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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
261/463

261.いつもよりもキレイだ

 パドマが目を覚ますと、暗黒の中にいた。昨日の状況を考えれば、師匠の島の家の寝室の可能性が高い。お気に入りのふわふわタオルの布団と、人がいる気配がある。匂いで誰かはわかったが、あえて横っ腹をつまんで、

「なんだ、師匠さんか」

 と言ってやった。以前は武器に取り囲まれて全く気付かなかったが、師匠の腹回りはなかなかの油断の塊がついているのだ。アーデルバードっ子とは、とても思えないたるみっぷりだった。そんなにたるんだ男は、イギーくらいだと思う。パドマは、師匠がだばだばな服ばかり来ているのは、男だとバレないようにしているのだとばかり思っていたが、きっとこの腹回りを気にしていたのだろう。

「!!」

 師匠は、ばたばたと逃げたが、どうでも良かった。パドマは布団をマントのように巻いて、リビングに出た。


 パドマは、そうっと己れの服装をチェックした。昨夜、起きた時と同じ格好だった。寝巻きにするにはまったく向いていないと思われる薄いグリーンのワンピースドレスである。一応、長袖であるのだが、デコルテ周辺と袖は透けているので、あまり意味を感じられないし、なんならそれ以外の部分も、光の当たり具合によっては全部透けそうな、とても心許ない服だった。寝ていた割りに、破けやシワはないことは確認できたが、布団をぬぐ気にはなれない。袖やスカートがふわふわとしているし、デザインが可愛いのかもしれないが、パドマの求めるものは、これじゃない。


 師匠は、昨日のツミレ汁を一杯だけよそって、パドマの前に膳ごと置いて逃げた。余程、腹回りを探られたくないらしい。パドマの服は勝手に脱がすのだから、脂身をつままれるくらいなんだよ、とパドマは思っているが。

 パドマは、普通にお腹が空いていたので、有難くツミレ汁を食べた。腹一杯の昨日ですら、磯の香りがほんのりとする味の濃い肉を美味いと思ったのだ。やはり空腹時に食べれば、更に美味しかった。

 ほう、と吐息を漏らして椀を置くと、師匠の視線が痛かった。

「昨日はさ、本当にお腹いっぱいで苦しかったんだから。もう無理矢理食べさせるのは、やめてね。嫌がるのには、それなりに理由があるんだから。この服も嫌だ。元の服を返して」

 師匠は、警戒しながらパドマの背後に回り、そろりそろりと近寄ると、パドマの髪をとかし始めた。

「だからさ、髪なんかキレイにしたって、こんな服じゃ何処にも行けないからいいよ」

 パドマは怒っているつもりなのだが、師匠は頭を撫でた上で抱きついてきたので、パドマは鼻で笑った。

「したっぱら」

 どんな苦情を言うよりも効果があるらしい。師匠は、すぐさま離れて距離をとった。

「なんかすごい気にしてるみたいだけどさ。ウチからしてみれば、そんな脂身どうでもいいんだ。それと同じで、師匠さんにとってはどうでもいいことを、ウチはすごく気にしてるんだよ。その下っ腹を晒せないなら、ウチの服を返せ!」

 パドマがギロリと睨むと、師匠は泣いて逃げて行った。

「あー、もう! 何でもいいから、服を置いてけよ。

 お兄ちゃんは呼びたくないし、どうしようかなぁ。こんな格好で水に入ったら、悲惨なことになるだろうしなぁ」

 パドマは、布団に包まれたまま、立ち上がり歩き出した。以前、船を着岸させていた岩壁に行ってみたが、船がなかった。パドマは、そのままアーデルバード側の岸まで歩き、アーデルバードを眺めて過ごすことにした。

 泳げる人なら、簡単に往復できそうな距離であり、海横の道を歩く人が認識できるくらいだった。アーデルバード側からはみかんが見えるくらい近いのに、パドマにとっては届かない距離だった。空を飛べる海鳥が妬ましかった。

「あーあ、師匠さんの下っ腹! がぶよぶよ!! なばっかりに、酷い目にあったよ。きっとこのまま街に戻ったら皆に下っ腹! の破壊力を話しちゃうから、帰してもらえないんだ。もう暇で暇でしょうがないから、笑える脂身!! ネタを考えるしか、することないな。だるだる!」

