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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第8章.18歳
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279.つぶらな瞳に魅せられて

 上手いこと師匠を転がして楽をしたパドマは軽快に階段を下り、見事にしてやられた師匠は、もう乗せられない! と固く決意を固めていた。

「じゃんけんぽん! ぐ、ん、か、ん、ま、き。じゃんけんぽん! ぴ、ゆ、う、れ。じゃんけんぽん! ぱ、せ、り。勝った!!」

 パドマは、師匠の知らない謎の遊びに興じていた。階段から転げ落ちてケガをしたりしなければ何でもいいか、と師匠は放置していたが、パドマは階段を降り切って、ニタリと笑った。

「不戦敗で、師匠さんの負け。罰ゲームで、この階層の戦闘は師匠さんの係ね」

 そんな話は全く出てなかったと思うのに、パドマは勝手なことを言った。師匠は、やらないよとハンドサインで答えても、パドマは師匠を見ない。見なければ勝ちだと、目を逸らしているのではない。敵影に目が釘付けになっていた。


「かぁわいぃい〜」

 パドマは、85階層の敵にメロメロになっていた。師匠は、それが信じられずに唖然とした。

 85階層にいるのは、サイである。

 体長はパドマの身長の2倍から3倍程度。肩高で師匠の身長からイレの身長くらいある。ゾウほどではないが、いい勝負だと言いたいくらいに大きい。体毛はなく、分厚い灰色の皮膚を持っているところもゾウっぽいかもしれない。種類によっては、皮膚が襞状になっていたり、鋲のような凹凸があったりと鎧を彷彿とさせる見目をしている。鼻先にはツノがある。格好良いというなら、理解できる。パドマなら、美味しそうと言い出すのも想定の範囲内だった。だが、可愛いと言われ、何処が? と師匠は思った。師匠は、サイの格好良さに惹かれているが、可愛いと思ったことはなかった。説明を聞いても納得できる自信がないくらいである。

「ナデナデして来てもいい?」

 パドマの顔が、レッサーパンダを見るそれになっていた。師匠は、困った。シャチと戯れられるよりは幾分マシだが、サイは縄張りへの侵入者を嫌う性質があるし、師匠は可愛いと思わない。あれを可愛いと認めたくない。だが、兄を気取るなら、妹の可愛いおねだりくらい、叶えてやらねばならないだろう。ヴァーノンなら、できなくとも努力まではしそうだと思った。

「ぎゅーしてくるね」

 パドマは、とことことサイに向かって近付いて行った。

 レッサーパンダのように、かじられ引っかかれる覚悟はあるのだろう。サイが相手なら、突進されてツノでアタックされたり、踏まれたりしたら死んでしまうだろうに、可愛い敵なら食べられてもいい、という公言通り、それでも構わないと思っているのだ。師匠は、そう思った。

 師匠は先回りして、サイのメスに取り付いた。パドマに何をされても怒らない。怒らない。怒ったら怒る! 師匠がサイの目を見て念じると、サイはパドマが縄張りに侵入しても追い出しにかからなかった。パドマは何しに来たのかな、と注視をしているが、動かずじっとしていた。

「君、可愛いね」

 パドマは、薄気味悪い笑みを浮かべながら、前脚の付け根近くに手を添えた。

「うわっ。ザラザラ。今度来る時は、クリーム持ってきてあげるね。師匠さんのクリームは、すごいんだよ。10年手入れをサボった肌でも、ひと塗りでうるすべになるんだから」

 パドマは肩や頭、頬など、いろいろな場所を撫で回して、首に貼り付いた。

「この皮が余ってるところが、師匠さんみたいだよねー」

 パドマは、サイの前脚の付け根の皮が重なっているところを、指で突いた。皮膚はとても硬いのだが、柔らかい。触ってもあまり体温を感じられないのもいいな、と抱きついて、パドマはひと心地ついた。

「やっぱり抱っこはいいなぁ。人間は怖いし、獣は臭いし、ダンジョンの子たちは、お兄ちゃんより臭わなくていいね」

 パドマは、今、懸命に兄離れを頑張っていた。これからも恩返しはしようと思っているが、もうベタベタはしない。そういうのはミラに譲るのだ。口うるさいし、鬱陶しいし、ちょうど嫌になってきたところだから、為せばなる。

 18年も続けてきて、それ以外の暮らしなど一時的にしかしたことはなく、不安が募った時に寂しさが募った時に、気を紛らわす方法を模索していた。

 ハワード辺りに甘えるのが、適当なのだ。部下だし、ノリが良いから、気軽におかしな命令ができる。だが、ハワードでは、数年以内に破綻する。結婚願望はないと言っていたが、あれは男だ。絶対に、抱き付くだけでは済まなくなる。結婚願望はないかもしれないが、女がいらないとは言っていなかった。家庭を築きたくないだけで、遊びまでは否定しないだろう。

