301.続祭
祭9日目、パドマは白蓮華の子どもたちを連れて、紅蓮華の屋台村に来て、唄う黄熊亭の出前を食べる、綺羅星ペンギン優勝者とのお食事会を開いていた。ダンジョンに連れ去られた結果、祭のスケジュールがおして、いろいろなところに支障をきたして、詰め込まざるを得なくなった結果である。
「ごめんね。決勝の日にごはん誘っても、飲めないのに。後日また食事会を開くから、許してね」
「いえ、今、最大の栄誉を頂いている気がしています」
今年の綺羅星ペンギン優勝者は、セスだった。パドマの捜索をしつつも、きっちり武闘会はやっていたらしい。セスのチームは、ハワードとヘクターと知らない男が4人だ。パドマは今、その7人と一緒に食卓を囲んでいる。隣の卓には、ルーファスと白蓮華の子どもの一部がいて、反対の隣にはイギー夫妻とメドラウト夫妻がいる。
パドマは、とりあえずセスのひざの上に座っていた。今日、気付いたのだが、対人恐怖症が治っていたのである。怖いか怖くないかと聞かれたら怖いのだが、問題なく誰でも触れるようになっていた。白蓮華で、通りすがりのスタッフにごはんを食べさせてもらっても、何ともなかったことから気付いた。
近くで、おめでとうを言いたかったから選んだ席だ。ウトパラ用の赤ちゃんイスを出されて、ムカついたからではない。震える手で、小さなカップを持ち、乾杯もできたから、パドマは満足している。飲むのは1人では出来なかったが、晴れ着を着てるから仕方がないと思うことにした。
「祝ってるつもりなんだけど、雑用をさせてごめんね」
おめでとうと言いつつ、パドマはセスに飲食の世話をさせていた。それを謝罪したら、セスは否定した。
「とんでもありません。栄誉ある大役だと思っております。私事で大変恐縮ですが、実は春に子が生まれることになりまして、ご指導頂けたら大変ありがたいことだと思っております」
「おめでとう。結婚してたの? 水臭いな。仕事中とか堅苦しいこと言わないで、教えてくれたら良かったのに」
いつぞや話を聞いた時は、ハワードとヘクターと同居していたんだから、それを聞いた時点では、結婚していなかっただろう。だとすれば、その後、知らぬ間に結婚していたのだ。そう思って、パドマは寂しくなった。自分は結婚から逃げていたとはいえ、他人の慶事まで否定するつもりはないのに。
「結婚も、これからなんです。なるべく早くとは考えているのですが」
「そーなんだ。おめでとー。殴り合いなら、得意だから任せてね」
パドマが、がりっがりの腕をぺしぺし叩くと、ハワードが口出ししてきた。目付きが悪い。結婚を反対しているようだった。
「姐さん、勘違いだから。めでたくねぇから。生まれてくるのは、セスの子じゃねぇから」
「まさかの略奪結婚? 三角関係?」
パドマの苦手な話題に、おろおろしていると、セスは困った顔をした。
「違います。婚約者が亡くなって、困っている人と知り合っただけです」
「わざわざそんなのと結婚しなくてもいいだろうにな」
「ハワードには関係ない」
ハワードがイチャモンをつけるのには、聞き飽きているらしい。セスは、まったくハワードを見ずに涼し気に応戦している。
「惚れちゃったの?」
「さあ、どうでしょうか。とても困っているようだったので、黄蓮華と白蓮華を案内したのですが、いつの間にか、そういう話になっておりました。
独身の上に恋人もおりませんし、彼女が後悔しないというのであれば、それもいいかと思いました。ちょうどいいと言われたら、確かにそうかもしれないと思ったので」
ハワードは気に入らないようだが、相手は婚約者がいた女性である。美人で気立が良くて、家事も仕事も万能なスーパー才女である可能性もある。そうでなくても、惚れてしまったなら、相手がどこの誰だろうが仕方がない。パドマはそう思ったが、セスは淡々と夢のない話を返した。上司相手にノロケられないからだというなら構わないが、一生の大事を決める理由が適当すぎて、パドマは引いた。
「ちょ、ちょーど良い? 何処が? 結婚だよ? 離婚できないんだよ? そんな理ゆーでしてもいいの?」
「そうですね。彼女は、可哀想だと思います。婚約者に情があるようですから、わたしでは、まあ、嫌でしょうね。ですが、白蓮華に預けるのではなく、自分で子育てをしたいようです。だから、わたしに結婚を持ち掛けたのだと思います。
わたしも色々やってきましたので、父親になる道を避けてきたのですが、彼女にはまともな縁談が来ないようですし、資金援助だけはできますから。それで彼女の世間体が守れるなら、いいかと思いました。
何もしていないのに、もう子どもが生まれるのです。考え方を変えれば、お買得ですよね。2人の間に愛が芽生えずとも、子どもが1人いるのですから」
セスは、幸せそうに笑った。
