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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
31/463

31.イモリの克服

 毎日イレの家に通って、パドマは生活力を上げた。

 師匠は、自分のことは何もやらない。宿の支払いもイレ任せだし、部屋の掃除は宿任せだ。ごはんは店で食べるし、洋服は毎日新調しているように見える。

 そんな暮らしをしていたくせに、師匠はやる気を出したら、何でもできた。料理も掃除も洗濯も、洋服の繕いから家の修繕、庭木の手入れまでパドマに仕込んでくれた。今まで何もしなかったのは、やる気がなかっただけだと知れた。なんという性格だろう。

 イレが帰ってくると、2人でイチャイチャし出すのが気持ち悪いが、それ以外は、特に不満もなく暮らしていた。



 庭で、草むしりをしていたら、土の中からミミズが出てきた。肉色のミミズが1匹、うねうねと土の上を動いている。

 パドマは、反射でナイフを投げようとしたが、腰にナイフがなかった。悲鳴をあげて、師匠に飛び付き、服の中から適当な武器を抜き取って、放り投げた。刃の向きも、気にしていない。ただ投げただけだ。まったく惜しくもなんともない方向に、剣が飛んでいった。2投目の武器を奪おうとしたところで、師匠に抱き止められて、阻止された。


「で、何をやってんの?」

 あれからかなりの時間が経ったので、ミミズはいなくなった。それなのに、師匠はパドマを離してくれなかった。ずっと同じ体勢で、何を言っても動いてくれなかった。師匠に羽交締めにされて、動けなくて困っているところに、イレが帰って来た。心なしか、声に怒気が含まれている。もしかしたら、師匠の浮気を心配しているのだろうか。師匠もパドマも、まったくそんな気配もないが、遅すぎる春が訪れたヒゲおじさんは、嫉妬深い人かもしれなかった。

「早いね。どうしたの?」

 もしかしたら、毎日2人でいるところから、抹殺対象だったのかもしれないと気付いて、冷や汗が出る。ふざけたおじさんだが、この人は師匠と互角に戦う人だ。逆らっても、勝てない。師匠可愛さに頭がお花畑になって、言葉が通じなくなっていたら、お終いだ。

「師匠、パドマを離せよ」

 イレはしゃがんで、パドマを押さえつけている腕を解きにかかった。

 イレの怒りの矛先は、師匠だった。浮気相手に怒るタイプではなく、浮気をしたパートナーに怒るタイプだったらしい。それはそれで、ケンカを始められると、誰かが巻き込まれて死ぬ可能性がある。

「違うの。違うから。イモリが出てきたんだよ。だから、とっさに盗みを働いて!」

 慌てて、パドマは状況説明をして、イレの誤解を解こうと試みた。しかし、慌てていることは伝わるかもしれないが、わかりやすい説明ではなかった。イレには、伝わらなかったのか、少し動きが止まったが、すぐに作業を再開させた。

「こんなところにイモリは出て来ない。ヤモリの間違、、、ミミズかー。もう、庭の草なんて、そのまま生やしとけばいいのに。

 師匠、マ、ジ、で、いい加減にしろ。はーなーれーろー。またパドマに激ギレされるよ」

 イレは、師匠の耳を引っ張って、家の中に入って行った。パドマも後ろから、そろりそろりとついていった。



 パドマは家に上がって、手を洗ってからダイニングに顔を出すと、テーブルの上に、見慣れぬ布袋が置かれていた。

「お土産だよ。開けてごらん」

 イレに促されて、袋を開けてみると、沢山のクッキーが入っていた。皿を出して並べてみると、クッキーの上に可愛い色で、絵が描いてある。文字が書いてある物もあったが、なんのことやらわからなかった。

