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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
247/463

247.別荘にて

 ヴァーノンは、起きた瞬間に渋面になった。腹の上に、パドマが乗っていたのだ。昨日は、別室で寝たのに。こうならないように、ベッドに縛り付けてきたのに。パドマが起きているならばまだわかるが、パドマは寝ていた。こうなったメカニズムが理解できなかったし、侵入されて気付かず暢気に寝ていた自分も許せなかった。

「にーちゃー」

 幸せそうに微笑むパドマの邪魔はしたくないのだが、問題は服装と身体の密着度だった。結局、ヴァーノンも師匠が用意した寝巻きを着ているのだ。服を着てないかのような、薄くて軽い素材のまったく安心感を覚えない楽な服だった。

 パドマはいつ成人して、兄離れをしてくれるのだろうか。そんな日が来たら、寂しくて追いかけてしまうかもしれないが、こんな時は少し離れて欲しいと思うヴァーノンだった。


 ヴァーノンは、我慢がならず、パドマを下ろして起き上がった。身支度をして、階下に降りる。パドマに嗅がせたら、一撃で起きてくれそうないい匂いが漂っていた。

「おはようございます」

 ダイニングに顔を出すと、師匠の給仕でイレがごはんを食べているところだった。師匠はヴァーノンの姿を見ると、ぱたぱたとカマドに歩いて行った。それをヴァーノンは、呆けて見ていた。話には聞いて知ってはいたが、一般的なご家庭の朝の風景はこんな風なのか、と思ったのである。一般的なご家庭は、朝ごはんを食べないのだが。

「やだなぁ。パドマだけじゃ飽き足らず、師匠も気になってるの? 多情なのは、嫌われちゃうよ」

「違います。家庭的な空気に、驚いていただけです」

「師匠が家庭的? 騙されちゃダメだよ。そんなのパドマがいる日だけだよ。毒味役をさせられる以外で、お兄さんのごはんなんて、作ってくれないし」

「やっぱり、、、パドマのことが、好きなんですよね」

 ヴァーノンはひそひそと、声のトーンを落として聞いたのだが、イレはそのままの声で答えた。

「そりゃあもう、べた惚れだよ。過去1だよ。なんでか本人は、否定するけども」

 そりゃあ、女だからだろうよ! と、ヴァーノンは心の中で思うに留めた。ずっとパドマとの結婚を嫌がる師匠を不思議に思っていたのだが、今は合点がいっている。女の身ではパドマを幸せにできないと、身を引く決意をしているのだと、ヴァーノンは納得したのである。なんと健気な想いだろう、と師匠への好感を最大値まで上方修正した。味覚の狂った牛野郎には伝わらなくても、師匠は悪いヤツではなかった。ちょっとヴァーノンへのからかいが、度を越していただけだ。恋人になれない自分と、血縁もないのに兄をやっているヴァーノンを比較して、腹立たしく思っていたのかもしれない。

 そんな思いを巡らせていたら、師匠はヴァーノン用の朝ごはんを持ってきた。

 顔を模したハンバーガーは舌を出しているし、ケチャップまみれのオムレツには指にしか見えないウインナーが刺さっていた。サラダの生ハムは皮を剥いだ人の顔みたいになっていたし、スープには正体が知れない目玉状の何かがゴロゴロと入っていた。師匠の美術的才能が遺憾無く発揮された、かなりクオリティの高い薄気味悪い料理ばかりだった。明らかに、イレとは別メニューである。

 先程の師匠の考察を思い出し、ヴァーノンは師匠に心から礼を言い、気にせず食べた。皮を剥いだような何かではなく、実際に皮をはいで色々なものを食べてきた。もっとグロい内臓だって脳みそだって、見ても美味しそうとしか思わない。そんな生活をしていたし、そんなものに怯んでいたら、獣を解体して料理を作る仕事なんて、進んで就かない。

