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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
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3.兄と面倒臭い友だち

 次の日、早速、パドマは雷鳴剣の効果を試すことにした。

 雷鳴剣は、振ると雷が発生する剣だと言う。敵に近寄らなくても攻撃することができると聞いて、欲しいと思ったのだった。注意する点は、ダンジョン内でしか使えないことと、1回しか使えないことである。使っても壊れることはないが、1度ダンジョンを出て、入り直さないともう1回は使えない。意味がわからないが、登録証と同じような原理の魔道具なのだろう、とパドマは解釈した。

 試しに、いつもの芋虫に使ってみたところ、轟音が鳴り響き、縦横無尽に光が飛び交い、部屋全部の芋虫が黒焦げになって崩れた。パドマは、初めて芋虫を潰した時のような衝撃を受けて、逃げるようにダンジョンから撤退した。

 直様ポイント交換窓口に行って、雷鳴剣について尋ねると、あっさりとした口調で、

「同じ部屋に人がいたら、その人も死ぬでしょうね」

と言われた。そんな大事なことを伝えずに、景品を渡す窓口職員も、ヒゲおじさんも恐ろしい人だと、パドマは思った。そして、誰もいない場所で試して良かったと、胸を撫で下ろした。



 もう1度、ダンジョンに入る気にはなれず、帰ろうと歩いていたら、兄のヴァーノンに出会った。友達だろうか、兄と似たような大きさの子ども2人と、連れ立って歩いていた。

「今日は、もう帰りか?」

「うん。ごめんね。ちょっと怖いことがあって、帰ってきちゃったの。明日は、もう少し頑張るから、許して」

「何があった?!」

 ヴァーノンは、元々妹を働かせる気は、あまりなかった。まったく働かないのは困るが、危険な仕事や人に蔑まれるような仕事しか見つからないのであれば、働かなくても良いと思っていた。それなのに、妹は、酒場の酔っ払いの紹介とやらで、ダンジョンの仕事を見つけてきてしまったのである。センター内の事務職なら良かったが、1階層限定とはいえ、ダンジョンに入るのである。反対したのだが、反対しきれなかった。誰でも務まる仕事だと、反対することを、皆に反対されてしまったからだ。それを今、後悔した。勢いよく妹の肩をつかんで、揺さぶった。

「え? え? ああ、怖いことをされたんじゃなくて、うっかりやっちゃった方だから、うちは何ともないよ」

「やっちゃった方?」

「虫を殺しちゃったんだ。自分で殺しといて、気持ち悪いな、って思っただけ」

「なるほど」

 ヴァーノンは、納得して手を離した。妹が、2年間ほぼ休みなく芋虫を潰して過ごしていたとは知らず、虫も殺せない妹と情報修正を終えた。

「次の休みは、俺もダンジョンに行くから。それまでは、2階層に行くのは禁止だからな」

「え? 何で」

 兄は、商家で働いている。最初こそ、荷物運びか使いっ走りしかしていなかったようだが、最近は、文字や計算を覚え、店内に入れてもらえる日も増えたと自慢していた。折角、勤めているのだから、そのまま働けば良い。何か粗相があって解雇されたなら仕方がないが、兄の様子を見た限りだと、そんな風には見えない。

「お前ばっかり、面白そうなことをしてんじゃねー、ってことだよ」

 兄の連れ、兄より少し背が高く、細長い印象の少年が答えた。初対面のパドマ相手に、遠慮する気持ちは欠片もないらしい。

「オレたち、これから装備揃えてくっからさ。お前もオレたちの仲間に混ぜてやる」

「そういうことだ。一階層だけならまだしも、下に行くのに1人で行くヤツなんていないんだろ? 俺たちが付き合ってやることに決めたから、1人で行くのは禁止だ」

 おのれの力の限りを尽くして、深階層にチャレンジするつもりなど、パドマにはなかった。2階層に降りても大丈夫そうか、少し見学に行く程度の予定であったのに、余計なおまけが付いてきたら、むしろガッツリ探検せねばならなくなるだろう。余計なお世話である。


