299.孤児院
珍しくグラントは、不在だった。急にパドマがいなくなったから、祭の出し物を調整する仕事を増やしてしまったのかもしれない。パドマは申し訳なく思いながら、グラントを探して欲しいと頼んだ。ろくすっぽ歩けない身では、探しに行けない。
うるさい人たちと一緒にいたくなかったので、パドマは護衛をドアの前に置き、部屋を封鎖した上で、ギデオンに果実水を飲ませてもらって、会議室で静かにグラントの到着を待っていた。
グラントは、いくらもしないでやってきた。息も絶えだえで、マラソンのゴール地点のような風情で転がり込んできた。それを見て、パドマは申し訳ないことをしたと思った。あまり関わらないようにと心掛けていたから、グラントの忠誠心を忘れていた。ゆっくり歩いて来い、という命令をしなければならなかったのだ。
「お待た、せ致しました。お見苦しいとこ」
「いやいや、いーよ。まずは座って、水でも飲んで」
今のパドマは、自力でイスを降りることも、水を取ってきてあげることもできない。目配せしたら、護衛の1人が部屋を出て行った。別の護衛が引いたイスに、グラントが着席した。
「ダンジョンに入場されたと伺いまして、最奥まで探しに行ったのですが見つからず、心配しておりました。ご無事で何よりです」
そう言ったグラントは、パドマの姿を見て、目を点にした。パドマは、それでクマやオオカミの数が少なかったのかな、ハチはどうした、すごいな、などと言っているが、身の丈が縮んでいた。目の錯覚とは言い難いほどに、大きさが違う。
「ご無事と捉えて、宜しかったでしょうか」
「どーだろうね。それは、その人の捉え方次第かな。こんなふーになっちゃってね、じゅー前どーりの仕事はできなくなっちゃったから、そー談に来たの。差し当たっては、決しょー戦の出じょーは辞退したいんだけど、ダメ? どうしてもってゆーなら、出るだけなら出れるんだけどさ。ちょっと絵面が悪いと思うんだ」
パドマは現状に悲観的になっておらず、かつ口振りから中身は変わっていないのだと察して、グラントはひとまず落ち着くことにした。パドマの技能が失われたことは惜しいが、成長とともに戻るならば問題ない。グラントたちはパドマの剣に屈したが、従っているのは、その人柄故だ。
「そうですね。理由が理由ですから、構わないと思います。祭はあと3日御座いますので、今のお姿を発表しては如何でしょうか。祭後に見学が押寄せても、邪魔になると思われます。その他の仕事については」
グラントは、ピタリと口を閉じた。日常業務への差し障りについて検討しようと思ったのだが、これといった要望は何もなかった。創立はパドマの発案で、運営方法もパドマが考えた。しかし、今は特に何もしていなかった。肉の仕入れをたまにしているが、別に頼んだ分ではない。どちらかと言うと余剰肉だった。稀に土産品に人気商品を増やすこともあるが、なくても経営は変わらない。パドマの仕事で最も重要なことは、トップであり続けることであり、たまには見に来てくれることだ。身体が大きくても小さくても、特に問題はなさそうだ。どちらかというと、護衛に幼児の世話の仕方を仕込むかどうかの方が、問題だった。
「現行通りで問題ないかと思います」
「うん。何もしてなかったからね」
「いえ、パドマさんがいて下さるから、我らの安全性が認められるのですよ」
「ちっちゃくなっても、皆の役に立てる?」
パドマの心配は、それだ。ずっと縁を切ろうと思っていたが、ズルズルとこの関係を続けてきたのは、慣れてしまった皆と離れるのが寂しかったからである。今こそ別れる好機だと思うのに、子どもになってしまった不安もあって、思い切れなかった。だが、役に立たないなら離れなければならない、と思うくらいの分別は残っている。
「神様の御姿が大人でも子供でも、神性に違いはないと思います」
「そっか。それは良かった」
グラントがいつも通りに請け負ってくれたので、パドマはふにゃりと笑った。
「差し支えなければでよろしいのですが、お姿が変わった経緯をお伺いしても宜しいでしょうか。お姿を広めるにあたって、どのように説明致しましょうか」
「や」
パドマの顔がみるみる赤くなり、涙がにじんで、蒼白になった。瞳は泳いで、グラントから視線が外れた。
「そっか。公式見解がいるんだね。どうしよっかな。どれなら話してもいい話題なんだろう」
