259.結婚相談所
パドマは罪滅ぼしのため、黄蓮華を訪問した。用があるのは、黄蓮華ではなく、ルーファスが始めたという結婚相談所の方である。ルーファスに若すぎる婚約者ができたことで流行りだしたという話は聞かないが、そんなことはパドマには関係ない。
黄蓮華の受付には、シエラがいた。あまり仕事は発生しないのか、1人しかいない上に暇そうだった。受付の仕事中にも関わらず、編み物をしている。
「おはよ。ちょっと相談いいかな?」
パドマがカウンター席に座ると、シエラは飛び上がった。
「気になる男性が、いらっしゃったのですね。英雄様なら、もう決まったも同然です。婚約式の日取りにご希望は御座いますか? 貸切にできる日を調べましょうか?」
シエラは、綺羅星ペンギンの従業員名簿を持っているが、手が震えて名簿がめくれない塩梅になっていた。何が書かれているのか知らないが、名簿の厚みがヤバい。紅蓮華の大福帳かというくらいに分厚い。しかも、紙でできていて、ナンバリングが3だった。ルーファスのやる気が感じられる代物だ。パドマは、溜め息を吐いた。
「違うちがう。結婚相談所って何してんの、って聞きに来ただけ」
「あ、ああ、そうですよね。英雄様は、旦那様が200人もいらっしゃるんですもんね」
シエラは胸を撫で下ろしていたが、パドマは半眼になった。
「うわー。何それ。はつみみー」
1人ならパット様の話かな、と思うが、200人ともなると誰のことか聞く気にもなれなかった。だから、パドマは詳細は聞かずに放置した。
結婚相談所は、綺羅星ペンギンの従業員と、綺羅星ペンギンの従業員と縁を持ちたい人間の橋渡しをする施設である。結婚したい従業員が、結婚したい異性の条件を登録して相手を探してもらったり、縁を持ちたい女性の父親が登録して相手に話を付けてもらうのが、基本的な機能である。どちらも相談所の受付で登録に必要な情報を聞く。その先はルーファスに丸投げするシステムのようだ。受付が暗記した情報を名簿に書き起こし、豊富な人脈から勝手にマッチングする。ルーファスは結婚式の服販売のために、鬼のように活動している。
従業員からの登録は少なく、夢見がちな条件ばかりで、なかなかうまくいかなさそうであった。女性の希望職業の欄にダンジョン探索者と書いてあったり、空が飛べる人などと書かれている。そんな女がいる訳がない。アーデルバードの女は、全員引きこもりなのだから。もしかしたら、数少ない登録者も、ルーファスに脅されたか何かして、無理やり登録させられたのかもしれない。だから、荒唐無稽な条件ばかり連ねられているのだろう。
逆に女側からの登録は、相手が指名されている。数人候補に上がることもあるようだが、それ以外の人はお断りのようだ。気持ちはわからないでもない。何が出てくるかわからないのが、綺羅星ペンギン従業員のポテンシャルである。モヒカンや弁髪なんかの見た目に驚くのは甘い。カツアゲくらいは朝飯前、殺人だって平気でできちゃう頭のおかしいヤツらの吹き溜まりなのだ。年収●●以上なら誰でもいいです、なんて間違っても言ってはいけない。どんなのが出てくるか、わかったものではない。だから、指名するのが無難だ。
「例えばなんだけどさ。関係ない男を登録しちゃダメ? 場合によっては、悪くない人だと思うんだけど」
「どんな人ですか?」
「自称18歳で、収入はいくらか知らないけど、財布からゴロゴロ大金貨と大銀貨が出てくるの。顔は自称スーパーイケメンで、まぁ、見ようによっては、愛嬌があって可愛いかもしれないよ。頑固で口うるさいところもあって、かなり忘れっぽいけど、金払いだけはいいから、需要はないこともないかと思うんだけど、どうかな。そっとリストの中に挟んでみてくれないかな。バラさんは、ルーファスさんは、結婚さえしてくれれば誰でもいいんだろうし、怒らないと思うんだけど」
「それは、かなりいい条件ですね。是非、こっそり忍ばせましょう。こちらの登録板に詳細の書き込みをお願いします」
