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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第8章.18歳
288/463

288.クンバキマ

 パドマは、ダンジョンの階段の踊り場で目覚めた。新しい鎧を着て、武器や装備も増えていた。隣に転がるリュックには、弁当や水袋まで入っているし、恐らく全身にあった打ち身や打撲も粗方治っている。傍らに黄色いクマのぬいぐるみも立っていたが、ほつれも修復され、毛並みもキレイになっていた。香袋のネックレスはなくなっていたが、立ち姿はクマのままだから、中に入れ直されたのだろう。

「夢じゃなかった。最低だ」

 夢だと決めつけていたのは、防衛本能だった。夢でないことくらい、前からわかっていたのだ。過去のあれもこれも事実だ。認めたくなくて、なかったことにしたいだけだった。

 夢でないと突き付けられてしまったから、もう兄と師匠への疑問はなくなった。兄は、ダンジョンマスターだったのだ。そして、あの2人は仲間だった。だから、一緒にいない間の情報が、それぞれに筒抜けになっていた。

 最初から、仕組まれていたのだ。ずっと守ってくれたのも、助けてくれたのも、甘やかしてくれたのも、教え導いてくれたのも、パドマのためではなかった。向けられた愛情は、パドマを素通りして、別の人に向けられていた。すべて、パドマの勘違いだったのだ。師匠の遺言で、全てを理解した。

 師匠なら、まだいい。兄との付き合いは、物心がついていない頃からだった。そんな昔からずっとこの日のために仕組まれていたのだとしたら、本当にきつい。どれだけ長期計画なんだよ、と目眩すらする。

「そっか。納得だ。ウチは、この顔で選ばれただけか。顔を修正するのは難しいし、親なしなら簡単だと思ったんだね」

 ふふふと笑いながらクマを抱きしめ、涙を流しながら、パドマは立ち上がった。

「わかったよ。もういいよ。ウチを全部あげる。好きにしたらいいよ。筋書き通りに踊ってあげるよ。こんな命は必要ないし、本当、丁度良いね」

 パドマは転がっていた装備を全て身に付け、階段を下った。



 93階層には、猛禽類が飛び交っていた。サシバよりも大型の厳つい鳥たちだ。中でも警戒すべき大型のものは2種。カンムリクマタカとゴマバラワシだと、パドマはそれらを視界に収めた。

 どちらも鳥とは思えないくらいに大きい。ダチョウよりは格段に小さいが、ダチョウは飛ばないのだから話が違う。ここの鳥は、パドマの身長の3分の2ほどの体長があるのに空を飛んでいた。飛んでいるのだから体は軽いかもしれないが、翼を広げるとイレよりも大きく見える。100部屋分の広さで過密に飛んでいる姿は圧巻だった。


 カンムリクマタカは、他の鳥と比べ低い位置を飛んでいるので、よく目に付いた。よくいるタカとそう変わらない姿をしている。黒褐色の羽を持っていて、頭部は羽冠が見える。腹面と尾羽は白と背面の羽の縞模様になっている。特徴的なのは、太い足と鋭い鉤爪だろう。パドマの手よりも立派なものがついているのだ。ダチョウのように走って暮らしてるんじゃないかと、疑いたくなる足だった。

 ゴマバラワシは、カンムリクマタカに比べて、腹面の白が強く、その名の通りに黒い班が入っている。


「もう既に終了しそうなんだけど。あんたらの目的に、ウチの戦闘力は関係ないんじゃないの?」

 パドマは寸胴剣を抜いて、階段から降りて、即戻ってきた。自力で攻撃を対処できる気がしなかったからだ。逃げ切ることができたが、急降下してきたタカが、魔法の壁に激突して地に落ちたので、とりあえず剣で一突きしておいた。

「やっぱり、これ無理じゃない? いい加減にしてくれないと、お兄ちゃんを呼んじゃうよ? ケガするハチグマ、死ぬワシってことかな。ふざけやがって」

 パドマは、しゃがんでクマの目を見た。

「巻き込んで、ごめん。守ってあげる余裕がない。ここで待ってられる? え? そうなの? それなら、死ぬ気で守るしか選択肢はないな。一緒に行こう。攻撃よりも身を守ることを優先すること。クマちゃんがいなくなったら、泣くからね」

 一定以上離れたらゴミ扱いされてダンジョンに食われると、クマに聞いたパドマは、あっさりと前言を撤回した。それを語ったのはパドマの脳内だけだが、パドマには届いたのだから問題ない。寸胴剣を抜剣し、クマに渡す。

