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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第8章.18歳
280/463

280.巨大に成長した心の友

 今度は、何をネタにして師匠を働かせようかな、とパドマは考えるが、妙案は浮かばない。そうそうネタはない。出し尽くしてしまうと、ここぞという時に使えなくなるから、少し自重することも必要なのだが、そうする前に尽きてしまった。

 そんな悩みを抱え、けわしい表情を浮かべるパドマを、師匠は怒っていると捉え、少しずつ遠巻きにしてついて行った。


「ひっ!」

 86階層が視界に入ったところで、パドマは短い悲鳴を上げた。フロアにゴロゴロと巨大な芋虫が転がっているように見えたからだ。芋虫は、パドマの心の友だが、それにしたって、限度というものがある。パドマの身長の4倍ほどの丸々と太った芋虫は、ちょっと大きすぎる。

 うえぇ、と引いて見ていたところ、ヒレが生えていたり、牙が生えていたりするのに気がついた。芋虫ではないらしいと分かって、安心したが、パドマは、敵が何者かを知らない。

「あれ、何? 芋虫じゃないよね」

 パドマが逃げ腰になって、失礼なことを言い始めたので、師匠はムッとして答えた。彼らのオス同士の争いの格好良さがわからないなんて、これだから妹という人種は話にならない、と思った。

『小さいのが、セイウチ。大きいのが、ゾウアザラシ』

「アザラシ? アザラシは聞いたことはあるけど、あんなのだったかな。ダンジョンだからかな」

 パドマの疑問に、師匠は首振りで否定した。

「あれが、リアルサイズか。うわー」

 

 師匠に小さい方と言われたセイウチは、体長でパドマの倍、体重で20倍ほどある。大きい方のゾウアザラシは、更にその倍の大きさ以上に見えた。

 顔があり、首は短く、くびれのないずんぐりとした身体に、ヒレが付いている。胸ビレと尾ビレのように見えるが、尾ビレが二又に分かれていること、指の名残りが感じられることから、手足なのだとわかる。

 セイウチは、皮膚がしわだらけであり、目が血走っていた。口周りにびっしりと硬く太いヒゲが生えており、口からは、妹パドマの身の丈と変わりないくらい長い牙を突き出しているものが多い。

 ゾウアザラシは、鼻が大きい。基本的には、どちらも転がっているだけだが、奥の方に鳴きあっている個体がいる。鼻の効果か、とても声が大きい。やかましいな、とパドマが見ていると、噛みつきあって、血を流し始めた。あのサイズで共食いするの? とパドマは引いた。


 パドマがフロアに降りて歩き出すと、セイウチがのしのしと寄ってきた。愛嬌のある顔をしているが、大き過ぎる。パドマが危険を感じて抜剣すると、セイウチは反転して逃げて行った。

 その後ろをついていくと、セイウチは集団で部屋の真ん中に固まっている。体の小さいものを内側に入れて、大きいものが外を囲んでバリケードを築いているようだった。顔を敵に向けているなら、戦う気があるのだろうが、パドマにお尻を向けている。

 試しに、刃を寝かせてぺしぺし叩いても、必死に中央に逃げようとするだけで、反撃して来なかった。

「弱い者イジメしてるみたいじゃない? その牙は、何のためについてるの? 見掛け倒しもいいところだな」

 パドマは興味を失って、先に進むことにした。

 ゾウアザラシに至っては、ゴロゴロ転がるばかりで、パドマのことを見もしなかった。


 何の障害もなく、階段の隣の部屋に来た時である。急に、宙から巨体が降ってきた。

 師匠はパドマを抱えて横に跳ぶと、降ってきた巨体はゾウアザラシだと、パドマも視認した。ゾウアザラシは床にぶつかることなく、身を捻って明後日の方に飛んでいく。

「あー。あれ、ペンギンみたいな子なんだ。飛べない鳥なの? それとも、魚?」

 師匠に地に戻されても、パドマは暢気なことを言っていた。抜き身のまま歩いていた剣を納剣してしまったので、師匠は慌てた。

 ゾウアザラシは、すぐに戻ってきた。パドマの短距離走の倍速で襲いかかるが、パドマはのらりくらりとギリギリで避けた。相手の目標が自分だとわかっていれば、向かってくる方向はわかる。速ければ速いほど小回りはきかないから、方向転換が出来ないくらいに引きつけたタイミングで、目標地点を変え続けた。パドマの方が移動スピードに劣るので、毎回間一髪だから、師匠の肝は縮み上がっている。だがパドマは、胸を躍らせていた。死の恐怖に襲われるのは、ダンジョンあるあるである。その刺激を味わうのがダンジョンで過ごす醍醐味であり、パドマにとっては、好きな人との大切な時間だった。

