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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
251/463

251.神龍さんのお悩み相談

「ひょっとして、神龍さん、かな?」

 一応、心積りはしていたものの、予期していないタイミングで出会ってしまい、パドマは思わず、普通のテンションで話しかけてしまった。すると、神竜も目を細め、存外気さくに返事をくれた。内容の意味はわからなかったが。

「人の気配を気にして来てみれば、リシアか。それならば、慌てる必要はなかったな。何か用でもできたか?」

「用? 用って言えば、用なのかな? 生贄になりに来たんだけど」

「生贄? あのバカ人間どもが、リシアを生贄にしただと? 本当に救えない阿呆どもだな。いっそ、滅ぼしてしまうか!」

 竜の瞳がギラリと光り、口から紫色の炎が出てきた。燃やされる! と、パドマは焦ったが、その炎は熱くも何ともなかった。臭いもないし、空気も動かなかった。

「いやいやいや、やめてよ。ウチが直訴して生贄になるって、言ったんだよ。されたんじゃなくて、してもらったの! しかも、ウチはリシアじゃないし。誰なの、リシア」

「なんだ。また記憶喪失か。本当に、お前はよく己れを忘れるな。お前は、リシアだぞ。顔が、リシアだからな。お前はすぐに忘れるが、我は忘れない」

 どこが面白ポイントなのかわからないが、神龍はふぁっふぁっふぁと笑った。怒った時にも出てきた炎がまた出て来て、パドマは全身炎で包まれた。何の効能もないらしいが、とても心臓に悪い。

「確かに、ちっちゃい頃の記憶はあやふやだけど、みんなそんなものだよね。それに生まれる前から知り合いのお兄ちゃんがいるんだから、名前は間違えないよ。ウチの名前は、パドマ。リシアじゃない」

「お前の兄は、嘘吐きとクソボケじゃないか。あんなのを信じるな」

「失礼だな。ウチのお兄ちゃんは、どっちもスーパーイケメンだから。最近、ちょっと口うるさいし、酒癖が悪いのは困りものだけど、すっごい優しいし、何やらせてもすぐにできるようになっちゃうんだからね」

「確かに顔のつくりはいいらしいが、そんなものは何の役にも立たない。騙されるな」

「ムカつく竜だな! ウチはリシアじゃないし、ウチのお兄ちゃんをリシアさんのお兄さんと一緒にするな!! 表へ出ろ。剣はないけど、叩き斬ってやる!!!」

「ははははは。老いたとはいえ、まだまだリシアには負けないぞ? いや、見ない間に腕を上げたか? これは、負けるやもしれん」

「いろんな変な生き物とやらかしてきたけど、まだ竜とは戦ったことがないんだよ。折角だから、やろうよ。ほんの少し楽しみにしてたんだよ。ワクワクしてるの。死んでも文句は言わないからさ。ちょっとだけ。いいよね?」

「そなたを死なせれば我は殺されるし、我が負ければ死ぬのであれば、その勝負は引き受けることはできない。我は、そなたの親には勝てぬ。諦めてくれ」

「なんだよ。見掛け倒しだな。竜って、強くないんだ。だったら、ウチも弱い者イジメはしないでおくよ。でもさ、あそこに転がってる肉、焼いていい? お腹減っちゃったんだ。一緒に食べようよ。多分、クソまずいと思うけど。その上、腐ってるかもしれないけど」

「我は贄など欲していない。好きにすれば良い」

「やったー!」

 パドマは、神龍の顔の横をすり抜けて御堂から飛び出すと、薪拾いをし、焚き火を作った。さらに、生木をへし折って、吊り台を作って、肉を吊るした。放っておけば、真夜中には焼けるだろう。

「いーやー、そんなに待てない。お腹減ったよ!」

「なれば、そこの果実でも食えば良かろう」

「そっかー。ありがとう」

 パドマは御堂に戻り、供えられていた花をつかんで、がぶっと食べた。しゃくしゃくとした歯触りがよく、エグ味もない。ただ、美味しいかと聞かれると微妙だった。この集落の食べ物は軒並みお口に合わないか、そもそも単品で食べるものではないかの、どちらかだろう。以前食べたものは、師匠ソースが美味しかっただけ、という説もある。

