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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
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260.ヴァーノンがいっぱい

 パドマにとって、嬉しい変化が起きた。ハワードが何かをしたらしい。護衛たちの見た目が、その他街民と区別が付かないようなものに変わっていた。

 傷痕などはそのままだが、ある程度は仕方がない。探索者にも傷だらけの人はいるから、そうだと思えばいい。髪型や服装が一気にナチュラルなものに変わった。日頃、パドマがヴァーノンを格好良いと言っているのと、ヴァーノンは所謂イケメンではない所為で、あれなら真似れると思ったらしい。皆が一様にヴァーノンを手本にしたらしく、似ても似つかない似非ヴァーノンが大量発生したのは少々気味が悪いが、前よりは良くなった。髪が短い者は、ヴァーノンになれないと嘆いているらしいが、パドマはそんなものは求めていない。恐怖を湧き起こさせるような、パンチの効いた強面をやめて欲しかっただけだったのだから。


 また、結婚を希望していない男たちのリストを取りまとめて結婚相談所に置いたところ、女性たちの父親に人気のあった男は全滅したそうだ。

 そのメカニズムは、少々わかる。モテる男が結婚していないなら、結婚を考えていない可能性が高いし、世話を焼かれなくとも結婚できそうなら、ルーファスは邪魔でしかない。

 おかげさまで、イレがルーファスの標的となった。積極的にルーファスが、イレ見学ツアーなどを開いているらしい。店に飲みに来るイレが、モテ期が来た! と喜んでいるのを見て、パドマは少し良心を取り戻せたと思った。

 だが、側に師匠はいない。ロクなことをしない変な人だったが、一緒にいると便利だし、あまりにもずっと近くにいたから、いなくなると落ち着かなかった。パドマは寂しくて、うじうじとしていた。少々遊びが過ぎて、財布が寂しくなったから、サソリやビントロングやセンザンコウを仕留めて回ってはいるものの、気は晴れない。必要以上にヴァーノンに甘えるのはやめようと決めたし、黒茶の兄はどこにいるやらわからない。パドマの甘えたがりはそんなに急に収まるものではないから、行き場を失っていた。



「で、俺のところに来たと」

「書類仕事の日なら、邪魔にならないかなって思ったんだけど」

 パドマは、紅蓮華の執務室で小難しい書類を作成しているテッドを、ひざに乗せて抱いていた。テッドは書類をガリガリ作成しながら、自分の状況を耳と口を使って確認している。目は書類から離れないが、パドマの表情など見なくてもおよそわかるから、必要ない。

「パドマがいるだろ。白蓮華で遊んでる約束をしてるぞ。いないのか?」

「いたよー。いたけど、断られちゃったんだ。普段構わないから、懐かないんだって。テッドならお兄ちゃんだから、我慢耐性があるよって、勧められたの」

 パドマに振られたように、テッドにも振られることを察して、パドマはテッドを抱く腕に力を込めた。逃げるな、逃げるな、という気持ちは、きちんとテッドに伝わっている。

 テッドは、逃げる気などない。可能ならば、パドマと遊んで暮らしたいが、希望する将来を叶えるために、働いているのだ。だから間を取って、パドマを構いながら仕事をしている。

「あいつめー」

「やっぱり、テッドだって嫌だよね。邪魔だもんね。ごめんね」

 パドマは、テッドを膝から下ろして、立ち上がった。テッドはすくすくと成長しているようで、あまり身長差はなくなっていた。偉そうに姉面をできるのも、今だけだろう。

「別に嫌じゃないけど、もう重いだろ。上に乗せるんじゃなくて、横に座ってくれない? あっちの長イスに移動するからさ」

「いいの?」

 テッドは、呆れた目でパドマを見ている。パドマは、瞳を輝かせてテッドに飛びついた。パドマはギリギリ姉のつもりでいるが、護衛たちはもう妹みたいだな、と見ていた。

「しょうがねぇじゃん。拒否したら、パンダに噛みつかれに行くんだろ?」

「ハワードちゃんに組み付くプランもないではないよ。パンダちゃんちは、遠いからね。あそこまで行くの、面倒だからね」

 パドマは、胸を張って主張した。

 男嫌いのパドマが男に組み付くなんて、問題点しか見つからない。パドマは美人だし、スタイルもいい。絵画か彫像がかなり庶民的になって、ぴょこぴょこと動いているようなものだ。相手の男は間違いなく、パドマに好意を抱いている。その危険性は子どものテッドにだって痛いほどにわかるのに、肝心の本人は気にしないような発言をしている。

「それはダメだろ。いい加減にしろよ」

「なんで? 肩幅はお兄ちゃんと大体同じだし、今ならなんと特別に、服装も似てるんだよ」

 書類作成キットを持って、テッドが食事休憩用の長イスに移ると、パドマはついて来て横に座った。そして、遠慮容赦なくベッタリとテッドにくっつく。こりゃ兄ちゃんも嫌がるわけだと納得し、テッドは書類と向き合う。

