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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
244/463

244.相談所

 パドマは、自室のベッドで起きた。マグロを仕留めたら死んでも諦められる、と覚悟を決めていたのだが、またしても助けられてしまったらしい。もう師匠に足を向けては寝られない。師匠の家の方角がどっちなのか知らないし、部屋が狭いからベッドの向きを変えたりはできないが。

 だから、そんなことよりも、目の前に並べられているいい匂いがするものの方が、大事だ。

 いつまで経っても活躍の場ができて捨てられないベッドテーブルの上に、美味しそうな料理が並んでいる。ひじきの炊き込みごはん、豆乳スープ、きのことトマトの煮込みハンバーグ、ホースマクロの竜田揚げ、はまぐりのパン粉焼き、レンズ豆のサラダ、ナッツ入りにんじんケーキ、ローズヒップティーだ。パドマの鼻は、お代わりの存在も捉えている。いつから食べていないのやら、お腹が騒がしくて仕方がないので、誰もいないのをいいことに、パドマは勝手に食べ始めた。もっとあっさりめの物を食べたかったのだが、スープが美味しい。

 パドマが幸せ気分に浸っていたら、人の寝床を料理まみれにしてくれた犯人だろう、師匠が入ってきた。師匠は、ステーキを抱えて、いつもと違う服装をしていた。

 頭はハーフアップのお団子にしているし、服はグレーのシャツに黒のハーフパンツを合わせ、猫柄の上着を羽織っている。オーバーサイズのそれらは、きっとルーファスブランドだろう。パドマは、何をしてるのかな、と思った。

 パドマが起きて、ごはんを食べているのを見つけると、師匠はテーブルにステーキを置いて、服のアピールを始めた。自分が着ている服を引っ張ったり、くるくる回っているのは、服のアピールで合っていると思うのに、パドマが興味なさそうに「あー、うんうん、可愛いね」と言うと、泣きながら去って行った。猫柄なんだから可愛さを求めた結果だと思ったのに、違ったらしい。

 パドマは気にせず、ごはんを食べ続けていたら、師匠は着替えて戻ってきた。今度は全身黒で細身の服を着ていた。だから、「師匠さんて、痩せてるよね」と言ったら、また泣いてどこかへ行った。服ではなく体型を褒めろということだとパドマは受け取ったのだが、また間違えたようだ。暑苦しいな、と本音を言わずに持ち上げたつもりだったのに。

 しばらくすると、また師匠は着替えて戻ってきた。今度は、白シャツの上に黒のポンチョを着て、水色のルーズシルエットパンツを履いている。だが、パドマは、感想の正解が全く浮かばなかった。だから、「服なんて、どうでもいいよ」と、お代わりをもらいに行くことにした。


 てっきり、もう治ったのだと思ったのに、頭がくらくらとして、立ち上がったそばから、座り込むはめになった。パドマはベッドの隙間に座り込んでいたら、師匠が抱いて戻して、膳を丸ごと下げてしまった。

 パドマが、ごはんを片付けられてしまった悲しみにくれていたら、師匠は、またごはんをまるっと一食分用意して持って来てくれた。だから、感謝の気持ちをこめて、聞いてあげることにした。

「何のために着替えたの?」

『バカ弟子の女になりたくないから、男になる!』

 師匠は、よくぞ聞いてくれましたとばかりに、ノリノリで教えてくれたが、パドマは違和感しかなかった。師匠が求めていた感想が、男らしいね! なのはわかったが、それは無理だ。可愛い顔がそのままだから。

「今まで、散々奢ってもらって、それはひどくない?」

『あれは元々、私の金だ!』

「何言ってるの? イレさんが、せっせとダンジョンで稼いでるんだよ。いくらイレさんが師匠さんにメロメロの甘々でも、そういう言い方は良くないよ」

『違う。ダンジョンに隠した私の遺産を持ち帰っているんだ。相続人ではあるが、私の物だ』

「え? 奥まで行ったら、お金持ちになれるモンスターがいるんじゃないの? がっかり!」

『欲しければ、パドマも持って行けばいい』

「えー。いらないよ。同じ掠め取るなら、イレさんの財布から抜いた方が早いしさ」

『いらないなら、服!』

 師匠は、蝋板をぺしぺしと叩いた。余程、おのれの可愛さに困っているようである。パドマは、どうでもよすぎて親身になる気持ちになれないが。

「いやいや、無理だよ。その顔じゃ、何しても無駄だよ。昔、いろいろ着せてみたけど、男に見えなかったよ。ウチの知らないところで、パット様になればいい」

 師匠はパドマに飛びついてイヤイヤをした。

「!! スープがこぼれたし! さわるな!」

 スープを食べている最中に揺らされたから、パドマの手にスープがかぶった。パドマは不満を言うだけで、何の処置もしなかった。スープを食べるのを諦めて、サラダを突き出しただけだった。師匠は、タライを出して水を張り、火傷防止のためにパドマの手を浸した。