 なんのツッコミも入れずに笑顔で口に入れ、美味しい、ありがとう御座いますと言うヴァーノンに、師匠の方が怖くなって泣いた。


 2階から、ガタガタと物音がした。パドマが寝ていたヴァーノンの部屋の方角ではないかと思われた。ヴァーノンは、ご馳走様も言わずに階段に向けて走った。

 ドアを開けると、部屋は無人だった。ベッドの上は少々乱れており、窓が開いている。ヴァーノンは躊躇いなく窓から飛び降り、地面に残された足跡を辿って走った。

 パドマは、すぐに見つかった。

 家の前の道からは見えなかったが、道の前に流れる川に落ちていた。家の玄関から20歩も行かない距離だと思う。川の浅瀬に寝巻きのままで座っている。ある意味では大事件が起きていたが、事件性はなさそうだった。

「お前は、何をやっているんだ?」

 ヴァーノンは後ろから話しかけたが、パドマは反応を示さなかった。渋々靴を脱ぎ、パドマのところまで行くと、パドマは涙を流していた。ヴァーノンが近くに来たのに気付くと、パドマは四つ足で逃げ始めたので、ヴァーノンはパドマの後ろ襟をつかんだ。

「何処へ行く」

「一緒にいるのがそんなに嫌なら、お兄ちゃんでいてくれなくていい」

「な」

「1人でいるのが嫌だから、お兄ちゃんのところに行ったのに。起きたら、またお兄ちゃんがいなかった。なんで? どうして一緒に寝たらいけないの? 他の人とは寝ないよ。それはダメなのは知ってるよ。じゃあ、寂しくなったら、どうしたらいいの? 誰に甘えたらいいの? お兄ちゃんに甘えたらいけないなら、お兄ちゃんはもう、お兄ちゃんじゃなくていい。元々他人だったんでしょ? なら、他人になればいい。他人と同じだから。ただただ口うるさいだけの人なんて、近くにいてくれなくていい」

 パドマは、ヴァーノンがベッドにいなかったことを怒っているようだ。パドマは、ヴァーノンの気持ちを理解してはくれないらしい。ダメなのは知っていると言っているのに。ヴァーノンはお年頃なのである。それほど年の離れていない可愛すぎる妹に、あんまりベタベタされても困るのだ。

 ヴァーノンは、盛大な溜め息とともに、パドマの横に座った。着替えを持っていないのに、どうしてくれよう。

「お前は前に、寝相の悪さまでは責任を取れないと言っただろう。俺だって同じだ。寝ぼけてお前に何かしたら、どうするつもりだ」

 ヴァーノンがパドマを見ると、パドマはより一層不機嫌面に変貌していた。そんな顔も可愛くて、ヴァーノンは撫で回したくて仕方がなくなったが、今は我慢した。

「ウチのお兄ちゃんをバカにするな! お兄ちゃんは、どんなに困ったって、そんなことは絶対にしない!!」

「いや、故意にはしないぞ? だが、寝ぼけてる間までは、責任取れないだろう? もしかしたら、夢の中ではパドマじゃない誰かと、そんな仲になってるかもしれないじゃないか」

「お兄ちゃんは、そんな人じゃないから!」

「俺は一体、どんな人間なんだ」

 パドマの曇りない返答に、ヴァーノンは愕然とした。ただの独り言だったのだが、パドマは嬉しそうに答えをくれた。

「すっごい優しくて、すっごい格好良いの。どんな飢餓状態でもごはんを多めに分けてくれるし、いじめっ子からも魔獣からも守ってくれるし、イタズラしても失敗しても怒らないし、大したことないことでも大袈裟に褒めてくれるし、夜中に叩き起こしても、頭なでてくれてぎゅーしてくれるお兄ちゃんが好き」

 パドマは、懸命に指折り数えて、ヴァーノンの好きなところを挙げていった。ヴァーノンも、そんなことをしていた記憶はあったが、12年くらい昔の話だった。あの頃のパドマも、年齢にそぐわないくらい小さくて、細くて、更に人形のように動かなくなった直後のことだろう。今にも死んでしまいそうで、仮令何かの役に立たないとしても死なせたくなくて、1人になりたくなくて、必死だった時期の話だ。今だってパドマは大切な妹だが、あの時よりも想っている自覚もあるが、あるからにあれを再現するのは少々つらい。あれは、ヴァーノンが、生真面目な子ども時代だったからできたのだ。

