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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第8章.18歳
286/463

286.黒い死神

 師匠に料理の腕を買われ、パドマは首を傾げながら92階層に到着した。92階層には、ジャイアントバイソンと、ペロロヴィスがいる。

「でっか! 牛でっか! ねぇねぇ、師匠さん、牛乳のチーズと水牛乳のチーズって、どっちが美味しい? あの子たちに、卵を生ませる方法ないかな。卵持って帰って孵化させてチーズを作ったらさ、イレさんもすぐに帰ってくるんじゃないかな? あのおじいちゃんも、すーぐウチのチーズを食べちゃうチーズ好きだからさ。探し歩くより、チーズを作った方が早いよね!」

 先程まで、師匠を嫌がっていた口は垂涎し、間抜け面をさらしていた。顔も緩んでいるが、薄気味悪い笑い声も漏れている。袖を引かれた師匠は、こんな妹やだぁ、と後退った。カバを食べたばっかりなのに、チーズは別腹なのである。

『あれは家畜にできない。別種』

 とパドマの視界にかぶるように見せたのに、何も改善しなかった。

「あれを手なづけられないなら、ウチは何のためにきのこ神になったの? 今日だか昨日だか一昨日だか明日だか知らないけど、誕生日なんだよ? そりゃあ、あの子たちも、誕生日プレゼントに卵産みたくなっちゃうよね。師匠さんも、卵を献上したくなっちゃうでしょ? 産まないって言うなら、ダンジョンマスターさんのセンスは、本当にがっかりだよ」

 師匠ばかりでなく、モニタリング中のダンジョンマスターまで固まらせて、パドマはフロアに突撃して行った。

 『牛は卵を産まない』という蝋板は、書き終えることができなかったが、多分、聞かずとも知っているだろう。師匠は、追いかけなかった。

 さっきまで愛でていたクマも、放置されている。クマは追いかけて行ったが、パドマは忘れているに違いない。師匠は、チーズになりたいとは思わなかった。チーズの魔力は恐ろしすぎる。


 ジャイアントバイソンは、体高はイレの身長を一回り大きくした程度であり、体長がパドマの3人分以上、体重が30倍はある野生牛である。牛だが、ダンジョン外のキリンと同程度の体重がある。ツノはジャイアントムースと同じくらいに大きい。

 頭部から肩にかけては長い毛が生えていて、イレ牛を彷彿とさせるが、肩が隆起している部分が強そうに見えて、似ているようには思われなかった。パドマにとっては、イレというよりは、ギデオンのイメージに近い。


 ペロロヴィスは、ジャイアントバイソンと同じくらいの大きさのスイギュウである。その上に、頭頂部を覆い、湾曲した形のパドマの身長2人分のツノが乗っている怪物だ。それだけの物を支える体は屈強で、パドマ50人分くらいの重さを誇る。

 大きさには圧倒されるが、見た目はそれほど恐ろしくはない。ああ、スイギュウって、そういう顔してるよね、という印象だ。


 どちらも群れでいたり、単独でいたり色々なのだが、パドマは群れに突撃していった。カバは単騎を狙っていたのだから、そちらに行くと思われたのに、師匠とダンジョンマスターの予想は裏切られた。パドマは、チーズのことしか考えていないのだ。卵があるなら、群れに違いないと思っているだけだ。

「卵はどこだ?」と、剣を振りかざして突撃してきたパドマに、ジャイアントバイソンたちは怒りを見せた。右前脚でガッガッガッと石レンガの床を引っ掻き削っていたが、我慢の頂点に達したものから順に走り出す。足が長い故か、走るスピードは師匠並みだが、穴の向こうからイキったところで、怖くもなんともない。シカのように落ちてしまえ、とほくそ笑んでいたら、ジャイアントバイソンは、華麗に穴を飛び越した。

