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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
269/463

269.12人家族

 きのこ神殿の1日は、パドマの悲鳴で始まった。朝寝坊の常習犯パドマであっても、他の人と就寝時間がズレていて、いっそ日の出前に起きてしまうスケジュールで生きているタイミングでは、なかなか寝坊もできない。絹を裂くというよりは、夜空に轟かせるような珍妙な声を聞き、うたた寝をしていた師匠は目を覚ましたし、護衛たちに簀巻きにされていたヴァーノンも飛び起きた。シャチを増やされて、庭で残業している男たちも、パドマの窮地に馳せ参じて怒られた。


 パドマは自分の服装に驚いただけだった。ノースリーブのワンピースを1枚着ているだけだったのである。あまつさえ、背中は全開だった。犯人の目星は付いているが、あまりの出来事に叫ばずにはいられなかっただけだった。

 パドマの手下たちは、これ以上パドマとの関係を悪化させるのを恐れ、「流石、俺たちのボスだな」という、どうとでも言い訳可能な感想を残して逃げた。手足まで赤く染めて恥ずかしがるパドマは、可愛かった。可能であれば、もっと眺めていたかったが、今は護衛すら認めてもらえていない。うっかり失言すれば、またまとめてお払い箱にされてしまうかもしれないから、側にいない方がいい。居合わせたのが事故であるうちは、許してもらえるだろうから、早々に退散したのだ。そして、後続から来るやつらを追い返して、パドマの尊厳を守るふりをしつつ、今見た光景を自慢することに全振りする。

「俺は見た」

「あれは、かなりヤバい」

「神々の祝福を受けて、全てが麗しかった」

 見損ねた者は今から見に行くことはできないし、見たヤツらをチクることもできない。全力で悔しがった。


 ヴァーノンは、そっぽを向いたまま、パドマの側を離れなかった。

「俺を排除するから、そんな目にあうんだ」

 と偉そうにぐちぐちと続けた。

 師匠は、『背中をケガしてる。魔法がダメなら寝ろ。一生、歩けなくなる』と蝋板を出して、パットのような尊大な表情で見下ろしている。

「そんな大袈裟な。寝てるのはいいけどさ、背中が痛いんだよ」

『横向き禁止。シャチに打たれて、生きてるのが奇跡。諦めろ』

「うううう。暇、痛い、お腹空いた、着替えたい」

「要望の順がおかしくないか?」

「うるさい、うるさい。お兄ちゃんなんか嫌いだ。店に帰れ。仕事しろ」

「だから、お前がいないと俺は跡取りにはなれないんだよ。今は無職だ。仕事はない」

「なんなの、それ。脅し? ウチは、怒ってるんだよ。嫌ってるの! もう知らないの」

「ああ、それで構わない。悪いのは、俺だ。お前は好きにしていていい。だが、俺が店で働けないのも事実だし、お前がいないなら店で働く必要性を感じない。だから、いいんだよ」

「良い訳あるか。あんないい話ないし、お兄ちゃんがいなきゃ、ウチだって戻れないじゃん」

「仮令、他の跡取りができたって、お前は受け入れてもらえるよ。そいつと結婚しろって、言われるかもしれないけどな」

「そんな場所、2度と行くものか」

 パドマとヴァーノンが話している間に、部屋の外に行っていた師匠が戻ってきた。師匠は何も言わずに足音も立てずに戻ってきたのだが、手に持つものから素晴らしい臭気が漏れている。パドマは師匠に何をされたのかも忘れ、瞳を輝かせ始めた。服は布団を被ることで解決しているから、衣の次は食だ。住は、その次でいい。

『寝てない悪い子にはあげない』

 師匠の蝋板を見せられて、パドマはシュッと布団に横たわった。背中が痛いのだろう。何度か目に涙を浮かべるが、悲鳴はほぼ漏らさなかった。

「うつ伏せでは、いけないのですか」

 師匠は頷いて、ベッドサイドに腰掛けた。パドマがまっすぐ横たわっているのを確認して、たこ焼き状のものをパドマの口に入れる。

 1つ目は、芋餅チーズお好み焼きだった。熱さにやられることもなく、程良い温度の物をはふはふと食すと、間髪入れずに2つ目を入れられた。2つ目は、ハチミツチーズバター味である。見た目は同じに見えたが、もしかすると師匠が抱える皿に乗っている丸は全部味が違うのか? と、パドマは驚いた。そんなチマチマと面倒臭いことをする人の気がしれなかった。