「顔が全然違うだろ!」

「そうなんだよ。中身はもっと違うんだよ。残念な男だよ。でも、安心して。ハワードちゃんは、ウチの妹だから、大丈夫」

 何もおかしなことは起きていないのに、パドマはきゃあと言って、腕に力を込めた。こんなんじゃ、パンダにだって嫌われるだろう、とテッドは納得して押印した。

「そんなおかしなこと思ってるの、お姉ちゃんだけだから。とりあえず、今日のところは俺にしとけ。昼メシ食わせてくれるなら、くっついてても気にしないことにしとくから。周りの目が痛いけど、気の所為だと思うことにするから」

「わかった。今日のお昼は、インゲンの胡麻和えをどこかで買って来てもらおうね」

 パドマが、屈託なく笑った。

 テッドの好きな、テッドを救ってくれた顔だ。パドマは誰でも救う。誰にでも笑顔を向ける。だけど、テッドの好きな顔はパドマだけだ。妹に面差しは似ているが、妹よりも綺麗で純真でバカで怠け癖があって、油断のならない相手がパドマだった。何がスゴイのか、今ひとつつかみどころのない義姉だが、いつか肩を並べ、追い越すことを夢見ている。

「なんでだよ。俺の分は、アルマジロカツ丼、ヒクイドリハンバーグ付きなの。デザートは、オレンジクレームブリュレ。兄ちゃんの店にあるヤツな」

「デザート付きとは、足下見やがって」

「金がないなら、お姉ちゃんの分まで奢ってやるけど?」

 バイト程度しかしていないのだが、パドマの弟という肩書きのおかげで、それなりに稼がせてもらっている。半分以上パドマへのご機嫌取りで、テッドの実力ではないかもしれないが、下剋上するためには細かいことは気にしていられない。テッドは使えるものは、何でも使うつもりでいる。だから、妹もルーファスにくれることにした。良縁だと思ったからこそだが、それでもそれを利用することには違いない。

「やだ。成人するまでは、弟でいてよ」

「心配しなくても、俺は成人後も白蓮華から出ねぇよ。ただ飯が豪華だからな。スタッフ特権を使って居座ってやるよ」

 テッドはペンを置いて、甘えてきたパドマを撫でた。姉弟関係が下剋上されていることにパドマも気付いたが、気の所為だと自己催眠をかけた。


 無駄口を叩いているのに、テッドは仕事のスピードを落とさなかった。むしろ巻きに巻いて終わらせて、一緒に昼ごはんの買い出しに行き、きのこ神殿の庵で食べた。いつの間にやら白と橙の百合畑を作っていたらしい。

「お姉ちゃん、百合根が好きなんだろ? 紅蓮華の船でこっそり仕入れて育てたんだ。まぁ、食いたいなら、花は咲かせちゃダメなんだけど、全部食わなくてもいいだろ?」

「なんかこう、好き放題にやってるみたいだね。すごいなぁ。ここまで育つとは思わなかったよ」

「しょうがねぇじゃん。使えるもの全部使って、どんだけ努力したって、本当に欲しいものには手が届かないんだ。でも、諦めきれないからさ。何を使ってでも、のしあがってやるって決めたんだ。そうじゃなきゃ、頑張っても無理だったって、自分に言い訳できないだろ。

 今、兄ちゃんたちを使って、面白いものを作ってるんだぜ。絶対に驚かせてやる。ちょっと待っててくれよ」

「うん。楽しみにしてるね」


 午後は、テッドはきのこ神殿で事務仕事をしていた。テッドには、白蓮華にも紅蓮華にもきのこ神殿にも、専用の執務室があるらしい! と、パドマは驚いているが、実は綺羅星ペンギンでも百獣の夕星でも星のフライパンでもダンジョンセンターでも働いていた。黄蓮華に関わる予定は今のところないが、宣言通り、パドマ関連施設は全て掌握するつもりでいる。

 パドマは、その内容に興味を持つことなく、ずっとテッドにべたべたと張り付き、夕食を白蓮華で共にすると、兄弟部屋でパドマと寝た。パドマは婚約と同時にみんなと雑魚寝を卒業したらしい。

 その健やかな寝顔をひと撫でして、パドマは立ち上がった。休息は充分とって、満たされた。だから、戦いにいく。



 パドマは、ヤマイタチを連れずにダンジョンに入場した。護衛はついてきているが、頼ることなく赤い剣で敵を薙いで走り進んだ。

 慣れ過ぎたか、今更、トビヘビに咬まれたり、ハネカクシで火傷したり、ニシキアナゴを踏んですっ転んだり、クエに激突して吹っ飛んだりしながら、サクサクと先に進んだ。護衛は止まって治療をするよう進言したが、その度にパドマが走る速度をあげたから、次第に誰も口をきかなくなった。走る作業に全振りしても、置いて行かれてしまいそうになったのだ。

