劇の幕が上がった。

 可愛い師匠Aが色男で、可愛い師匠Bが騙された町娘で、可愛い師匠Cがこれから騙される娘さんで、可愛い師匠Dが娘さんの彼氏で、可愛い師匠Eが町娘のお父さんで、可愛い師匠Fが色男の小姓役だった。客席から見えるか見えないか微妙な穴の中に、弦楽器や金管楽器や打楽器を持った師匠がわらわらといる。色男が女を騙す最低な物語が進行していたが、レイラーニには可愛い師匠が溢れる夢の世界に見えて、気が遠くなった。自分がやりたくないばかりに、うっかりとんでもない世界を作り出してしまった。

 師匠は、あまりのお手軽さに満足しているようなので、第2弾、第3弾と作り出してしまうかもしれない。なるべく、ここには来ないようにしようと、レイラーニは思った。騒音でパドマが起きて、師匠ワールドに喜んでいたが、レイラーニはもう来ない。来たら、視界が師匠でいっぱいになってしまうので、危険だ。

次回、霜焼け。

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