パドマは、本人の了承なしにイレの登録をすることにした。『他薦なので、詳細不明』なんて項目もあるが、誠意をもって書き込んだ。好みのタイプなんて知りたくもないから、『女』と書いておいた。多分、間違えてはいない。師匠のことで話をした時に、女がいいと言っていた記憶があった。妻なんて、1人いればいいのだ。沢山の人にモテる必要はない。イレの財布は、きっとルーファスの目にとまるだろう。1人くらい見つけてもらえるに違いない。後は、待てばいい。
イレが幸せな結婚をしてくれれば、昨日の散財は無駄金ではなくなる。必要経費だったと言える。パドマは、晴れやかな気持ちで帰途についた。
帰途につこうとしたのだが、黄蓮華に師匠が入って行った。あれ以来見かけないと思っていたら、黄蓮華には通い続けていたようだ。一応、お題目として男子禁制としているのだが、気にしていないらしい。大工や配達などは必要に応じて入るので、絶対ダメではないのだが。
パドマはむっとした顔で師匠の後ろにつけたら、師匠に気付かれ、外に摘み出された。いつでもどこでもパドマについてくる師匠が。一頃は、風呂にもトイレにもついてきたのに。そんな師匠が、女の園でパドマを排除した!
パドマは、今度こそ外に出た。黄蓮華の受付をしていた女性が、往診ですよ、と言っていたが、絶対に違う。師匠は医療行為をたまにしているが、医者ではない。自分で折った場合を除けば、患者が骨折をしているかもわからないくらいなのである。きっと医者のフリをして、遊んでいるだけだ。
パドマ以上のお気に入りを見つけたのかもしれない。まだ見つけてなくても、探しているのかもしれない。パドマは、寂しい気持ちになった。どこにでもくっついてくる師匠を鬱陶しく思っていたのに、誰かに取られるのは嫌だと思っている。外はかんかん照りで、ダンジョン日和だったが、行く気持ちになれなかった。
海っぺりに行き、海風に当たっていたら、聞いたことがあるような気がする声が近付いてきた。そちらに目を向けると、如何にもモブっぽい、これといった特徴がないことが特徴な男が走り寄ってきた。わざわざ避けなくても、護衛が近距離に来るのを阻んでくれる。だから、パドマは海に視線を戻した。
「リシアちゃん! ちょっと邪魔だよ。どいてくれよ。リシアちゃんに話があるんだよ」
「やかましい。約束してないなら、ボスに近寄るな。失せろ!」
たまに、街中で絡まれることもあるが、パドマの護衛の顔の怖さに、大抵の男はびびって逃げる。というか、生半可なヤツは近寄って来ない。今日の護衛には、ジャックがいる。綺羅星ペンギンでも、指折りの威圧感を放つ男だ。それがブチ切れているのだから、パドマは恐怖で膝が笑って歩けない。落下防止用の柵につかまって、何とか耐え忍んでいる有り様なのに、モブ男は気にせず、パドマに声をかけ続けていた。羨ましくなる神経だった。
「リシアちゃん、この男は誰だ? シティボーイのオラが来たら、もう安心だろ? おーい。聞こえてないのか?」
「しつっけぇんだよ! 帰れ! 消えろ! 殺すぞ!!」
ジャックは顔が怖いのだと思っていたが、声も怖いことを今日知った。パドマはジャックにこそ消えて欲しいが、ジャックは職務に真面目に取り組んでくれているだけなのも理解していた。グラントに頼めば、すぐに外してもらえるのだが、どうせ後任も似たような男がくる。もう少しマイルドな人材が欲しいな、と静かにふるふると震えて耐えた。
「もうやだ。大八持ってきて」
と、パドマが言ったら、ハリーは最寄りの紅蓮華店舗からリヤカーを借りてきた。パドマは、そろりとそれに乗って言った。
「多分、その人、シエラさんの家族。悪いけど、黄蓮華に案内してあげて」
すると、ジャックが引き受けていなくなったので、パドマは少しホッとした。
