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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
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267.肥え太りやがれ!

 パドマは、朝ごはんを食べた後、師匠を捕獲して、紅蓮華に行った。シャチの後始末を人にやらせたまま他のことをするのは忍びないし、かといって彼らの作業に混ざる勇気は出ない。だから、シャチの買取主を探しに来たのだ。それで、なんとか面目を保とうとしている。

 シャチ肉はみんなで食べたらそれでいいと思うが、少し前に師匠は金欠だと言っていたし、ヴァーノンがシャチは金になるような話をしていたから、紅蓮華の誰かに買ってもらおうと来た。相手にされなければ、ダンジョンセンターに持っていけばいいと思う。師匠の金欠は、ヴァーノンへの助け船であって事実ではないのだが、パドマなりに補填しようと頑張っている。


 パドマが寄ってきた時点で、慰めて甘やかしてもらえるのを期待していた師匠は、何ごともなく袖をつかまれて紅蓮華に連れて来られたことに不満顔だし、パドマはシャチの何が売れるのかを理解していない。商談はついてくるなと怒られている付き添いのヴァーノンの仕事だ。ヴァーノンは籍だけは紅蓮華で、下っ端に近い位置にいる。カーティスは、困り顔になった。

「今日は、どのような御用でしょうか」

 不満顔の師匠を気にかけながら茶菓子でもてなすと、ヴァーノンが返事をする。

「5頭分、シャチの骨と歯と皮と血と糞があります。買取りをしていただけないか、ご相談に参りました。一部だけでも構いません。如何でしょうか」

『皮を買うなら、効率的な油の採取法を出そう。食用、蝋燭、製革羊毛石鹸、鍛冶にも使えるが、農薬や化粧品の利用法もいるか?』

 師匠は不満顔のままだが、ソファに尊大に腰掛けつつ、蝋板を投げ出している。蝋板は無造作に置かれているだけで、誰にも向けられていない。この会話に参加しているようには見えないが、書かれた内容からして、この商談の援護だろう。師匠式の商売は、商売相手を儲けさせて、それを搾取することにある。どこから得た知識なのかは謎だが、師匠の知識は膨大で、金に変えられるものが多い。それを何度もカーティスは見せられてきた。師匠の協力が得られるのなら、ゴミを買っても損はしないという信頼ができている。

「すべて言い値で買い取りましょう。運用指導もよろしくお願い致します」

 カーティスが微笑みを師匠に向けたが、師匠はもうパドマしか見ていなかった。パドマの髪を猫の手棒で執拗に悪戯している。

「糞を言い値って、正気? ウチは、そんな嫌がらせをするつもりはないよ」

「香水になるらしいぞ」

「わかった。香水をつけてる人間には、今後近寄らない」

「それは構わないが、口に出して言うなよ。売れなくなるから」

『心配しなくとも、アーデルバードでは然程売れない』

「そうなのですか?」

『香水に準ずる物を使用した場合、パドマの護衛から外されることは、市井でも有名』

「ああ」

 ヴァーノンは、パドマの美しい忘れ鼻を見て、納得した。

 パドマは異常に鼻がいい。ダンジョンのような閉鎖空間にいることが多いのだから、香水をつけた人物からは、自然と距離を取るだろう。複数いる場合は、泣き出すかもしれない。それをグラントが見逃すとは思えなかった。綺羅星ペンギンの男たちが段々と身綺麗になっていったのは、金ができたからではなかったのか、とヴァーノンはようやく気が付いた。パドマは、まったく気付いてはいなそうだが。



「シャチちゃんの骨と歯と皮と血と糞は、紅蓮華で買い取ってくれるって。解体が済んだら、運んでもらえる?」

 パドマはきのこ神殿に戻ると、皆から離れてサボっていたスタンリーに背面から声をかけた。

「ひゃっふぁっ!? パドニャっく。ボ、ボス? ボスですね。承知しますた!!」

「うん、よろしくね」

 沢山人が集まっているところに行きたくないから、ちょうどいいと思っただけの人選だった。スタンリーは、パドマに声をかけられたことを理解しただけで何を言われたかまではわかっておらず、蒼白になった。そして、そのままグラントに報告をし、グラントを呆れさせた。戦闘面やパドマへの接し方ばかり教育してきたが、もっと基本的な部分を育てた方が良さそうだ。また1つグラントの仕事が増えてしまった。パドマの言伝に関しては、ヴァーノンに聞いてこいと、スタンリーを追い返した。


