274.悲しむ師匠
パドマは日課の寸胴拾いと真珠拾いと時々お小遣い稼ぎの毒拾いを続けていたのだが、誕生日祭だよ、とダンジョンから引きずり出された。
力のないパドマが拾って歩かなくても、ルイたちが拾って来てくれることになったので自分で行く必要はないのだが、ダンジョンで暴れないとストレスがたまる身体になっている。気が咎めるから無償でもらうつもりはないので、お小遣いも必要だ。
だけど、誕生日の主役がいなければ、誕生日祭が始められないと、エイベルに説得されてしまえば、パドマは逆らえない。いいようにエイベルが使われていて、申し訳ない気持ちになっても、逆らえない。エイベルが白蓮華の力で稼ぐようになったら、実家に呼び戻されているようだが、エイベルはテッドの真似をして、金を置いてくるだけで、家には戻らなかった。そんな関係にしてしまったことも、パドマは胸を傷めている。自分の実家に関しては、誰があんな家に住んでやるものかと思い、割り切っているにも関わらず、他人のこととなると勝手が違った。
英雄様パレードの衣装は、グラントの物に決めた。いつもパドマの正装として扱われている服を青くして、レースを付けただけの衣装だ。なんというか、これが最も車に乗りやすかったのである。見た目云々は、どうでも良くなる衣装ばかりだった。結局、師匠もルーファスも真面目に考えては来なかった。
今年は車を2台に増やし、キラキラに着飾らせたヴァーノンとミラを、そちらに乗せた。誕生日とはまったく関係ないが、未来の義姉のお披露目である。妹パドマは安全のために隠していたが、ミラは安全のために晒す。ミラに何かしやがったら、パドマが許さねぇからな? という牽制と、見世物仲間を増やしたかっただけだ。パドマと同じように街中からおめでとうと祝われる2人を見ると、してやったという薄暗い気持ちと、晴れやかな気持ちが胸に広がって、パドマはいつもよりご機嫌に、観衆に手を振った。
手を振る時間よりも、おやつを食べる時間の方が長いのだが、それにしたって、こんなに手を振り続けたのは、人生始まって以来の出来事だった。だから、夕方には二の腕がプルプルして上がらなくなっていたが、諦めるしかない。
テンションが高いうちは張り切っていたが、祭から解放されたら、もう虚勢も張れない。ごはんは犬食いだ。師匠は嫌そうな顔をしているが、知ったことではない。犬は犬食いしても可愛いね、と言われるのだ。この食べ方は、可愛いのだ。
2日目の武闘会子どもの部の観戦と表彰は、防具屋のおっちゃんが作った結婚式用鎧で参加した。何度かダンジョンに出かけてドロドロにしたので、実戦で使った風格が出てしまい、パドマが勇ましくなっている。英雄様の面目躍如の姿を見せた。
内心は子どもたちへの恐怖が占めているが、キリリとした表情を貼り付け続けた。そんな顔をしながらも、観戦中は肉まんを手放さずに1日中食べ続けていたが、誰にもツッコミは入れられなかった。1日中観戦を続けていたのは、パドマとパドマの仲間だけだったから、気付かれなかっただけとも言う。
今回は、表彰者に白蓮華の子が2人出てきた。10歳と11歳の部である。エイベルは出場せず、パドマと一緒に観戦していたから、別の子だ。白蓮華の全員優勝を目指しているらしい。綺羅星ペンギンを凌ぐ恐ろしい集団が出来上がりそうなことに、パドマは少々ドキドキしたが、恋ではない。そして、エイベルが楽しそうに笑うから、止める気もない。
去年と同様に、白蓮華の子だけハグして優勝を祝い、それ以外の子は普通に記念品を渡すだけで終わらせた。何故と言われても、パドマも普通に近寄れるようになっただけで、頑張ったと思っている。これ以上は、何を言われようと無理なのだ。今年は、イギーにお前すごいなと褒められただけで、紅蓮華からの苦情は出なかった。
3日目のペンギンパレードは、テッドのドレスを着た。ドレスは歩き回るのに向いた衣装ではない。チビのパドマは身長を盛った靴を履くので尚更だった。だが、大事な弟分が作った衣装だから、余す所なく披露したかったパドマの気持ちが勝った。車に乗っている状態では、ドレスを披露しきれない。弟の作品を皆に誇りたかったのだ。
