28.手伝ってやるから、面を貸せ
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。お兄ちゃんの商才が、ついに花開く時がやってきたよ! 手伝って!!」
仕事から、ヴァーノンが帰ってくるや否や、パドマは飛び付いた。兄妹かどうかよくわからない疑惑は、一時ポイ捨てすることに決めた。だが、ヴァーノンの方は、理解が追いつかない。
「独立する気はないんだが、何の話だ」
妹を首からはずし、ベッドに座らせ、ヴァーノンも横に座った。
「師匠さんも認めるミラクル美味しい食材が、無限に湧いて出てくる場所を見つけたの。探索者は、誰も見向きもしてなくて、独占販売出来そうな雰囲気なんだけど、バカ息子に卸したら、商売にならないかな?」
直接イギーやその親と話し合いはしたくないし、兄を通せば、兄の手柄にならないだろうか、とパドマは考えたのだ。ブッシュバイパーの時のような失敗はいらない。あの商家において、パドマの名声は、必要ない。
「それが本当なら、商売になるかもしれないが、本人の前では、バカ息子とか言わないでくれよ」
バカ息子で通じることは否定しないが、立場というものがある。言い訳しようもない真のバカ息子だから、どこまでも始末に悪いのだ。妹の口の悪さは、客商売をして猶、改まらなかった。ヴァーノンも胃が痛いので、妹を職場に近付けるのは、歓迎したくないと思っている。だが、ヴァーノンに使えるツテは、妹の関係者くらいしかいなかった。
「教えてあげた方が、本人のためじゃないの?」
「あの天然さがなくなったら、むしろ命取りだ。いいんだよ、あれはあのままで。
明日、休みを取って見に行く。話をするのは、その後だな」
パドマの思惑通り、兄のセットでピンク頭の少年がついてきて、更にそのセットでレイバンと大人が5人もついてきた。跡取り様々であった。
いつものように露払いしてくれる師匠とともに護衛を果たし、18階層に着いたら水流剣を振って、イモリを仕留めた。配った袋に各自でイモリを詰めて、運んでもらう。イギーを転がすのは簡単で、大人もイギーには逆らえず、イギーが率先してイモリ拾いをしているのだから、追随するしかないようで、パドマの予定通りに話は進んだ。
想定外は、師匠も手伝ってくれたことである。おかげで、更に大人たちは文句を言えなくなった。自ら拾ってはくれないものの、可憐な乙女にしか見えない人が、仕事でもなんでもない無報酬のボランティアで、みんなが運ぶ5倍くらいのイモリを1人で背負って歩くのである。大人で男でそれが仕事なのに、できないとは言いづらくなった。
1部屋分のイモリは1往復で居なくなって、5部屋分片付けたら、解散となった。解散するにあたって、パドマは兄に、マスター直伝のレシピを授けた。師匠からのイモリのプレゼントを阻止する約束で、考えてもらったものだった。
雷鳴剣で始末した部屋のイモリ量は、それほど大して増えなかった。イモリ料理が売れたら、ダンジョンセンターがイモリの買取りを始め、いずれイモリ量も落ち着くと思われる。
それまでは、あの階層のことは忘れて、のんびりヘビ皮ライフを過そうと思った。
それなのに、である。次の日、ヘビ皮を売って、ホクホクと師匠とおやつのドーナッツにかじりついていたら、兄とレイバンと謎の男20人くらいに取り囲まれて、出てきたばかりのダンジョンに連れ去られることになった。
イモリウインナーやイモリホットドッグのお試し販売をしてみたところ、注文が殺到して、在庫切れが目前だという。
昨日だけで、とんでもない量のイモリを運んだ。倉庫丸ごと1つをイモリでいっぱいにしてしまって、変な物を持ち込むな、と怒る人までいたくらいだった。だから、5部屋分だけでやめたのに、足りないとは、どういうことなのか。
