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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
254/463

254.パドマの婚約

 ヴァーノンとテッドとルーファスと共に、結婚式コントをする日々を過ごしていたら、無事、女性自立支援施設黄蓮華は、設立された。パドマは、ほぼ何もしていないが、ルーファスと師匠が話し合って、作ってくれたのである。パドマは何もしていないが、説明だけは聞いた。金の負担もする。だが、パドマの負担分は、パドマのお小遣いをいくらか払うのではなく、ルーファスからパドマに支払うべき金をそちらに回すらしい。パドマの仕事を考えるルーファスの負担が増しただけのような気がして、申し訳ないような気もするし、変な仕事を依頼されて、それを盾に断れなくさせられるのではないかと、嫌な予感もした。だが、目標に近付いたのだから、パドマはそれに気付かないフリをすることにした。


 女性たちは、6人一部屋を基本とした寝室と共用の食堂やトイレなどを利用して、生活をすることになった。まず最初に与えられた仕事は、黄蓮華の掃除や食事の支度などの仕事と、黄蓮華で暮らしたい女性が訪れた際の受付である。これらは、当番制の係ではなく、パドマから申し訳程度の給金が出る立派な仕事であり、手を抜くことは許されない。贅沢はできない程度だが、食べ物は現物支給で届けられる。主に、百獣の夕星で仕入れ過ぎた種類の肉だが、穀類や野菜も含まれる。残念だが、白蓮華のように大量の香辛料やチーズや果物が来たりはしない。たまに、値崩れしたらあるかもね、と言う程度だ。黄蓮華は、白蓮華の隣に開設したので、一緒に物資を届けられることになった。

 白蓮華や綺羅星ペンギン、きのこ神殿、その他紅蓮華の店舗等での就労が斡旋されたり、内職仕事が斡旋されたりすることになっているが、独自のツテがあるならば、そちらの仕事をしても構わない。但し、その場合、職場までの送迎までは保障しない。今の綺羅星ペンギンのスタッフ数なら余裕で賄えるが、将来的に黄蓮華の人数が増えたりすると、面倒見切れるかわからないからだ。


 その他で、ルーファスは、結婚相談所の仕事を黄蓮華に開設した。彼女たちを嫁に出すのではない。綺羅星ペンギンの従業員への結婚の申し込みをさばくための施設である。親同士で話し合いを持って結婚を決めるのがアーデルバード流なのだが、綺羅星ペンギンの従業員たちは、過半数身寄りがいない。親がいないからはみ出すしかなかったヤツと、はみ出したから親と縁が切れたヤツらが大量にいたのだ。別に、花嫁の父と新郎が直接話し合って結婚を決めても構わないのだが、うっかり社会からはみ出してしまうコミュニケーション能力を持つ者の吹き溜まりだから、それが難しい。親代わりの上司は、輪をかけて拗らせているパドマだから、どうにもならない。だから、その代わりの受け皿を作った。

 彼女たちは、ただの受付であって、今のところ大きな裁量を持たせるつもりはないが、ルーファスも忙しい。データ収集だけでも、任せることにしたのだ。結婚する人間を増やさねば、結婚式用ドレスは売れない。綺羅星ペンギンのやつらは、収入的に狙い目だと判断したのである。


 おかげで、綺羅星ペンギンの男たちは、ルーファスから逃げ歩くようになった。適齢期を過ぎたところで、結婚する気のない男たちばかりだったのだ。したい男は、もう結婚していたのだ。

 そんな訳で、そこかしこで、ルーファスと誰かの鬼ごっこを見かけることになった。

 今日は、お店で買ったお弁当しか食べないから、と師匠を口説き落として、パドマはダンジョンにお散歩に来ていたが、ルイを追いかけるルーファスを25階層で見かけた。ルーファスをダンジョンで見かけたのは初めてなのだが、ルイをパートナーに含めないとしたら、ルーファスはソロだった。護衛らしい人もいないし、武器も持っていなそうなところが心配だった。無手でルイに追いついて、どうするのだろうか。口封じしてはいけないよと、物騒な部下たちに通達を出した方がいいのか、フリにならないように言わずに済ませた方がいいのか、パドマは悩んで、見なかったことにした。どちらも大人だから、信じることにした。薮をつついて、追いかけ回される方に混ぜられたくなかったのである。


