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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第8章.18歳
293/463

293.発見

 99階層に着くと、階段前にイレがいた。

 広い部屋の真ん中にポツンとおいてあるテーブルセットに暢気に座って、ワインを揺らしていた。テーブルには、芳しいチーズ料理の数々が並び、床にはレッサーパンダが歩いている。

 それを見て、パドマはへたりこんだ。

「あ、本当にパドマが来た。お疲れ様。頑張ったね」

 パドマは気分はズタボロだが、合間合間に風呂に入ったり着替えさせられたり、傷を癒されたりしていたので、それほど苦労は表に現れていない。血抜き中のアライグマを持って歩いているのが似合わない程度に身綺麗だったから、イレはパドマの心境がわからなかった。

「イレさんのバカ! イレさんがいつまでも帰って来ないから、師匠さんが死んじゃったからね!!」

「大丈夫だよ。師匠は死なないよ。お兄さんは殺してないから、どこかで生きてるよ」

 パドマが泣きながら怒りをぶつけても、イレは揺らがなかった。勝手に、パドマのボスカイオーラを食べている。

「そんなことないの。ウチの失敗の尻拭いで、代わりに死んじゃったの! だから、それ、食べちゃダメ!!」

「え? なんで?」

「美味しそうなものは、はんぶんこなの。いつだって、お兄ちゃんとはそうして来たんだから」

 パドマは、小走りでテーブルまでいくと、取り皿にボスカイオーラを取り分けた。きのこ多めの一口分を取り皿に入れてイレの前に置き、残りはもう1つの席の前に置き、着席した。ついてきたクマも空いている席に座った。

「そっか。これがパドマ兄の取り分か」

「そう。お兄ちゃんは、チーズ嫌いだから」

 イレは呆れるだけで、苦情は言わなかった。だから、その隙にパドマはガツガツとボスカイオーラを食べた。食べ終えて、もうイレに取られないと安心して、ふいーっと息を漏らした。

「で、師匠はどうしたの?」

「あ!」

 パドマは、顔を赤らめて下を向いた。ついチーズに目が眩んで、現実逃避をしていた。まさか、イレに指摘される日が来るなんて、思いもしなかった。

「うん。死んじゃったの。だからさ、もし良かったらなんだけど。嫌だったら断ってくれて構わないんだけどさ。ウチと、結婚してくれないかな」

 パドマの瞳は悲しげに潤んでいるが、手はチーズマッシュポテトに伸びていた。何があっても、人間は生きていれば腹は減るし、どうせ食べるのであれば、好物を食べたい。ここで我慢しても、師匠は還らないし、パドマが食べるのを師匠は応援してくれていたのだから、これは供養である。そんなことを思いつつ、パドマは食欲のままに手と口を動かした。

 くるくると回されていたイレのワイングラスが、ピタリと止まった。中の液体だけ3周した後、また回転が再開された。

「聞き間違いだよね。なんかプロポーズされたような、幻聴が聞こえちゃったよ。ダンジョンにこもりすぎて、病気になったかな。本当に、そろそろ帰らないとね」

 イレの前で、パドマはガツガツと料理を食い散らかしていた。こんな状況でプロポーズされるなんて、有り得ない。脳内変換機能が壊れたのだろうと、結論付けたのだ。

「ごめん。それ、聞き間違いじゃない。師匠さんの遺言なの。師匠さんの弟って、イレさんだよね? もし違ってたら、弟さんを教えてもらって、何とかたらしこまないといけないんだけど」

 パドマは、ごくごくとワインを飲み干して、口を空にしてから話した。恐ろしいほどに、甘い雰囲気はなかった。

「たらし、、、やめてよ! そんなことしないでよ。師匠の弟は、お兄さんだけだよ。女兄弟はいっぱいいるけど、男兄弟は2人だけだから」

 パドマの嫌いな灰色の瞳で睨み付けられて、パドマは息ができなくなった。苦しくて涙をあふれさせて、床に落ちた。

「どうしたの? 大丈夫?」

 イレは席を立って、パドマを助け起こそうとして、悲鳴を上げられた。イレが怯んで手を引っ込めたら、パドマはバタバタと四つ足で逃げてイスの後ろに隠れた。

「今は完全に無理だけど、そのうちなんとかするから、結婚してください」

 その様子を見せられたイレは、頬を引き攣らせるしかなかった。イスの背もたれの隙間からパドマの姿は見えるが、泣いて震えているのだ。およそプロポーズをする側の人間に相応しい態度ではなかった。

