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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
315/463

315.南のダンジョン

 師匠は、あり余る時間に耐え切れず、ダンジョンの設計を行なった。プランは何もない。だが、これ以上の時間の経過を許すことはできなかった。段々と求めるものが薄れて消えていくのが、手に取るようにわかるのである。このまま放置して、なくなってしまえば後悔するのは、疑いようもない。恨まれても、嫌われても構わないと、覚悟を決めた。

 アーデルバードから最も近い門に置く建築物だから、他国の者に侮られることのないように、それだけは注意して設計する。美しく荘厳に。見るものを平伏させるくらいの気持ちで描いた。



 師匠は、新国の南城門前に来た。モンスターヴァーノンに預ける前に、パドマに茶色の指輪を2つ付け、手早く呪文を唱える。

「混沌より湧き出づる昏き泉よ。小さき人と共に幽玄の謎を紡ぎ出さん。紅き血潮を持って、我が傍らに永遠に留まれ。我が声を聞き入れ、我が名を呼び、我が力を求めよ。魂の奥底から湧き上がる力を解き放て」

 先日と同様に、橙と緑と紫の光が舞い、師匠の前の空気が歪んで、口を開けた。その光の口に向けて、図面と素材を放り込む。光は形を変えて、巨大に膨れ上がり、白い石造りの建築物に変わった。今度は、ゴシックリヴァイヴァル建築の宮殿を模した建物を出現させた。尖頭アーチの施されたドームを中心に、四方に尖塔を立て、更に横に尖塔に囲まれた屋上の横にもファサードが続き、左右対称に作られている。北西のダンジョンに比べて、建物の高さは同程度だが、縦横長は倍ほど大きい。折角、城門を潜っても街に真っ直ぐに入れず、大幅に迂回せねばならない邪魔な建物にした。この門に来た者は、嫌でもこの建物の造形と大きさを感じられるように。

 建物に歪みがないことを確認し、パドマから指輪を回収した。代わりに、先日約束した指輪を右手親指にはめる。以前、パドマに送ったことのある、レッドダイヤのクローバーリングを、今のパドマに合わせたサイズで、新しく作って贈った。パドマが新しい指輪にテンションを上げたところで、師匠は階段を上がり扉を潜る。その途端に、パドマが苦しみ出した。先日、ヴァーノンに与えた苦しみを、パドマも味あわされているのだ。

「うう、う」

 と頭を抱えて苦しむパドマを、師匠は辛そうに見守って、力が抜けると優しく抱きしめた。

「痛いところはありますか」

 と問えば、パドマは

「だいじょぶ」

 と気丈に応えた。だから、にーちゃには内緒ね、と続けたから、心配して家に連れ帰られるのを警戒しただけかもしれないが。さして乱れることもなく、問題なく耐え切ったパドマに憐憫と敗北を感じながら、師匠は微笑みを浮かべた。

「はい、秘密にします」

 師匠は、パドマの口に煮干クッキーを入れ、北西のダンジョンに足を向けた。



 モンスターヴァーノンにパドマを預け、師匠は単独で、南のダンジョンに戻ってきた。正面入り口から足を踏み入れ、中央階段を上がり、扉を潜ると先に大階段が見える。

 そこまでの道は3本の金の絨毯が敷かれ、左右の絨毯の先は上り階段に、中央の絨毯は階段後ろの部屋に繋がっている。道の脇には等間隔で柱が並び、上方が尖頭アーチで繋がっている。その後ろの窓も全て尖頭アーチになっていて、蓮の意匠のステンドグラスがはまっていた。天井はアーチを交差させたヴォールト天井になっており、その合間に、ダンジョンで敵と対峙するパドマの絵が描かれている。パドマの絵以外は、神経質なほどに全てのものを左右対称とした。ここからは見えないが、700ある部屋も10個の中庭も、全て線対称になっている。

 師匠は、それらを確認することなく、真っ直ぐに階段裏に進み、ドーム部分の真下にあるダンジョン入り口を通過した。



 ダンジョン1階層は、何ということはない。アーデルバードのダンジョンを模した部屋に、パドマが欲したタスマニアオオガニと、ダイオウキジンエビがウロウロするだけの場所である。師匠は、それらを無視して通過した。


 ダンジョン2階層は、アーデルバードのダンジョンでいう99階層と同じ装飾が施されている。師匠が扉を1つ開けた先に、求める人がイスに座って存在していた。

 17歳のパドマである。だるそうにテーブルにもたれていたが、師匠を見て驚き、目を見開いた。

「師匠さん?」

 消えかけていた師匠の求めた人が、そこにいて、師匠を呼んだ。師匠はそれが嬉しくて、胸を詰まらせた。

「申し訳ありませんでした。パドマが望んでいないのは分かっていますが、どうしても会いたい気持ちを止められませんでした」

 パドマに会えた喜びと、パドマに嫌われる恐怖を両天秤にかけた師匠は、パドマに近寄れずに部屋の入り口で立ち尽くしていた。

「うん。そうだね。このまま消えてしまうのが、良かったかな。でも、ウチもね、師匠さんが穴に落ちた後、そんなようなことを思った記憶があるから、否定はしないでおくよ。今のところはね」

