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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
25/463

25.城壁の外にて

 昨夜、酒場に飲みに来たイレは、何の不調もなく無事な様子で、師匠はいつもそんなものだと笑っていたが、パドマは許せなかった。あんな目に遭わされて笑って流すから、こんな師匠が出来上がったに違いない。その余波に巻き込まれているのが、パドマである。放置すれば、痛い目を見るのは、自分だ。

 怒りMAXで、師匠の前を肉が一切乗っていないサラダやマリネや揚げ物の皿でいっぱいにし、全部1人で食べろと強要した。マスターに咎められても、やめなかった。人に試練を課す前に、おのれが苦手を克服すれば良い。野菜を食べないと、健康的に暮らせないらしいぞ、これは親切だ、とネチネチと言って、食べさせた。師匠は、泣きながら平らげた。周りが気を遣って、手伝おうとした分だけ追加で増やしたので、周囲も黙った。窘めつつも料理を作ったのは、マスターである。きっとマスターも、腹の底ではアレコレ思っていたのだろう。



 そんなことがあったからだろうか、今日は、朝ごはんを食べたら、ダンジョンに連れて行かれなかった。城壁を越え、街の外に出た。

「まさか、魔獣狩りの練習の日?」

 どうやって作ったやら理解不能なくらい高い壁で街が囲まれているのは、人に攻め滅ぼされないように、というよりは魔獣避けの方が意味合いは大きい。戦争など滅多にあるものではないし、腕利きの探索者が集まりがちなダンジョンの街を攻めにくる団体など、聞いたことがない。街を出て、すぐそこと言える距離にある森に行くだけで、嫌になるほど危険な魔獣に会えるのだ。野菜攻撃の礼が魔獣狩りとは、やはり師匠は趣味が悪い。

「いや、違うよ。何で? 師匠は、多分、パドマを遊びに連れて行こうとしてんだよ。お弁当を大量に買って来てさ、ピクニックでしょう」

 イレは、パドマが3人くらい入れる巨大リュックを背負わされ、両手にもバスケットをいくつも抱えている。荷物持ちを押し付けられているのはわかるが、ピクニックと言うには、荷物が多すぎた。怪しすぎる。

「魔獣狩りキャンプか」

「だから、違うって」

 否定しているのは、イレだけだ。信用してはいけない。問題なのは、師匠の腹の中身だ。

「外なら、ウチが案内できる。師匠さん、ピクニックなら左の森、魔獣狩りなら右の森がオススメだよ。どっちへ行く?」


 師匠は、迷いなく左に向かって歩き出した。

 だが、まだ信用してはならない。歩き出す前に、かなりきつい発色の桃色の服を被せられたからだ。

「なるほど。目立つ色の服を着せて、魔獣の贄にするつもりか」

「いや、だから何で? 魔獣は、きっと師匠が倒すよ」

 腹立たしいので、脱ぎはしないものの、袖を通さぬままに歩き続けた。深緑の森に到達して、足をとめた師匠に先を促す。

「師匠さんが行くのは、もっともっと先だよ。奥の奥の奥。師匠さんに似合いの場所があるから」

 パドマは、森の奥を人差し指で指し示した。


 パドマが師匠に足を止めることを許したのは、花園に辿りついてからだった。

 天からは、肉色や紫色の藤が枝垂れ、地上には7色の花が咲き乱れている。最も多いのが、薄青のジギタリスだが、目立っているのは、群生した黄色いデイジーだろうか。普通の形をした木の葉や幹の色も濃桃や濃碧だった。これでもかと言うほど、色が氾濫していた。