テッドのドレスは、銀糸と宝石で飾られた豪華なドレスだった。地の色は水色で、涼やかなのだが、やたらとフリルが付いており、スカートのボリュームが半端なくなっている。その上に可愛らしいピンクの花飾りが付けられていた。首や腕にも布地があるパドマに優しいドレスだった。
その上に、師匠が作ってきた謎の翼飾りを背負わされた。師匠のヤキモチがうざかったのと、シュークリームに釣られたのだ。テッドの許可ももらったから、問題ない。
ペンギンのことは完全に人任せにして、パドマはドレスを見せて歩いた。テッドにエスコートされて歩き、ところどころで回転させられた。回転すると歓声があがる。足がしんどいのだが、そういう余興なのだろうと、パドマは頑張った。
4日目は、武道会大人の部のどちらかというか、綺羅星ペンギンの部の観戦に行かねばならない。また防具屋のおっちゃんの鎧を着て、朝ごはんのパンケーキにフォークを突き立てていたら、師匠が部屋に入ってきた。
「えー、もう少し待って。あと100枚食べたら出かけるからさ。でもね、昨日頑張り過ぎて、もう足が痛くてさ。サボっちゃダメかな。観戦は座ってるだけだけど、神殿の坂を上るのホントやだ」
パドマの話を聞いた師匠が、懐中からジャムやバターやクリームや果物やパンケーキを出し、食事の手伝いをして、早々に片付けさせると、口周りをキレイにしてやって、パドマを抱えて外に出た。
「おお、確かにこれなら、足が痛くない」
と、パドマは喜んでいたが、たどり着いたのは、ダンジョンセンターだった。
「なんてこった。師匠さんの所為で、祭がサボれてしまう」
パドマは抵抗せずにそのままでいると、師匠は受付に木札を出した。職員はそれを見て、少々お待ちくださいと奥に引っ込んだ。出てきたのは、イレの家の大家である。
「大変申し訳ありませんが、昨日と状況は変わりません。退出記録も目撃情報もないままです」
大家の淡々とした口上と、沈んだ顔の師匠を見て、パドマはまさかと思った。
「イレさんが、ダンジョンから戻らないの?」
「ええ。長期滞在の常習犯だから、危険な状態かの判断はつかないのだけれど、3日戻らなければ通知を出すルールなので、お知らせしました。食べ物は調達できるけれど、飲み物が不足するでしょう? 心配しているのだけど、どうしても長期滞在をやめてもらえないの」
「ごめんなさい。ウチも3日はいたことある。だから、あの時、お兄ちゃんが来たんだね。でも、3日くらいなら、ちょっと狩りが楽しくなっちゃったら、あっという間に過ぎちゃうくらいだよ。イレさんはとんでもなく強いから、心配ないよね?」
パドマが師匠の顔を見ると、悲しげに項垂れた。パドマは、驚いた。師匠はイレの扱いはいつも適当でぞんざいで、アレが彼氏なんてあり得ないと怒っていたのだ。それが今、傷を負ったような顔をしている。
「3日なら良かったんだけど、今日は15日目なの。もっと長く帰って来なかったこともあるから、あちらはピンピンしているかもしれないけれど、心配でしょう?」
大家も悲しそうな顔をしていた。今は職員ではなく、知り合いとしての感想なのだろう。パドマも不安になった。
「イレさんが15日も酒を断ったら、寂しくて死んじゃうよ。イレさんが敵わない敵なんてウチには倒せないけど、数の暴力でいけるかもしれないから、探しに行こう」
パドマがそう言うと、師匠の顔に歓喜が浮かんだ。パドマなんて誘わなくても1人で探しに行けるだろうにと思ったが、心配するキャラじゃないから気恥ずかしいとか、何かあるのかもしれない。お祭り関係者が探しに来たら、緊急事態だから許してって伝えてと話している間に、師匠は全力で走り始めた。いくら心配だと言っても限度がある。パドマは朝食をシェイクされて気分が悪くなったが、瞬間移動をしたのかと思うくらいのスピードで、80階層に辿り着いていた。
80階層にいたのは、お馴染みの火蜥蜴である。料理のお供の、ダンジョンでは欠かせない存在だが、流石にそろそろ調理は潮時だと思わざるを得なかった。火蜥蜴は階を下るごとに大きくなっていたが、80階層の彼らは、パドマとサイズが然程変わらない。今までは、四つ足で床や壁や天井に貼り付いて、火を飛ばしてくるだけだったが、ここには二足歩行で歩き回っている個体までいた。その動きは、亜人間と呼びたくなる程度には人間に酷似していた。色は火蜥蜴と同じだが、もしかしたら、蜥蜴人間と呼ぶべき存在かもしれない。