 パドマは笑っているが、瞳が凍っていた。師匠の綱渡りは終わっていない。嫌われても構わないとは思っていたが、やはりできることなら以前のような関係に戻り、それ以上の関係を築きたいと希望している。

「全てを後悔しています。どうしても償いたいと、また勝手を致しました」

「本当だよ。ウチはもう故人だし、死ぬほど苦しい思いとか、満喫し尽くしたからもういらないよ。お兄ちゃんみたいにしてくれちゃってさ。どうなるの? 今度は、何をしてもされても死ねないの? 身体を丈夫にして、嫌がらせの続きをするの? 本当に、最低最悪だな!」

「ダンジョンマスターにも、死はあります。終わりにできます。ですが、絶対に終わりにさせません。あなたがいない世界は、私が耐えられないから。万一、終わりの時が来たら、何度でも復活させます。私がこの世にある限り、消滅はさせません」

「マジか。それは、絶望しかない」

 パドマは、ダンジョンマスター権限を使って、師匠をダンジョン外に強制転移させた。

 師匠はもう一度ダンジョンに入ったが、何度入っても拒否された。建物に入った瞬間に追い出される。師匠は、自らのくちびるを噛み切った。

「また来ます」

 ダンジョン前でそう宣言して、師匠は帰宅した。

 拒否されたが、それは想定内だった。思い通りにいかずとも、この世にパドマらしい存在がいる。それだけで、良かったと思えた。師匠には、無限の時間がある。その全てを和解のために費やす覚悟である。諦めなければ、結果は決まらないと信じて、真摯に取り組む所存でいる。



 師匠は、次の日も懲りずに南のダンジョンにやってきた。秘密兵器を携えているので、強制退場はさせられなかった。だから、そのまま真っ直ぐにパドマのもとへ向かった。パドマは、不機嫌顔で師匠を迎えた。

「おはようございます」

 師匠は、持参の朝食弁当をパドマに差し出した。秘密兵器その1である。

「なんで、このダンジョンには火蜥蜴がいないの?」

 パドマは、師匠から弁当を受け取って、フタを開けた。ダンジョンマスターは人ではない。何も食べなくても死にはしないし、お腹も空かない。だが、人間だった記憶はあるので、何かを食べたくなるし、1人でいるこの空間は何もなくて面白くもない。だから、食べ物を持ってきた師匠を受け入れた。腹立たしいことだが、まだ師匠は弁当を持っているので、叩き出せない。

「まだ設計は終わっていないのに、会いたさだけで先走ってしまった結果です。ひとまず、パドマの要望にあった、カニとエビだけは採用しました。要望があれば火蜥蜴を追加しますが、それよりもこの階層のどこかにカマドのひとつも作った方がいいと思いますよ」

 変わらないパドマの姿に、師匠はふわりと笑った。パドマは、簡単に要望が通ると思っていなかったので、驚き食いついた。

「え? できるの? じゃあ、作って」

「どのような形が、よろしいですか。色も自由に決められますよ。ここは夢の国ですからね」

「普通のでいいよ。普通が1番でしょ」

 パドマには、装飾にこだわる趣味はなかった。そんな発想すらない。カマドがあるかないか、壊れていないか壊れているか、それしか違いはわからない。シャルルマーニュの城と唄う黄熊亭のカマドは同じではないと言われれば、そうかもしれないと思うだけで、それすら何が違うのか、明確に思い浮かべることはできない。

「いけません! 私は結婚するなら、カマドは三口はないと嫌ですし、大鍋を使うなら火力も強くなければ困ります。パントリーも広くなければ、ジャム置き場にも困りますし、パドマがワイン好きならワイン蔵もいります。もう少しちゃんと、主婦の気持ちも考えて下さい!」

 弁当を差し出して以降、部屋の入り口で控えめに立っていた師匠が、急に近寄ってきて、熱弁を振い出したので、パドマは驚いて拒否した。

「いや、あのね。もう師匠さんを煩わせるつもりはないから。自分でやるから。サボってただけで、実は、自分でできるから」

「お詫びに、無償で働かせて頂けませんか? 精一杯、尽くします。私を受け入れて下さい」

「ひっ」

 師匠に潤んだ瞳で見つめられ、跪いて上目遣いで懇願され、あまりの可愛さに脳が沸騰したパドマは、師匠をダンジョンから排除した。


 追い出された師匠は、軽く舌打ちをした。

「これじゃなかったか」

 そのまま500数えて、パドマが油断したと思った頃合いに、またダンジョンに侵入する。ダッシュで舞い戻り、そーっと部屋を覗くと、いやーっと悲鳴を上げられ、また強制退場させられた。

 今度は100で入る。ダンジョンの中には入れるから、拒絶はされていないと思うのに、顔を見せると外に出される。パドマも理性でやっているのではないのだろう。そういうシステムだと理解して、次は、パドマの部屋に入る前に昼食用弁当と夕食用弁当を置いて、扉を開けずに置いたことを伝えて、師匠は帰った。もうパドマの記憶は確保できたから、慌てる必要はない。自分の気持ちの押し付けばかりでなく、パドマの心の平穏も考えなくてはいけない。師匠を受け入れるために落ち着く時間が必要だと言うのであれば、3日くらいなら我慢もできる。と思う。

次回、ダンジョン製作後の師匠。

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