313.続、北西のダンジョン
師匠は、テッドと綺羅星ペンギンの土木部隊を引き連れて、北西のダンジョンに来た。
自ら土仕事をするのを嫌ったためだ。魔法でレンガの道を出した後、大量の種子と植栽デザイン図面を作業員に渡した。
テッドには2階下を譲ったので、作業員の一部を引き連れて、もう行ってしまった。勝手にくっついてきたルーファスも欲しがったので、最下層を譲った。
師匠は、飾り兼休憩所になる建物を作ったり、オブジェを作ったりした。作業員は、師匠の指示通りに盛土をして地形を整え、指示通りの種を植え付けた。すると、ポンという音が鳴り、双葉がニョキっと生えた。そのまま止まることなくするすると芽は伸び、作業員たちの身長を追い越したところで開花した。白く細い花弁を満開にした後、美しい緑の葉を茂らせると、赤い実を付けた。種を植えただけで、一瞬にしてジューンベリーが実を付けた。
師匠はそれを一粒取って、パドマの口に入れた。パドマは、あまり喜ばなかった。
「甘いけど」
と言うのみだった。甘味を食べさせ過ぎたのかもしれないと、師匠は少し反省した。
「一粒では物足りないかもしれませんが、沢山食べると、美味しいですよ。ジャムにしても、焼き菓子にしても美味しいですから」
呆けてフリーズしている作業員たちに、『つまみ食いをしても良いが、種は持ち帰れ。林を作られたら困る』という蝋板を渡し、階段を下った。
1階層は、果樹とハーブの花畑にする予定だが、2階層は、畑を作る予定である。師匠は魔法で均一な舗装道路を作ると、作業員が畑部分に盛土をして畝を作ったり、持ってきた木材や竹材を加工して棚を作ったりして、また種を蒔いた。先程と同じように、すぐ収穫期を迎えるので、種は一粒ずつ均等に埋める。あっという間に小麦畑やとうもろこし畑が出来上がった。大豆は植えた途端に大豆になってしまうため、師匠はモンスターヴァーノンを呼びつけて指示を出すと、大豆畑の半分が枝豆畑に変わった。
モンスターヴァーノンを呼び出したら、パドマを取られてしまった。師匠は悲しみに打ち震えながら3階層に下って、テッドの希望通りに道を舗装してやった。収益を掠め取る気はないが、師匠も利用するダンジョンだから、美しく管理された場に整えておかねばならない。
『ここでは一定の品質の物しか作れない。いずれ地上にも温室を作る。そこで品質の高い胡椒を作れば良い』
「ありがとう。すっげー有難いけど、くそムカつく。兄ちゃんのことも越えようと思ってたのに、難易度高過ぎるにも程があるよ。魔法使いって、ズルすぎじゃない? 俺に、魔法も覚えろって言うつもり?」
『ヴァーノンは、魔法を使っている。教われば良い。あの魔法は、私も理解できない』
「マジか。お前には無理だって、言って欲しかった」
項垂れるテッドを見て、師匠は微笑んだ。テッドは脅威だが、パドマの可愛い弟でもある。師匠も、吸収力の高いテッドを可愛がっていたのだ。パドマは譲れないが、テッドのことは嫌いではない。選べるなら、弟はカイレンよりもテッドがいい。頭を撫でて、励めとハンドサインを出した。
一通り今日の作業が終了したら、皆で作物の収穫をした。取った側から、新しく実るのでキリがないのだが、各々が欲しいものを欲しいだけ収穫し、乾燥が必要なものは、干し台に干して終了する。
今日収穫したのは、小麦、とうもろこし、大豆、ひよこ豆、たまねぎ、かぼちゃ、にんじん、ねぎ、ジャガイモ、サトウキビ、菜種、ホワイトアスパラ、トマト、パプリカ、ごま、ナツメグ、紫蘇、ホースラディシュ、マスタード、芥子の実、柚子、ナツメグ、オールスパイス、シナモン、クミン、カルダモン、ベイリーブス、クローブ、コリアンダー、山椒、唐辛子、胡椒、ターメリック、サフラン、フェヌグリーク、生姜、ニンニク、オレンジ 、ブルーベリー 、フランボワーズ、イチゴ、リンゴ、キウイ、レモン、ライム、桃、ブドウ、梨、柘榴、イチジク、サクランボ、セージ、タイム、カモミールである。
乾燥をさせるものは勿論だが、それ以外も全ては持ち帰らず、置いていくものは倉庫に置いた。持って帰るのは誰かが欲した物と、足が早いものだけである。