「なんだこれ、すごいな」

 髪と髭でまったく顔が見えないが、イレは呆けているように見える。師匠は、イレの荷物を荷解きし始めたので、場所を気に入ったのかもしれない。

「キレイでしょう。どこかでお姉さんを捕まえて、連れて来てもいいけど、花に触っちゃダメだよ。かぶれるから」

「え? 危なくない? 弁当広げて、大丈夫?」

「ウチは、よくこの辺で食べたり寝たりしてたよ。問題ないよ。ここなら、魔獣は滅多に来ないから、のんびりできる」

「え? なんで?」

「魔獣も、かぶれるんじゃないの? 知らないよ」

「そうじゃなくて、パドマは、ピクニックによく来てたのかな? あんまり一般人は、城壁の外ではやらないと思うんだけど」

「そうだねぇ。そんな暢気で優雅なものじゃないよ。この辺に住んでたんだよ。家なしだったから」

 急に、師匠が飛んできて、イレに張り付いた。最近、この2人は、脈絡もなく、妙にベタベタするようになった。気持ち悪い。誰も見てない場所でやればいいものを。

「ベタベタべたべた仲良くしたいなら、お邪魔虫は帰ってもいいかな?」

 来た道を引き返そうとしたら、右腕はイレの手につかまれ、左腕にはサスマタがくっついている。2人のイチャイチャに混ぜてくれなくていいのに。

「誤解だ。師匠は、パドマに抱きつきたいのを我慢してるだけだから」

「そんなことをニヤけ面で言われても」

「しょうがないでしょう。師匠は、顔だけは可愛いんだよ!」

「どうしようもない男だな」

「誤解が誤解を生んで、ますます女っ気がなくなってるよ」

「知らないよ。自業自得だよ」

「パドマの身代わりをしてるだけなのに」

 泣きまねをしている口が、ニヤついている。末期だ。師匠の顔で釣り上げた誰かを拝み倒したら、1人くらい弟子の方でも我慢する、と言ってくれる人はいないかなぁ、と考えていたのだが、もう子どもの手には負えない事態ではなかろうか。

 諦めて、リュックの上に積まれていた敷物を取り外し、適当な場所に敷いた。バスケットを開けてみたら、話通りの弁当が詰まっていた。ピクニックをするつもりはあったことは認めてやろう。

「で、どれを食べてもいいの?」

 師匠は、一瞬でバスケットの元に戻り、次々と弁当を並べ始めた。リュックの中からは、果実水や酒の瓶が、ゴロゴロ出て来た。


「あのー、パドマちゃん。森に住んでた話を聞いてもいいかな?」

 イレは、唐揚げをもりもり食べているが、横で師匠がしなだれかかっている。カフェにいる時のような人目はないものの、お子様の目がすぐそこにあることを考慮してもらいたいものである。先程指摘したばかりのパドマは、二重に言うのもどうかと思い、気まずさを押し殺して、デザートではないかと思われる果物を食べていた。食事を早々に終わらせて、帰るために。

「別に面白い話なんて、何もないよ。ただ家がないから、お兄ちゃんと、そこらでコロコロ寝てただけだよ」

 何やら重い話だぞ、とイレは緊張しているように見えるが、パドマにとってはなんの変哲もない日常だった。危険と隣り合わせだったので、戻りたくはない過去ではあるが、秘密にするような話でもない。特に笑える面白ネタなどはないので、言わなかっただけだ。

「食べ物とか、魔獣とかは、どうしてたのかな」

「前は、お母さんがいたんだよ。お母さんが魔獣を倒して、それを食べたり、さっき魔獣狩りにオススメした方の森には、木の実とかいっぱいあってね。それを取ってここに戻って来れたら、食べられる」

「戻ってこれたら?」

「そう。基本的に、お母さんは近くにいないから、お兄ちゃんと一か八かで出かけてさ。大体、失敗するんだよ。魔獣に見つかっちゃうの。運が良ければ、お母さんが見つけてくれて、魔獣を倒してくれるけど、そうそううまくはいかないよね。だから、ウチもお兄ちゃんも傷だらけなんだよ。

