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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
249/463

249.パドマものがたり

 何をしに別荘に連れて来られねばならなかったのか、わからなかったのだが、ヴァーノンが師匠に聞き出してくれた話を聞くと、ダンジョン内で炊事をするのに疲れてしまったらしい。

 パドマは、だらだらゴロゴロと暮らしても、1日3食おやつ付きで、1食当たり5人前くらい食べなければ気が済まないのだが、ダンジョンでちょっと暴れ回ると、1食当たり30人前になったり、1日5食に増えたりする。パドマに自覚はないのだが、ケガをしても、食事量が増えるらしい。

 食べさせないと、栄養が足りなくなって骨が折れたりするし、するとまた食事量が増えるし、師匠はほとほと困り果てていたらしい。ダンジョン内に持ち込める食材には限りがあるし、ダンジョン内ではソース類の追加生産をすることもできない。今日はサボって、外食で済ますこともできない。そんな悩みがあったらしい。

 何も考えずに、美味しい嬉しいとタカリまくっていて、申し訳ないことをしたとパドマは反省した。

 何かお手伝いでもして埋め合わせをしたいところなのだが、とにかく動かないで欲しいとお願いされた。家の後ろに菜園があって、収穫体験をするのもたのしそうなのだが、害獣を見るような目付きで断られた。

 それで、仕方なく師匠に渡された長袖長ズボン+ハーフパンツのラッシュガードを着て、川に浸かったり出たりしながら、景色を眺めて静かにしていた。暇すぎて死にそうだった。景色はキレイだが、1日ずっと見て居られるものでもない。

 食料確保のためにも森に入りたいが、森の生態系を壊さないで欲しい、なんて失礼なことを言われた。パドマだって、未来のために狩り尽くさない程度の配慮はできる。森で暮らしていたのだから、食べ尽くして次年に後悔したこともあるのだ。だから、大丈夫だと思うが、毎食1頭仕留められていたら、鹿の生産が追いつかないと言われた。世界的には問題なくても、この近郊から動物がいなくなってしまうと言われてしまった。そんなことを言われても、パドマは鹿1頭をまるまる食べたとして、満腹まではならない。そんな量の植物を採取するのも大変なのだから、どうしようもなかった。

 ぼんやり過ごしていたら、師匠の言う通り、食べる量が減ったらしく、ヴァーノンも師匠の味方になってしまった。イレはパドマの味方をして、イノシシを獲ってきてくれたが、嬉しくなかった。パドマが獲ったのではないのに、師匠に見つかって怒られたのだ。その時、イレはいなかったので、誰にも助けてもらえなかった。

 そして、今は、ここから出るなと、川の中州に置き去りにされている。木陰になっているし、おやつのイノシシも飲み物も置いてある。昼寝用の床まである。それでも不満しかないが、時々ヴァーノンが様子を見に来るので、大人しくそこにいた。ブレスレットを外せば対岸まで跳べる気がするのだが、やっても怒られるだけなのはわかっているから、やらない。本当にキレイな景色だと思うが、心の底から見飽きた。パドマは、スカロッピーネを食べながら、ゴロゴロと転がっていた。皆は、炊事洗濯掃除に狩りに庭仕事に散歩。楽しそうで羨ましいなー、と愚痴りながら転がっていた。



 ゆらゆらと心地良い揺れにまどろんでいたが、衝撃音とともに身体が飛んで水に落ち、パドマは覚醒した。何ごとが起きたやら理解が追いつかず、上下の区別も曖昧だったが、幸いにも水深は足がつく程度だった。足はつくが、ギリギリつく程度で水流は強い。口に水は入るし、思う方向に進めず流されていたら、網に引っかかって止まった。

「おお、(かむ)からの(おぐ)り物か!」

 パドマは、網にかかっていた魚と一緒に陸地に上げられると、網を引いていた男に拝み倒されて、微妙な気持ちになった。感謝するのは、パドマの方である。きのこ信徒でもないと思うのに、拝まれる意味がわからなかった。アーデルバード外まで信徒が増えていたとなると、本気で身の置き場がない思いだ。