「こんなイヤイヤなプロポーズ聞いたことないよ」

「しょうがないじゃん。嫌なんだもん。だけど、頼まれちゃったんだもん。弟をよろしくねって。

 思い返せば、いつだって師匠さんはイレさんを押し付けようとしてたし、ウチを妹だって言ってたのは弟の嫁にするつもりだからなんだって、わかったんだよ。

 ウチみたいなのが最悪なのは、知ってるよ。どの口で何言ってんだ、って思ってるよ。でも、しょうがないじゃん。師匠さんは、死んじゃったんだよ。嫌だって、もう言えないから」

 イレは地べたに座って、ひとしきり悩んだ。そこそこ長く生きてきたが、こんな変な状況は初体験だった。パドマみたいな子も、パドマしか知らない。過去のデータベースが何の役にも立たないから、どうすべきかがわからなかった。

「まず1つ。師匠は死なない。死んだふりはするかもしれないけど、お兄さんが殺さなきゃ、絶対に死なない。だから、遺言は無視していい。

 次に、お兄さんはパドマの想い人じゃない。誰を好きなのかも知ってるけど、それは言わない。好きな人じゃなくても後悔しないの?」

「うん。師匠さん、すごい余裕だったから、生きてるような気はしてる。でも、それはただのウチの願望かもって、冷静に判断できないの。死んでたなら、お願いは聞かないといけないし、生きてたなら、もっとひどい方法で追い詰められるだけだと思う。そんなの怖いから、体験したくない。だから、自主的に、イレさんにお願いすることにしたの」

 パドマはイスの脚をつかんでいるから、震えているのが、イレにもよく伝わった。イスは揺れているし、カタカタ鳴っている。

「イレさんの思うウチの好きな人って、誰? お兄ちゃんなら婚約したし、師匠さんならイレさんを勧められるんだよ。どうしようもないよね」

「それでも、パドマが押せば、なんとかなると思うけど」

 イレが、ずっと思っていたことだ。パドマが大好き! と攻めれば、すぐにどちらも攻略されただろう。パドマのために兄でいようとしているだけで、結局のところ、惚れているから兄を貫いているようにしか見えなかった。頭のおかしな師匠は、何かを拗らせているだけだ。

「絶対に嫌だ。どっちとも結婚したいと思わないのに。お兄ちゃんは妹でいたいし、師匠さんはデスフラグだから断る!」

「そんなことを言ってると、後悔するよ。結婚は、好きな人とした方がいいんだよ」

「ウチは、イレさんでいいの。そんなこと言わなくったって、嫌なら断ってくれたらいいじゃん。イレさんが、やだって言ってくれたら、それで終わるんだよ」

「そんなことを言われても、お兄さんは断る理由が何もないからさ。後悔するのは、パドマだけだよ」

 カタカタ鳴り続けていたイスの音が、静まった。パドマは呆けた顔でフリーズしている。頭の中はスーパーコンピュータ並にフル回転しているつもりでいるが、師匠と兄の顔が交互に悪巧みをするだけで、あまりいい回答は導き出されなかった。

「ああ、イレさんがクソもてなかったのは、過去の話だよ。とある紅蓮華の結婚相談所で、イレさんのことを相談して来たの。そしたらね、某バラさんが、やる気もりもりで、結婚相手を見つけてくれることになったんだよ。だからね、早まらなくても相手は見つかるし、心配しないで」

 パドマは、イレがあまりにモテないことを嘆いて、誰でもいいやと自棄になっていると判断した。そういうことであれば、納得できる。パドマは、イレの好みのタイプに『女』と記載してきたのだ。考えてもみなかったが、それならストライクゾーンにパドマもギリギリ入っていた。