そのままハリーに転がしてもらって、あてもなく散歩をしていたのだが、そろそろお昼なのでと、お店に誘われた。お腹が空いた皆には、ごはんを食べてもらわねばならないが、パドマのヒザは復活していなかった。彼らは立場上、パドマを置き去りにできない。
パドマは渋々、パドマを抱き上げて店に入ることを許した。今日の護衛の序列1位は、マイケルだった。ずっとパドマの横で傘を差し掛けていた彼は、傘を仲間に託し、パドマを抱き上げた。顔がこれ以上ないほどに弛みきっており、仲間は下剋上を志した。
パドマは、真っ青な顔で悪寒に耐えた。無駄に揺れる振動にも耐えた。ギデオンもルイもハワードまで克服したのだ。護衛なら絶対に大丈夫だと信じていたのだが、抱き上げられたことを後悔した。
席に座らせてもらったものの、パドマは食事をする気分ではない。テーブルに突っ伏して、なんとか立て直して歩けるようにならねば帰りはどうする?! と追い詰められていた。ひざなんて、最早どうなったかわからない。肩は震え、涙は決壊寸前だった。
ただ、ここは店である。食欲がなかろうと、注文せねばならない。これなら飲めばなんとかなりそうだ、と焼きマカロゥの梅昆布茶漬けを注文し、今後のことに頭を巡らせていた。食後、護衛たちにデザートを振る舞って時間稼ぎをしたら、何とか復活できないだろうか。諦めて、ヴァーノンを呼んできてもらおうか。だが、そんなことを言ったら、今後一切お出かけ禁止にされるかもしれない。パドマなら、迎えに行くのが面倒だから、行くなと言う。
だが、悩むパドマの目に、ハンバーガーが飛び込んできた。パティ代わりに挟まれているマカロゥフライの上から、食べる白ソースがはみ出ていたのである。何それ、聞いてない、メニューには書いてなかった! パドマが衝撃を受けてガン見しているので、ハリーは食べられなかった。ハリーは、パドマの食欲が天井知らずなのを知っている。
「召し上がりますか?」
自分の分は、また注文し直せばいい。そう思って差し出すと、パドマは拒否した。
「最近ね。食欲がないの。食べきれないからいい」
口では断るのに、明らかに目はハンバーガーを狙っていた。ハリーは、より一層困った。
「一口、、、味見しますか?」
幼少期、腹を空かした仲間と、飯を分けっこして食べたっけ。でも、それをボスとするのはナシだよな。ボスには、全てを献上しないと。そんなことを思いつつ、スルッとこぼれた言葉にハリーは感謝した。黄蓮華を訪れて以降沈んでいたパドマの瞳が、キラキラと輝いていた。
「いいの?」
と聞き返すと同時にパドマの手が伸びてきて、ハンバーガーに齧り付いていた。そして、至福を顔に浮かべて咀嚼する様を見て、ボスに餌付けをする人が多いことを納得させられた。こんなに喜ばれてしまえば、嬉しくなってしまう。全力でごはんを用意したくなる。
結果、パドマは他の護衛のごはんにも口をつけて、お腹をふくれさせた。食べなかったのは、マイケルのごはんだけだ。食べさせてくれる仕草は見えたが、彼のごはんはパドマと同じお茶漬けだった。もらう必要がない。自分のごはんを一口食べて、もうお腹いっぱいだし、いらないな、と思ったくらいである。むー、と悩んだパドマは、
「お返しを食べさせてもいい?」
と、皆の口にお茶漬けをねじ込んで、ご馳走様をした。マイケルは、また爪弾きにされてしまったが、不満は口にできない。
そうなると、次の問題はデザートだ。みんなに奢っても財布が傷まないデザートはあるだろうか。プリンなんて出しても、速攻で消える未来が見える。本来の目的である時間稼ぎができないのに、くそ高い。ならば、デザートと称してハンバーガーを注文する方が、コストパフォーマンスがいいのではなかろうか。そんなことを悩んでいたら、ハワードがやってきた。
「姐さん、無事か?」
パドマが街中で荷車に乗っている話を聞き、何かあったのではないかと、ハワードは駆けつけたのだが、パドマには伝わらなかった。
「うーん、わりと、お腹いっぱい?」
暢気な返事が返ってきて、ハワードは力が抜けた。