 パドマが下っ腹と口にする度に、ガサガサと聞こえるから、師匠の居場所は見ずとも知れた。だが、あちらも意地があるのか、出てこない。

「もういいよ」

 パドマは、海に向かって飛び降りた。離れた場所にいたから、師匠は止めるのが間に合わなかった。


「ああ、やっぱりお姉ちゃんだったか。何やってんだよ、こんなとこで」

 パドマが落ちた先には、舟に乗ったテッドがいた。1人で舟を漕いで来てしまったらしい。

「テッドこそ、この舟どうしたの?」

「あの道走ってたらさ、お姉ちゃんを見つけたから、借りてきた」

 テッドは、アーデルバードに向けて漕ぎ始めた。島から離れるのは難しいらしく難儀しているが、パドマは舟の漕ぎ方などわからないから、座って見守ることにした。テッドの動きを見て覚えたら、手伝うつもりだ。

「え? 走ってた? 通ったの? わからなかった。。。」

「俺とお姉ちゃんじゃ、見つける難易度が違うからな。しょうがないだろ。お姉ちゃんの頭の色は変わってるし、そうじゃなくても目立つからな」

「そっか。そうだよね。こんな布団にくるまって外を歩くようなのは、ウチしかいないか。盲点だった」

「違げぇよ。本気で言ってんのか? 俺は、お姉ちゃんとパドマだけは、どんなことになってようと、視界に入ればわかるんだよ! 誰よりも大事だから!! にしても、なんで布団だよ。またドレスでも着てるのかと思ってたのに」

「ちょっと小っ恥ずかしい服を着ててさ。生きていけないんだけど、かわりの服がなかったから、布団で代用してるんだ。ほら、ダメじゃない?」

 パドマは、布団をとって服を見せた。

 袖とデコルテが透け素材だが、そんなところは先日のドレスでは丸出しだった。今更なんだよ、とテッドは思った。パドマは常々みんなと違う服装をしている。どんな服を着ていようと、今更何かを言う人がいるとは思えない。パドマの容姿なら、何を着ても似合うだろうと、テッドは信じている。実際、今着ているワンピースは、普通に可愛いと思った。

「何が?」

「え? 布が透けてるんだよ? 多分、光を当てると、とんでもないことが起きるよ? 全部透けるよ。やだよ」

「それはダメだな。どこかに隠れるまでは、ちゃんと布団を巻いてろよ」

「うん」

 パドマは頭の上にまで布団を被り、巻き直した。


 テッドは船着場にたどり着くと、舟を持ち主に返し、パドマを目の前の紅蓮華店舗に押し込んだ。レストランの個室を一部屋借り切って、服を手配した。

 服が届くまで待っている間は暇だし、英雄様が来店したら箔がつくからと、ごはんを食べることになった。何も注文していないし、なんなら何料理店なのかもパドマは知らないのだが、ホロホロ鳥とトマトのチーズ焼きが出てきた。何も考えずに食べてみると、いつも食べている鶏肉よりも旨味が濃くて、これはとんでもなく気を遣われているのでは? と、ドキドキしながら食べた。毎日貴族飯の託児所暮らしをしているテッドは、何も気にせず食べていて、パドマは少し悔しくなった。


 レストランに届けられた服は、結婚式用のドレスだった。首まで布があるし長袖で、スカート丈も長い。透ける部分もないが、ドレスは祭の時だけでお腹がいっぱいである。上衣とスカートの半分は、覚めるようなミントグリーンだった。残りの半分は白で、裾近くにペラルゴニウムの刺繍が入っている。爽やかでキレイな色かもしれないが、こんな色の服を着ている人を見たことがなかった。絶対に目立つ。祭の主役をやる以上に、目立つ。

「テッドは、何を考えてるのかな?」

 弟の悪口を言えなくて、パドマがひたすら困った顔をすると、テッドは楽しそうにニヤリと笑った。

「適当な交換条件が提示できないから諦めてたんだけど、お姉ちゃんに着せて、宣伝させるチャンスが来たと思ってる。ルーファスさんが本気だから、便乗しとけば稼げんじゃないかなって思って、作ったんだ。結婚式って、赤や黒が定番なんだろ? だけど、そんなの夏には暑苦しいじゃん。目立つのが目的なら、いっそ赤じゃない方が注目されると思ったんだ。どう? とりあえず、お姉ちゃんにだけは似合うと思うけど」