 ヴァーノンは、まったく引く気がないようだった。パドマは、彼らの装備品の購入に付き合わされ、荷物持ちの手伝いをさせられた。

 高い買い物なんてしても、元は取れないだろうに、イギーと名乗った細長い少年は、次々と3人分の支度を購入していった。

 もう1人は、レイバンと呼ばれていた。比較的がっしりとした体型で、一番まともに働けそうに見えたが、性格は消極的で、ダンジョン探索にも乗り気ではなく、巻き込まれて断れないだけのように見えた。頼れそうな人材とは思えない。

 強いて言うなら、3人とも、余計なお荷物である。パドマは、頭が痛くなった。



 2階層に挑む日が来てしまった。

 ダンジョンセンター前で待ち合わせたイギーとレイバンを見て、パドマは帰ろうかと思った。

 兄のヴァーノンは、比較的まともだった。いつもの服の上に軽装の皮の鎧をつけて、長剣を佩いているだけだ。だが、明らかに残りの2人は、鎧に着られていた。金属性の鎧を着ているのだが、歩くのも覚束ない様子に、ため息が出る。

 装備は、高ければいいのではない。格好良ければいいのではない。それがよくわかる悪い見本例のようだった。長い槍は、狭い場所では使いにくかろうし、弓など持ってきて、どうするのだろう。商家で働く彼らに扱えるとは、とても思えない。

 昨日も、パドマは購入前に止めたのに、年下であることを理由に小馬鹿にする男たちは、話を聞かなかった。戦闘経験がないので、遠距離から敵を仕留めたい気持ちも、少しもケガをしたくないから、防具にこりたい気持ちも理解できなくはないが、限度というものがあるだろう。

「お兄ちゃん、本当にアレを連れて行くの?」

「そうだな。気持ちはわかったが、大事なスポンサーは置いて行けないだろう。イギーは、ああ見えて旦那様の息子なんだ。悪口は、慎んでほしい」

 惨状を見て、漸くヴァーノンもパドマの意見に賛同したが、今頃理解してくれても遅い。いや、今なら間に合う。急用を思い出して帰ってくれないかな、とパドマは思った。



 まずは、ダンジョンセンターで男3人の登録をしなくてはならない。10歳を超えれば誰でも登録できるが、入場したもののいつまでも出て来ない人がいた場合の連絡先などを含め、身分登録をしなければいけないことになっている。身分確認などはないので、偽名としか思われない人や、住所がない人でも問題ない。ただの管理用なのだ。緊急連絡はダンジョンセンターの親切で行っているだけのことなので、連絡ができなくとも困る人はいない。間違ったことを書くと連絡がいかないので、登録した側が気を付けなければならない事項である。

 あとは、ダンジョンについて、軽く説明をされる。口頭で説明を受けるか、紙面を確認するか、紙面を確認したことにして、読まずに終えるかの3択だ。彼らは、紙を選択した。わからないことができたら、随時質問できるとパドマが言ったら、イギーが選択した。


「ひとつ、ダンジョン内で起きたことは、ダンジョンセンターは一切責任を負わないこととする? 随分と、サービスが悪いな。そんなんで、客が入るのか?」

 イギーは、早速、紙相手にケチをつけ始めた。そんなところに、わざわざ自分が来ていることには、気付いていないようだ。

「死んだとして、入ったお前が悪い、ってことだよ。最初から、危ないよ、って言ってんだから」

「まぁ、そうか。そんなのに責任なんて取ってたら、採算取れないな」

「え? 死ぬの? そんなところに行くのは、辞めようよ」

 とてもやる気のあるフルプレイトメイルを着ているレイバンは、ダンジョンに入ることに反対しているようだった。ヴァーノンと、似た立場の人なのかもしれない。


「ひとつ、ダンジョン内のモンスターは、ダンジョン外の生物とは似て非なる物である? なんでだよ」

 とても基本的な情報も、彼らは知らないようだ。遊びに行くような感覚で話していたが、言葉通りの中身なのだと知れた。

「ダンジョン外の生物を参考に作り出される擬似生物なんだって。名前は同じだし、見た目は似てるけど、生態が全然違うから、外と同じものだと思ってると勝てないし、逆に外のを中のと同じ物だと思ってると、酷い目にあう」