ちょうどいいので、パドマはハワードにリヤカーまで連れて行ってもらい、きのこ神殿に連れて行ってもらった。ダンジョンに行きたくない日の過ごし方について相談したところ、たまには羊を見に来いと言われたからだ。
「おおおお。すっかり美味しそうに育っちゃって」
メドラウトがくれたらしい、ハワードが育てているらしい、そんな情報を聞いたことがあるだけのパドマの羊たちは、きれいに毛刈りをされて、ヤギのようになっていた。ツノや体型など、羊の特長も残っているが、モコモコしていない羊なんて、食べるしか役に立たないとパドマの本能が訴えてくる。
「食うなら、仔羊のうちが良かっただろうよ。大きい羊なんて、育てなくったってダンジョンにいるじゃねぇか」
「やだねー。お父さんは、君たちを食べるつもりみたいだよ。コンドーくんは、ミルク要員なのにね」
そう言いながら、パドマはちゃかちゃかとブラシをかけていった。カピカピだった毛がふわふわになってくると、もふりたくなってきてしまうが、パドマのモフモフは、レッサーパンダと共にある。この2頭は2頭で仲良しして、どんどんミルクを生産してくれないと、パドマのチーズライフはやって来ない。
「そっちは、ミルクを出さねぇだろ」
「でも、コンドーくんが頑張らなきゃ、何も始まらない」
「うあ」
ハワードは絶句した。ハワードの中では、女の子はそんなことを言ってはいけないのだ。だが、パドマの出身はテッドと同じなのだ。出会った時から贅沢な暮らしをしていたから、つい勘違いしてしまうが、ハワードと変わらぬような環境で育っている。その上、女で造りがいい。これは広げてはいけない話題だと気付いた。
「どうしたの? ペコラちゃんを嫁に出すのが嫌になったの?」
「いや、こいつらにそこまでの思い入れはねぇんだけどさ。姐さんは、俺のこと、俺らのこと、どう思ってる? 結婚させたくて、ルーファスさんをけしかけてるのか?」
「平服の売上げに満足したバラさんが、祝い着の販売に着手しただけだよ。豪華な服を1着売る方が、実入りが大きいんじゃない?
ウチだって、パドマを人質に取られてるみたいなもので、どうにもできないんだよ。バラさんに稼いでもらわないと、パドマが苦労するぞって言う脅しだもん。
でも、だからって、皆に強制なんてしないよ。結婚で幸せになれる人は、バラさんを利用して幸せになれば良いし、そうじゃない人はしなくていいよ。
でもね、ハワードちゃんは案外女性人気があるみたいだったから、結婚したくないなら期待させるのも申し訳ないし、1回結婚相談所に行って、マッチングしないように言って来た方がいいとは思うよ」
「案外じゃねぇから。見た目と性格を除けば、俺はいい男だって言ったろうよ」
「1番大事なところが省かれてるじゃん。それにさ、正確には、女にモテてるんじゃなくて、父親にモテてるだからさ。ちょっと違うよね」
「なんだよ。姐さんも顔で選ぶのか」
「選ぶよ。当然じゃん。一緒にいるならさ、マイルドな人がいいよね。威圧感があって震えが止まらない男なんて、嫌いだよ。全然安心できないし、そんなドキドキはいらないんだよ」
「、、、そうだな。共有しておこう」
パドマが、自分たちに怯えているのは、皆気付いていた。束になってかかっても、軽くのされてしまうのだから、何を今更下剋上を恐れているのだろう、と不思議に思っていた。顔が嫌いだったからと知らされて、ハワードはショックを受けた。自分のキレイな顔を嫌うパドマなら、男は顔じゃないと言ってくれると思っていたのだ。
だがしかし、怖い顔が嫌いだと報告を上げたところで、どうにかなるのだろうかという疑問は残る。マイルドな顔面を持つ男が同僚にいた記憶はない。なんなら、ギデオンがまだマシな部類に入るくらいではなかったか。解決策は思いつかなかったが、それを考えるのは、ハワードの仕事ではない。牧草にダイブして遊ぶパドマを止めて、神殿に誘導した。
次回、ヴァーノンの大量発生。