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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
317/463

317.二股宣言

 パドマモデルを買って来い、という指示が悪かったらしい。カイレンは、結婚式用の赤いドレスを買って来たから、パドマはブチ切れた。パドマは、日常着を欲していたのだ。言わなくてもわかると思っていたが、事細かに指定してもわからないのが、カイレンおじいちゃんである。

「何を考えて、こんなのを買ってきたの?」

「パドマモデルのオススメを買って来たんだよ。1番可愛いのは、これなんだって」

 カイレンは美々しい顔を輝かせながら、自信満々に胸を逸らせた。買った時だけならまだしも、レイラーニの怒っている顔にも気付いていないらしかった。

「それ、足下を見られてるだけだから。もう、年食ってるだけで、全然頼れないな! ウチの格好を見て気付いて。師匠さんの趣味のドレスを着せられてるから、普通の服が欲しかったの。今、これしかないから着替えられないの」

「師匠の? 今すぐ、それ脱いで。これに着替えてきて。服は、また買ってくるから」

 カイレンは、話の肝でないところに引っかかり、瞳を怒りに染めた。パドマは茶色の目も嫌いになりそうだと思った。

「着替えたいから、頼んでるの。気付け! イレさんの持ってきたドレスは、布地が少な過ぎるから、恥ずかしすぎて着れないよ。胸を半分晒して歩くような趣味はないよ。着替えて欲しかったら、着れる服を持って来て」

「気に入らないなら着なくていいから、それを今すぐ脱いで!」

「やかましい、変態。今すぐに、返品して来い」

 カイレンの手がパドマに向けて伸びたから、パドマは恐怖の限界に達した。パドマはカイレンを外に強制転移させ、ダンジョン内への侵入を拒否した。カイレンがいなくなっても、しばらく動けないほどの恐怖がパドマの胸を支配したが、少しずつ回復させた。



 次に来た時は、カイレンは服を山盛り持ってきた。店ごと買ってきたらしい。バカだ。バカすぎる。パドマはそう思ったが、服が多いのは悪いことではない。カイレンにこれ以上の仕事は無理だと判断して、受け入れて服を確認した。

 ルーファスブランドパドマモデルは、性別関係なく着られるサイズ展開の簡単に着られるメンズ服なのだが、何故かスカートが混ざっていた。女装趣味を商売に持ち込んだのかとパドマは固まったが、単にカイレンが自分の気に入った服を混ぜただけだとわかって、胸を撫で下ろした。アーデルバードに、ルーファスみたいのが大量発生していたらどうしようと、本気で心配したのだ。どんな服を着ようと各人の自由ではあるが、女装の流行りのスタートがパドマモデルだと言われたら居た堪れないので、勘違いで良かったと思った。

 服は皆、適当な部屋に押し込んで、ハイネック中綿ブルゾンとクライミングパンツ姿に着替えてきた。背中の羽根が邪魔でどうしようかと思ったが、どういう原理か知らないが透過したので、普通に服を脱ぎ着できた。ニット帽とネックウォーマーで、顔を隠して完成である。ブーツはそのままだが、カイレンに買い物を頼むのも難しいので、このままで良しとする。


「どう? これだけ隠せば、ウチだってわからないよね」

 パドマは両手を広げてくるくる回り、カイレンに新しい服を見せた。カイレンには教育が必要だ。このままでは、お使いも頼めない。将来、自分の半身が困らないで済むように、服とはこういうものだと教え込まなくてはならない。

「本気で言ってる? パドマにしか見えないよ」

「何処がだ! もう当てにならない人はいい」

 パドマはトコトコと歩き、ダンジョンを出た。ダンジョンの外観デザインが、チビパドマが見ていたものと違って見えて驚いたが、気にしないことにする。

「出れた。外だ!」

 パドマは外界に出られたことに感動に打ち震え、満足すると、アーデルバードに向けて飛んだ。



 アーデルバードの風景は、何も変わっていなかった。バカ野郎たちが張り替えた石畳も、窮屈そうに並ぶ家々も、遠くに見えるきのこ神殿も、何もかも変わらない。

 さして日数も経っていないのだから当然なのだが、もう一度、自らの足で立つ日がくると思っていなかったパドマは、それが嬉しくて、ウキウキと進んだ。道行く人が全員パドマを見ているが、そんなことは幼い頃からいつもそんなものだったから、パドマにとっては特別なことではない。そんなことに気付くこともなく、真っ直ぐに向かうのはダンジョンセンターである。