 してやった。無償で着せるのに成功したと喜ぶテッドに、パドマは嫌な顔をした。確かに、持って来られても、これは素直に着れなかったかもとも思った。

 だが、パドマにも意地がある。弟妹と白蓮華の常連には、情があるのだ。パドマなりに大切に想っているつもりだった。だから、啖呵を切った。

「!! 適当な交換条件って! そんなのなくたって、テッドのお願いなら断らないよ。ウチは、普段は何にも役に立たないけどさ、どうしたことか、客寄せはびっくりするくらい得意なんだよ。必要ないほど見物客を集めてみせるから、見てなよ」

 ふっふーんと、いつになく強気なパドマに、テッドの方が呆れた。そんなことを言われなくても、そうだと思っているから、そんな役を回しているのに、本当にパドマは自分をわかっていない。

「いつまで認めないんだ。そろそろ飲み込めよ。お姉ちゃんは、キレイ過ぎんだよ。離れた島にこっそり隠れてたって、一目でわかるくらいだぞ。諦めろよ」

「いじめられて、絡まれるだけの顔なんて、いらないの。

 それにしてもさ、ドレスって、なんでこう上半身はシュッとしてるのかな。布が高級で沢山使いたくないから? もっとふわっとしてないと、下っ腹が出てる人が着れないよ。恥ずかしいから、もっとだるだるさせようよ」

 嫌そうに困った顔をしていたパドマは、師匠の下っ腹を思い出し、名案を思い付いたと、瞳を輝かせた。

 アーデルバードに、デブはほぼいない。男はダンジョンで暴れるのが、アーデルバードっ子の華であり、太るほど裕福な人間が一握りしかいない所為だ。だから、テッドは的はずれな意見に呆れるしかない。

「締め上げれば入るから問題ない。あとさ、肌は見せたくないから隠して欲しいけど、体型は出せばいい。今更、隠しても意味がない。お姉ちゃんがスタイルいいのはバレてるし、隠せば隠すほど、それぞれ好きな身体をくっつけて妄想されるだけだぞ。いっそ出して、現実を見せて、少しでもお姉ちゃん好きを減らせばいい」

「いや、だって、そんな服着たことあるけどないから、恥ずかしいんだ、よ?」

「照れるな。兄ちゃんまで陥落させる気か! これ以上、余計なのを増やすな。少しは難易度を下げてくれよ。ライバルを1人でも減らしてくれよ、頼むから!!」

 パドマは困った顔をしても、嬉しそうな顔をしても、可愛かった。高慢でも傷心でもわがままでも、何をしても言っても、テッドには可愛く見える。大分年上で、姉だと思っても、可愛いしか感想が出て来なかった。もういい加減にしろよ、と言いたくなった。

「もういいよ。着ればいいんでしょ。女は度胸! ドレスが怖くて、ダンジョンに行けるか!! 着替えてやるよ!」

 ドレスに袖を通すテンションとしてはおかしいが、偽結婚式の時もパドマは似たようなことを言っていた。やる気を出したならまぁいいか、とテッドは着替えのお手伝いさんに後のことを頼んで、部屋から出た。


 ただ透けない服が着れれば、それで良かった。それなのに、必要以上に着飾らねばならなくなった。宣伝上、やむを得ないのだろうが、粉をはたかれ、紅をさし、化粧までされるとパドマはムズムズしてしまった。

 支度のお手伝いをしてくれた人に、完成を告げられたが、パドマは自分の姿が見えない。テッドにがっかりされたらどうしよう、と思うのに、確認手段もない。


 その時だ。師匠が、窓から侵入してきた。パドマは、いつからそこにいやがった! と顔を青くしたが、師匠は不満を浮かべて赤くなっていた。師匠の用意した服を脱いだから、怒ってるのか。そう思ったパドマは逃げ出すことにしたが、師匠の方が足が速い。圧倒的に速い。逃げ出す前に捕まって、頭に乗っていたヴェールを奪われた。