「可愛いね。これ、どうしたの? 今日は、師匠さんのお誕生日だったのかな」

 クッキーに、お誕生日おめでとう、と書かれていた。読み間違えでなければ、そのハズだ。

 師匠は、棚の中から、花型のケーキを出してきた。

「パドマの誕生日なんだろう? パドマ兄が言ってたよ」

「え? ウチの誕生日だったの? 20日前くらいに過ぎたと思ってた」

 パドマは、自分の誕生日を知らない。一般的には、誕生日を祝う習慣はないからだ。年齢を重ねるのは、新年が始まる時だ。そこで皆一斉に年を取る。今が新年明けて何日目なのかも知らない。夏季なのか、冬季なのかということくらいはわかるが、一年が何日あるのかも知らない。毎年、一年の日数が変わるから、気にしていない。

 毎年、忘れた頃に兄が誕生日を祝ってくれる。大体、芋が美味しくなる頃に、急におめでとう、と言われる。何がめでたいのかわからないが、ありがとう、と言ったら終わる。それが、大体、20日くらい前の出来事だったと思う。

「20日前? 話が違うな? まあ、いい。今日は、誕生会をしよう」



 誕生会のごはんは、美味しかった。

 イレが肉や魚を用意してくれたので、師匠の料理にミルク以外のタンパク源が入ったのである。ご馳走だった。

 それに英気を頂いて、パドマは、チェルマーク食品店そばにやってきた。店の前で、師匠さんの黒ウインナーを食べる師匠を見学していた。店の前で焼いて販売しているのだが、多くの人は、食べながら帰る。だが、師匠はヴァーノンに用意されたベンチに座って、可愛い顔を幸せそうにとろけさせながらウインナーを食べるのだ。宣伝として、大いに活躍していた。今は、師匠が3本食べ終わり、果実水を飲み始めたところである。

「お前は、こんなところで、何をやっているんだ」

 ピンク頭の少年に声をかけられたようだが、パドマは今、目が離せない。師匠から目を離す訳にはいかなかった。

「今、忙しい。後にして」

「店の前に、師匠さんを眺める不審人物がいる、と通報されて来たんだよ。営業妨害は、やめてくれよ」

「師匠さんの旦那様の家政婦が、師匠さんの健康観察をしてるだけだから大丈夫って、伝えておいて」

 イギーは、何か怒っているようだが、師匠をじろじろ見て、後ろをこっそりついてくる人など、この街にはいくらでもいる。知らない人でその調子なのだから、見学を申し出て許可されているパドマが観察することに、何の問題もない。

「離れて見てるから、通報されんだよ。面倒くせーから、師匠さんの横にいればいいだろ」

 パドマの腕をイギーがつかむのと、イギーの背中にナイフが刺さるのは、ほぼ同時だった。パドマは武装解除して久しいが、師匠はいつでも暗器を服の中に仕込んでいる。ダンジョン以外で振るわれることは滅多にないから忘れていたが、初対面の日は、挨拶代わりにナイフを投げていた。イギーの背中のナイフは、師匠の袖の中身と糸でつながっている。

 師匠がナイフを回収するために引っ張ると、イギーも師匠のところへ飛んで行った。師匠は、ナイフを抜いて、服の上から薬を塗ると、イギーの襟首を掴んで、食品店に放り込んだ後で、パドマをサスマタで捕獲して、イレの家に戻った。

 イギーが走って追いかけてきたが、お店の人に捕まえられ、ヴァーノンだけ後ろについてきた。

 ナイフが飛び出てきた時は、通りは騒ぎになりかけたが、イギーが元気に走り回っていたからか、すぐに落ち着いた。



「パドマ、何があったか聞いてもいいか?」

 ヴァーノンは、イレ宅に上がり込んで、師匠に入れてもらったお茶を飲んで、話し出した。仕事を放り出して来てしまったのか、話を聞いて来いと言われてきたのかは、わからない。

「イモリ恐怖症克服訓練その1。イモリを食べる師匠さんを見ることで、イモリは食べ物だと認識しようとした」

「イモリ恐怖症? 黒ウインナーの素か。イモリなんて、トカゲに比べたら可愛いもんじゃないか」

 師匠はパドマの横に座り、ヴァーノンに出したお茶請けの煎餅をかじっていたのだが、急に立ち上がって、ヴァーノンの胸ぐらをつかみ、投げ飛ばした。庭に捨てられたので、追撃されないように、パドマは間に立ち塞がった。

