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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第8章.18歳
296/463

296.死別

 パドマはダンジョンマスターの映像が見れた部屋に戻ったが、ガラス板は何も映さなかった。呼びかけてみても、撫でてみても、叩いてみても、反応がなかった。

「くっそ。本格的に逃げやがったな」

「もう遅いから、お兄ちゃんも寝ちゃったんじゃないかな。年の所為か、最近、寝るのが早いんだ。予定をキャンセルして、急に昼寝してみたりさ。病気になったら治す方法がわからないから、寝かせてあげようよ。用事があるなら、明日にしよう」

 最近だけの話ならば、ダンジョンマスターは就寝を装って、パドマを構っていたのではないかと思ったが、特に説明する必要はないなと、パドマはスルーした。

「ここの何処かに、ウチの部屋があるの。でも、入り口がなかったから、どうやって入るのか、聞きたかったんだよ」

「それならわかる。こっち」

 カイレンが先導して行くのに、パドマはついて行った。着いたのは、ケガをして連れて行かれた豪華な家具の部屋ではなく、宿屋の部屋のような簡素な家具が置かれた部屋だった。客間だろうか、寝るだけだから、別にいいかと思っていると、戸が閉まった。カイレンは、そこに立っているのに。

「れんれん? ウチの部屋は、ここじゃないな」

 ふふふと、パドマが微笑みを浮かべると、カイレンも同じように微笑んだ。

「ここは、お兄さんの部屋。寝るだけなら、どこでもいいかな、って思って。結婚の約束までしたんだから、同室だっていいよね? パドマ兄とは一緒に寝てたんだから、寝られるよね? あの時のベッドより、大きいと思うんだ」

「嫌だな。おじいちゃんは、ボケちゃって。お兄ちゃんは兄だけど、れんれんは、100年間は夫でも婚約者でも恋人でもない、って言ったじゃん。ただの飲み仲間か、店の常連のおっちゃんその1なんだけど?」

「でも、約束はした。大丈夫。嫌がることは何もしない。ただ横で寝るだけだから。それだけにするから!」

 カイレンの必死な顔を見て、パドマは敗北を知った。カイレンは本気だ。パドマの回避行動は、全て阻止されるだろう。対カイレン用の秘技は磨いてきていたが、師匠が死んでしまった今、カイレンを殺すことはできない。遺言を守る気があるならば、パドマには拒否権がない。体格差のあるカイレンを倒すには、殺すくらいしか道がないのだ。パドマは、死んだ魚の目をして、うなだれるしかなかった。

 クマはいるが、クマは人には攻撃しないから、戦力にはならない。

「お願いがあるの。食事をした部屋に置いてきちゃったけど、毛皮を持ってきたの。それを使って、クマちゃんに、服と布団を作ってくれる?」

 話題とまったく関係ないおねだりを聞かされて、カイレンは驚いたが、すぐに喜んで了承した。

「いくらでも作るよ」

「いくらでもじゃ、困るの。あの毛皮で作って欲しいの。クマちゃんには、今まで何もしてこなかったから。会えなくなっても、何かを残したいの。次の持ち主が捨てちゃうまで、ウチの毛皮を着てて欲しいの。絶対に忘れないでね。忘れたら、、、ウチは何も仕返しできないけど、ずっと恨んで悲しむから」

「え? なんで、そんな悲壮な、え? いや、ちゃんと作るよ。寝たら忘れるとかないよ。本気でボケてると思ってる? お兄さんは、おじいちゃんじゃないよ。ほら、顔を見て。18歳だから」

 カイレンは焦って弁解をしたが、パドマは何も言わずに布団に潜った。わざわざベッドを回って、カイレンがいない方の端に入ったから、かなり嫌々だというのは、カイレンも理解した。


