321.新しい肉の試食会
綺羅星ペンギン対策に、師匠は団地を作った。そんなものは作る予定はなかったので、僻地な上に画一的な面白味もない宿舎である。ただひたすらに四角い建物を並べる。
何人独身者がいて、世帯持ちがいるのかも知らないままに、適当に独身寮と家族寮に使えそうな鉄筋コンクリート風の建物を乱立させた。千人は住めるようにしたから、しばらく住居はいらないだろう。それ以上来るなら、詰まって無理矢理入ればいい。ちゃんとした住居は、後日大工に作り直してもらうつもりだから、師匠の仕事は、ここで終わりだ。
更に、逆の隅には、宿泊施設を作った。適当な素泊まり施設と、おもてなし用の高級宿である。こちらは、ちゃんと当初の計画通りの設計で作った。建物だけでなく、景観の庭も凝りに凝って作って、満足した。従業員の教育はしていないから、オープンはできないが、急な来客があっても対応する上物だけはできた。
そして、待望の役所を作った。街の中心にどかんとドーナッツ型の建物を置き、この辺りは税務署、この辺りは警察署という具合に、全てのお役所業務を1つの建物に詰め込んだ。
これで、師匠は住民からの苦情から解放される。移住相談も、この役所に任せるつもりだ。今のところ仕事が少ないため、全役所を合わせた上で、事務員はジム1人しかいないが、そのうち増やす。どうにも綺羅星ペンギンには、事務処理能力のありそうな人間がいないので、白蓮華から拾ってきた方が早い気はしている。
「さぁ、これが役所の窓口ですよ。街への不満は、役所に相談しましょう」
レイラーニに城壁の砲門について怒られ飽きた師匠は、生贄を差し出して、満面の笑みを浮かべた。
「あ、ジム、久しぶりー。いや、初めまして? レイラーニだよ。よろしくね。
あのさ、フェーリシティ街議会を作って、街憲法を制定したいんだけど、協力してくれない?」
「承知致しました。参考までに、アーデルバード法からすると、街議会議員になるためには、アーデルバード街民であり、15歳以上であれば、誰でも立候補できます。大銀貨5枚を納めて立候補し、選挙の結果、議員定数以内の上位得票者が議員になれることになっていますが、立候補以前に調整されているので、定数以上の立候補者が出たことはありません。事実上、立候補した時点で議員確定です。
現状、フェーリシティには住民はいません。ジョージさんたちは、長期滞在をしているだけですし、ヴァーノンさんは15歳未満に見えます。更に、ヴァーノンさんはレイラーニさんと対立することはないでしょうから、レイラーニさん以外に立候補する人はいません。
アーデルバード法を改正するためには、議員の3分の2の賛成と、街民の過半数の賛成が必要ですが、成人がレイラーニ様しかいらっしゃらないのですから、自由に法を作って構わないかと思います」
綺羅星ペンギンきっての知性派のジムは、スラスラと答えた。
「よし、フェーリシティへの師匠さんの立ち入りを禁ずる。フェーリシティ法の第一条に書いておいて」
パドマは、窓口に大銀貨を5枚置いた。魔法で作った偽造コインではない。暇にあかせて魔法で作った宝飾品を売り捌いて作った金だ。バラを見に、ちょこちょこルーファスが遊びに来るから、小銭程度はすぐに用立ててくれる。
「かしこまりました」
レイラーニとジムが真面目な顔して話し合っていると、師匠が青い顔で参戦した。
「何故ですか? 私を排除すれば、この街の発展が止まってしまいますよ」
「アーデルバードに砲門を向けるヤツは、いらない。街なんて、放っておけば適当に建物が乱立するから、師匠さんがいなくても、どうにかなるよ」
レイラーニは、師匠を睨み付けた。師匠が舌戦から逃げるのは勝手だが、レイラーニは何も許していない。レイラーニの権力ではダンジョンから追い出すことしかできないから、なんとかしようと頑張っている。アーデルバードに攻める者の中心にいて何もしないではいられない。遠いトレイアにも直接直訴に行ったくらいである。
「きちんと整備された街を作りましょう。美しい街並みにするには、最初が肝心なのですよ。
何度もお話ししましたが、砲はアーデルバードを攻撃するためのものではありません。死角をなくしただけです。一方だけ無防備にはできません。アーデルバードとの間に空白地帯がありますから、そこを狙われたら困ります。万一、アーデルバードがどこかに落とされた際は、奪還のためにも使えますよ」
「奪還のためでも撃つな。被害が増えるでしょ。やっぱり師匠さんはいらない。何と戦うか知らないけど、ウチが単独で突っ込んでなんとかするから、いらない」
レイラーニはまなじりを吊り上げて激怒しているが、微笑みを浮かべ続けていた師匠も我慢の限界を一気に振り切った。声を張り上げたり暴れたりするところまではいかないが、表情を消し、冷気を発する。それを見たレイラーニは顔色を失い、少しずつ距離を開けた。
「やめて下さい。どうして総大将が率先して前線に行くのですか。貴女が失われれば、全てが終わるのですよ。街だけ残っても、残された人が困ります」