 登録証を発行し、再発行だから大丈夫と説明をスキップして、ダンジョンに入場する。


 ニセハナマオウカマキリを見て、初めて武器がないことに気付き、どうしようと足を止めた。倒すだけなら魔法で何とかなるかもしれないが、素材をキレイにはぎ取るには刃物が欲しい。おやつを食べるには、絶対に必要だ。服より大事だった。

「しょうがねぇ姐さんだな。また手ぶらで来やがったのか。長さが合わねぇだろうが、これを使えよ」

 ハワードがロングソードを1本、パドマに差し出した。気が付けば、いつメンがパドマの周りに集まっている。

「何故だ。変装は完璧なのに」

 今日は、派手な拵の武器を携行したりしていない。元パドマの私物は何も持っていない。髪色も服も何もかもを変えてきたのに、バレる要素を思いつかずに、パドマはフリーズした。

「何が変装だ。目立ちすぎだろ。何なんだよ。鳥の羽根なんて生やしやがって。そんな物をくっつけて歩くヤツは、アーデルバードには姐さんくらいしかいねぇだろうが。髪の色なんか変えたって、外を当たり前に歩いてる女も姐さん以外いねぇし。そんな可愛、、、普通のありきたりな女は、姐さんで確定だ。おまけに、そこのイ、、、男は、ヒゲじじいだろ? やっぱり姐さんじゃねぇか」

 呆れ顔のハワードに指摘され、パドマは渋々納得した。これは反論したら叩き潰されるヤツだと理解したのだ。なんで羽根がと反論したいが、誕生日祭で背負った記憶があった。全てあの男の所為だ。

「なるほど、バレたのは、イレさんがついてきた所為か」

「違うよ。話を聞いてた? お兄さんは、ついでくらいだったよ。来る前から、パドマにしか見えないって、言ったよね」

 ずっと静かに後ろをついて来ていたカイレンが不満を漏らしたが、全員でシカトする。パドマの教育は、部下にはきちんと浸透していたようだ。

「でも、ウチは、本当にパドマじゃないんだ。ただのそっくりさんなんだよ。パドマは、今3歳でしょ。こんなに大きくないでしょ。別人だから。じゃあね」

 懐かしいノリに後ろ髪が引かれてしまったが、彼らは半身にこそ必要な存在だから、引き抜くことはできない。パドマは手を振って別れようとして、道を塞がれた。

「あんたが姐さんじゃなけりゃ、誰なんだ。名前を言え。そう呼ぶから」

「、、、レイラーニ。本当は違う名前なんだけど、あの人の付けた名前なんて名乗りたくないから、そう呼んで」

「なんの捻りもないな。やっぱり姐さんじゃねぇか、レイラーニ」

「うっさいな。不満なら、どこかに行け」

 レイラーニは去れとハンドサインを出したが、その仕草は見慣れたパドマのものだった。ハワードはそれを見て、ふわりと笑った。言動からして、3歳のパドマよりもパドマだと、確信を得た。

「今日は護衛任務じゃなくて、女をナンパしてるだけだから、どこにも行けねぇよ」

「ナンパ? ナンパだったの? それなら、他所に行って。パドマはお兄さんのだから」

 カイレンは、ハワードとレイラーニの間に割って入った。ハワードはレイラーニに恐怖を与えない距離感を保つのに長けているが、その間に入ったカイレンは近過ぎる。ただでさえカイレンの方が好感度が低いのだから、レイラーニは風魔法で押しのけた。

「うん。100年後にね。でも、100年後の恋人はウチじゃない、って話したよね。ウチと仲良くしたら、浮気なんだってば。どうしたら、わかってくれるんだろう。ちょっとこのおじいちゃんを、なんとかしてくれない?」