「大人にならなきゃいけないのかな」

 子どもの頃は、大人になれば嫌なやつらに抱かれずに暮らせると思って、その日を待ち望んでいた。今は、大人になるのは嫌だな、と思っている。女扱いされたくない。


 結局、パドマはあっちこっちのサイに抱きついて、どのサイが一番抱き心地がいいか選手権をしただけで、下り階段に着いた。

「サイちゃん、帰りにまた遊ぼうね」

 パドマは、眠そうな顔をしているサイに別れを言って、先に進んだ。



 白い天井、白い壁、白い床に、白いテーブルセット。茶器はもちろん、お茶もお茶請けのロールケーキまでが、白かった。そんな病的なまでに白い空間で、今日もカイレンは兄に質問攻めにされていた。

 話題は、パドマのことしかない。面識もないくせに、兄はパドマに夢中なのだ。こんなところで情報だけ得ても何にもならないだろうに。アーデルバードの多くの男がそうするように、パドマの姿を遠くから眺めては、カイレンに話を聞くのだ。カイレンだって、面識はあるものの、あちらはカイレンの名前さえ知らない、その程度の仲でしかない。聞かれることのほとんどの答えを持っておらず、嫌になっていた。

「茶会に招待したいのだけど、あの子の好む茶葉は何かわかるかな」

「どんな茶葉も何も、お茶を飲んでるところなんて、見たことないよ。お茶全般、嫌いなんじゃない? 大体いつも、果実水を飲んでるよ。最近は、お酒を飲んでるのを見たことがあるかな。お兄ちゃんに教わったんだって。なんかね、口をつける前に、カップに注いだくらいで酔っ払い始めるんだよ。あれは、相当に酒に弱いよ。危ないよ」

「それなら、アイスワインでしょうか。上等なのを仕入れておきましょう。そうそう、あの子の好きな猫種は知ってるかな」

「猫種? もう猫限定なの? なんで? 猫が好きなことすら聞いたことがないよ。レッサーパンダに埋もれてるのは見たことがあるけど、あの時は猫なんて見てもいなかったから、興味ないんじゃないの? うっかり見せたら、きっと食べられちゃうよ」

「茶会に猫を置いたら、気に入ってもらえないかな。猫はそれほど美味しくないと思うから、食卓に乗せる予定はないよ」

「そんなの、食べてみるまでわからないから、だから食べるんじゃないの?」

「そうですね。あの子は本当に、食べることが大好きですね」

 兄はカップを手に取り、喉を潤した。その姿勢は優雅で、横にパドマを並べても似合わないとカイレンは思う。そうでなくとも、パドマには既に想い人がいる。今更知り合ったところでどうにもなるまい。茶会に招待しても、どうにもならないだろう。もしも茶会にパドマを連れてくるのがカイレンの役目なら、役に立てる気がしないから、気が重くなった。

「以前から気になっていたのですが、あの子はなんで、あんな服を着ているのですか? 何を着ても似合うとはいえ、もう少し可愛い服があると思うのです。贈ったら、着てもらえるでしょうか。何点かあつらえてみたのですよ」

 兄は、壁際のマネキンが着ている服を手で指した。白い衣装を着た白いマネキンが、3体並んで立っている。マネキンは首から下しか作られていないが、大体パドマと同じ身長に作られていた。カイレンは、兄の顔を見た。兄に限って、大体同じなんてことがあるだろうか、と。だが、兄はパドマと面識はない。カイレンが採寸を依頼されたことはない。だから実現不可能だと思うのに、あのマネキンが、スリーサイズどころではない精巧なコピーだったらどうしよう、という考えが消せなかった。師匠の彫像事件が思い出される。

「お兄ちゃんが作った服は、着せたら似合うと思うよ。でも、着てくれないんじゃないかな。夏の炎天下でも、長袖を着てるんだよ。きっとものすごく寒がりなんだと思う。きっと断られるよ」

 兄は弟の返答に、とても残念そうな顔をした。パドマが長袖を着る理由は、絶対に寒がりだからではない。いくらなんでも珍回答すぎる。どういう教育を施したらこんな人間に育つものやら、おのれの半身の成果に耳を疑った。

「そうですか。それならば、もう少し布地を増やして、防御力を上げてみましょう」

「それはいいね! ここ最近は、戦闘狂の気配があるから、防御力が上がったら喜ぶと思うよ」

「私が上げるのは、対カイレン戦の防御力ですよ」

「え? 戦わないよ? 無理だよ。攻撃なんて、できないよ」

 カイレンは、頬を引きつらせ、身体全体を使って拒否の姿勢を示した。茶会に誘うより難易度の高い要求だった。そんな空恐ろしい真似はできない。

「でも、少しは戦わないと、ヴァーノンに負けますよ」

「ダメだよ。大好きなお兄ちゃんと戦ったりしたら、すっごい怒られちゃう。嫌われるだけじゃ済まないよ。絶対にダメだよ! ダメだからね」

「そういう意味ではないのですけどね。もう大人なのですから、暴力以外で戦いましょうね」

「ああ、そうか。なんだ。そうだよね。何の種目で勝てばいいのかな。パドマからの好感度以外なら、そうそう負けない自信があるよ」

「パドマからの好感度で勝ちましょう」

「それだけは、無理だよ。向こうがド変態の殺人鬼に堕ちてくれたとしても、きっと敵わない絶対的な壁があるんだよ。だから、無理。諦めて」

 まるでやる気を見せない弟にがっかりして、兄は深く深いため息を吐いた。そして、新しい茶を淹れるために席を立った。

次回、86階層。

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