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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
265/463

265.結婚式用の鎧

「なんで皆、結婚なんてしたいんだろう。結婚なんてしないで、ダラダラゴロゴロしてた方がいいじゃんね」

 しばらくダンジョン通いをしないと言っていたパドマは、師匠におねだりをして、キバなしレッサーパンダと戯れていた。レッサーパンダを撫で回したり抱き付いたりしながら、愚痴を垂れ流し続けている。それを眺めながら、師匠はレース編みに勤しんでいた。

 そんなダンジョン内とは思えない光景を見て、ヴァーノンはヤキモキしていた。先程から、マヌルネコに噛まれたり、引っ掻かれたりしているが、無視している。この階層で何かを傷付けて、パドマに睨まれたら面倒だから敵は、放置している。パドマの護衛たちは、ヴァーノンの護衛になったかのように、猫たちを捕獲して別室に移動させていた。


 しばらくすると、師匠の作品が仕上がったと、レッサーパンダをどけて、パドマの身体にあて始めた。師匠が作っていたのは、レースのドレスだった。つまり、そんな大作が仕上がってしまうくらい、パドマはゴロゴロしていたし、ヴァーノンはヤキモキ見ていたことになる。

『ヴァーノンの結婚式で着たらいい』

「なんで兄の結婚式で、妹が露出狂にならなきゃいけないの!」

『勿論、下に着るドレスも作るよ』

 隙あらば布の足りない服を作って悩まされた記憶があるのに、信じられるものではない。じとりとした目で師匠を見続けると、弁解の蝋板が出てきた。

『パドマも、そろそろ成人。夫以外には肌を晒さない』

「ウチは、とっくのとうに成人してるよ! バカにするな!」

 師匠の故郷の成人年齢が18歳だからそう書いただけなのだが、アーデルバードの成人年齢は15歳だった。背が低いことを殊の外気にしているパドマは、激怒して師匠を置いて帰った。

「そっか。お兄ちゃんも、大概そろそろ結婚するか。じゃあ、ウチが家を出るのも、丁度いいかもね」

 誰に聞かせるつもりもないパドマの独り言を、一際壊れたパドマセンサーを持つヴァーノンが拾って、顔を青ざめさせた。

「仲直りするまでは、絶対に結婚できない!」

 アーデルバードには、ヴァーノンをヴァーノンとして見てくれる人は、パドマくらいしかいない。どこへ行っても、パドマの兄という認識と扱いだった。義両親からして、そうなのだ。花嫁の父に結婚を許されるとしたら、パドマの兄だから以上の理由は考えられない。パドマがいなくなってしまえば、パドマの元兄になってしまうだろう。そうなれば、結婚の許可は降りない。義両親すら、ヴァーノンを見限るくらいだ。

 おのれのそんな事情とは別に、ヴァーノンも未来の妻よりパドマの方が大事なのだ。生まれたその日から宝物のように育ててきたパドマと、縁を切ることなど考えられない。パドマが不在の間に結婚すれば、仲直りできても、もうヴァーノンのところには戻って来ないだろう。だから、絶対に結婚できない。


 パドマは、怒りをパワーに変えて、オサガメを持って帰って売った。売られたカーティスは、毒があるけど食えるよ、と冷たい目で言われ、怯んだ。腹に卵が入っていたら、媚薬を作って売ろうと思っただけなのに、八つ当たりをされているらしかった。



 師匠は、レース編みのドレスの下に着るドレスを完成させて、パドマに着るように強要すると、散歩紐を付けて、ルーファスに見せに行った。

 どうどう? うちの子可愛いでしょ? と見せびらかす師匠と、参列者の衣装も売れたら売り上げが上がりますね、と算盤を弾くルーファスでは話が合わない。だが、パドマはそんな話題の噛み合わなさよりも、パドマ以上に派手なドレスを2人が着ている方が気になった。パドマが着ているような薄手の布では体型が誤魔化せないから、自ずとそうなっただけなのだが、真っ赤なドレスを着る師匠と黒のドレスを着るルーファスに挟まれてしまえば、いろいろな悩みや不満はちっぽけに思えてしまう。この人、妹婿になる予定なんだけど、本当にこの人で良かったかな。師匠さんは、師匠さんだし、どうでもいっか。そんなことを思いつつ、パドマはぼんやりと空を眺めた。そろそろ残暑も終わる。兄と妹の物語も終わるだろう。