「クマちゃんは力が強いみたいだから、これもあげる。邪魔なら捨ててもいいよ。ウチはこれから危険物になるから、近寄りすぎちゃダメだよ」

 パドマは赤の剣を抜き、紅蓮の炎に包まれた。


 一処にいられないので、パドマは全力で走り出た。タカからしてみれば、パドマの速度など歩いていても走っていても、そう大きな違いはないのだが。

 ゴマバラワシが急降下してきた。パドマは進行方向に跳んで転がり避ける。パドマは見えてないのでサシバと同様に殺気を感じて本能で逃げているだけだ。転がる途中でゴマバラワシが地面に蹴りを浴びせているところは見えたので、逃げるのに成功したと、攻撃パターンを記憶した。同時にクマの無事も確認できて、パドマは安心した。

 だが、緩んでいる暇はない。一回転が終わると、そのまま立ち上がり走り続ける。


 次の攻撃には、転がり様にナイフを投げてみた。ナイフに血は付いたので、当たるには当たったのだろうが、ゴマバラワシは飛んで逃げたから、浅手だったのかもしれない。

「わっ」

 避けたと思っていたら、右からも来ていた。カンムリクマタカは、パドマの右腕に鉤爪を食い込ませて、頭にクチバシを突き入れた。

 パドマは渋々、右前方に転がり、カンムリクマタカを体重で押し潰した。体長はいい勝負だが、体重ならば圧倒的にパドマが重い。全体重を肩に乗せてすり潰してやったら、動かなくなった。どこかに爪が引っかかっているらしく、腕から片足が離れないが、ぶら下げたまま走った。

「わいるど肉盾おっしゃれ〜」

 見物人への嫌がらせを口走りながら、クマを狙っていそうなワシに牽制のナイフを投げておく。敵は倒せなくてもいい。クマさえ守り切れば、パドマの勝利だ。きっと何があっても、パドマは死なない。どれだけケガをしても癒されるのだろう。そうして無理やり生かして最奥まで辿りつくと、パドマの死が待っているのだ。どうせ死ぬなら、今ここでタカに食べられてしまった方がマシなのに、最も厭っている方法で殺される。それに気付いても、足を止めさせないためのクマなのかもしれない。

「どうせ大変なら、地上に帰っちゃおうかな」

 それを防ぐために、師匠は落ちたのだろう。そこまでして、パドマを地獄に落としたいのか。師匠には、全部話したのに。兄は、一部始終を見ていたのに。パドマの気持ちなんて、どうでも良かったのだ。

 パドマは腹が立って、パドマを狩りにくるワシを積極的に狩っていった。パドマは襲撃してくるタカを避けるのをやめ、剣で受け止めて、吹っ飛ばされた。大砲のように突っ込んでくるタカを受け止めることはできない。吹っ飛んで猶タカを斬ることはできないようだが、相手も無傷ではないようだ。パドマはそれに満足して、また走る。

 吹っ飛んで転がっている間にも、ワシの鉤状のクチバシがパドマを襲ったが、防具のおかげで無傷だ。

「はっはっはー。みんなウチのところへおいで」

 パドマは、クマを逃すため半分、やけっぱち半分で暴れた。真正面から受けるだけでは斬れないとわかったから、タイミングを見計らって剣を振り回して、なんとなくで叩き斬った。パドマには、斬れたかどうかを確認する余裕はないが、気にせずに剣を振り回して、階段に逃げ込んだ。先にクマが入って行ったから、パドマの勝利である。


 パドマは、腕にぶら下がっていたカンムリクマタカをとり、羽根をむしった。排泄孔を切り落とし、中抜きし、力任せに骨を外して解体しながら焼いていく。

 前回、ごはんを食べてから、かなり時間が経過している。師匠と別れて、食欲が失せていたのだが、騙されたと知ったら、もう食べずにいられない気持ちになったのだ。

 タカなんて食べたことはないし、調味料も何もないのだが、森暮らしをしていた頃のパドマなら、肉があるだけ贅沢と言っただろう。

 普段食べている物を思えば、かなりお粗末な味だった。ああ、だから肉は酒に漬けるのか、と実感できる噛みごたえがする。部位の問題かもしれないが、しっとりとしていて濃い鳥味だった。血抜きをしておけば、もう少し美味しかったかもしれない。だが、塩すらない今、無駄な足掻きだ。次の食事の時間まで腹が減らなければ、上々だ。

 懐かしい味を堪能して、満たされたパドマは、骨を上階に放って、階段を下った。

次回、パドマの好きなクマ。

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