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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
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29.師匠さんフィーバー

 気付けば、街中で師匠さんフィーバーが起きていた。


 師匠さんは、可愛い。顔の造作は、美術作品の域である。腰まで垂れるゆるふわロングのブロンドの髪や、宝石色の瞳は日毎に色が変わる。他では見ない変わった服は、オーバーサイズで腰に布地が余っており、袖も裾も広がっていた。本人の体型はまったくわからないが、無駄な肉はついておらず、均整の取れた身体付きに見えるのは、姿勢が良いからかもしれない。

 表情は、ふわふわとした笑みを浮かべるか、いじめられて泣いているかの2択で、泣いていてもその顔は崩れることなく、美しさを保っていた。

 ヒゲのむさくるしい男と、女の子どもを連れて歩いているが、恋人でも親子でもない。何を教えているのかは知らないが、ただの師弟関係だという。

 男だとも女だとも言われていて、性別すら不明のミステリアスな佳人であった。言葉を発することができないらしく、話しかけても微笑みを返されるばかり。性別を問わず、魅了される人が出てきてしまった。


 師匠さんがよく現れる場所は決まっていた。定宿は、雨やどり豚亭。上階の特別室に住んでいる。時折、窓から顔を覗かせることがある。日の出を過ぎると、カフェ・ポリゴナムの店外席で朝ごはんを食べ、その後、ダンジョンへ。夕暮れ前には、唄う黄熊亭という酒場で、夕食を食べることが多い。師匠さん指定の席周辺は、常連客で埋められて、近付くことは容易ではないが、1歩でも側に行きたい人々が集まるようになっていた。


 そんな中、唄う黄熊亭で、師匠さんのスペシャルステーキなる謎の肉料理が、売り出された。何の肉だか食べてもわからないが、とても美味だと言う。唄う黄熊亭は、師匠が懇意にしている酒場である。いつも連れている子どもは、その酒場の子だ。師匠の好みに合わせた商品が売り出されても、皆が納得した。

 だが、チェルマーク食品店が、店頭で師匠さんの黒ウインナーなる商品を売り始めたのは、不思議だった。またもや何の肉だかわからない味で、師匠の好物だという触れ込みだった。チェルマーク食品店は、師匠と縁もゆかりもない店のハズなのに、である。だが、売り始めてすぐ、師匠が店の前で食べて惚けている目撃情報が相次いだ。

 そこから、どんどんどんどん師匠さん関連グッズが増えていったのだ。絵姿やお揃いの服ならまだしも、なんの関係もなさそうな饅頭やお茶にも、『師匠さんの』という枕詞がついている。


 何を見ても、何を食べても、『師匠さんの』と言われて、パドマは気分が悪くなった。本人はあまり気にしていないようだが、パドマはとても気に入らない。黒ウインナーは、パドマの企みなので自業自得なのだが、お揃いの服を着て、『師匠さんの』お菓子を食べるなんて、とても師匠が好きみたいではないか。

 どこへ行っても、師匠がついてくるから、セットで見物人もついてくる。ダンジョン外でも、まったく心が休まらない。美味しい物を食べても、味を感じられない。師匠は慣れた状況なのだろうが、パドマは慣れない。

 恒例にしていたダンジョン帰りのおやつをテイクアウトで1人で食べようとするだけで、師匠は寂しそうに泣く。周囲から、冷たい視線を浴びる。それが、痛い。パドマの方こそ、泣きたい。


 間を取って、イレの家でおやつを食べることにした。本人の承諾はまったく取っていないが、毎日不法侵入して、風呂を借りている。一応、鍵はかかっているようなのに、師匠が変な道具を使って開けてしまう。酒場で会っても苦情は言われないし、薪の補充はされているので、きっと許可されているか、諦められているか、どちらかだと思われる。どうせ毎日来ているのだから、風呂上がりか風呂前に、師匠とここで食べればいいのだ。屋内に入れば、さすがに誰にも見られまい。