火力単体だけでも凄まじく、ヒクイドリなんて比ぶべきではない。もう揚げ油がなくても、炎上できそうだった。身のこなしは人間相当。武器こそ持っていないようだが、手には鋭い爪が生えているのが、遠目にもわかる。
「いやー、今度こそ無理だよ。数の暴力でやられるのは、こっちじゃない? あのさ、前から思ってたんだけど、いちいち降ろしてくれなくていいよ。緊急事態なんだし、師匠さんに乗って、ぴゅーっと通り過ぎれば良くない?」
パドマが怖気づいてこぼすと、師匠はあらかじめ書かれている蝋板を出した。
『馬鹿弟子のために、パドマを死地に送れない。パドマが苦労して馬鹿弟子を見つけ出して怒れば、アレもすぐに帰ってくるようになる』
「ったく、それこそ死地なんだよ。そんなつもりはなかったから、ウチは今、祭仕様なんだよ。宣伝のための鎧と剣を、たまたま身に付けてただけなんだよ。これで戦えると思う? この鎧はさ、結婚式用なんだよ? 結婚式用の鎧って、何なの? どこまで信頼していいの? フライパンも投げナイフも傷薬も、持ってないしさ。ここで死んだら、イレさんだって探しに行けないよ」
そう噛み付くと、師匠は拳を手の平にポンっと当てて、懐中からフライパンを取り出した。それをパドマに持たせると、次は糸付きナイフを出して、パドマの剣帯にくくりつけた。付けられたのはナイフだけではなく、謎のポーチも増えている。もしかしたら、中に傷薬が入っているのかもしれない。
「そういう意味じゃなかったんだけどなぁ。あーあ」
パドマは諦めて、寸胴剣を抜剣し、リザードマンと対峙した。
リザードマンは、言語を持ち、連携してくる敵のようだった。パドマの耳には言葉の意味は受け取れないが、キーキーと何かを言い合って、パドマの周りを等間隔で囲み始めた。
「ふーん。本当に人間みたいだな」
リザードマンの組織構造は、身体の大きさで序列が決まっているように見えた。それは、ある意味、人間を相手にするよりわかりやすかった。
右手と左手にいた者が、パドマに飛びかかってきたのをパドマはフライパンと寸胴剣でいなした。
「最初にかかってくるのは、小物」
続いて壁に貼り付いて火を吹いてきたのは、小物の懐に入って、盾にしてかわした。
「中堅は、手堅く卑怯くさい攻撃をしがち」
そのまま身を低くしてスライディングし、大きな個体の下をくぐり抜けて、通過と同時に立ち上がり、身を捻って一際大きなリザードマンの胴を割った。
体勢がよろしくなく、浅い打ちになってしまったが、大将は悲鳴を上げた。大将をやられたと思ったリザードマンたちは、大将を置いて逃げて行った。
「こうるさい支持役は、案外下っ端。本当のボスは守られているだけで、何もしない」
よろけながらもパドマに爪をふるってきた元ボスをパドマは軽くかわして背後をとり、首を落とした。
「リザードマンは、チンピラと同じ説。参考にはなったけど、感謝はしないよ。トマス、次見かけたら、〆る。今度こそ、ボコる!」
パドマは、その場でぺしょっと座り込んで、動かなくなった。
「師匠さん! 痛いのは足だけだと思ってたのに、腕も痛かったんだけど、どうしたらいい?」
泣き言を漏らすパドマに、師匠は両手でそれぞれ4の数字を象ると、パドマは走って逃げた。44階層には、タランテラの魔法がある。
「師匠さんとキスするくらいなら、リザードマンと添い遂げた方がマシ!」
自分の顔の造作に絶対の自信を持っていた師匠は、天狗っ鼻をへし折られて泣いた。ヴァーノンなら、するんだろう。なんで、あの顔に負けるんだよ! 私の口付けを欲しがる人間が、どれだけいるか知らないのか! と心の中では、地団駄を踏んでいた。
リザードマンは人型で、斬れば今まで以上に罪悪感が湧くのは困り物だが、動きは素人だった。素人でも刃物を持って取り囲まれれば、危ないのだが。
パドマは痛む足に鞭を打って、右に左に翻弄し、着実に斬って堅実に先に進み、階段を見つけて下階に下った。
次回、81階層。