「助けてくれて、ありがとう」

 パドマを助けたのは、初老の男1人とヴァーノンくらいの年頃の男が2人だ。ひょろりとはしていないが、綺羅星ペンギンの従業員を見慣れた人間からすれば痩せ型で、背も低く、師匠くらいの上背の男たちだった。顔立ちも似ているような気もしなくもないので、血縁関係があるのかもしれない。パドマを拝んでいるのは、初老の男だけで、若者はパドマを見下ろしているだけだった。

「ここ、どこ? アーデルバードって、知ってる?」

 本当は師匠の別荘への距離を聞きたかったのだが、生憎と地名を知らない。そうなると、参考になるのはアーデルバードの位置だろう。そちらに戻れれば、ヴァーノンたちもパドマを探しやすいに違いない。

(つか)くにオラたつの集落があるだでよ。名なんち、そげ偉そなもんはなかし、そんだばだけで、他は知らんと」

「ん?」

 生成り色の服を着ている方の若者が返答してくれたが、早口すぎてパドマには理解できなかった。だが、残りの男たちは、明るい声で相槌を打った。

「んだんだ。知らねっし。オデたつは、なんも知らねっし」

「そだすけ。わがんねが」

 明らかに、生成りの男の発言以降に態度が急変していた。パドマは、その反応に心当たりがあった。イレさん牧場に辿り着く前に、そんな経験を何度かしていたからだ。大体は、パドマを逃がさないように囲い込もうとする男たちが、結託する時に行われていた。

「そっかー。何言ってんだかさっぱりわかんないから、聞いても無駄かな。助けてもらった御礼がしたいんだけど、ウチができそうなことって、何かある?」

「礼だと? いいんけ? 礼だばしとくれっとと」

「んだば、ゆてみよみゃーか」

「こがじゃ話すにならんとよ。よしたがよか」

 茶色の服の若者が、パドマの腕をつかもうと手を伸ばしてきたのを、パドマは反射で避けた。

「ごめん。さわられるのは、嫌いなの」

 パドマがそう言うと、男は3人で手を繋いで、パドマの周りをくるくると回った。何を示しているのかわからないが、楽しそうではあった。それだけは、わかった。



 男たちが何を言っているのか8割はわからないのだが、ついて来いというジェスチャーはわかったので、パドマは男たちの後ろをついて行った。

 山と山の間の細道を歩くと、少し開けた土地が見えた。そこには三角屋根の茶色い家が3軒と、畑と、大きな池があった。家の数は少ないが、1つひとつのサイズは大きい。トレイアのイライジャの城ほど大きくはないが、雨宿り豚亭やシャルルマーニュ大使館よりも大きい。

 なんだかわからないが、アーデルバードよりもむさ苦しい土地のようだった。外を歩く間も男しかいなかったが、家の中に入れてもらっても、男しかいないらしい。おっさんみたいな顔をした女性が、男物の服を着ている。そんな現象でない限り、男しかいないように見える。パドマは嫌な予感がした。

 何も言わずとも着替えは出してもらえたが、四方八方に覗きがいて、ツッコミを入れるのも嫌になった。隣の部屋から覗く男は、完全にドアの隙間から顔が見えてしまっているし、天井裏にも目がある。軽いホラーだ。そこまでして覗きたい気持ちもわからないし、こっそりという概念も確認が必要かと思われた。助けてもらった恩は捨て置いて、濡れネズミのまま帰ろうとしたところ、おじいちゃんが出てきて皆を一喝し、有象無象は消えた。眉毛と口髭とあごひげがふさふさしており、三角帽子を被ったパドマより格段に小さなおじいちゃんなのだが、声量はすごくて、パドマは頭がぐらんぐらんした。

「さでば安心すて着替えっさい」

 と、着替え部屋におじいちゃんが座った。真面目な顔をしているようで、口元はニヨニヨしている。ヒゲが動くから、よくわかる。

「うん。もう着替えとかいらないし、出てくよ」

 パドマは、完全に恩返しを諦めた。ここにはロクなヤツはいないと判断した。服は速乾素材だった。何もしなくとも、大体乾いた気がするから、このままでいい。

 すべてをシカトして帰ろうと玄関に向かったのだが、男でふさがれていたので、出れなくなった。窓から逃げれば良かったと、パドマは後悔した。


 パドマと男たちが睨み合うこと、数百拍。男たちは喧々轟々と捲し立てるのだが、何を言っているやら理解できない。だから、パドマがそれらに心を揺り動かされることはなかった。白ひげのおじいさんがジャーキーを出したから、パドマは渋々片膝を立てて座った。