 パドマに結婚衣装を着せよう合戦に、まさかの人物が乱入してきた。防具屋の店主が、鎧を作って来たのだ。

「嬢ちゃん! とうとう座れる鎧を作ってやったぞ! やっぱりダンジョンには、鎧が必要だろう。結婚式用の鎧だ。着て歩いて、宣伝をよろしく頼む」

 ツッコミどころしかない提案に、パドマは目眩を起こした。

「あのね。そろそろ80階層に行く日も近いんだよ? 今更じゃない? しかも、結婚式に鎧は着ないし、そんな鎧でダンジョンに行く意味もわからないし」

「武器屋から寸胴鍋を掠め取ってたのは、何のためだと思ってやがる。硬い軽量金属だって言うから、嬢ちゃんの鎧を作るなら、それしかねぇ、って思ったんだよ。軽いだけじゃねぇ。可動域も最大限配慮した。不満があるなら、結婚式当日までには直す。だから、着てくれ」

「根本的なところが、間違ってるんだよ。ウチは結婚なんてしないし。ドレスを着せられてたのは、どっかの誰かの結婚式に採用して欲しくて、モデルをやってただけなんだよ」

「英雄様の結婚式ならアリかもしれませんが、他の誰かの結婚式で鎧を着る花嫁は、有り得ません。売れませんよ」

「それは好都合。つまり、兄ちゃんたちの衣装は、嬢ちゃん用のドレスじゃなかったってことだな。俺の鎧は、売り物じゃない。嬢ちゃんが結婚式で着る鎧だ。

 万が一、億が一でも構やしねぇ。嬢ちゃんの結婚式があったら、うちの鎧を着てくれ。鎧なんて、滅多に売れるもんじゃねぇんだよ。だからさ、店の宣伝もして欲しいけど、それ以上に英雄様の晴れがましい舞台で着てた鎧はうちのだぜ、って言いてぇじゃねぇか。結婚式のドレスコードは、ド派手に目立つことだろ? この金属ぁ黒だし、定番色だよな? 刺繍代りの金装飾も付けた。十分だろう? 着てくれよ」

「おっちゃん、やだ。おっちゃん、嫌い。なんでそんなこと言うの? ウチの結婚式なんてないのに! おっちゃんの夢、叶えてあげられないじゃん! 次のお祭りで着るし、ダンジョンにもたまには着てくし、結婚式にも着るよ! やらないけど!!」

 うわーんと泣き出したパドマに、師匠もルーファスも、防具屋の店主さえも、泣き落としに弱過ぎると呆れて見ていた。


 ルーファス宅で、早速鎧を着たパドマは、ダンジョンに出かけた。テンション爆上がりで着てみたのはいいが、剣を抜くとやっぱり鎧は邪魔だな、と思った。前回の鎧と違って、歩いてもガチャガチャ言わない。重さは半分以下になっている。だが、万歳はできないから上段の構えはできないし、重いから曲芸斬りはできない。元々、鎧なしの状態で特に困っていなかった。故に、必要性を感じなかった。

 だが、ガントレットは気に入った。元々、ダンジョンデビューする前から戦闘用ブーツにこだわりを持っていたパドマである。師匠製作の護身用アクセサリーをこよなく愛すパドマである。防具としても有能で、武器としても使えるガントレットは便利だと思った。まず第一に、腕鎧とセットで使えば、アイゴが密集した部屋に、雷鳴剣を持った手を差し入れても、ケガをしなかった。グローブ側は貫通する恐れがあるから注意が必要だが、手を守るのが楽になった。毒をくらわないから、タランテラの魔法はいらない。第二に、拳を握ると突起が出て、殴った時の衝撃が強くなる。師匠作の可愛い指輪の出番がなくなるのは、悪いことではない。天に向かって、おっちゃんありがとうと思いながら、パドマはアイゴを殴り飛ばした。

次回、79階層。

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