「おう、おっさん、こっちこいや。遊んでやっから」

 レイラーニの要請に、ヘクターが応えて、カイレンの襟首をつかむ。

「お兄さんは、みんなより若いし、おっさんじゃないから」

「そうそう、おっさんじゃなくて、おじいちゃんだから」

 掛け合いをしながらレイラーニは下階に下り、ヒクイドリを始末して、皮をはぎ、肉を焼いてもらって食べ、皮を売り払ってお金を得た。

 魔法を使ってみたら、ヒクイドリが遠隔攻撃でスパンと首が切れて絶命し、パドマは魔法の恐ろしさと手ごたえのなさに恐怖したが、お金をもらって、浮かれて忘れた。

 そのまま場末の酒場に繰り出し、飲めや歌えと酒盛りをした上で、元セスの部屋にお泊まりさせてもらった。1人のダンジョンに帰るのが、嫌だったのだ。だから、カイレンに怒られても無視したのに、朝目覚めたら、パドマは起きられなかった。

「だからダメだって言ったのに」

 一晩、外で待っていたカイレンは、そう言って、パドマを南のダンジョンに連れ帰った。


 ダンジョンに踏み入れた途端、パドマは動けるようになったが、動かなかった。

「だから、お兄ちゃんは絶対に夕方には帰っちゃったんだね」

「パドマ? 治ったの? もう平気かな」

「ウチはもう、トレイアとか、師匠さんの別荘とかに遊びに行けないんだね。アーデルバードの外で、また食い倒れ旅したかったなぁ」

 カイレンの胸にしがみつくレイラーニは、顔が見えなかった。だが、これは笑っていないことはカイレンにもわかった。優しく、何でもないことのように応えた。

「方法はあるよ。お兄ちゃんは、時々どこかに出掛けてるから。だから、また遊びに行こうね」

「だから、イレさんの彼女(予定)は、ウチじゃないんだってば」

 何度言ってもわかってくれないカイレンに、レイラーニも根負けしそうだった。意識はパドマのままだから、レイラーニもどっちの立場なのかわからなくなりかけるので、そろそろ理解してもらえないと、レイラーニも間違えそうだから、本当に困った。

「理屈はわかったよ。だけど、どう考えてもどっちもパドマだよね。双子どころか、同じ人なのに、どっちかなんて選べないよ」

「いやいや、今は小さいけど、長期計画的には絶対に向こうでしょ。ウチは人じゃないんだよ」

 レイラーニが、カイレンにパドマを勧める理由は、それだ。今なら、レイラーニの方がパドマっぽいかもしれないし、見た目年齢が釣り合っている。だが、実際にお付き合いをするのは、100年後なのだ。その時ならば、レイラーニよりパドマの方が良いに違いない。パドマが年齢を止めずにおばあちゃんになっていたら、どっちがいいかはわからないが、カイレンと釣り合う年齢でいたのなら、パドマを選んだ方が、普通の結婚生活を送れる可能性がある。レイラーニは、パドマにカイレンを押し付けているのではなく、親切で言っているのだ。

「だからさ。損得勘定じゃないんだってば。好きなの。2人とも。絶対、師匠にも、誰にも渡さないよ」

「それをそのまま採用したらさ、ウチは好きでもなんでもない男に、二股かけられても文句も言えず、浮気相手ともども仲良く暮らせってこと? 更に過酷になったな」

 パドマは、ケラケラと笑って、地に降りた。

「そんなつもりはないのに。そんなつもりはないのに。どっちもパドマな場合、どうしたらいいの?」

「10年後、ちょっと大きくなったパドマが師匠さんの右にくっついていて、左にウチが張り付いてたら、どう思う?」

 レイラーニが真正面からカイレンを見て言うと、カイレンはわかりやすく目を光らせた。カイレンは、師匠という名前に異常に反応する。

「死ねばいい」

「それがイレさんだったら?」

 そういうことだよねとレイラーニが言うと、カイレンは目を逸らした。

「最低かもしれないけど、しょうがなくない? プロポーズした時点では、1人だったんだよ」

「なるほどね。さいってー」

 レイラーニが楽しそうに笑うから、どう受け取っていいかわからずに、カイレンは困り果てた。

次回、外出が師匠に見つかる。

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