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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
319/463

319.ヤギと引っ越し

 師匠は、毎日少しずつパドマの魔力をくすねて街作りをしていった。浄水場を作り、城壁を高くした上、二重にして城門を作り堅固にすると、小屋と柵と家を作り、牧場を作った。そして、故郷からヤギを連れてきて、レイラーニに見せた。

 レイラーニの中では、ヤギと言えば、ワインのおっちゃんちにいるようなヤツというイメージがある。毛色は概ね白で、褐色、灰色、黒色やまだら色もいるが、毛は短い。ツノはあったりなかったりいろいろだが、生えていても大したツノではない。

 が、師匠の連れてきたヤギは違った。

 まず、大きい。レイラーニの知っているヤギよりふた回りは大きい。カイレンを四つん這いにしたよりも大きい。レイラーニなら、背中に乗れそうな大きさだった。

 そして、1番の特徴は、ツノだ。ねじねじと螺旋状にねじれたツノは、レイラーニの身長と大差ない長さがある。レイラーニは乳ヤギを欲していたのだが、師匠は闘ヤギを連れて来やがったのかもしれないと思った。師匠なら、そのくらいのことはやりかねない。

 体毛は絹毛の様で、タテガミ、顎から胸にかけて灰色の長毛が生えている。

「これ何?」

「ネジツノヤギと言います。乳だけでなく、ツノも毛も取れる品種のヤギです。肉も悪くはないですし、その気になれば皮も取れます。ただ繁殖は季節性ですから、それほど増えません」

「乳以外はいらないけど? 悪いけど、家畜は食べない主義だから」

 師匠がレイラーニのことをどう思っているか知らないが、他人の家のヤギならともかく、自分の家のヤギを食べる趣味は持ち合わせていない。食卓に上れば、美味しくいただいてしまうし、目の前で死んでいたら解体してしまうかもしれないが、率先して潰す予定はない。

「オスヤギが生まれたら、どうするつもりですか」

 師匠は涙目で、ぷるぷる震えていた。

 ああ、そうか。師匠はレイラーニ以上に家畜を潰せない人なんだ、とレイラーニは気付いた。誰よりも上手にできるのに、釣った魚の解体も嫌がる男である。だったら釣り上げるなよ、と何度思ったか知れない。

「広さと飼育員の作業量に問題がないなら、そのまま飼い続ければいいんじゃないの?」

「ただオスだというだけで、殺させはしません」

 妙なところで熱意を見せる師匠に、変なのとレイラーニが見つめていたら、師匠は項垂れて言った。

「父は、元家畜だったそうです。オスだからと捨てられて、死にかけていたところを母に救われたと言っていました」

 レイラーニは、顔を引き攣らせた。

 家畜の気持ちを理解する人間がいるとは、思いもよらなかった。アーデルバードは、貧民でもダンジョン3階層まで行ければ、餓死はしない。困るのは、10歳未満しかいない家庭だけだ。奴隷もいない。

「役立たずなヤツが、役に立たないまま生きてたっていいじゃん。ウチなんか、生まれてこのかた、何かの役に立ったことはないよ。誰かにおんぶに抱っこで、世話になってるだけで今日まで生きてきたんだよ」

「そんなことは、ありません。パドマがいるから、ヴァーノンは手を抜けなかったのでしょう。パドマがいなければ、早々に諦めて、死んでいたかもしれません。私は、パドマの教育係として、封印を解かれました。パドマがいなければ、2人ともこの世にいなかったかもしれません」

「え? 師匠さんが、教育係? あれが?」

「ダンジョン99階層に行ける人材に育てて欲しいと、頼まれました。とにかく走ればすぐに着くのに、と思っておりました」

「ああ、なるほどね」

 あの雑な放り投げは、できない人間がいることを理解できない天才様の、やる気さえあれば誰でもできるのに、という雑な考えから実行されていた無茶振りだったのだと、レイラーニは今知った。依頼人は、あの兄を騙る兄だろう。ロクなことをしない兄である。