「師匠さん、あれ、まだ半分兄だから、とっといて欲しいの。殺すだけなら、ウチにもできるし、急がなくていいから。ね。

 あと、さっきも言おうと思ったんだけど、探索者同士じゃなくても、ケンカはダメなんだよ。え? なんで、そこで驚きの顔? 一体、どんな暮らしをしてきたの?」

 パドマの話を受けて、師匠は、目を見開き震えている。泣き出す一歩手前の動作だ。ここで甘やかせば、街中でナイフを飛ばしかねない。アーデルバードの治安がパドマの肩に重くのしかかっている。

「絶対に、ダメだから」

 師匠に釘を刺してから、同じく震えるヴァーノンに向き直った。

「恐怖の対象を決めるのは、ウチの自由だ。邪魔するのなら、イギーを刺す!」

 兄の大切なイギーを人質にすることにした。既にちょっと刺してしまったところなので、説得力はあると思う。



 パドマは、師匠を外に待たせ、自室に戻り、久しぶりにフライパンを手に取った。そのまま始まりの部屋に行き、芋虫と戯れた。

 芋虫も、イモリも好感度は、そう変わらない。殺す罪悪感も同じだ。見た目と触感に多少の違いはあるものの、似たようなものだ。芋虫とイモリは同じ、どちらも大事なパドマの友だち。セルフマインドコントロールを試みると、頭の中のイモリが牙をむいた。黒いミミズ状の生き物の頭が、真ん中から真っ二つにがぱっと割れ、白く細い歯が、ちょんちょんちょんと生えているのが見える。想像のイモリは、よだれが糸を引き、とても醜悪な口を晒していた。

 無理だ。芋虫の方が、断然可愛かった。芋虫なら、そんなに詳細まで見たことないから、知らないままに済んでいる。克服作戦その2失敗。



 懐かしい気持ち悪さに身を委ねた後は、ダンジョン構造の歩数を測る。何階層でも、大体造りは同じだ。部屋の広さを測って、通路の広さを測る。歩いた時の間隔、走った時の間隔、回転した時の間隔。武器の長さを叩き込んだ時のように、つぶさに身体に叩き込んだ。

 歩数の確認テストは、ツノゼミ先生に監督していただいた。階段への道を外れた部屋を選び、目隠しをして走り進む。距離は覚えたつもりだったが、まっすぐ進めていないようで、頻繁に通路の壁部分に体が接触した。羽ばたきの初動音で、ツノゼミ先生を排除することはできたのに、まっすぐ走るどころか、まっすぐ歩くこともできないのは、誤算だった。歩くのは足の仕事だと思っていたのに、目がいい仕事をしていたようだ。曲がる癖の角度も覚えなければならない。


 ツノゼミ先生がいなくなってしまったので、トリバガ先生にお願いしたら、3部屋目で、トリバガまみれになって、パドマは、身動きが取れなくなった。以前は、そんなマヌケはいないと思っていたのに、自分がやってしまった。でも、身動きがとれなくなったついでに転んだら、トリバガが押し潰されて、拘束が外れた。トリバガの存在が、ますますわからなくなった。


 だが、先生たちとのレッスンを何日か続けたおかげで、パドマは目隠しをしたままでも、ダンジョン内を縦横無尽に自由に走り回れるようになった。強敵を相手にすることはできないが、虫程度ならそのまま退治できるし、人も回避して動くことができる。

 目隠ししたまま18階層を走り回り、イモリを踏み潰しても気にせず高笑をあげる小娘を見て、

「あの子、どうなってるの?」

と、イレは愕然とした。

天文学者さんが、星を観察して、一年の日数を決めて、暦を発行しています。職業柄気にしている人と、趣味で気にしている人は、暦を買ってきますが、一般の人は、まったく気にせず生きています。ヴァーノンは、商家に置いてある暦を見ていますが、実は、その暦も若干ズレていて、師匠さんの星観察の方が正確な暦を計算できています、という設定があるのですが、本文に詳しく書くべきか悩んで、書きませんでした。書かないなら、削った方が良いのでしょうか。わかりません。


次回、恐ろしいモンスター。

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