 花に見切りをつけて、果物に手をつけると、酸っぱくてエグ味も強くて、花よりも食べれたものじゃなかった。パドマは、泣きながら食べた。

「この田舎者が! 神への供物は、最上級品を揃えろよ。自分らじゃ食えない不良品を寄越してんじゃないだろな。アーデルバード民だったら、〆てやるところだ!」

「ああ、あいつらは、愚民だからな」

「ん?」

 パドマは、奇妙なことに気が付いた。パドマは御堂から出たり入ったりしているが、神龍は動いていない。なのに、常に顔がパドマのそばにあり、会話が成立していた。その不自然さに、御堂の入り口に立ち神龍を眺めると、首の先にも、しっぽの先にも頭があるのが判明した。

「神龍さんてさ、ひょっとして首としっぽでケンカができるタイプ?」

「そういう個体もいるが、我には脳は1つしかない」

「そっかー。じゃあ、なんで欲しくもない生贄を用意させてるの?」

「我は、贄など欲してはおらぬ。であるのに、里人は勝手に贄を用意する。無視すれば、そこの崖から突き落とし、我の物となったと(うそぶ)く。見かねて、保護しているだけだ。手間が増えて、むしろ迷惑している。保護した里人は、帰れと言っても帰らぬし、ロクなヤツがおらん」

「いい暮らしをさせすぎなんじゃない?」

「人間は脆くて、すぐに死ぬ。加減がわからぬ」

「何人いるの? 全員とはいかないなりにも、いくらか引き取ってあげようか?」

「詳しくはわからぬが、30人くらいだろうか。自活させるには足りないのか、どうにも働きが悪い」

「果物の感じからすると、口減らしの人選もありそうだから何とも言えないけど、その程度なら、病人でない限りは引き受けるよ。病人は、治療をしてから寄越して欲しい。ウチは、病気は治せないからさ」

「本当に、いいのか? あやつらは、かなり使えないぞ」

「大丈夫だよ。ウチは手下が300人と弟が10数人いるからさ。女の働き手がいてもいいし、多少使えなくても、何か使い道を考えてもらうよ」

「助かる!」


 パドマが神龍と、人身売買めいた話し合いをしていると、ずっと供物の陰に隠れていた生成りの男が顔を出した。

「そん中に、オラん姉もおっか?!」

 勇気を振り絞って発言してみたが、神龍もパドマも、男の顔を見ただけで、何も答えなかった。しばらくそのまま沈黙していたら、パドマはこそこそと、「今、何て言ったかわかった?」と神龍に問いかけ、神龍は「リシアの部屋にネズミが忍んでいたか」と炎を吐いた。どちらの声も、小声で発しているつもりらしいのに、はっきり聞こえてしまったので、生成りの男の顔色はみるみる土気色になっていった。だが、パドマのとりなしで罰を与えられることは回避された。

「だめだめ。その人は、これからのプロジェクトに必要な人材だから。あそこの集落出身の放蕩男なんだよ。もう生け贄はいらないって、説明してもらうの。ウチじゃ、あの人たちとは会話はできないから。まだ殺さないでね。少なくとも、ウチの見てる前ではやらないでね。怖いから」

 そんな自分本意な助け船を出すと、生成りの男が守ってもらうために、パドマにすがって来た。近寄られる恐怖を感じ、パドマは男を蹴飛ばした。

「寄るな! ウチの加護が欲しければ、働け!! 今すぐに、生贄はいらないって、皆に話して来い」

 男が走って消えると、神龍も元生贄たちを連れてくると、どこかへ去った。1人になったパドマは、思いっきり大声を出した。

「お兄ちゃーん!! ここだよーー!!!」


 瞬きする間に、ヴァーノンが空から降ってきた。暗いので、どういう経路で来たのか、まったくわからなかった。更に、少し間を置いて、師匠もやってきた。イレはいない。

「パドマ、呼ぶのが遅すぎる。心配したぞ」

「ごめんね。お腹減って、口が忙しかったんだ」

 催促もしてないのに抱きしめてきたヴァーノンに、パドマは抱き付き返した。

 だがしかし、パドマが作った吊り台を師匠が蹴倒したから、パドマはヴァーノンから離れて怒った。

「頑張って作ったのに、やめてよ!」

 師匠の足癖の悪さは許しがたいのだが、パドマの視線は師匠が下げている包みに釘付けになっていた。鼻のいいパドマは、包みの中身を開けなくてもわかる。途端に笑み崩れて、「師匠さん、大好き!」と、包みに抱きついた。