 26階層で、キスイガメを眺めながらお弁当を広げていると、まかれてしまったらしく、ルーファスが1人で戻ってきた。

「英雄様。部下の皆様の幸せな姿を見たくはありませんか?」

 ルーファスが笑顔で近寄って来たので、パドマはゲンナリした。嫌な仕事を振られる予感しかしなかったからである。

「幸せな姿はいいけど、ウチは結婚したくないし、独身のバラさんに結婚して幸せになろうって言われても、まったく説得力がないんだよ」

「そうですね」

 ルーファスは、納得して帰って行った。

「ちょっ、バラさん? 武器持ってるの? 少し待っててくれたら、送るよ」

「ご心配なく。わたしも、アーデルバードっ子の端くれですから。ダンジョンごときに武器など無用ですよ」

 ルーファスは、パドマのツッコミを気にせずに、歩調を緩めず、去った。

「どういうこと? ダンジョンで使わなかったら、武器はいつ使うの? あの人、やっぱりおかしいよね。実は、アーデルバード1の格闘王は、バラさんだったりするの?」

 パドマは師匠に尋ねたが、師匠は変な顔をしてフリーズしているだけで、何も答えなかった。



 キスイガメとハジカミイオを拾って、パドマは黄蓮華に差し入れに持って行った。

 白蓮華の客は全然来なかったものだが、黄蓮華の客は着々と増えている。パドマの昔馴染みもいた。そういう人に限って、顔色が悪いのが心配なのだが、師匠が世話を焼くと、少しだが血色が良くなる。健康が回復するのであれば、有難いことなのだが、昔馴染みの師匠への目線が気になり、パドマはもにょもにょした気分になることがある。その理由がわからずに、パドマはイライラした。

 今も、師匠は誰かのところへ行ってしまった。ハジカミイオを下処理してくれないと、困るのに。パドマは、美味しく調理する自信はないから、キスイガメの甲羅をバリバリ叩き割っていた。そろそろ手も痛いし、お腹も減った。師匠に戻って来て欲しくて、また変なものがこみあげてきた。


「代わります」

 今日の調理担当のシエラが、パドマを止めた。シエラの目には、パドマは力もないくせにカメに八つ当たりをしているようにしか見えなくて、危なっかしく見えたのだ。

「いいよ。慣れてるから」

 パドマは、シエラにも思うところがあったので、素直になることは出来なかった。シエラは、アーデルバードへの移動中、やたらとヴァーノンと仲が良かったのである。みんな大体用事ができれば師匠にすり寄っていくのに、シエラはまずヴァーノンを頼っていた。それをずっと嫌だと思っていたのだ。アーデルバードに着いた時点で、縁が切れたように見えるが、ヴァーノンとはパドマもあまり一緒にいないから、わからない。

「大丈夫ですよ。あの人たちは、病気の治療をしてもらっているだけです。薬を身体に入れる方法が難しいらしくて、手を借りる必要があるそうです」

「うん。そうらしいね。知ってる。何の病気かは知らないけど、段々、顔もキレイになってるし、早く治ったらいいな、って思ってるよ」

「そうでしたか」

 和かに話していたシエラが、一拍置いて、顔色を伺うような申し訳なさそうな様子で話し始めた。

「あの、パドマさんに、近々、弟がご迷惑をお掛けするかもしれません。お手数をおかけして申し訳なく思います。遠慮なく、鉄槌をくだして下さい」

「弟? アーデルバードにいるの?」

「いえ、田舎にいるのですが、そろそろこちらに着く頃合いではないかと思いまして」

「ふーん。悪いけど、黄蓮華には、男は住ませられないよ。弟が未成年なら、白蓮華に入れるのは構わないけど」

「いえ、帰ればいいと、むしろ来るなと思っています。ただ、ご迷惑をおかけするのが、申し訳なくて。弟では、釣り合いが取れないのは、わかりきったことなのに」

「釣り合いが取れないとは、思わないけどね。ウチは、人付き合いが苦手なだけだよ。こちらこそ、弟さんが護衛のみんなにいじめられたらごめんね、って先に謝っておくよ」

「いえ、あんな阿呆は、いじめてくださって、充分です」

 話している間に、カメの下処理は終わってしまった。師匠が作った方が美味しくなるのはわかっているので、作業を進めたくないと思っているのに、どうしようかな、とパドマは悩んだ。


 師匠が全然戻って来なかったので、パドマは結局、全ての調理を担当して、味に自信がないので、皆と一緒に食卓を囲むことなく、逃げ帰った。



 そして、次の日、パドマはルーファスを締め上げに行った。護衛たちから注進があったのだ。ルーファスと、パドマが婚約してしまったと。

 普通のカップルは、中央広場の集会所で、婚約式をあげる。そこで婚約式をしたカップルは、集会所脇に婚約したことを掲示されるのだ。ちょっと待って、私が先に結婚の約束をしているんですけど! その人の子を身籠ってる最中なんですけども! などと、不満がある人がいれば、それに異議申し立てをして、婚約を取り消すことができる。そんな相手はいないと身の潔白をパートナーに示すための行為であり、婚約式はしなくても結婚することはできる。