「な?!」

 パドマがいる部屋に跳んで入ってきたジャイアントバイソンは、勢いを殺さず、頭を低くしてツノを向けて、パドマに突っ込んでくる。ツノなんてあってもなくても、ぶつかれば跳ね飛ばされて、その衝撃で死ねる。きっとケガでは済まない。

 後ろから来たクマの体当たりで、パドマは難を逃れたが、逃れられたのはパドマだけだった。

「クマちゃん!!」

 全力で走ったから、止まれないのだろう。ジャイアントバイソンは走り抜けて、左端の部屋の壁に激突して、ダンジョンが揺れた。ジャイアントバイソンが通り過ぎた場所で、クマは倒れていた。また倒れていた。

「いやぁああ!」

 パドマが悲鳴をあげると、クマはぴょこんと立って、パドマのところにやってきた。一見何もなっていない。フライパンはなくしてしまったようだが、もう壊れていたし、どうでもいい。パドマは、クマをくるくる回してチェックしてみたが、踏み跡などの損傷はなかった。結構な群れが通過したのだが、クマが避けたか、たまたま踏まれなかったようだ。パドマはほうと息を漏らして、クマを抱きしめた。

「ごめんね。ありがとう」

 パドマの目には、大丈夫だよ、ボク、イケメンだから、と言っているように見えた。いやぁああ! カッコいい!! と盛り上がっているパドマを、師匠は冷めた目で見ていた。師匠の存在にパドマが全く目を向けないから、クマには負けないと、静かに闘志を燃やした。


「まさか跳んでくるとは思わなかったよ。シカの様にはいかないんだね」

 パドマは、クマと作戦会議をした後、師匠を探した。振り返るとすぐそこにいたので、クマを床に置いて、師匠の身体をべたべたと触った。触ると怒るくせに? と、師匠が戸惑っていると、

「武器ちょうだい」

 何も見つけられなかったパドマは、師匠におねだりすることにした。とうとうパドマが懐いて胸に飛び込んでくるかと期待したのだが、ただの強盗(かつあげ)だった。師匠にも、その予感しかなかったし、当然の帰結だった。ヴァーノンと師匠が、そういうパドマに育てたのだから、仕方がない。パドマに搾取されることに喜びを感じる変態しか周囲にいなかったのだ。今更、そこにケチをつけても、誰も幸せにならない。師匠は、クマに丁度良いサイズの短剣を出した。ライバルに塩を送るようで気に入らないが、ライバルに塩を送れる人は格好いいので、奮発してそこそこいい剣をくれてやった。

「ありがとう」

 予想通り、師匠の短剣は右から左とクマの手に渡ったが、師匠は悔しくない。可愛い髪飾りを作ってもらったのは、私だけだ! と自分を慰めた。

 パドマはクマに素振りをさせると、今度こそ安全なルートを探った。ジャイアントバイソンの卵どころか、巣らしいものも見つけられなかったからだ。簡単に見つけられないのであれば、帰りにイレに罰ゲームで探して貰えばいいと思ったのだ。


 次に白羽の矢を立てたのは、単独でいたペロロヴィスである。何故かと言えば、ジャイアントバイソンが怖かったからという以外にない。うっかり穴に落ちてくれるのが、最も簡単な退治方法なのに、飛び越えてしまうのは反則だ。

 もしかしたら、ペロロヴィスも飛び越えてくるかもしれないので、パドマはそろりそろりと静かに近寄って行った。別に戦わなくても通り過ぎることができたら、それでいいのだ。相手はどちらも草食動物の牛だ。平和を愛しているに違いない。

 違いないのに、ペロロヴィスはパドマを見ていた。草食動物だから、警戒するのは仕方がないよね、とパドマは敵意がないことを示すために、両手を上げた。すると、ペロロヴィスは、パドマに近寄ってきた。トコトコと、軽い足取りで歩いて来たのを何だろうと思いつつも、足を止めずにいたのだが。ペロロヴィスは、急に頭を下げて、パドマを上に乗せ、ぽーんと跳ね飛ばした。