「英雄様は、師匠さんの仰ることが、わかるのですかな」

 ヤギ牧場の管理を任されたのは、きのこの友のジョージだった。広い家と、無限に食べれる野菜の報酬に釣られて、一家で移住してきてしまっていた。第一国民である。

『愛の力です!』

 と、ハートマークを散りばめた阿呆な蝋板を作成している師匠はうっちゃって、レイラーニは応えた。

「ただのそっくりさんだから。ウチの名前は、レイラーニ。英雄様の親戚みたいなものだと思ってくれたら、いいかな。

 魔法使いだから、会話ができるだけ。ジョージさんも魔法を使ったら、師匠さんの言葉が聞こえるようになるよ。尋常でなく小さい声で喋ってるだけだから」

「そうでしたか。それでは頑張らねば。上司を煩わせたままは、いかんですからな」

 ジョージとの会話に、師匠が割り込んできた。気に入らないことがあるらしい。

「パドマの新しい名前は、フェリシティですよ。パドマ・フェリシティ。気に入りませんでしたか?」

「うん。師匠さんに名付けられた時点で、どんな名前でも拒否する。ウチの名前は、レイラーニ。初めての妹と別の名前で満足!」

 師匠は、ダンジョンの99階層に連れて行く前より扱いが悪くなって、萎んだ。義妹にして、一生可愛がり倒せる予定だったのに。師匠も、唆されて、騙されていたのだ。

「で、イレさんは?」

「世話が比較的楽なヤギで慣れて頂いてから、増やす予定です。動物の世話は休みがありませんから、人を増やしてもいいかもしれません。サボリ魔もいりませんが、休みなく働かせる気もありませんから」

「それはいいけど、本物のイレさんに会いたいなぁ。もうあの牧場には、遊びに行けないんだよね」

 行ったら、皆、お肉になっていて、別牛に更新されている可能性はあるが、あの子たちは本当に可愛かったなぁと思い出補正をかけて、レイラーニは思い出した。

「行きたければ、行けますよ」

「一晩外に出たら、体が動かなくなったんだよ」

「本来なら、そんなことにはなりません。あなたたちは、魔力の使い方が豪快すぎるのです。日常のいらぬ動作まで魔力を使っているから、足りなくなっています。もう少し節約することを覚えれば、1人でどこまでも行けますし、今のままでも私とパドマを連れて行けば、行けますよ」

「そうなんだ。じゃあ、諦めるよ」

 師匠は、さぁ頼れ! と胸をあけて待っていたが、パドマはヤギの方へ近付いて行き、噛まれそうになって、怒って帰った。



 怒って帰ったレイラーニは、引っ越しをすることにした。

 ジョージたちに肉を供給するため、南のダンジョンは、階層を増やした。それに伴い、レイラーニの住む階層を下階にずらしたのだが、そうなると、行き来が面倒になる。レイラーニ1人なら、ダンジョン内なら好きに空間転移魔法で移動できるが、遊びにくる人はそうはいかない。それに、閉鎖空間にずっといるから気持ちが暗くなるのではないかと思ったから、引っ越すことにした。

 迂闊にダンジョン外に出ることは出来ないが、ダンジョンセンターに当たるダンジョンの入り口がある建物もダンジョンマスターの領域だった。無駄に豪華な王宮のような建物の3階に、レイラーニの部屋を作った。家具を魔法で作ってしまえば、すぐに引っ越しは完了する。

 ヴァーノンと2人で1部屋だったのが信じられないほど、贅沢な部屋を師匠主導によって、作らされた。今までは、師匠も寝室に通していたのだが、客間やら応接間やら、レイラーニには無縁だと思われていた部屋を無数に作られた。レイラーニの部屋は3階だけの予定だったのに、3階はプライベート空間で、客は2階で会えばいいと言われ、レイラーニにはついていけない家になった。

 将来的にダンジョンセンターのような機能を作ったとして、3階ならば邪魔にならない。そう思っていたのだが、想定より広い住居になった。レイラーニは、窓がある開放感のある部屋に満足して、窓を開け、見える範囲の更地を花畑に変えた。

 花畑を潰して建物を建てない限り、レイラーニの部屋を覗き見ることはできない。花畑を潰したら怒るつもりだ。

次回、グラントの訪問。

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