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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
325/463

325.製綿業

 師匠は、市街地の外れに製綿工房を建てて、黄蓮華の女たちを連れて来た。病気で寝ている者以外は強制参加で、お仕事体験をさせるのである。手広く就業者を募ると、街中でパニックが起きる気がしたので、最初から絞った。遠足気分で白蓮華の子がついて来た分は、気にしない。

 師匠は、製綿を産業として育てるつもりはない。砲弾を作るのにコットンリンターが欲しいのだが、それだけ取って、綿を捨てるのも変だと思っただけだ。砲弾作りを公にするつもりがないので、製綿業を隠れ蓑にするのである。なんとなく働いてくれれば、赤字経営でも構わない。師匠が適当に補填するつもりでいる。

 今日は、体験だけなので、作業を簡単にできる様、お膳立ては整えた。


「ええと、こーぼーには実綿がにゅーかされるから、最初のお仕事は、種取りです? 綿繰り機のハンドルを回します。ローラーの間隔をちょーせつ、ちょーせい? しながら、くるくる回すと、種が取れます。種は使わないので、潰れても構いません」

 師匠は、作業説明蝋板を用意してきたのだが、黄蓮華の女たちは読めなかった。何故か、呼んでいないパドマとレイラーニがいたので、パドマに小遣いを渡して、読む仕事をさせることにした。勉強にもなって、一石二鳥である。子どもパドマも、大人パドマの知識があるので、教えなくても大体は読める。

 師匠の実演を見て、皆で順番にやってみたが、パドマは実綿1つの途中で嫌になって投げた。レイラーニは、魔法を使ってズルして、1つだけ仕上げた。師匠は、この2人には仕事を振る気はないので、無視して他の女たち、子どもたちの仕事を観察した。頑張ったのに仕事の成果を何も言ってもらえないし、他の女ばかりを見ている師匠に、レイラーニはむくれた。


「次は、綿打ちをします。ローラーで潰れた綿をほぐして、ゴミを取り除きます。それなら、ローラーをやめればいいのに。っと、弓の鉉で、繰り綿を弾き飛ばす作業を繰り返すと、次第にほぐれて、ゴミも取れます。綿打ちには、そーとーな時間がかかるので、きょーは完全にキレイな綿になるまでさぎょーしなくて構いません。身体の大きさに合った弓を選んで、やってみましょう」

 師匠は実演で唐弓を使ったが、パドマとレイラーニは小さい竹弓で真似をした。何回べしべしと弾いてみても、何かが変わった気がしなかった。当てるべきところに当たってるかも、わからない。唐弓じゃないからかな、と言い訳して、さっさと次の人に弓を渡した。次の人は、レイラーニの作業は見ておらず、師匠を見ていた。ますます、レイラーニの頬は膨らんだ。


「次は、糸紡ぎだ。楽しそー! 打ち綿を適りょー取って、ぼーじょーに丸めます。糸車に糸を撚って紡ぎます。なるべくいってーの太さの細くて強い糸を紡ぎましょー? むず! やだ。難しー予感ー。糸が切れたら、打ち綿の上に乗せるとくっつきます。切れてもいいなら安心だね。さぁ、やってみよう!」

 師匠は、簡単そうにカラカラと糸車を回す。糸車を回すのは簡単だろうが、糸を撚るスピードが速すぎる。あっという間に均一な糸を紡ぎきった。

「いや、なんでそんなにできるの? ただのカモフラージュじゃないの?」

 レイラーニは、とうとうツッコミを入れた。

 師匠は何をやっても出来る。苦手なものや、やったことがないことに困っているのを見たことがないのを、変だとか、ズルいと思っている。師匠に言わせれば、師匠のできることを選んで、レイラーニの前でやっているのだから、できないことなどなくて当然なのだが。

「私は子どもの頃、機織り女をやらされていたのです。絹糸でも木綿糸でも毛糸でも、我が家では私しか紡げる人間がいなかったので。何でもやり続ければ、できるようになるものですよ」

「機織り、め?」

「ええ、兄弟は沢山いたのですが、なんでも長男に御鉢が回ってくる家でした。幸いにも、私は妹たちよりも可愛い服も似合ったので、好評でしたよ」

「うん。兄妹仲が悪かった理由が、一瞬でわかった気がするよ」

「よく父にも、そう言われました」

 師匠は、ふわふわと笑っている。レイラーニはジト目で見ているのに、まったく動じない。パドマは糸を撚らずに、糸車だけ回して遊んでいた。師匠が女に囲まれているのが気に入らなくて、この会に混ざるために作業に参加していたが、レイラーニも、とうとう製綿作業をするのを諦めた。


「次は、精錬(せーれん)をします。秤ではかって、この分銅(ふんどー)と同じりょーの綿を、この桶1杯分の水と、この匙1杯分の薬品と一緒にこの砂時計4回分の時間煮ます。その後、水で洗って晴れてる日に外に干します。煮るだけだから、今日はやりません。やったらキレイになります。朝、師匠さんが精錬した糸はこちらです」

 師匠は、部屋の隅に積まれているカゴを指差した。


「次に、染色をします。土間にある青い実を升1杯鍋に入れます。鍋にかかれた線まで水を入れます。火をつけます。沸とーしたら、ここでまた砂時計4回分煮るので、お昼を食べましょう!」

 師匠が実演していた鍋が本当に沸騰し始めたら、座敷を片付けて、皆で座り、商店街の皆様に作ってもらった弁当を配って、食べることにした。

 中にはサラダサンドイッチと、カツサンドと、フルーツサンドが入っていた。フルーツサンドは、リコリス提供の甘い生クリームが、がっつりと挟まっている。見ても気付かれなかったが、食べて歓声が上がった。