「うん、知ってるよ。全部断ったから。そうしたら、どんな相手がいいか、聞かれたよ。パドマって答えた。滅茶苦茶睨まれたんだけど、何なの、あの人」

「英雄様の商業プロデューサー。ウチが結婚したら、商業的価値が下がるの、か、な?」

 パドマは、目を泳がせた。あれは、妹の婚約者だ。その時もそれらしいことを言われた覚えはあるが、ルーファスといて、そんなことを匂わされたことはない。だから、間違いなく誤解だと思うのだが、あの守銭奴のバラキチガイは変態すぎて、うまく説明する自信がなかった。故に、当たり障りのない答えを提示した。これは間違いなく正解を引き当てている。

「違うよね。絶対に違うよね。あの顔は、そんなんじゃなかったよ。それとも天然なの?」

「て、天然ですっ」

 イレにじとりと見られて、認めたくなかったパドマは逃げた。アレは妹の婚約者なのだ。いらぬ噂を立てられたら、パドマが傷付く。そんなものは、許せない。

「ウソ吐き小娘!」

「そんなこと言われても、ウチは何もしてないし、どうすることもできないよ」

 イレが誤魔化されてくれなかったから、パドマは目を逸らして拗ねた。

「そうだね。そうかもしれないね。じゃあ、お兄さんのことは、どうするの? 今、パドマのことが好きなんだって、白状したんだけどさ。プロポーズなんてしたら、断らないよ。本当にいいの?」

「え? 白状? いつの間に? え? なんで? イレさんは、師匠さんが大好きなんだよ」

「それは家族愛だよ。兄弟だから。パドマにとっては違いがないかもしれないけど、お兄さんにとっては違う。師匠は、大好きな家族。パドマは、大好きな女の子」

 イレが一歩前に出たから、パドマは一歩下がった。その際、うっかりイスバリケードが奪われてしまったので、更に一歩下がった。

「未婚女性の知り合いがウチしかいないから、暫定1位的な?」

「違うよ。出会った時から、ずっと好きだった。付き合いたいとかは思ってなかったけど、可愛いなって思ったから、店に通って餌付けしてたんだよ」

「ちょっと待って。イレさんとの初対面、ウチ何歳だった? ダンジョンにも行けない年頃だったんだから、小さかったよね? もしかして、とんだド変態を引き当てちゃった? 何してくれてんだよ、お兄ちゃんたち!」

 パドマは、ウキーと怒ってイレからイスを奪い返すと、座ってグラタンを突きだした。イレはパドマに呆れつつも、自席に戻った。

「いや、別に、だから、付き合いたいとかじゃなかったんだよ。くるくる頑張って働いてるのを、応援したかっただけで」

 イレはパドマの前に、ステーキ皿を近付けたが、パドマは一瞥しただけだった。

「イレさんまで、この顔が好きだとは思わなかった。3日で見飽きてると思ってた。何なの、この顔。腹立たしい!」

「違うよ。顔じゃないよ。顔も可愛いけどさ、そうじゃなくて、パドマの優しいところ。いや、優しいじゃないな、他人に甘いところ? とか、悪口を平気で本人の前で言うところとか、裏表がなくていいなぁ、って思ったんだよ」

 イレはステーキ皿を下げて、バターフィッシュのムニエルを近付けてみたが、やはりパドマに無視された。

「ひどい。ウチは、悪口なんて言わないよ。イレさんのひげがモジャモジャすぎて気持ち悪いとか、その目の色が怖すぎるとか、言ったことないよね。言ったら失礼かなって、ずっと言わずにいたのに!」

 パドマはムニエルをイレに返して、チーズガレットの皿をとった。

「!? 財布しか取り柄がないとか、あれ、悪口じゃなかったの? え? 気持ち悪くて、怖いの? 最悪だ! そんな人と結婚したら、ダメだよ」

「ウチも、そうだと思ってるよ。だけど、そう望まれちゃったんだもん。怖い人たちに、目をつけられちゃったんだもん。もう何をしても、逃げられないんだよ。

 でもさ、イレさんは、そう悪い相手じゃないかな、って思ったんだよ。子どもの頃ね、まだ将来大人になったら結婚するんじゃないかな、って思ってた頃、こんな人がいいなぁって思ってた人物像があるんだけど」