パドマは、なんとなく理解した。セスは、その辺の美人が相手では、結婚する気になれないのだ。仕方がないと言える理由が見つかったからこそ、結婚するのだろう。ある意味では、スネに傷がある相手を見つけて、丁度良かったということだ。2人がそれに納得しているなら問題はなく、お互いを思って努力できれば、いい家族になれるだろう。
「何それ。なんか羨ましくなってきたんだけど! いいね、子持ち。ウチも、結婚するなら、子持ちがいいな」
「自分の子じゃねぇじゃんか。騙されんな」
ハワードは、しつこくいつまでも人の結婚にケチをつけていた。
「何? 白蓮華の子は皆てー妹って言ってるウチに、ケンカ売ってんの? ん? もうてー妹じゃない? けー姉? そんなの嫌だ! ハワードちゃんのバカ! 嫌いだ!!」
パドマは3歳児らしく、ぷいっとそっぽをむいてすり身だんごを食べた。今日は、パドマのリクエストにより、全部手づかみ食べができるメニューにしてもらった。お手拭きと飲み物だけなんとかしてもらえば、自分で食事が取れる。
「奥さんの話を聞ーてないから、いーことかどーかはわからないけど、少なくともハワードちゃんは関けーないよ。セスを取られて、ヤキモチやいてるの? 寂しーなら、空いた部屋にウチが住んであげよーか?」
「マジか! セス、今すぐ出てっていいぞ。宿屋代は出してやる。結婚おめでとう!」
ハワードは、手のひらを返して、セスの結婚を祝福しだした。
「本当に、越して来られるのですか?」
「ううん。甲斐しょーなしが家賃に困って愚痴ってるのかと思って、しゅー儀ついでに1人分家賃を払ってやろーかと。ただ、それだけ。ウチはお世話係が必要だから、しばらく白蓮華に居座ろーと思ってるよ」
「金だけなら、いらん! 3歳児に奢られてたまるか!!」
「仮令、身体が縮もーと、ウチは次の年明けで18歳だからね。これは、絶対だよ。ダンジョンに行けなくなったら困るからね」
「歩けないくせに、行く気か?」
「今すぐは行かないけど、7年も待てないからね」
「そうだな。姐さんなら、護衛をつけりゃ、何歳でも変わらないからな」
「それは、護衛なしで行けってゆー振りだな?」
「違うぞ?」
「ウチは、ケンカは買う主義だから、見てなよ?」
パドマは、ハワードとやり合って、ごはんを食べているうちに、眠くなって寝た。そのままスヤスヤお昼寝している間に、武闘会決勝は終わっていた。セスが総合優勝者になった。
決勝戦に出れないだけではなく、ただ観戦することも出来なかった自分の無能さに、パドマは愕然とした。お昼寝って何だよ、誰か起こせよ、と思ったが、パドマだって3歳児が幸せそうに寝てたら起こせない自信があった。多分、相当な緊急時でも起こせない。その上、起こされても起きない自信もあった。つまりは、周囲にはどうしようもできない事態だったということだ。当たり散らすのはやめた。
「セスのゆー姿を見たかった。寝てて、ごめんね」
パドマは素直に謝ると、セスは元々期待もしていなかったかのように、スラスラと答えた。謝罪されることまで、セットでわかっていたのだろう。
「構いません。代わりと言っては何ですが、褒美を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「今のウチに、何とかできるものだったらいいけどね。何?」
起きていることすらままならない自分が何かをできるとは思えず、パドマは戸惑いながら応じた。
「生まれてくる子が女の子でしたら、お名前を頂戴しても宜しいでしょうか? その、妻が、是非にと申しておりまして」
セスは、申し訳なさそうに切り出した。急に結婚を決めたことといい、妻に尻に敷かれているのかもしれない。パドマは、そう思ったので、強くは否定しない。夫婦円満に亀裂を入れる気はないのだ。
「却下。どうしてもって言うなら、ウチに止める権限はないんだけどさ。できたら、友だちはパドマちゃんって呼びたくないな。恥ずかしくて、呼びにくいよ」
「!! そうですね。妻に、そのように伝えます」
数日前まで、パドマは大人だった。だから、生まれてくる子どもがパドマと同世代になることは、想定していなかった。セスがパドマに関わり続ける限り、セスの子もパドマに接触する機会もあるかもしれない。セスは、それについて未来の妻と話し合わねばと思った。
「うん、そうして。2人が気に入る名前が見つかるといいね」
「はい」
イヴォンに頼まれて以降、ずっと考えていた断り文句だった。セスの反応を見たパドマは、心の中で勝利の舞を踊り狂った。違う名前にするとは言っていないのに、もうそうなると決めている。自分の妹どころか、アーデルバードでは、ある年齢以下の女の子の名前はやたらとパドマが多いのだが、白蓮華に女の子が預けられないものだから、パドマはまだ気付いていない。