「今日は特別なお弁当だけど、普段は綺羅星ペンギン畑部隊が、お昼を作って持って来てくれるらしいよ」

 とレイラーニが言うと、また黄色い声が上がった。黄蓮華では、綺羅星ペンギンの野郎たちは人気があるらしい。ヤツらの前職を知らない人がいるかもしれないから、レイラーニは教えた方が良いかとパドマを見たら、首を振られた。知っていてこれとは、随分とイメージ改革されたらしいと、驚いた。パドマは、ただ面倒だからやめておけと返しただけなのだが、以心伝心に失敗した。


 砂時計をひっくり返しながら食事をし、ご馳走様をして、ちょっとのんびりしたら、所定の時間となった。

「できた液体を濾します。手が入れられるくらいに冷ましたら、糸を入れます。今日は特別に、魔ほーで時間を進めて冷まします。この糸は、精錬後、前処理液に漬けて絞ったものです。沸とーしたら、砂時計2回分煮ます。その後、ぬるま湯ですすいで、脱水して、まだ色が薄いなって思ったら、また冷まして糸を入れるところを繰り返します。この色でいいやって思ったら、すすいで干して終わりです。できる人がいたら、機織りして布にしてもいいし、糸のまま売りに出してもいいです」

 作業の説明は終わった。染色は終わっていないので、鍋は火にかけっぱなしだが、師匠は楽しそうに鍋を見ている。


 何やら女たちは突きあっているので、レイラーニが声をかけた。

「質問がある人は、挙手」

 すると、一際大きな女性が、手を挙げて話し始めた。

「こちらで働くことにしたら、移住することになるのでしょうか」

 皆がレイラーニを見たが、レイラーニは答えを知らない。困っていたら、白蓮華のワイアットが答えた。ワイアットは、鍋の近くにいたから、師匠に蝋板を渡されたのだ。

「黄蓮華のような施設はないし、基本的に、移住は認めない。フェーリシティ法が制定された後、それに納得するなら住んでも良い。重い住民税が課されてから後悔しても遅い。早まるな、だって」

 移住希望者の突き上げに嫌気がさしている師匠は、釘を刺した。嫌な噂が流れて、人気がなくなってしまえばいいと思っている。フェーリシティは、パドマと師匠が楽しく暮らすための国であって、その他の国民など、師匠の知ったことではないのである。パドマや師匠のためになるなら居てもいいが、邪魔になるならいらない。

「黄蓮華朝食後、馬車で出発、黄蓮華夕食前に帰宅。昼食休憩あり。1日中銀貨1枚支給。能力により昇給あり。3日働いて1日休み。馬車送迎、昼食付き。1日10名限定? いや、俺は働くし、9名限定だろ」

 ワイアットが参戦を表明した効果か、女たちの応募も殺到した。縁故も特技もなく就ける仕事としては、破格の給与だからだろう。更に、白蓮華の子も参戦してカオスになりかけたところで、師匠が『仲良く働けない人はいらない』と出したから、帰ってから平和的に決めると約束して、解散することになった。



 レイラーニは、羽根を消す魔法を開発したと言われ、師匠を応接室に招いた。ちょっと相談したら、すぐに解決策を考えてくれるなんて、今まで嫌なヤツって思っていて、悪いことしたなぁ、と反省している。

「実験してみて、鳥は成功しました。試してみて、本当に構いませんか」

「うん。楽しみにしてた。やっちゃって」

 レイラーニが応じると、師匠はレイラーニの正面に立ち、手を前に差し出して呪を唱えた。

「幽々たる冥闇より湧き出でし、奇異なる精霊よ。幻影を消し去りて、虚無へと還さん。その秘儀を解き放ち、清き輝きを奪い去れ」

 紫の光が天井から降り注いだ。レイラーニは喜んで背中を触ると、羽根があった。バサバサと動く気配もする。何も変わった気がしなかった。師匠は頑張ってくれたが、失敗したのだろう。がっかりしたが、それは仕方のないことだ。レイラーニは鳥ではないから、うまくいかなかったのかもしれない。

「願いは届きました。良かったですね。これで安心して寝れますね」

 師匠の目は腐っているのか、ほぅと安堵の吐息を漏らした。

「いや、何も変わってないよ」

 レイラーニが睨みつけると、師匠は可愛く首を傾げた後、あっと口を押さえて赤面した。

「すみません。説明をしないと、わからないですよね。その羽根は本当にキレイで、とても似合っているのですよ。ただ無くすのは惜しいと思ったので、口付けを交わした時のみ、半日ほど消えるように設定致しました。あれは半日もかからないと思いますし、これで不安は解消できましたよね。あ、実際に消えることを確認するまでは、安心してはいけませんね。私はいつでも貴女のそばにいますから、好きな時にして下さいね」

 何故か、嬉しそうに照れている師匠に、パドマは頭を押さえて罵倒した。

「鳥とまでキスしたのか。突かれて血だらけになって、変な病気になってろ!」

 レイラーニは、師匠をダンジョン入り口前に魔法で追い出した。モンスターヴァーノンを作成し、実験してみようかとも思ったが、ヴァーノンに申し訳なくてやめた。本人に相談すれば、気にせず使えと言われそうな気がしたけれど、レイラーニだってキスしたいとは思っていないのだ。

「師匠さんの大馬鹿野郎!」

 という怒声は、レイラーニの支配するダンジョン中に響き渡った。

 それは、師匠の耳にも届いた。師匠の周りには、師匠と口付けをしたがる人しかいなかったので、すっかり忘れていたが、パドマは寝ている時にこっそりされたい人だったなと思い出し、照れ屋だなぁと笑いながら帰って行った。

次回、師匠があふれる世界。

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