「酷い目って、何だよ」

「ダンジョンモンスターは、大体全部食べれるから。それを信じて、外の生き物を食べると、お腹を壊したり、最悪死んだりするらしいよ」

 今更、基本情報を話して聞かせないといけないなんて、とんでもなく面倒臭い事態に巻き込まれたことを悟った。口頭説明を選択するよう誘導するべきだった、とパドマは悔やんだ。

「なんでダンジョンモンスターを食わなきゃいけないんだよ」

 3人揃ってゲンナリした顔をしているが、ダンジョン産の食べ物は、その辺で普通に食べられているポピュラーな食材である。ダンジョン知識どころか、一般常識も欠ける人材だと割れた。本当に、家に帰って勉強してきて欲しい。商家の未来が心配だった。

「食べない人は食べないけど、食べるのが好きな人だっているんだよ。深階層まで食べ物を運ぶのも大変だしね。補給が楽でしょう? ダンジョンモンスターは寄生虫がいないとか、そもそも体を構成する何だかが違うんだって、誰かが言ってた。ダンジョンセンターが買い取って、どこかに卸してるらしいから、みんなも食べたことあるかもよ」

「マジか。普通の食い物なのか。それは注意がいるな」


「そうだな。そこまで知らないとなると、構造も知らないよね。中は、碁盤の目みたいになってるんだよ。部屋が1階層につき、縦10横10に並んでて、端を除き四方に通路が伸びて、隣の部屋に繋がってるの。階によって、階段がある部屋の場所はいろいろだし、たまに端じゃないのに通路がない部屋とか、部屋が1つ省略されて通路になってる場所とかあるらしいけど、マッピングは簡単にできるんだって」

「碁盤って、何だ?」

「そこから? もう何なの? 商家って、何なの? それで、本当にいいの?」

 イキリたった妹に、ヴァーノンは肩に手を乗せて、宥めた。兄妹2人で、手早く小声で情報交換した。

「安心しろ。イギーだけだ。イギーには、兄弟がいる。問題ない」

「だったら、なんでそっちの有望な方にしなかったの? 今からでも、取り替えなよ」

「有望な人間の取り巻きになったら、今更、初歩の勉強を教わる機会がない。ついていけない」

「丁度いいのか。だけど、出世できないよ?」

「荷物運びから出世する機会こそ稀だ。だが、出世した。イギーの奇跡の能力のおかげだ」

「奇跡。奇跡なのか。嫌な奇跡だ」

「イギー以外、あり得ない。類稀なる存在だ」


 パドマは、気を取り直して、説明を続けた。説明をしたところで、阿呆に覚える能力があるかどうかは不明だが、教えておけば、取り巻きがどうにかするだろう。1人お荷物なのと、3人お荷物なのでは状況が変わる。

「あと、繁殖行動とかしないで増える。いきなり新しいのが出現したりするらしいから、気を付けた方が良い」

「お前、偉そうに言うが、らしいらしいばっかだな」

「しょうがないじゃん。初心者なんだよ」

「そうだな。だから、俺が一緒に行ってやるんだよ」


 3枚の紙にぎっしり書かれた注意事項を読んだら、紙を返却して、ダンジョンに入場した。今日は2階層までしか行かないと、兄にきつく言い聞かせたのに、悪口を言えない人が元気になってしまい、兄妹は閉口していた。

「妹よ。オレたちが付いているからには、今日は危険はない。50階層まで駆け抜けて行くぞ!」

 あまりに動かない2人がうっとうしくなって、ヴァーノンとイギーの鎧を交換した。ヴァーノンの方が、荷物運びの仕事をしているからか、まだマシに見えたからだった。

「パドマ、ダメだ。あっちの方が高いんだ」

「俺は、これが気に入ってるんだよ!」

 パドマの提案に2人とも嫌がって面倒だったが、強行に言い張って交換させた結果、ヴァーノンは歩くのに不自由しなかったし、イギーは無駄に元気になった。あのまま放置して、兄だけ連れて行けば良かったかもしれない、とパドマは少し後悔した。レイバンを後ろから押して歩かせているヴァーノンも、人選と鎧選の失敗を後悔していた。

「どんな薄暗いとこかと思ってたが、めっちゃ明るいな。あの灯を取って帰っちゃダメなのか? レイバン、取って来い!」

「あんな高いの、無理だよー」

「取った時点で消えるらしいよ。無駄だから、やめときな」

次回、兄たちの接待。

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