「あ、折角つけてもらったのに!」

 パドマがブチ切れる前に、師匠は懐中から真珠と水晶のヘッドドレスを取り出して、パドマの頭に固定し始めた。いつもの茶色のブレスレットをはめ、ダブルループのネックレスをつけると、耳飾りも新しい物に取り替えた。師匠は、満足そうにパドマを眺めると、抱きついてきた。パドマが横っ腹をつまんでも、離れてくれなかった。

「やだやだ。お願いだから、離して」

 パドマが本気で震えているのを感じ取って、師匠は離れた。怒られると思い身構えたのだが、パドマは部屋を出て、逃げ出した。いつもの髪飾りもはずしていたから、丸腰だったのだ。刃物を持たないパドマは、ただのパドマでしかなかった。


「やっぱり俺の見立ては間違いなかったな。お姉ちゃんが、いつもよりキレイだ。俺に任せておけば、間違いない。だから、笑ってくれない? 泣いてる花嫁なんて、営業妨害だろ」

 部屋のドアを出たところに、テッドが立っていた。テッドは着替えて白いシャツとミントグリーンのボトムスを身に付けていた。服に着られている感じがするのが可愛くて、パドマもすぐに気が付いた。

「いやだって、着替え部屋に変態が出たんだよ。100年の恋が叶う瞬間だって、そんなのが出てきたら、泣くよね。テッドこそ、なんで着替えているの?」

「花嫁衣装は、花婿衣装とセットでなくちゃいけないからだよ。同じ布を使うんだから。お姉ちゃんの横に立てるのは、兄ちゃんと俺だけなら、自分で着た方が早いだろ。モデル料金は無料だし、予定の調整も簡単だ」

 嘘でも自分を隣に置きたいだけなのを隠して、テッドは言った。パドマは腹が立つほどに、何の疑念もなく納得した。

「そっか」

「時間はお金だと覚えていろ、だ。行くぞ!」

「しょーち」


 パドマは、テッドに引っ張られて、街を散策させられた。テッドはいつの間にやら、あちらこちらの店の商品開発をしていたようで、その宣伝をさせられながら街を一周した。テッドのおかげで、アーデルバードに美味しいものが増えているらしい。パドマは、全力で味見をした。そして、ドレスの腹回りを緩める機能の大切さを訴えた。

 最終目的地は中央集会所だと聞いて辿り着けば、怒り顔のヴァーノンが待っていた。

「最後じゃなくて、最初にするべきだったな。ちょっと浮かれすぎた」

「心配するな。仮令、成功しても、ぶち壊してやる。お前の役割は、弟だ。勘違いするな」

「うるせーよ。へたれ兄が」

「パドマの期待を裏切るな!」

 ここ最近、すっかり師弟愛を深めつつある兄弟は、唐突に中央広場でぬいぐるみ剣術の公開稽古を始めた。年の離れた弟相手にどこまで本気なのか、ヴァーノンは人間離れしたトリッキーな動きをしている。跳躍距離もおかしいし、慣性の法則はないかのように自在に進行方向を変える。ジャンプしている最中に方向を変えるのは、どうやっているのだろう。その秘密を解き明かすために、パドマは瞬きせずに戦闘を見守った。

 押される一方だが、なんだかんだとテッドも負けてはいない。攻撃にうつる余裕はないようだが、決定的な攻撃は、全て躱していた。テッドがヴァーノンに負けないならば、年齢を考えれば殊勲賞ものである。来年の武闘会優勝は、疑いない。

 パドマは、小さい者の味方である。ヴァーノンの攻撃に歓声をあげながらも、テッドの応援ばかりするので、ヴァーノンの攻撃はどんどん苛烈になっていった。そして、何本も剣を壊し、替えがなくなった時点で終了になった。観客は沢山集まった。なんの宣伝になったかは知らないが、宣伝成功に違いない。きっと来月には、スポ根小説が売り出されて、パドマ物語は発売無期延期が決まる。

 変態妖怪傘さし佳人もくっついてきていたが、ずっと不満顔をしていた。

次回、アイゴの毒治療。

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