「そうか」

 ヴァーノンがうなだれて葛藤していると、パドマは更に言った。

「大人になったからさ。いつまでもそれじゃあダメだと思う。子どものお兄ちゃんだって格好良かったんだから、ウチだって、できなきゃいけないと思う。だからさ。そんな心配してるなら、別居しようよ。もう可愛がってくれなくても、生きていけるよ。同じ布団に入ったらダメなら、隣のベッドに寝てるのも変わらないよね。だから、もう手放していいよ」

 パドマは諦め顔で笑ったから、ヴァーノンはパドマを引き寄せて抱きしめた。以前のように、背中を抑えて頭を撫でる。

「嫌だ。ふざけるな。パドマの進退を決める権利は、俺が持っているんだ。お前が誰に惚れても、何処にも嫁に出さないと、俺が決めたんだ。ずっとそばに置いておくと決めたんだ。逃げるなら地の果てでも、死者の国でも、どこまででも追いかけてやる。パドマの決定なんて、俺は認めない」

「ウチはお兄ちゃんが嫌がらなければ、何処にも行かないけど」

 パドマがヴァーノンに抱きつき返すと、盛大な水飛沫が立って、2人は頭からずぶ濡れになった。

「ぶわ!」

「あ、師匠さん、おはよー」

 師匠が空から降ってきたのが、水飛沫の原因だった。師匠は泣きながら、『私だってお兄ちゃんなのに、お兄ちゃんになって大分経つのに! 気持ち悪くない』と刻まれた蝋板を読めないくらいにパドマの眼前に押し付けている。だから、師匠だと気付いてはいるが、パドマには状況がわからなかった。

 ひとまず、顔の前の蝋板を手に取ると、パドマの表情が困ったものに変わった。

「それは言わないお約束なんだよ。どう伝えたらいいか、わからないんだもん。師匠さんに言ったら泣きそうだし、お兄ちゃんに言ったら怒られそうだし、イレさんその他に言ったら笑われそうだし、相談するあてもないんだよ。師匠さんの尊厳を守るためにも、墓場まで持って行こうと決めたのに」

『私だって、ヴァーノンと何も変わらない!』

「それ、どこまで本気なの? ウチ、師匠さんみたいな変わった人、他に見たことないけど!」

『不満があるなら直す。言え!』

「いやいや、絶対に聞かない方がいいよ。聞いた話では、直らないらしいから。ウチだって、そんなのどんな風に伝えたら角が立たないか、わからないし。わかりたくもないし」

「代わりに言ってやろうか? 聞いても、怒らないから」

 パドマが何を言うのを躊躇っているのか、まったく心当たりがなくて、話に混ぜてもらいたくなったヴァーノンが参戦してきた。両側から、さあ言ってみろと促されたパドマは蒼白になった。

「無理! お兄ちゃんだけは、やだ!! 師匠さん、教えてあげるから、お兄ちゃんのいないところに行くよ。でも、絶対に聞いたら後悔するし、ウチはそんなこと言いたくなかったことだけは覚えておいてね」

 パドマが言い切らぬうちに師匠はヴァーノンを蹴り飛ばし、パドマを強奪して岸に上がった。ヴァーノンが追ってくる前に早く言えと耳を寄せてきたので、パドマも観念した。絶対に、ヴァーノンには聞かれたくなかったのだ。

「師匠さんのXXX(ピーッ)が、ひどすぎる。変態じゃないなら、やめて欲しい」

「!!」

 妹分が発言する内容としては、かなり過激だったのかもしれない。パドマのキャラにそぐわぬ単語を聞き、師匠は全身を真っ赤にして涙をこぼして走り去って行った。

「だから言ったのに。人の助言を素直に聞かないから」

 パドマは、呆れ顔で師匠を見送った。師匠に蹴られたヴァーノンは、静かにゆっくりパドマのところに歩いてきた。蹴られた上に、パドマを取られたのに、怒ってはいなかった。師匠との仲が改善されたらしい。

「ひどい格好だ。戻って着替えよう」

「川に浸かってるままの方が、涼しいよ」

「朝ごはんは、いらないのか?」

「食べる!」


 家に戻ると、イレが出迎えてくれた。

「朝から泳いで来たの? 元気だねー」

 と、呑気に声をかけただけなのに、

「パドマを見るな!」

 と、ヴァーノンに殴られていた。可哀想だった。

次回、パドマの腹を満たす。

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