 口に運んで食べさせているのに、師匠の視線はチラチラとパドマの身体に移る。一口で食べてしまうので、食べ物の詳細はわからないが、ある程度は匂いでわかる。パドマの表情から考えても、チーズを盛られているに違いなかった。ヴァーノンは挙動の怪しい師匠に問いかけた。

「以前は食事制限をしていたと思うのですが、今度は太らせようとしていますね?」

 師匠は、ビクッと反応して、お好み焼きを飛ばしたが、パドマがキャッチして食べた。師匠は、ぷるぷると首を振って否定しているのが、露骨に怪しい。

「ああ、なんかね。いっぱい食べないと、骨折する体質なんだって。でも、食べるにも限度があるから、栄養の多そうな食べ物を選んでくれたんじゃない? これから冬だし、師匠さんに負けずに溜め込まないとね」

 師匠の代わりにパドマが応じると、師匠は悲しげな顔で首肯した。そして、パドマの口に同時にお好み焼きを3つ詰めた。パドマはそれを嫌がらずに受け入れて、暫く静かに口を動かしていたが、中身が空になると、更に言った。

「師匠さんよりは見られるお腹かもしれないけどさ、だからって誰かに見られたくないから、もう服を着せ替えるのはやめてね。お兄ちゃんなら良いような気でいたんだけどさ。お兄ちゃんは、頼んでもそんなことをしないから良かったんだよ。兄妹でも、大人になったら、そんなことしないの。いい?」

『うちは、家族みんなで一緒にお風呂に入ってた。家族風呂って言う大きな風呂があって、家族8人みんなで』

 そこまで書いて、師匠の手は止まった。覗き込むヴァーノンが「一緒に寝るのは変で、風呂に入るのはいいのですか?」とか、「8人家族ですか。賑やかでしょうね」などと言っているが、師匠の耳には入らなかった。一緒に風呂に入っていた家族は8人だが、師匠の家は12人家族である。師匠は家族全員と一緒に風呂に入っていたが、父と母は別々に入っていた。師匠だけが、男チームとも女チームとも一緒に入っていたのだと、今、気が付いた。幼少期は皆、どちらでも入っていたが、師匠だけは大きくなってもそのままだったのだ。弄ばれていた! 頻繁に女顔をいじられて、揶揄われていたのに、何の疑問も持たずに風呂に入っていた。それに気付いても、文句を言いに行ける保護者は、もうほぼいない。久しく会っていない乳母に、わざわざそんな話題で会いに行かなくていい。それに気付いた師匠は、蝋をヘラでならして修正した。

『家族12人で入っていた』

「じゅっ、じゅうににん? 多いですね」

「そう言うお兄ちゃんだって、判明してるだけで6人兄弟だからね。お兄ちゃんのお母さんに子どもがいたら、更に多くなるからね。お兄ちゃんの家族っぽい人を集めたら、同じくらいになるんじゃない?」

「6人?」

「パドマの下にね。2人生まれたんだって。聞いて驚け。ヴァーノンくんと、パドマちゃんっていうんだよ。お兄ちゃんには、パドマっていう妹が3人もいるんだよ」

「それは呼び名に困るな」

「パドマさんと、パドマと、パドマちゃんだよ」

「そうだな。兄でなくなれば、ただの一信徒だ。パドマ様と呼ばせて頂こう」

「やめて!」

 またわちゃわちゃと話す兄妹を見て、師匠は寂しくなった。だから、またパドマの口にお好み焼きを2つ詰めた。

「師匠さんちでは、普通のことなんだってことは、わかったよ。でもウチは嫌だから、やめてね」

『だったら、ケガをするな』

「ヘソ出して、皆に見せてから言え!」

『私が全裸で街歩きをしたら、同じことをするんだな?』

 ただの売り言葉に買い言葉のつもりだったが、師匠の目が冷えていた。師匠はヘソ出しをするかのように裾に手をかけている。

「絶対にしない! やだ。無理。やだ」

 キス魔の師匠なら、全裸で街を踊り歩くくらいのことはするかもしれない。パドマはそう思って、即座に負けることにした。言い合いに勝ったところで、得る物など何もない。

『おとなしく、そのまま10日は寝てること』

「えー。また?」

『10日後に診断を下す。無理をすれば、ダンジョンには一生行けない身体になると思え』

 師匠は、蝋板を置いて、部屋を出た。家に帰って、筋トレをするつもりでいる。努力は見えぬところでやらねばならない。もう妹にバカにされない、素敵なお兄ちゃんになるのだ!

次回、大人のキス。

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