253.毎日結婚式
アーデルバードに連れて来られた女たちは、ひとまず白蓮華に収容された。子どもたちと、さして変わらぬ待遇で遇し、部下たちはパドマの帰りを待った。
パドマは街に戻ると、女たちに綺羅星ペンギン関連事業の見学をさせるようテッドに依頼し、自身はルーファスを探しに出かけることにした。
パドマのアーデルバード到着後の様子を見て、女たちは息をのんだ。
パドマは、集落周辺では川流れをしたままのボサボサスタイルでいたのだが、アーデルバードに戻ってきた途端に風呂に入って、師匠に磨かれ、かなり風貌が変わった。飾られるのを嫌うパドマだが、ルーファスに交渉を持ちかけるなら、自分の商品価値をあげた方がいいのは、理解している。そこを、パドマを飾って遊びたいだけの師匠に付け込まれたのだ。
髪も肌もすっかり潤わされて、陶器のように白い肌も絹糸の如き豊かな髪も、艶やかに光り輝いていた。瞳は見ているだけで吸い込まれそうな美しさで、鼻筋も通っており、くちびるも柔らかそうにふるりとしている。
そんなパドマが、演劇の神役でも演じそうな服と装飾を身に付けて、大男たちを従えて歩いているのである。数日滞在していた先発部隊の女は、白蓮華スタッフの上下関係を把握していたが、パドマはそんなものも気にせずにまとめて指示が出せる裁量権を持つことに、すぐに気が付いた。貴族並みの食事を気軽に提供するスタッフの元締めがパドマなら、これは大変なことだ。パドマと共に、最後にアーデルバード入りした女たちを加えて、情報共有してあげることにした。なんとかして、初見の態度の悪さをなかったことにしなければならないと、思ったのだ。
「バラさーん、30人くらい住める建物付きの土地、持ってない? 持ってたら貸して。庭はバラだらけで構わないし、なんならバラの世話の手伝いもするよ?」
パドマは、ルーファスの執務室に窓から不法侵入を果たし、ルーファスの背後から話しかけた。応接室での待ち時間を惜しんだのだ。話し合い用の茶菓子と茶も持参したから、いいじゃないかと思っている。
ルーファスも、社外秘を師匠に隠し通すのは無理だと思っているし、パドマを信用している。信用していますよ、と念を押しておけば、裏切らない人物だと思っている。そして、不法侵入してくる時は、ルーファスに有利な商談が持ち込まれる時だという経験があるので、即、今取り組んでいた仕事を放り出して、パドマに応じた。
「わたしの可愛いバラは、わたしが面倒を見ます。それよりも、土地のその他の条件をお聞かせ願えますか」
「なるほど。孤児の保護の次は、女性の保護を始めたのですか。それならば、治安の良さは最重要。通勤も護衛付きで、その費用はまた寄付金から捻出するのですか? いっそ、白蓮華に住まわせたらいいのでは? 手間が減りますよ」
ルーファスは、ガリガリと書類を作成しながら、パドマの話を聞いた。かなり呆れた顔をしているが、嫌だともダメだとも言わない。
「白蓮華は、年齢制限があるから気にしないことにしたけど、女の人にはね、できる限り自活して欲しいの。女1人でも好きに街歩きができて、女1人でも一般的な職につけて、女1人でも普通に暮らせる街になったらいいなって、ずっと思ってたんだ。あの人たちを囲い込むんじゃなくて、自分の手で生活できるようにしてあげたいの。最低限の生活保障はしてあげて、贅沢をするためには自分で稼いで欲しい。そこからスタートして、最終的には、独り立ちできたらいいなって。そのための仕事の斡旋はするし、まぁ、従来型がいい人は、嫁に行けば良いよ。独身男、めちゃくちゃいっぱいいるじゃん。なんか、みんな、結構な年齢になったのに、あいつら誰も結婚しないから。ウチが相手を見つけて来ないといけなかったのかなって、思い始めたんだよ。丁度良いよね。結婚から逃げてるウチが紹介するのは、どうかと思ってるんだけどさ」
まふまふと饅頭を食べながら、パドマはイタズラ書きをしている。蝋板におすすめのカップリングを書いているのだが、師匠もルーファスもその男は結婚に応じないなと思った。
「そうですね。性格的に向いてなさそうなので、やめた方がよろしいでしょう。何の憂いもなく幸せなだけの結婚など、相愛同士でもそうはありませんから」
「何それ、バラさんが言うと、超怖い! 絶対に結婚なんてしない」
「それはいけませんね。一肌脱いでいただけないのであれば、アーデルバード中の土地をすべて使用中に致しますよ」
心の算盤を弾いたルーファスは、営業スマイルを浮かべた。
女性自立支援施設黄蓮華設立のため、脅されて、パドマは服をむかれて、結婚させられることになった。パドマに泣きながら、求婚されたヴァーノンは、今、大変に困っている。
アーデルバードの住民は、大抵、中央広場前の集会所で結婚式を行う。富裕層であれば、街議会議員が、それ以外であれば新郎の親族の年長者が進行役を引き受け、新郎新婦の結婚の意思を確認し、結婚の成立を公にする。
本来なら、婚約式をしてからの結婚式なのだが、ウソの結婚で、結婚式だけあげたいだけなので、今回は端折った。
ルーファスが服を売る宣伝活動のために、パドマは結婚させられるのである。集会所は開け放たれ、無関係な人に見守られながら、結婚式を執り行う。進行役はルーファスで、新郎はヴァーノン、新婦はパドマ、新郎の両親役としてマスターとママさん、新郎の親戚役に唄う黄熊亭の常連客の酔っ払いの皆様、新婦の母役に師匠、新婦の親族役にテッドを並べて、式は開始された。