「皆が残れば、それで良いよ。ウチなんて人ですらないし、ちょっと前までいなかったし、いなくなっても影響ないよ」
「パドマが失われれば、全てのダンジョンが崩壊します。ダンジョン内にいる人間は助からないでしょうし、野菜や肉や香辛料が1度になくなれば、与えられることに慣れた人々は、困るでしょうね」
すっかり勢いを失ったレイラーニに、師匠はまた微笑みを浮かべた。勝利を確信したのである。
「は?」
「アーデルバードのダンジョンは、ダンジョンマスターが失われても何事も起きませんが、フェーリシティのダンジョンは、ダンジョンマスターの命が失われれば終了するように設定致しました。私は、パドマのいない世界に貢献するつもりはありません。諦めて、皆のために生きて下さい」
「!!」
「すぐに自分の命を粗末に扱う癖があるようなので、ね」
師匠は、満面の笑みを浮かべて言った。
永劫を生きさせられる師匠の伴侶を、永遠につとめてもらうための布石だった。もしかしたら人の方のパドマにはできないかもしれないので、保険は多いに越したことはないのだ。
レイラーニは師匠を睨んでいるが、師匠は堪えない。ジムがどう頑張ったって、師匠の侵入を防ぐことはできないのだ。精々ダンジョンに入れなくなるだけである。レイラーニの顔を見れないのは寂しいが、パドマはいる。今は街造りが忙しいので、気は紛れるし、遊んでばかりもいられないから、構わない。
師匠は、更に図面を起こして、建物を作成していった。次に作ったのは、学校である。師匠が故郷で通っていた小中高一貫校を参考に、それに孤児院と図書館を隣接させることにした。
師匠が通っていた学校は無駄に豪華で、講堂にはパイプオルガンがあったり、食堂はアート建造物だったりしたのだが、それを参考にした。故郷では、あんな高価で巨大なものは作れないが、夏休みの自由研究を名目に、調べさせてもらったことがあるので、パドマの魔力があれば師匠にも作れる。演奏に関しては、授業をサボって講師に教わったことがあるので、手習い程度なら師匠にも弾ける。千年以上弾いていないので指が動くかはわからないが、練習を続ければ、かつてのように弾けるようになるだろう。
校舎は、これといった面白味もない箱型だったので、無駄にバロック調の装飾を付けた。
図書館は、師匠の故郷にある某フランスの某リシュリュー館を参考に閲覧室と書庫を作った。美術館やカフェ部分も作ったが、全て中身は空である。今は、作った建物の図面の複製くらいしか置く物はない。美術品や本は、いずれ手隙になったら作る予定で取っておく。
活版印刷機を作らずとも、師匠なら手書きでタイプライター並みの揃った字が書けるから、その気になれば、脳に詰まった読書記憶を放出すれば、閲覧室の本棚のいくらかは埋められる。師匠の父は手書きの教科書で、村人に勉強を教えていた。師匠も、それを倣って、学校を運営する予定でいる。大変なのは、教師を教育する数年だけで、後は給与さえ払えば、教師がなんとかする。人材が揃えば、大した工数にはならない。
パドマを預けてきたら、フレスコ画を描いた。元のままに描くとレイラーニに怒られそうだと思い、黄色クマとレッサーパンダとタヌキをモチーフにして絵を描くことにした。タヌキであれば、服を着てなくても怒られないだろう。
ヤギ牧場と北西のダンジョン近くの野原で、レイラーニは皆を集めてバーベキューを楽しんだ。南のダンジョンに肉が増えたので、アーデルバードに出荷できる肉があるか、試食会をするのだ。
レイラーニが狩った肉を北西のダンジョンまで転送して、そこの作物と合わせて調理する。いつものように、各人適当に料理したものを合わせて、一緒に食べるのだ。
「アナグマのポトフと、ハクビシンの焼飯ができたよ。良かったら、食べて」
と言えば、男たちは絶叫をあげて、レイラーニの前に並ぶ。そこには、カイレンと師匠が入る余地はない。お育ちが違う彼らには、なかなか入り込めない世界が形成されている。
「むいて!」
とパドマに渡された梨をしょりしょりとむいてやるのが、今の師匠にできる精一杯だし、カイレンはそれを見ていることしかできなかった。
「相変わらず、すごい人気だね」
師匠は、半泣きで頷いた。しばらくは2人だけの世界にするつもりでいたのに、バカ弟がレイラーニをアーデルバードに連れて行った所為で、いらない男が大量発生したのを悲しんでいるのだ。
彼らをダンジョンの人足として使っていたので、バレるのは時間の問題だったかもしれないが、その前にレイラーニが師匠に惚れる予定でいたのだ。いらん人間はすぐに師匠に惚れるので、軽く考えていたのだが、惚れさせようと思って惚れられたことはないし、レイラーニにはどんどん冷遇されていて、師匠は挫けそうになっている。