「わかった。まずは話を聞く。但し、何を言ってるのかわからないから、1人ずつ話して。あと、ゆっくり話して。それでもわからなかったら、通訳を探してくるから、1回帰らせて欲しい」

 パドマがそう言うと、男たちがまたぎゃーぎゃー騒ぎ立てて、1人の男がパドマの前に突き出された。川にいた生成りの男だった。


「ちょっとさ、集落の儀式に付き合ってくんね? 歌って踊るだけでいいんだけど」

 生成りの男は、バツが悪そうに、アーデルバード語をしゃべった。男たちの中に、意思疎通のできる相手がいて助かったが、まさかの最初に言葉を交わした相手とは思わなかった。

「普通にしゃべれるんじゃん。もしかして、全員そうなの?」

「オラだけだ。家さ出て、アーデルバードに住んでたことがあっから。洗練されたシティボーイなんて、この中じゃ、どう見てもオラだけだろ?」

「なんだよ。アーデルバードなんて知らない、みたいなことを言ってたくせに。

 で、ウチは、生贄になれば、それ以外の用はないってことでいい?」

 すると、また周囲の人間が一斉にしゃべりだし、騒音がひどくなった。皆一様に興奮し、早口でわめき散らしている。パドマは、ジャーキーをくわえたまま、手で耳をふさいだ。

「マジうるさい。こう見えて、生贄経験は、人並みにあるんだよ。自分の娘を差し出したくない人に、頼まれて交代したことがあるから。豊穣を祈願したことも、悪神に捧げられたこともあるよ。別に大したことじゃないよ。騒ぐな」

 パドマは、イレさん牧場への旅の途中で、何度か生贄になって欲しいと頼まれたことがあった。旅人を捕まえて生贄にすれば、その年の土地の者は生贄にならずに済むから、積極的に狩っているらしい。その噂が広まって、旅人が来なくなったんだ、と相談を受けたこともある。パドマは触られるのが嫌いだし、近寄られただけで逃げる。毒物は食べる前に気付いたり、食べても効かなかったりする。それで捕まえられずへこたれた人に、直接頼まれたことが、何回かあった。

 アーデルバードではそのような風習はないから、聞いたはじめは驚いたが、今となってはまたか、と言う程度のあるあるでしかない。女の旅人など滅多にいるものではないので、そこかしこで頼まれたのだ。本来なら時期ではないが、ちょうど良いから生贄になってくれないか、と言われたこともある。

「ほんなら、ないごて生きちょっど」

 生成り男も、また早口に戻ってしまった。非常に聞き取りづらくて、パドマは渋面になった。

「それぞれの生還条件を達成したからだよ。引導を渡す係の人の、精神的負担が軽くなるのかな。なんだか知らないけど、こういう場合は、その年の供物はいらないよ、ってのがあってさ。崖から飛び降りて生きてたら、一晩焚き火に入って生きてたら、沼を反対岸まで歩いて渡りきったら、滝壷に落ちて浮かんだら、そんなようなのを達成できたら、神の許しが出たとかなんとか言われるんだよ。もう何回も生贄経験があるからさ、やる嫌悪感はないし、逃げないから、あんまり寄らないでくれる?」

 パドマは淡々と言った。パドマは、言葉通り逃げる素振りは見せない。白ひげじいさんが持つ皿の上のジャーキーを食べているだけだ。

「ああ、そうそう。睡眠薬入りでもなんでもいいから、何か食べたい。肥え太った方が、神様も喜ぶかもしれないし、最後の晩餐をおねだりしてもいい?」

集落の人の言葉は、あえて近くもないあちこちの方言を混ぜております。間違えではありません。


次回、生贄の儀式開始。

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