 パドマの反対端に、カイレンも身を横たえた。同じ布団に入ってはいるが、お互いに手を伸ばしても届かないくらいに、パドマは遠くにいる。それがカイレンは寂しかった。

「お兄さんは、この姿のまま、いくらでも生きていられる魔法がかけられてるんだ。だから、年を取らない。ずっと18歳なんだよ。もし良かったら、なんだけどさ。パドマも同じ魔法仲間になってくれないかな。パドマがおばあちゃんになっても、変わらずに好きでいる自信はあるんだけど、その先の別れが辛いからさ。どうかな」

「それ、魔法なんだ。すごいね」

 すごいと言いつつ、声には感情が込められていなかった。カイレンは、更に嫌われたことを悟った。

「今すぐ決断してくれなくていい。考えてくれないかな」

「うん。考えるだけね。ちなみに、れんれんは何歳くらいの女の人が好きなの? 幼児? おばあちゃん? ウチが時間を止めるとしたら、何歳くらいがいいと思う?」

「パドマなら何歳でも愛せるけど、最終的になりたい年齢より若い年齢で止めることをオススメするよ。妊娠中は時間を止められないから、出産すると、想定より年上に成長しちゃうからね」

「そっか。もっと早めに教えてもらいたかったな。ウチ、ずっと大人になりたくないって思ってたのに」

「そうなの? ごめんね。じゃあ、せめて今すぐ止める?」

「いいよ。手遅れだから。こんなところで止められても、困る。もっと大きく育つんだから」

「パドマは大きくなりたいんだ」

「なりたいよ。れんれんが大きくて、妬ましいんだよ」

「そっか。もっと早く知って、もっといっぱい食べさせてあげたら良かったね」

「れんれんの所為じゃないよ。いっぱい食べさせてもらったもん。好きなものを勝手に注文しても怒られないし、れんれんがお店に来るの、楽しみに毎日待ってたんだよ」

「そっか。本当に、パドマのこと、何も知らなかったんだな。ずっと見てたのに。ずっと好きだったのに。ごめん。、、、、に任せておけば、全部上手くいって、パドマは幸せになると思ってた。でも、それじゃあ嫌になった。本当にごめん」

 カイレンは少しずつパドマに近寄り、とうとう真横の位置まで到達したら、パドマに悲鳴を上げられた。カイレンも悲しいし、心が痛いのだが、誰にも譲れない気持ちも抑えられない。

「何もしないでいたら、100年経っても今のままだよね。手を繋ぐくらいで、悲鳴を上げなくても良くない? 100年後に、どうにかなる具体的な計画はあるの?」

「だって、手を握られるのが、一番怖いよ。こんな大きい人と一緒にいて、攻撃を封じられた上に、逃げることもできないんだよ。覆い被さってきて、手をつかんでくる人以上に、怖い人はいないの」

「そうか」

 カイレンは、ひとまずパドマの手を離した。女性に無理強いする態勢を想像したら、パドマの言い分はもっともかもしれないと納得した。パドマの場合、想像だけでなく、実体験があるのだ。それを思い出させたいとは思っていない。

「じゃあ、両手を上げて無抵抗で転がってるから、パドマに上に乗ってもらえばいいのかな。それなら怖くない?」

「なんで上に乗らなきゃいけないの? あのね、れんれんは気付いてないかもしれないけど、ウチは、さっき初めてれんれんの顔を見たんだよ。これがれんれんの正体だったって、わかってはいるけどね。それでも、ちょっと慣れなくて、お前誰だよって思ってるところなの。それなのにべたべたくっついて仲良しできるならさ、ウチは誰とでも仲良しできる気がするんだけど、その方向を目指して欲しいのかな」

 パドマは、ずっと布団から顔を出さずに震えていた。カイレンは、街に戻る前にパドマと未来の約束の確証が欲しいのだが、どうにもうまくいかなかった。パドマだけならば信じてもいいが、街には横槍が千本以上転がっている。パドマは師匠の言い付けを断れずに、ここにいるだけなのだ。ヴァーノン級の断れない相手に反対されたら、巻かれてしまうに違いない。だから、焦っている。その件は、100年は待てない。