レイラーニの料理は、みるみる完売し、レイラーニの分もなくなってしまった。怒ったレイラーニはルイの皿にスプーンを差し込んで食べ始めた。それをイライラした気持ちで、カイレンは見ている。レイラーニは嫌がらせのつもりでやっているようだが、嫌がらせになっていない。その証拠にやられたルイは、まったく嫌がっていない。序列の問題でもない。
「新しい名は、何故レイラーニになさったのですか?」
「うお。ごめん。ルイの存在を、すっかり忘れてた。寄せたつもりはないんだよ。気にしないで。パドマでもフェリシティでもない名前なら、なんでも良かったんだけどね。パドマは、お兄ちゃんにもらった名前らしいからさ。響きは違うけど、似たような意味の名前にしようと思ったの」
ルイに問われたレイラーニは、幸せそうに答えた。別人になってもお兄ちゃんがいいのか、と皆が引いているが、レイラーニは気付いていない。
「お約束した品は、どちらに納品したらよろしいでしょうか」
「あー、どうしようか。パドマ、どうする?」
「納品は、レイラーニ宛で。ウチも、作業はこっちでやる方が効率が良い。うちでやったら、サプライズにできなくなるよ」
「そっか。そうだね、そうしよう」
油断すると子どものパドマの意識は霞んで消えるが、大人のパドマの意識は霞んで消えると、魔法が発動して戻る仕様になっていた。なので、パドマの中の大人の意識は定期的に強くなる。その日だけダンジョンに行って小遣い稼ぎをしていたが、レイラーニのダンジョンの手伝いをする方が人様に迷惑がかからないと言われ、いろんなことを諦めた。大きくなるまでは、レイラーニから小遣いをもらうだけでいいことにした。
自分が2人になってしまったことにパドマは驚いたが、双子以上に意識をシンクロさせて、魔法も使わずに以心伝心させて、それぞれの地域で意思伝達ができるようになったので、パドマも役には立っている。
「それでは、レンレンが女性に群がられている件は、如何致しますか?」
「え? なんで、ルイがれんれん呼びなの? 如何も何も、特に問題ないよ。別にウチらは、イレさんの彼女じゃないから。100年後にフリーだったら結婚しようね、って約束したの。だから、そういうのは気付かないフリをして、そっとさりげなくいい感じに後押しするくらいで、よろしく」
綺羅星ペンギンは、誰もパドマとカイレンの仲を認めていない。何とかして壊してやろうと計画している。カイレンの動揺を誘うのも、罠にはめるのも簡単そうなのだが、パドマがびくともしてくれないことに困っていた。恋心はないと公言しているが、その言葉の通りにヤキモチも妬かないし、カイレンがダメ男ぶりを晒しても、気にしないままだった。だから、レイラーニに話を振ったのだが、こちらも同様だった。
「我らも、ボスに倣って呼び名を変えることに決めたのです。では、女性を紹介するくらい積極的に活動することにします」
「うん」
ルイは、2人の仲を引き裂いても構わないという許可を得たことに満足して引き下がることにした。何故、結婚の約束をしたのかは疑問が残るが、俗物に落ちることなく神として君臨し続けてくれれば、ルイに不満はない。
「違うよ。何適当なことを言ってるのかな? お兄さんは、パドマ二筋だから! パドマに渡してって、食べ物もらったりしてただけだし。モテてないし、モテても浮気はしないからね!」
パドマには弁解済みのため、レイラーニに向けてカイレンは慌てて言ったが、パドマが返答した。
「言い訳とかいらないし、気にしないでいーよ。ウチらは、少しも気にしてない」
言葉通り、パドマはこれっぽっちも気にせずに、ヌートリアの野菜炒めチーズ掛けを師匠に餌付けされて、それを味わうのに全力を傾けていた。微笑ましい絵面ではあったが、結局、師匠に取られっぱなしだったし、カイレンに興味はなさそうだ。レイラーニも同様で、みんなと酒を酌み交わしたり、肴を横取りしたりして楽しんでいる。カイレンが格好悪く拗ねてみせても、パドマは狼狽えることも嫌がることもしてくれない。嫌われないだけマシだと言い聞かせても、興味のなさがスタートラインにも立てていないのを痛感させられる。
「気にして」
「わかった。結婚祝いは、任せろ! 何人か祝って、大分、慣れてきてるから」
「気にして欲しいのは、そこじゃない」
「そーゆー面倒臭いところが、嫌いなんだよ。あ、しまった。つい、子ども心に本音がぽろっと。ええと、違うよ。ちょっとウチが受け付けないだけで、そんなれんれんが良いってゆー女の子は、いっぱいいるよ。顔はいーし、金はあるし、騙しやすいし、最高だよ。ね?」
パドマがそう言うと、カイレン以外の皆が賛同してくれた。
「黄蓮華では、1番人気だそうですよ」
「ええ、ボスの好みからは、大ハズレですね。カスリもしていないのが、わかります!」
「この顔と財力があれば、引く手数多です。放っておきましょう」
それに満足して、パドマは食事に専念した。
結果、全部おいしいねと、パドマが言ったから、野菜と一緒に肉もアーデルバードに運ぶことが決定した。
次回、酒蔵をつくる。
一体、いつになったら、フェーリシティに探索できるダンジョンができるのか。。。