 そのままくるりと方向転換し、御堂の入り口に戻ると、パドマは師匠を見下ろして、「師匠さんのこと大好きだから、その肉をちゃんと自分で食べたら許してあげるね」と、いい笑顔で言った。師匠は、泣きながら項垂れた。

 肉は神に捧げられた上等肉なのかもしれないが、焼く前はハエが集って大変なことになっていた。色も臭いも、ダメな感じがしていたものを焼けば何とかならないかな、と焚き火の上に吊るしてみたのだ。ハエがいなくなったという一点に関して、良かったと思った状態である。

 ヤバそうな肉をパドマが食べないようにしてくれたのかな、と思いはしたが、パドマの大切な食料を同じように扱われたら困る。これを機会にやめてもらうために、パドマは言ったのだ。



 しばらくすると、神龍が女の人をたくさん連れて戻ってきた。10歳から40歳くらいのバラバラの年齢の女性たちだった。カウントしてみると、26人いた。師匠みたいにキレイな服を着せられて、身綺麗で肌ツヤもいい。今のいま、医者に診察をさせて、病気でないお墨付きをもらってきたそうである。

 この待遇じゃ、絶対に家には帰らないだろうな、とパドマですら思った。どんな暮らしをしていたか聞かなくても、集落の女性の姿と比べれば、そうとしか思えない。

 働きは悪いと聞いていたが、遊んでいた訳ではないようで、皆アーデルバード語で話が通じたので、助かった。きっと神龍との意思伝達のために、覚えたのだろう。

 知り合いだったのか、顔を合わせた途端に神龍と師匠がケンカを始めたので、そちらは放っておいて、パドマは女性たちに話しかけた。

「あのね、神龍さんが、人と暮らすのがしんどくなったんだって。ウチが、後任をすることになったの。よろしくね。

 ウチは、アーデルバードのパドマ。アーデルバードに来てくれたら、適当な住居を見繕って、仕事を斡旋してあげようと思ってる。ウチについて来るか、生贄前の集落の家に帰るか、どっちかを選んで欲しい。

 もちろん、一度集落に戻って、現状を確認してから決めてもらって構わないよ。会いたい人がいるなら、今のうちに会いに行ってきて欲しい。まとまってくれるなら、集落までの護衛も任されるし。

 ただ、神龍さんの家だけには、帰してあげられない。ごめんね」

 神龍は、ここに連れてくる前に何の説明もしなかったようで、女性たちは騒然とした。怒っている者、泣いている者、嘆いている者など、反応は様々だった。中には、悪意を持って、パドマに向かって行く者もいたが、パドマの前に立つヴァーノンの眼光の鋭さに怖気付くと、元の位置に戻っていった。


 寝場所が御堂しかないため、今晩中に集落に帰りたい者を募集してみたが、誰も手を挙げなかった。流石、帰りたがらない皆様だ。全員が座れるかも怪しい狭さ具合でも、ここにいるらしい。パドマは、すぐに諦め、全員を御堂に詰めて、自分は、御堂の前に座った。パドマは、どこでも寝られるし、ヴァーノンがいる場所が家である。だから、今日は、家で就寝した。背中合わせにのしかかられたヴァーノンは、しばらくそのまま座っていたが、すぐにパドマは転がり落ちたので、御堂の下に落ちないように見張りをすることにした。

 何もなくとも、神龍対師匠のケンカの騒音がうるさいし、すぐそこにパドマに悪意を向けていた女たちがいるのである。寝ている場合ではなかった。

次回、とりあえず集落に戻る。

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