「もっと早く顔を見せていたら、良かったのかな」

「そうだね。そうしてくれたら、ウチも自信を持って積極的に嫁探しをしたよ。友だちを紹介することすら、検討したよ」

「それは違うよ。そんなの望んでないって、言ったよね?」

「でも、皆が幸せになる丸く収まる方法は、それしかないと思うよ。れんれんだって、ちょっと前までは、ウチと結婚する気なんてなかったんでしょ」

「そりゃあ、パドマが誰を見てるかわかってたら、そんなことは望めないよ。だけど、ずっと好きだった。それは本当だから、そんなことをされたら、ツラい」

「そうだね。それは、わかる」

 今まさに、パドマがそうだった。別に、師匠とどうにかなる予定はなかったが、師匠にカイレンを押し付けられた、その事実が胸を苦しくさせる。師匠のことが、好きだった。師匠が他の誰かのところに行くのは、嫌だったけど我慢した。だけど、今度は師匠は、パドマに男を当てがった。パドマは、ずっと師匠の横で妹面ができたら、それで良かったのに。これ以上に嫌なことは、想像できない。

「わかるの? だったら、嫌いなままでいい。私のものになって。一回我慢してくれたら、後はずっと我慢するから」

 カイレンは、布団をめくってパドマを出した。パドマは泣いていた。目を赤くして、髪を濡らすほどの大号泣だ。泣いているだろうとは思っていたが、鳴き声を漏らさないから、これほどとは思わずに、カイレンは怯んだ。

「何もしないって、約束したのに?」

「嫌がることはしない。怖くないよう最大限配慮する。だから、今日だけ。パドマを誰にも取られたくないんだ。嫌だって聞いたけど、結局布団に入ってくれたんだし、完全にダメだってことじゃないと信じたい」

「嘘吐きは、浮気の始まり」

「私は嘘吐きだけど、パドマは約束を守ると信じてる」

 カイレンは、最低な言葉でパドマの胸を貫いて、自分の願いだけを叶えた。



 ダンジョンマスターは、慌てていた。パドマの報復が恐ろしくて、完全に通信を切って、ほとぼりが冷めるのを待っていたら、事件が起きていた。最もあってはならない事件だった。慌てすぎて、実体化がうまくいかず、手こずってしまったが、可能な限り急いで歩いた。廊下に響く無様な足音も、今は構っていられない。歩いて歩いて歩いて、弟の寝室のドアを開ける。力加減を誤って、ドアが壁から外れてしまったが、そのまま捨て置く。

「お兄ちゃん? ちょ、今は入って来ないで。デリカシーがなさすぎるよ。パドマが可愛すぎるから、外に行って!」

 見たことのない兄の登場の仕方に、カイレンは驚きつつも、パドマを毛布で隠した。兄は人を模しているだけで、人ではない。だが、パドマの想い人の顔を持っている。取られてなるものかと敵意をむき出しにしたが、軽く魔法で吹き飛ばされた。

「どけ」

 ダンジョンマスターは、そう口にして、カイレンに手を向けただけだが、カイレンはベッドから落とされ、壁に激突した。ダンジョンマスターの顔は、怒りで壊れていた。

「パドマを殺したお前は、私の敵です」

「殺さないよ。仲良くしてただけだよ。パドマに昔の男はいなかった。私だけのものになってくれたの」

「当たり前でしょう。ずっと私が守ってきたのですから。それをよくもやってくれましたね。パドマは、もう息をしていません。可哀想に。バカを当てがった私を許して下さい」

 ダンジョンマスターは、パドマの身体を抱き上げて泣いた。パドマの身体は青白くなっており、くちびるは乾ききっていた。体温も感じられず、関節も硬くなっていた。

「え? なんで?」

 パドマに向けられた手を、ダンジョンマスターは身を引いてかわした。

「ふれるな。この人殺しが!」

次回、蘇生魔法。

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