 幸いにも鋭利なツノはパドマに刺さることもなく、落下地点に床もあった。

「なんなんだよ。草食獣って、どんな生き物か知らないの? 草食べて、ライオンに襲われたら逃げるくらいしかできない生き物のことだよ!」

 パドマは、抜剣しながらペロロヴィスに向き直った。ペロロヴィスも、頭を下げてツノをパドマに向けて、走ってくる。ジャイアントバイソン並みに速い足に合わせてパドマは跳んで、延髄ではないかと思われる場所を目がけて、剣を叩き込んだ。ツノは恐ろしいが、同時に急所も晒しているから、刺してやった。

 ペロロヴィスの勢いのおかげで剣は深く突き刺さり、ペロロヴィスが首を跳ね上げたから、剣は抜け、跳ね飛ばされるまではいかなかった。次撃に間があったので、首を斬った。斬り落とすまではいかなかったが、狩ることはできた。


「たまたますぎるな」

 ふいーっと一息ついていると、地響きが鳴った。ペロロヴィスが牛らしい声を上げながら、群れでパドマがいる方に走ってきていた。仲間の復讐か。跳んでくることはなく、一度に通路を通れる数に制限があるので、すぐには来ないが、嫌な予感にパドマは逃げた。前からも横からも後ろからも来るから、もう気にせずに階段に向けて走る。

 運悪く鉢合わせになって仕舞えば、上に跳ぶ。左右に避けても合わせられてしまうし、下はツノで塞がれているから、上しか道がない。タイミング悪く跳ね飛ばされたり、背中に乗ってしまったり、いろいろ起きるが、いちいちそれを気にする余裕はなかった。理性が追いつかないから、本能だけで走った。

 階層中でパニックが起きて、ジャイアントバイソンも走り回っている。クマちゃんも師匠も見えないし、階段も見えない。うろ覚えの階段の位置を目指して走っていたら、またパドマは跳ね飛ばされた。


 分銅が飛んできて、パドマの胴体に鎖が絡んだ。師匠からの助けだろう。何度も跳ね飛ばされた身体に鎖を巻かれて激痛が走るが、文句は言えない。穴に落ちそうだったらしい。引っ張りあげて床の上に落とされると、師匠は去って行った。クマを助けていたから、連れて行ってとも言えない。ジャイアントバイソンにまたがって、余裕そうに見えるが、師匠も忙しいのだろう。パドマは、また自力で立ち上がり、走った。だが、きっと牛たちの標的はパドマなのだ。ジャイアントバイソンは興奮してただ走り回っているだけだが、ペロロヴィスは明らかにパドマを狙って追っている。追い詰められて、もう逃げ場がない。部屋もペロロヴィスでいっぱいだが、通路もペロロヴィスで塞がれていた。

 じっとしていてもツノで貫かれるだけだから、パドマは階段に向けて走った。なんとかタイミングを合わせて、ペロロヴィスを飛び越える。ペロロヴィスが全力で走っていた時は、勝手に通過してくれたが、今はもうペロロヴィスは走っていない。ペロロヴィスたちは、敵意を持ってパドマを追い詰め、穴に落とした。


 師匠がジャイアントバイソンから降りて、パドマに向かって走ってきた。だが、もうパドマは穴に落ちている。無理だ。

 パドマはバイバイと手を振ったのに、師匠は穴の中に飛び込んできた。

「な」

 何を? なんで? パドマは言いたいことがあったが、言葉にならなかった。師匠は、パドマに追いついて、パドマの耳元で遺言を呟いた。そして、パドマをつかむと、上方に投げ飛ばした。

「いやだぁああ!」

 師匠が、わざわざ追って来たのだ。助かる予感がした。だけど、師匠が一緒でないならば、助からなくて構わないのに。師匠は、いつもの顔で手を振って、消えた。

 パドマは、下り階段に落ちた。そのまま階段をゴロゴロと転がり落ちて、頭を打って気を失った。

次回、またあの部屋で。

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