予想はしていたが、こうなると、パドマは果物しか食べなくなってしまった。モンスターヴァーノンに甘やかされて、たらふく桃やイチゴを食べ、満足していた。
今日の1食くらいなら好きにすれば良いが、そんな偏った食生活を続けさせたら、大人になってから、大変なことになる。言うことを聞かなかったのを棚に上げて、育成計画はどうなったと怒られるのは、師匠だ。だからといって、果物を取り上げて、嫌われたくもない。師匠は一計を講じた。
パドマは、果物以外も食べるようになった。モンスターヴァーノンに怒られた結果だ。
モンスターヴァーノンは、師匠の言うことを何でも聞くようにはできていないが、素材はヴァーノンである。善悪に関係なく、パドマのためならば、手段を選ばない。果物ばかり食べていては、健康に悪いと諭せば、それはまずいと勝手に動く。問題があるとすれば、このヴァーノンは、丸焼き料理も未習得と言うことだろう。生で丸かじりしか能がないからこそ、パドマに果物ばかり食べさせていたのだ。
師匠は、弁当を差し入れた。中には、白菜のクリーム煮と、かぼちゃのニョッキが入っている。甘めの味付けで、果物から卒業させる入門編としていいかと作ったものだ。
護衛に取ってもらったイチジクを食べていたパドマは、ヴァーノンに怒られて泣いた。果物以外を食べろと組み伏せられ、強引にカボチャのニョッキを口に詰められたパドマは、美味しいと言った。そして、ニョッキを全部平らげた後に、クリーム煮も完食し、全部食べて偉かったな、とご褒美にブドウを与えられていた。
パドマはイジメられていたから、人が怖いと話していたが、ヴァーノンのパドマの扱いまで酷くて、師匠は目眩がした。どんなにひどい目にあっても、すぐに人を許してくれる素地は、ここから作られたのかと納得して、師匠は涙が止まらなくなった。自分の家族は酷いなんて、パドマの前では絶対に言わないようにしようと思った。師匠は父に毒を盛られたり、妹に腹を刺されたりしていたが、そんなことはたまにのことだ。あんなに小さな頃からはやられていない。パドマの受難は、それだけではないのだ。ああ、なんて自分は甘やかされて甘えていたのだろうと、反省した。面倒だから墓参りまでは行かないが、両親の墓があるのではないかと思われる方向に平伏した。
師匠は、モンスターヴァーノンにパドマを取られてしまうと、手隙ですることがなくなってしまった。仕方がないからストックの切れた傷薬や手榴弾を作ってみたが、そんな物はすぐに仕上がった。ダンジョンの作物で瓶詰めを作ったり、色々やってみたが、暇だった。ここ数年、パドマを構う以外の活動をしていなかったので、パドマがいなくなった途端に何をしたらいいかわからなくなっている。お弁当を渡しているから用はないのに、さくらんぼパイを焼いて、持って行くことにした。
ここ最近のパドマは、日中はずっとモンスターヴァーノンと遊んで暮らしている。夕方前に師匠が迎えに行って、城壁をちょっとだけ高くして、師匠の家でおやつを食べ、風呂に入って、唄う黄熊亭で夕飯を食べて寝る。ヴァーノンと師匠と川の字で寝て起きたら、ヴァーノン製の朝ごはんを食べて、師匠のお弁当を持って、またダンジョンに行く。
なんでだよと思ったカイレンは、新ダンジョンについて行った。そして、モンスターヴァーノンにパドマを取られて、寂しそうにしている師匠を見た。
「ああなるのは、わかりきってたよね。何でこんなところを作っちゃったの?」
『寂しそうにしているパドマを、見ていられなかったから。代わりになれなかったから』
「そっか。バカだね」
カチンときた師匠は、返事をしなかった。今日もせっせと野良仕事をして、作物を増やしている作業員のところに差し入れを配り、新しく増えたハーブを摘み取っていく。どの階層も、着々と植栽が増えていた。まだ手付かずの階層も残っているが、今のところ国の住人はいないのだから、焦ることはない。4階層を区画整理して、イネ科とマメ科の牧草の種を蒔き、とうもろこしなどの各種飼料の生産場所を確保した。
次回、師匠がモテない男を目指して頑張る話。