 そこに、ルーファスとパドマの名が刻まれたのだ。皆、姉パドマのことだと思い、慌てた結果、妹パドマだと判明して、また慌てた。

 ルーファスは姉パドマより年上である。妹パドマとは、親子ほどの年齢差がある。パドマはまだ6歳なのに、なんてことをしやがったのだ、この変態野郎! と、激怒して、出勤前のルーファスに殴り込みに行った。


「このくそ変態! お前なんかに、パドマをくれてたまるか!」

 パドマは、窓をぶち破って、茶を飲んでいたルーファスの頭に向けて、置いてあった壺を投げつけた。

「おはようございます。婚約に対する異議申し立てですね。ありがとう御座います」

 パドマは背後から突然襲ったのだが、窓をぶち破る行為が隠密活動とはほど遠かったからだろう。ルーファスは、壺を手でキャッチして、いつもの顔で答えた。

「何が、ありがとうだ! ウチは、これ以上ない程、怒ってるんだよ!!」

「そうですね。そうなる予想はありました。

 わたしは、正式な手順を踏んで、婚約を致しました。パドマちゃん本人を口説き落とし、兄のテッドを籠絡し、父親の了承も取り付け、それなりに豪華な婚約式を挙げました。結婚は、今のところ10年先にする予定でおります。何か問題が御座いますか?」

「どうせ、金で買ったんでしょ? どうして、そんな酷いことをするの? やめてよ!」

 パドマは、さらに壺を乗せていた台も投げつけた。ルーファスは既に壺は食卓に置いていたので、台も無傷でキャッチした。

「あの子たちは聡い。おのれの立場を、よく理解していましたよ。わたしに買われねば、いずれ他の誰かに買われるでしょう。彼女の両親は、二束三文で、誰にでも売ってくださるようでした。パドマちゃんにも、わたしは『金を持ってるだけマシだ』と、大変有難い評価を頂きました。

 あなたが言ったのでしょう。結婚しなければ、説得力がないと。この街で、わかりやすく幸せな花婿になるには英雄様を娶ることですが、それにはわたしでは力不足です。次点で、パドマちゃんかと思い至りました。あの子はまだ幼いですから、今すぐに結婚できない言い訳としても、好都合です。わたしを幸せな花婿にして下さるのなら、最大限、パドマちゃんの力になりますと、お約束致しました。

 義兄であれば、テッドの商売上の後ろ盾になれます。生活の保障もできます。もちろん、パドマちゃんのことも守りますよ。ただ、年齢が離れていますからね。恋愛の対象になれる自信まではありませんので、パドマちゃんが成人する頃、婚約を継続するか、話し合うことにしました。

 その時、わたし以上の誰かがいるならば、婚約を解消致しますし、いなくても解消しても構いません。そこまでわたしのわがままに付き合って婚約者をしていて頂けたのでしたら、慰謝料として、生涯の生活費の負担をする予定です。わたしに子はいないのですから、相続人にしても構いませんしね」

 そこまで言い切ると、ルーファスはカップに口を付けて、一息おいてから、またパドマに向き直った。

「さて、正式な手順をふんで婚約を交わしたわたしたちを止められるのは、あなただけです。『以前から、結婚の約束をしていたのに!』と、仰っていただけるのであれば、わたしはパドマちゃんを切り捨てて、あなたと婚約式を致しますよ。どちらの婚約者になっても、あの子たちの守り手にはなれますから、わたしには不満は御座いません。どう致しますか?」

 ルーファスは笑っている。パドマをからかう余裕まであるのだから、パドマに対して後ろ暗いことはないのだろう。

 パドマだって、ルーファスがパドマと年が近ければ、パドマが成人していたならば、パドマを変な商売に巻き込まないのであれば、祝福する程度にはルーファスを認めている。だが、実際問題、メドラウト、ブリアンナ夫妻と同程度に年齢が離れているし、パドマに冷静な判断力があるかも怪しい。まず間違いなく、商機を見れば、ルーファスはパドマを使う。だから、信頼仕切れない。

「ちょっと、パドマと相談してくる」

 パドマは、すっかり牙が抜けた。それを見て、ルーファスは、声を出して笑った。

「そうそう、他にもご報告があります。パドマちゃんのお父さんを口説きにお宅訪問した際、小さな子どもが2人おりました。ヴァーノンくんと、パドマちゃんと呼ばれていました。健康状態に問題はなさそうに見えたので、そのままにしてあります」

 それを聞いて、パドマは頭を抱えた。

「あの人らは、ウチを何人兄弟にするつもりなんだ。ウチに文句を言う権利はないけど、違う名前を付けろよ。ややこしい!」

「パドマさんを、自分の手で育てたかったのではありませんか? 英雄様とテッドに感謝しているそうですよ。呼び名がややこしくなる前に、我が婚約者殿にも称号を贈りましょうか」

「商売に利用するな!」

 パドマは、壁に掛かっていた宝剣をルーファスに投げつけた。

次回、妹とお話しする。

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