 何度となくパドマに躱されて、ゾウアザラシも作戦を変えることにした。ゾウアザラシの何よりの武器は、大きさである。スピードでもパドマには勝てるが、圧倒的な体重とパワーで、パドマを押し潰すことにした。勢いを抑えて、じわりじわりと追い詰めることにした。オス同士の戦いも、メスを懐柔する時も、彼はそのように追い詰めていたから、それは百発百中の信頼度を持っていた。

 ゆっくりと近付いてくるゾウアザラシに、パドマはがっかりした。高速で飛んで来ないゾウアザラシなんて、ミミズトカゲ以上に面白くない。パドマの方からゾウアザラシに走り寄り、跳び上がって鼻っ柱に膝蹴りを叩き込んだ。圧倒的な体格差がある。パドマの攻撃など軽いだろうに、ゾウアザラシは逃げて行った。

「デカいヤツほど、根性なしだよね」

 パドマは蔑むような表情で、師匠を見た。師匠はその言葉を額面通りに受け取っていいかがわからなくて、とりあえず微笑み返した。


 好戦的なゾウアザラシはいなくなったが、後続のゾウアザラシとセイウチが数匹、まだパドマを狙っていた。仲が悪いのか、パドマを独り占めするためか、お互いに牽制し合いながら、少しずつ距離を縮められている。

 パドマは左手にフライパンを、右手に赤い剣を構えた。あんな巨体に突撃されたら、ひとたまりもない。圧力だけで死ねるし、吹き飛ばされて穴に落ちても終わる。剣撃でどうこうできる相手とも思えないのだが、パドマにも他の武器はない。

 幸いにも、武器を構えるだけで、近寄ってきたものが距離をおく。先人たちが狩りをして、躾けてくれたのだろう。パドマは、それの性質を利用して、階段まで到達した。大した運動もしていないのに、どっと疲れた。師匠が甘やかしてくれなくなったから、気にしていないように歩いているが、まだ穴が怖かった。歩くだけで心臓に悪く、精神的に磨耗している。

「おなか減った」

 ゾウシチューを食べてから、それほど時間は経っていない。巨大鍋を1人で食べ尽くした妹の発言に、師匠は驚いたが、それは師匠に向けられた台詞ではなかった。切なそうに下を向いて発された、小さな独り言だった。だから、師匠は聞かなかったことにして、さくさくと階下に下りて行った。

 頭の中に、これから出会う敵と美味しいレシピ集が展開して、どれが一番美味しいかな、パドマは好きかななどと考え始めていることに気付き、慌てて師匠は頭を振った。パドマの食欲も病的だが、それに合わせようとする、おのれの調理癖も大概だと思ったのだ。そんなことをしていたら、またいくらも先に進めない。ゆっくり休める場所はないから、ダンジョン内に長時間留めておけば、パドマも消耗するだけだ。

 パドマは、食べている時が、最も機嫌がいい。にこにこと食べている様は愛らしく、ついつい餌付けしたくなるのだが、今は自重しなければならない。そう師匠は考えたのだが、その思考の原点に違和感を持った。それが自分の夢を叶える効率のいい方法だと思っていたが、それは本当に自分の夢なのだろうか。

 今まで何の疑問も抱かず、打倒ヴァーノンを掲げ、パドマを妹にすべく活動を続けていたが、何故、パドマを妹にしなければならなかったのだろう。妹とは、自分の親の子のうち、自分より年少の女性のことを指すのだろうが、沢山いる育ての親を含めても、パドマは誰の子でもない。

 師匠は疑問に囚われそうになったが、パドマは待ってはくれない。パドマを育てるのは面白いから、まあ良いか。そう思考を終了させて、後に続いた。

次回、再戦。

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