パドマは、金糸で彩られた猩々緋と真紅のドレスを着せられていた。スカートは、かなりの長さとボリュームがあり、足の存在感をまったく感じられないのでいいのだが、上衣はかなりシンプルなビスチェのみで、肩も背中も覆うものが何もない。頭から薄いヴェールを被ってはいるが、そんなもので隠れるものなどない。近くにいると、かなり目のやり場に困るような格好をしていた。ヴァーノンのジャケットは、パドマのドレスと同じ生地で作られているが、デザイン的にはよくある新郎の服である。
羞恥に耐えるパドマは、想像以上に可愛らしく、ただの宣伝活動の偽結婚式だと言っているのに、義両親は涙を流して喜んでいる。ヴァーノンは、どういう気持ちで、ここに立っていたらいいのかわからず、とりあえず棒立ちでいた。
紅蓮華1の美貌の主がやらねばどうする! と立候補したらしいルーファスは、銀刺繍たっぷりの白のスタンドカラーコートにモゼッタをつけ、赤のストラと腰布を足した装いで、外まで聞こえる大音声を響かせている。
「アーデルバードの偉大なる英雄、パドマ様! この先如何なることがあっても、新郎を愛し、慰め、助け、生涯を通してその誓約を守ることを誓いますか?」
「誓わないよ」
パドマは、仏頂面で答えた。にこやかに式を挙げて欲しいと依頼したルーファスは、声をひそめて言った。
「形だけ誓ってくれませんか。うっかり結婚しても近親婚だからと無効にするために、兄を指名したのでしょう」
「そこの両親がまったく気にしてないから、うっかり結婚できない」
「まあ、いいでしょう。お2人が了承したことにしましょう。ヴァーノンさん、指輪をはめて下さい」
ルーファスは、ヴァーノンに指輪を差し出した。ヴァーノンは、渋々指輪を手に取り、自分の左手の小指にはめた。
「ギリギリだな」
「ヴァーノンさん、そんな小ボケはいりませんよ。英雄様の指にはめて下さい。サイズは合わせてありますから」
ヴァーノンは、ルーファスを睨みつけた。宣伝だか何だか知らないが、実際に結婚するのと形式がまったく同じなのだ。ルーファスの問いに肯定の返事をして、パドマに指輪か手袋をはめてしまえば、それで結婚が成立してしまう。近親婚だったり、他の人と婚約していることが判明すれば、取り消すことができるが、基本的に結婚したら離婚はできない。女性は1人では生活できない街だからだ。実家が出戻りを許さない場合、女性が悲惨なことになるため、離別は殺人と然程変わらない重みがある。死別の場合は再婚を認められるが、離別はできない。実際のところは、離別しないまま別居し続け、別の相手と事実婚する夫婦はいる。
「パドマの指には、誰の指輪もはめさせはしない。絶対に。宣伝効果さえあればいいのでしょう。テッド、あとは任せた」
「承知! お姉ちゃん、走るぞ」
「おし。テッドには、負けない!」
パドマは、もっさもさするスカートをたくし上げた。たくし上げても足が見えない鉄壁のスカートだったが、パドマはテッドに腕をつかまれ、外に走った。略奪される花嫁の演出である。
「兄ちゃんには、お姉ちゃんを渡さないぜ!」
テッドは、集会所の入り口で、わかりやすい啖呵を切って走り抜けた。パドマの名誉のためにも、テッドとの関係を明示しておかねばならない。白蓮華の子その1では、困るのだ。兄姉の結婚式から弟が姉を掠奪するという茶番として、きちんと浸透させねばならない。
パドマは、ルーファスから逃れるために必死に走ったが、肌を晒したパドマというレアなものを間近で見せられた街民は、大いに盛り上がった。
結婚式から逃げ出した翌日、またパドマは街中央の集会所にいた。今日は、テッドの横に並んで、ドレスを着せられている。今日は、テッドと結婚式をあげさせられていた。
昨日は、絹をふんだんに使った豪奢なドレスであったが、今日は、リネンでできたドレスである。布の質感こそ質素だが、緑と白の2色の布を贅沢に使い、亜麻でも諦める必要を感じさせない夏の爽やかなドレスに仕上がっている。上衣は袖なしのカシュクールで、腰に帯を巻いただけのシンプルなワンピースに、ルーファスが育てたバラの花を縫い付けている。美人に着せればなんでも素敵に見えることを利用して、庶民にも豪華な結婚式をあげさせようプロジェクトである。
今日は、テッドが、ルーファスの問いに了承してしまったので、パドマはだらだらと冷や汗をかいていた。テッドはパドマより賢いから大丈夫と、細かい説明は端折っている。もしかして、結婚式や結婚には詳しくない? と、パドマの脳裏を過ったのだ。テッドの両親や親戚役の白蓮華の子たちは、わーいわーいと結婚式を締めくくる殴り合いを始めてしまった。どうしたらいいかわからず、パドマは立ち尽くしていたが、テッドはパドマの左手を取った。
テッドを含め、白蓮華の子どもたちは、パドマなどより余程世の中のことを知っている。パドマに断りもなく、しれっと結婚を成立させようとしている目論見にヴァーノンは気付いた。
「誰にもはめさせないって、言っただろうが!」
と、ヴァーノンがパドマを抱えて逃げたので、今日の結婚式は終了だ。
パドマとリネンドレスのコラボレーションに、ヴァーノンは呑まれそうになった。誰よりも美しい姫が腕の中にいることに、視線も心もすっかり奪われてしまったが、師匠に殴られて、元の世界に戻って来れた。パドマが誰かと恋に落ちても、花嫁の父にはなれないことをとうとう自覚した。
次回、パドマ婚約。