 男たちに近付くことはできないが、パドマの関心はシャチのベーコンにある。木の後ろに隠れながら、そわそわと燻煙器を見ている。蕩けそうな瞳とだらしない口元を見れば、パドマが何を考えているか、パドマに近しい者なら皆わかるが、パドマに怒られたくないので、近付けない。

「ちゃんとしたベーコンは10日経っても出来ないらしいぞ。偽ベーコンでいいか?」

 パドマの傷を放置したことで何故か許された男ハワードが、パドマに燻肉を持って行った。立ち位置の距離感が、ヴァーノンよりも近い。ハワードはそれほど近付かないのに、パドマが平気な顔をして寄っていくので、ヴァーノンと師匠を含め、皆がハワードを嫌いになった。

「やたっ。やっぱりできてたか。一緒に食べよ」

「俺は仕事中だ。白蓮華にも配達に行って来るから、またな」

「皆によろしくね」

 パドマは燻肉を受け取って、手を振ってハワードと別れた。るんるんとした足取りで、パドマ宅のカマドに向かって歩く。


「ハワードさんと、結婚するつもりか?」

 呼んでないヴァーノンがパドマの後ろをくっついてきて、建物に入るなり懐かしいフレーズを口にした。

「残念だけど、ハワードちゃんには結婚願望はないみたいだよ。ああ見えてモテてるらしいんだけど、全部断ってたから。そういう訳だから、ウチなんて相手にされないよー」

 既に薪はセットされていたので、赤い剣を差し込み、引火した。調理用フライパンを乗せ、もらった燻肉をスライスして焼いていく。強火設定で力を注いだので、すぐにフライパンが熱くなり、肉がジュウジュウと音を出して縮んだ。師匠がフライパンを取り上げたから、肉は丸焦げの運命から逃れることができた。

「お兄ちゃん、これは酒が必要なヤツじゃない? サングリア! サングリア! 作ってよ。一緒に飲もうよ」

「仲直りの酒か?」

「違うよ。末期の酒? 別杯? そういえば、一緒に飲んだことなかったかもって、思って。最後に飲もうよ」

「誰が作るか、そんなもの!」

「お兄ちゃんのけちー。妹の最後のお願いも聞いてくれないなんて」

「最後じゃなければ、聞いてやる」

 兄妹が戯れ合う間に、燻肉は焼けて、皿に移された。フライパンにはパンが放り込まれ、肉汁を吸い上げながら焼かれていた。

「ちょっと! 何それ何それ。大変なことが起きてる!」

『炭水化物と脂の暴力を思い知ればいい』


 師匠は、アイスワインの樽を出し、炙り燻肉の横に並べた。

「お兄ちゃんのワインの匂い!」

 とパドマの気を逸らし、更に料理を増産していった。燻肉をカリカリに炒め、いろんな食材にこっそりと埋めていく。

 ライスコロッケ、チャーハン、キッシュ、焼きそば。更に皮も持ってきて、素揚げチップスと唐揚げをパドマの前に並べた。

 美味しくできたが、師匠は食べない。野菜の肉巻きを食べて、耐え忍ぶ。

 パドマは、アイスワインを樽2杯飲み干し、師匠が用意した肴をたらふく20人前は食べて、寝た。酔っ払ったのではない。腹が苦しいと言いながら、昼寝を始めたのだ。

 救護室に転がって寝るパドマの腹部は、平らだった。あれだけ飲み食いして平らなんて、どう考えても納得のできない。師匠は己の腹部を見やり、やけ酒に走って、一口含んでべろべろになった。

 しくしくしくしく泣きながらパドマの腹を撫で回す師匠を、ヴァーノンは引っぺがす作業に忙しくなった。

次回、鯱戦。

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