 パドマの幸せだった頃の話だ。小さく口角を上げて、寂しそうに微笑んで、言葉を探した。

「ああ、かなり背が高くて、そこそこ生活力があって、頭がピンクじゃなくて、人の話をちゃんと聞いて、情報通で、パドマより可愛くなくて、ヒゲ面じゃない男? 鴨居に頭ぶつけると惚れるんだっけ?」

 イレは、ステーキを食べた。冷めていて美味しいのに、なんでパドマは食べないんだろう、と不思議に思った。

「なんで知ってるの?」

「目の前で聞いたから。好きな女の子の好きな男だよ。そりゃあ、覚えるよね」

 イレの拗ねたような声に、パドマは悲鳴をもらして、両手で上腕を擦った。ずっと気持ち悪いと思っていたヒゲおじさんだが、話す度に気持ち悪さが増していく。

「やだ。気持ち悪い。なんで、ウチよりちゃんと覚えてるの? 情報通って、なんなの? 初めて聞いたよ。

 でもさ、イレさんは、大体当てはまってると思わない? ヒゲを剃ったら、完璧じゃない? 子どもの頃の自分の夢を叶えてあげるのも、いいかな、って思ったんだけど、、、ヒゲ剃らない?」

「やだ。ダメ。断る。お兄さんの顔を見て、態度が変わったら嫌だから」

 イレは、断固拒否のハンドサインを出した。パドマは、この機会に素顔を見れるかもと期待したのだが、それ程興味もなかったので、あっさり諦めた。

「そっか。そんなに面白い顔なのか。面白かったら、笑わない自信はないから、やめておこう。お腹が痛くなったら、嫌だし。

 でもね、ちょっと心配なことがあってさ。この後、街に帰ったらね、ヒゲ男が大量発生するかもしれないと思ったの。そしたらね、誰がイレさんかわからなくて、違う人について行っちゃうかもしれないけど、怒らないでね。

 ウチだって、小さいヒゲがイレさんじゃないことくらいはわかるけど、羊Aと羊Bを見せられてシャッフルされたら、羊Aを確実に当てる自信はないからさ」

 イレは、ぴたりと動きを止めた。パドマの顔をじっと見て、ため息を吐く。

「そうだね。絶対にヒゲが流行りそう。お兄さんが、ファッションリーダーになっちゃいそう。

 うーん、どうしよう。パドマがお兄さんのことを好きだって言うなら、取っても良いかなぁと思うんだけど、違うしなぁ。でも、結婚してくれるって言ってるし、気持ち悪いって言われるのも嫌だしなぁ」

 絶対、結婚してねと言いながら、イレはこめかみに手を当て、ぺりぺりとヒゲを外し始めた。

「それ、地毛じゃないの?」

「ヒゲは薄い方でさ。伸ばしても、顔を隠せなかったんだよ」

「そこまでして隠さなきゃいけないとか、大変な顔なんだね」

「そうだね」

 どんな愉快な顔が出てくるかと、パドマは笑わないように口を押さえて待機していたら、大変な美丈夫が現れた。10年くらい前に出会った頃からおじさんだと思っていたイレは、今のパドマとそう変わらない年頃に見えた。それだけでもおかしいのに、キャラにそぐわない華やかで美しい顔を見せられて、パドマは半眼になった。

「師匠さんの弟って、こういうことか。なんだよ。騙されてたよ」

「どう? 格好良いよね! 大好きになっちゃったかな」

 自信満々に微笑むイレに、パドマは表情を変えずに答えた。

「あー、ごめん。全然好みじゃないや。うん。やっぱり結婚はやめよう。その顔でイケメン財布なら、ウチが引き取らなくても結婚相手を見つけられるし。もっと早く教えてくれれば良かったのに」

 あーやれやれと嘆息するパドマに、イレは半泣きで訴えた。

「なんで? お兄さんの最終兵器だよ。顔だけなら、師匠にも勝てるよね。顔晒した上で、師匠に惨敗してきたんだけども! でも、師匠さえいなければ、この顔でモテてたんだよ。顔以外を見てもらえないのが嫌で、封印したくらいに」

「ウチに任せといて。立派な奥さんを見つけてみせるよ!」

 なーんだ覚悟を決めて損したと、パドマは上機嫌でグラスにワインを注ぎ、かんぱーいと言って、あおった。

次回、長くなってブチ切ってしまったプロポーズの後編。

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