リポップしていなくても、まだ90部屋ほどイモリがいるはずだと、ヴァーノンは、手隙の大人を集めてきたらしい。兄が大人を動かせるほど出世したのであれば、妹としては祝ってあげたい気持ちはあるが、もう今日はダンジョンから帰ってきたのだ。行きたくない。今が朝だったとしても、18階層には、しばらく行かずに過ごす予定でいた。商家の皆様だけでは、11階層以降を越えられないのは理解できるし、兄が死んだら嫌だ。それでも、兄に頼まれても、パドマは行きたくなかった。
18階層にたどり着いたところで、ちょっと増えていたイモリを嫌がって、パドマは皆についていくのを拒否した。安全圏である階段から出ない。
「ここまで送迎すれば、イモリは大した敵じゃないし、みんなだけで頑張って。ウチは、ここで休憩を兼ねて、待ってるよ」
「なんでだよ。お前が殺ってくれたら、あとは拾うだけだろう。仕留める手間がかかる。殺れ」
兄の命令があっても、パドマは動かない。意地でも動くものかと、階段の端に座り込んだ。それを見た師匠も、その後ろに座った。
「やだよ。気持ち悪いんだもん。年端もいかない可愛い妹に、何をさせようとしてんだよ。剣なら貸してあげるし、勝手に行ってきて」
数匹程度であれば、大人たちが自分で仕留めて袋に回収するくらいのやる気を見せているのに、パドマはついてこない。仕留め終わったと言ったそばから、リポップして増えたのを見た。この件に関しては、ヴァーノンの言葉など、信用に値しない。
「ほら、この部屋は大体片付いたろう。キリキリ歩け」
「やだやだやだやだ」
この部分だけを見れば、ひどい兄だと評する人間もいたかもしれない。だが、パドマは、11階層で似たような見目のトカゲを倒していた。巨大なミミズ風トカゲは、ソロで倒していたくせに、小さいミミズ風イモリを嫌がる気持ちを共感する人間は、いなかった。
何を言っても聞かず、上階に逃げようとしたパドマを説得するのを諦めて、ヴァーノンは力づくで、ふん捕まえた。パドマは剣を持たせると破天荒な動きをするが、力は大して強くない。ヴァーノンは、そのまま無理矢理担ぎ上げて、イモリが大量発生する部屋に連れて行き、水流剣を使わせた。
水流剣を使うだけならば、剣を借りた方が早いが、パドマを連れて行かないと、師匠も付いてこなかった。師匠が荷物持ちに参加してくれるなら、パドマを連れて行った方が、効率が良かった。
「お前が来ないと、師匠さんが来て下さらない。諦めろ」
「師匠さんまで無償で使おうなんて、厚かましいんだよ!」
「何を今更だ。商品名にも、売り文句にも、師匠さんの名が入っている。体良くイモリの片付けを手伝わせたかったんだろう? 手伝ってやるから、相応に手を貸せ。稼げるのは、ウインナーの正体が知れるまでだ。短期決戦なんだ。ぐずぐずしている時間はない」
ヴァーノンがイモリを運ばずとも、師匠は倍どころでは済まないほど運んでくれる。パドマさえいれば、帰り道の敵の駆除もしてくれる。パドマは年齢相応に重い荷物だが、パドマを運ぶ係が、1番手厚く師匠に守られる。それに気付いた大人たちが、行きも帰りもパドマの運搬を申し出てきたくらいだ。しかし、ヴァーノンは、意地で断り切った。一応、妹は嫁入り前だから。
「手がちぎれる。そろそろ歩いてくれないか?」
「ドーナッツタイムを邪魔した罰だ。キリキリ歩け」
パドマは、ベソをかきながら、悪態をついた。
1日で済んだなら笑い話だったが、18階層全部屋を制覇しても、イモリフィーバーは終わらなかった。死んでもいいのかと兄に脅され、ダンジョンに潜る日々が続いた。
商家でのイギーとヴァーノンとパドマと師匠の地位は盤石となり、全店で顔パスになって、商品の無料宅配をしてくれることになったが、そもそもイギーの家の関連店舗で買い物をしたこともなく、これからも予定にないので、マスターに譲ることにした。マスターのレシピなんだからいいよねと言った際、ピンクの人は不満そうにしていたが、パドマは、無視して店を出た。
次回、街中が大変なことに。