 77階層にマグロはいない。78階層に進んだ。


 78階層には、アイゴがいる。

 大きなものでも、パドマの前腕から指先くらいの体長しかない。木の葉型の左右に平たい魚で、黄色い体に白い斑点がある。何ということもないごく普通の魚なのだが、量がおかしかった。クラゲを超す密度でぎゅうぎゅうに詰められており、泳ぐ余地もなさそうな状態になっているのだ。これは、いかに嫌われようとも、ちょっと通り抜けはできなそうである。

 すぐさま雷鳴剣におでまし頂きたい気分になるが、アイゴの背ビレと腹ビレと臀ビレには毒のトゲがあり、刺されるとかなり痛い。部屋に入らねば護衛を殺すだけだし、手を差し出せば絶対に刺される。またアイゴ叩きをしなければならないようである。パドマは、日頃の鬱憤をすべて剣に乗せて、突きを繰り返し、隙をみて部屋に雷鳴剣を差し入れて、共倒れになった。まだ早かった。たいして数が減っていないから、ヒレ棘が腕に刺さったのだ。

 護衛たちは、悲鳴を上げて、完全撤退を進言した。パドマも痛みに負けて、上階に向けて歩いた。


 歩く間に、自前の炎で焼いてみたが、傷の痛みは緩和されたものの、まだ痛かった。44階層で、誰かと口付けを交わせば痛みから逃れられるな、と気付いたが、パドマはまっすぐに帰った。

 ベッドに腰掛けて落ち着いて見ると、右手が少々どころでなく膨らんでいる気がした。だが、パドマはちょっと太っちゃったな、と自分に弁解して、布団に潜った。



 パドマは、パチパチと弾ける音に目を覚ました。唄う黄熊亭で寝ていたハズなのに、島の師匠の家で目覚めたらしい。赤々とした焚き火から少し離れた場所に転がされていた。また誘拐されたと騒がれてしまうな、とパドマは身を起こすと、嫌な事実に気付いた。

 右手のケガが消えている上、左腕のケガも完治していた。その上、全身着替えさせられていたし、多分、洗われている。最悪だ。またヤツはやりやがった。

 パドマは、唸り声をあげて丸まっていたが、犯人は気にせず調理を続けていた。

 煮物焼き物パイ包み。いろいろな魚料理が並べられていたが、本当に、どこまでパドマの行動を把握しているのだろうか。一緒にいなかったのに、アイゴを殴ってきて、刺されたことまで把握したのだろう。煮付けられた魚は、木の葉型だった。

『ヴァーノンと同じでなくていい。私にも、可愛い妹とそうでもない妹がいた』

「へえ」

 話し合わなきゃならない内容は、それじゃないだろう! パドマはそう思ったから、むくれた顔で目をそらした。

 だが、師匠にはパドマの怒りが伝わらないのか、口の前にそーっと焼きおにぎりを忍ばせてきた。

「いらない。ここ最近、食欲がないんだ。悪いけど、寝るふぇ」

 いらないと言っているのに、口を開けたのがいけなかったのだろう。無理やりおにぎりを食べさせられた。更に、いらない、やめてと口走る度に詰め込まれて、結局、おにぎりをみっつ食べ切った。

 パドマは、口を抑えて泣いた。ひどいと詰れば、また食べ物を入れられてしまう。師匠は、フライを持って微笑んでいる。味方はいない。ヴァーノンを呼ぼうとしたら、きっとフライを詰め込まれるだろう。

 パドマは静かに泣いていたのだが、痺れを切らした師匠が強引に手を引き剥がし、口を開けようとするので、やむなくフライを食べた。揚げ物が胃にもたれるって、こういう状況かな、と思いながら、一皿食べた。

 パドマは自分から手を伸ばし、ツミレ汁とサラダと塩昆布和えと梅煮とバター焼きを食べた。そして、大量の汗を吹き出し、目を閉じた。

 パドマがむくれてワガママを言っていると思っていた師匠は、パドマの様子がおかしいのに気が付いて、青くなった。栄養失調になられたら困ると思って食べさせていたのに、今度は食べさせたら倒れてしまった。なんでどうしてとアワアワしていたが、思いつくものがあった。

 パドマのペンダントを引きずり出すと、師匠の知らない石がはめられて、改造されていることに気付いた。ペンダントを外してやると、パドマの寝顔が和らいだ。師匠は『いたいのいたいの治っちゃえ』と蝋板に書き込み、パドマと一緒に抱いた。

次回、師匠vsヴァーノン戦にテッドも参戦。

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