 あれ? なんで? 師匠さんは、知ってるよね。見たんでしょ?」

 師匠は、イレを突き飛ばして、目を見開いている。藍玉の瞳から、涙がこぼれているのは、何故だろうか。

「師匠さん、すぐ泣くよね。なんで泣くかなぁ。笑うとこでもないけどさ」

「師匠は、知らないんだよ。パドマが勘違いしてるだけで、服を脱がせてないからね。上から服を着せただけらしいよ」

 イレは師匠の攻撃から守ったらしい、唐揚げと共に起き上がった。

「え? バレてなかったの? じゃあ、言わなきゃ良かったな。それは、失敗した。だからさ、見られたくなかったんだよ。身体中、傷だらけなの。今後も、絶対に脱がさないでね」

 パドマが睨み付けたら、師匠の手から、いつか渡された傷薬らしきものが、ポロポロと出て来た。

「師匠、わかるけどさ、それは帰りでいいよ。まだ来たばっかじゃん。

 パドマ、帰りに薬渡すからさ。家に帰ったら、使いな。師匠印の傷薬なら、古傷も治るから。刃傷沙汰ばっかりしてる師匠の肌がキレイな秘訣だよ。でも、治ったからって、人に見せていい物でもないからね」

「うん。イレさんにだけは、絶対に晒さないから安心していいよ」


 思った通りだった。

 食後は、反対側の森まで行って、キイチゴ摘みと言う名の魔獣狩りをさせられた。昔馴染みの恐ろしい獣が出て来て、最初こそすくみ上がったものの、いざ相手にしてみたら、ブッシュバイパーよりも大したことがないことに気が付いた。考えてみれば、お母さんが1人でどうにかできる獣なのである。武器さえあれば、当時のヴァーノンでも、どうにかできたのかもしれない。夢に怯える夜がなくなるといいな、とこっそり思った。



 パドマは、ヴァーノンが商家から帰ってきたところを捕まえて、部屋に引きずりこんで、服を脱がせた。

「なんだ、なんだ、なんだ。お前は、何を考えている!」

 師匠に薬をもらってきたが、使うのが怖くて、兄で実験しようとした結果だが、失敗してしまった。やはり塗り薬は、本人の承諾なく塗りたくるのは難易度が高かった。飲み薬なら、何かに混入するだけで済んだのに。仕方がないから、諦めて、事情を説明することにした。

「古傷が消える薬をもらったんだけど、くれたのが師匠さんなの。昨日の野菜のウラミがこもってないか心配だから、お兄ちゃんで実験してみようかと思って」

 そんなの自分だって嫌だ、と抵抗されたら、パドマは剣を抜くことも検討していたのに、ヴァーノンは、ため息をついただけで、大人しく背中を見せてベッドに座った。

「え? いいの?」

「お前は女だからな。確かに治るなら、治った方がいいだろうし、師匠さんを信頼しないのも悪くはない」

 そういえば、あの森で花摘みをして遊びたかったパドマを止めるため、わざわざ手をかぶれさせて見せてくれたのは、兄だったことを思い出した。

「ごめん。ウチ、すっかりお兄ちゃんのこと、朝ごはんだけの恩人だと思い込んでいたよ」

「年齢的に仕方がないのかもしれないが、もう少し色々と覚えておいて欲しかったな」

 パドマは、遠慮なく兄の背中に薬をぬり、笑いすぎて動けなくなった。

「くくっ。お兄ちゃんの背中にっ、背中にっ。くくく」

「何のイタズラ描きをしたんだよ」



 城壁の外から帰ってきた時には、狩衣姿だったパドマが着替えて酒場に現れたので、師匠はテーブルに崩れて泣き出した。服を着替えただけならば、汚れた等の理由も考えられるが、目を吊り上げてこちらを睨みつけたかと思えば、呼んでもこちらに来ず、兄を遣わすばかりときては、何かがあったことは明白だ。

「おい、パドマ兄。あれは、どうした」

「いやぁ、ちょっと、兄妹ゲンカをしまして」

 ヴァーノンも、目を泳がすばかりで、正解を言わない。問い詰めても、聞けばより一層ひねくれますよ、と言われては、どうしようもなかった。

 イレは、泣きじゃくる師匠を放置して、一通り酒を楽しんだ後、帰宅した。

次回、パドマが不機嫌になった理由。

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