 、、、庭に侵入して覗く人を発見する度に、目隠しを増やすことになった。



 そんな生活をしていたら、パドマは、兄に怒られた。仕事中ではないかと思われる時間なのに、おやつタイムに家に乗り込んできたのだ。

「男の家に入り浸って、男と2人で篭りきりは、ダメだろう!」

 ヴァーノンは、見たことのない前掛けを付けて、顔を赤くして怒っている。仕事をサボった上、不法侵入をしている自覚はなさそうだった。

「うるさいな。ウチは、生まれ落ちたその日から、ずっと毎日、兄じゃない男と一緒に寝てんのに、今更だろう!」

 基本、パドマファーストで、パドマの嫌がることは故意にはしないし、駄々を捏ねれば可能な限りワガママを聞いてくれる兄だった。口うるさいところは面倒臭いが、犯罪上等でパドマを守ってくれるのだから、同居は、パドマよりも兄の心配をするべきなくらいなので、問題はなかった。だが、パドマの心は、今日もささくれ立っている。

「本当だ! どうしよう!!」

「とりあえず、今日のところは、イレさんちに泊めてもらいなよ。この家、部屋が余ってるから。最初は、師匠さんも誘われてたし、頼めば大丈夫だよ」

「そうか。そうだな」

 なんとかして兄を師匠より可愛くできないものか悩んだ時期もあったが、そんなことは無理だと諦めた。見ず知らずの人に追いかけ回される美貌の主に、十人並の兄が太刀打ちできる訳もなかった。男気なら何とかなるかもしれないが、可愛さとなっては完敗だ。ずっと一緒にいた自分すら、1度だって兄を可愛いと思ったことはない。あとはもう、なし崩しに家に住みつかせてしまおう作戦しか思いつかなかった。

「パドマちゃん、何を企んでいるのかな?」

 作戦を思い付いたところで、家主が帰って来てしまった。

「お兄ちゃんがこの家に住んでいたら、お風呂を借りにきても、おかしくはないよね」

「いや、一般的には、おかしいと思うよ?」

 イレの声は、低かった。なし崩しに同居することも、ヴァーノンを受け入れてくれる気もなさそうだった。

「勝手にお風呂を使うのを、怒ってた?」

「使うのは構わないけど、師匠が一緒にいるのは良いのかな、とは思ってた」

「そうなんだよね。師匠さんがいると、お風呂に侵入してくる人がいるんだよ。男か女か、調べてみようと思うんだろうけど、迷惑だよね」

「「!! それは、ダメだろう!」」

 イレとヴァーノンの声がハモった。

「仲良しさんで、うまくいくと思うんだけどなー」

 パドマの心から漏れ出した声は、黙殺された。

「師匠、ツラを貸せ」

 男3人で、会議が始まった。約1名は、可愛らしい上にしゃべらないが、首を縦に振ったり横に振ったり傾げてみたりと、忙しそうである。

 それを眺めながら、パドマはこっそり師匠の分のおやつまで食べ尽くした。



 とうとうパドマは、夢を諦めざるを得ない事態になってしまった。昨日の会議の結果、師匠がイレの彼女になってしまったのである。朝から、いつもの35割増しでべたべたイチャイチャしているのを見せつけられては、兄の付け入る隙を見つけることはできなかった。

 可愛らしい乙女のような師匠を侍らせているのは、金色の変なヒゲを生やしたおっさんである。まったく似合いのカップルには見えないが、師匠の方が頬を染めて、うっとりと見つめているのに、二の句がつげなかった。

「だからさ、前にも言ったんだけど、ウチのいないところで、2人でやってくれないかな」

 と言うのが、パドマの精一杯の抵抗だった。

「パドマは、兄とセットで養い子にしてもいい」

 イレが、堂々と無駄に大きな声で言うものだから、周囲のすすり泣きが増えるばかりであった。師匠より可愛い人はいなかったが、イレより男前な人は沢山いた。可哀想になぁ、と思いかけたが、きっと師匠とお付き合いしても、上手くはいくまい。可愛さに誤魔化されているようでは、師匠を転がすことはできない。師匠の機嫌を損ねたら、ナイフが飛んでくるのだ。イレくらいしか、生き残れまい。そう考えれば、このカップルは似合いなのかもしれない。ダンジョンも2人で行ってくれればいいのにな、とくずおれる人々の中心で、パドマはため息をついた。

次回、師匠さんのお料理教室。

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