パドマは、こめかみに拳を当てて、うーんうーんと悩んだ結果、これは言っちゃマズいかなと、言ってはいけない内容とともにだだ漏れさせながら、検討を重ねた。
「うーんとね、ダンジョンにダンジョンマスターって人がいるの。人じゃないかもしれない人なんだけど、その人がウチの昔からの知り合いだったの。で、ウチがケガしてたから、魔ほーでばばーんと治してくれよーとしたんだけど、うっかり失敗してこんなふーになっちゃってさ。しかも、それきっかけで、ダンジョンマスターは魔ほーが使えなくなって、どっか旅に出ちゃったんだけど、どこまで話していーと思う?」
結果、ほぼ全てを開示して、意見を求めた。脳の中身は変わっていないのだが、今のパドマは3歳児である。大人に意見を求めて、責任を擦り付けたところで、見栄えは悪くない。
「ダンジョンマスターが魔法を使えなくなったり、不在になると、ダンジョンに影響は出ますか?」
「さあ? いなくなっても特にダンジョンは変わってなかったけど。多分、何かあっても、最奥にししょーさんを連れてけば、同じ仕事はできるんじゃないかな。ししょーさんの親戚らしいから」
「そうでしたか。今聞かせていただいたお話しをベースに、会議で公式見解を検討させていただいて、よろしいでしょうか」
「うん。いいよ。よろしくね」
パドマは、またギデオンに抱えられて、会議室を後にした。部屋を出ると、カイレンと師匠が焦れた顔で立っていた。ヴァーノンとミラは、いなかった。
「ごめん。もうついてこないで。ウチも、頭の中が大変なの。謝られても何も変わらないよ。目障りなだけ」
そう言って、パドマは白蓮華に連れて行ってもらった。ここならば、小さい子の世話に慣れているヤツらがいる。馴染みの子どもたちもいる。
「お姉ちゃん、可愛い」
と、子どもたちに取り囲まれたパドマは、1番小さかった。小さいと思っていた妹パドマに抱っこされた上で、ミルクを飲むか聞かれた。よちよち歩きだから、そう言われても仕方がないのかもしれないが、パドマは3歳で、心はほぼ18歳の17歳だった。心が折れそうだった。
しくしく泣きながらミルクを飲まされていたら、後ろから脇に手を差し込まれ、持ち上げられた。子どもに子ども扱いされるなんてと、屈辱を感じていたら、テッドだった。
「お前ら、お姉ちゃんは、おもちゃじゃないんだぞ。中身は大人だから、そうそう嫌だって言わないからな。加減しろよ」
そう言うと、パドマの部屋に連れて行ってくれた。パドマはついてきたので、兄弟3人だけ部屋にいる。
「お姉ちゃんは、今、どういうことになってるんだ? 子ども扱いした方がいいのか? どうして欲しい?」
心配そうな目を向けられ、パドマは胸が温かくなった。テッドの首にぎゅっと組み付き、頬を付けた。
「ん。大丈夫。ちょっとちーさくなっただけ。心配かけて、ごめんね。中身は多分変わってないから、ちゃんとテッドとパドマのことは、覚えてるよ。
見た目はちーさいけど、3歳は過ぎてるって、にーちゃが言ってた。だけどね、まだ離にゅー食しか受け付けないんだって。ポリッジを食べてたら、すぐ元に戻るよ。だから、心配いらないよ。
白蓮華を作っておいて、良かったよ。無職になっても食いっぱぐれなくて済むんだから。いやー、良かったね!」
ふふふーと笑ってみたが、左右からの弟妹の視線が冷たくて、パドマは怯んだ。
「お姉ちゃんって呼び続けてもいい?」
「無理しなくていい。して欲しいことがあるなら、言ってくれ」
パドマは小さい手を伸ばし、パドマの手をつかんだ。
「パドマのことを、お姉ちゃんって呼ばなきゃいけないかと思ったよ。これからも、よろしくね。
して欲しいことか。、、、ある!」
パドマは、2人の協力で、風呂に入れてもらった。よちよち歩きでは、湯船の壁は越えられないし、溺れる危険性がある。怒られない程度に長風呂を楽しみ、おかゆを食べさせてもらって、川の字で眠った。身体も心もポカポカになった。ヴァーノンを手放しても、まだパドマには家族がいた。帰れる家があった。それが嬉しかった。あのまま死んでいれば良かったのにと思っていたのに、帰ってきて良かったと、安らぎに包まれた。
呼びに行った理髪外科医を断るエピソードをどこに入れたらいいかわからず、割愛。
次回、祭の続き。