「もうこの布団じゃ寝れなくなるじゃん。洗うの手伝ってよ」

 かなり熱めの液体をかけても悲鳴をあげないパドマを見て、師匠は涙した。


 騒いでいたからだろう、ノック音がした後、部屋にヴァーノンがやってきた。ヴァーノンが部屋に入ると、ツッコミどころが満載な2人がいた。ベッドテーブルの上にごはんが並び、ベッドの上に水の張ったタライが置かれ、ベッドの上に座るパドマを師匠が抱きしめて、繋いだ手はタライの中という状態だった。師匠はめそめそと泣いているし、パドマは気にせず食事をしている。

「お兄ちゃん、おはよー」

「おはよう。これは、どういう状況だ?」

「イレさんと別れたいって、駄々こねてる師匠さんを無視して、ごはんを食べてる」

「そうか」

 ヴァーノンは、周囲がどうあれ、パドマには食事しか目に入っていないことを理解した。こちらは、何を言っても無駄である。お代わりの話か、デザートの相談くらいしか、まともな会話にならないだろう。

「師匠さんは、何をしているのですか?」

『パドマは、ケガをしても痛がらない』

「そうですね。小さい頃から、ずっとです。弱味を見せたら、余計に嫌がらせされるからと言っていました。安心できる場所を与えられていないのでしょう」

 師匠は、パドマの手を見ると、甲が少々赤くなっていた。その上を指でなぞると手はビクッと反応したのに、顔は何も変わらず食べ続けていた。

『そんなことをされると、悲鳴を上げるまでいじめたくなるよ』

 と師匠が見せれば、

「それなら、またアーデルバードから出て、本気出して逃げるよ」

 とパドマは返した。

 パドマにとって、実行可能であり、前科があるのが困りものだった。もう2度とやりたくないと思うくらい、大変なことでもなかったようだ。何の感慨もないように、ごはんを食べ続けている。

「お兄ちゃん。師匠さんが、イレさんの彼女なのが嫌だから、男になるとか意味不明なことを言ってるの。パット様になられたら迷惑だから、新しい彼氏を紹介してあげてくれない? ウチが用意するとしたら、師匠さんを景品にした綺羅星ペンギン武闘会くらいしかできないから。喜んで参加する人はいそうだけど、彼氏って、そんな風に決めるものじゃないよね」

「そうだな。紹介と言われても、そう簡単にはいかないな。どんな相手が好みですか?」

 ヴァーノンが真面目な顔で問うと、師匠は顔を赤らめ下を向いて、もじもじとしている。ヴァーノンが好きとか言い出したらどうしようと、パドマが危惧していると、珍妙なことを蝋板に刻んだ。

『黒目がちな瞳。とがった耳と鼻。緑の肌に灰色の髪。物静かで、料理上手で、可愛い人!』

 それを見て、兄妹は怯んだ。誰に対しても上から目線な師匠は、理想が高そうなのは予測していたのだが、思っていたのとはベクトルが違った。そんな人は、探せる気がしない。

「トカゲやヘビなら、見つけられるだろうか」

「芋虫とかバッタなら、よくある色だよ」

 2人とも、緑の肌にひっかかりを覚えていた。ひそひそと話すのが聞こえたらしく、師匠は違うちがうと首を振る。すみっこにイラストを描き足した。小さすぎて、つぶれていて詳細は不明だが、人型であるのは間違いなさそうだった。

「奥さんが、そういう人だったの?」

 と、パドマが問えば、師匠は幸せそうに微笑んだ。パドマはそれに怯んだが、ヴァーノンは安心した。パドマとは、共通項がまったくなさそうに思えたからである。先日、女性であることを確認したのに、妻帯していたことに違和感は覚えるが、相手がパドマでないならば、好きにしたらいいと思う。


「イレさん以外の彼氏が見つけられないなら、やっぱり顔を改造するしかないのか」

 パドマが顔を引き攣らせていると、師匠はテーブルに移動し、懐中からメイク道具を出した。

 師匠は、猛烈な勢いで肌を整えると、眉を太めに書き足し、ベージュのアイシャドウを上下に入れ、目尻に焦茶を横長に馴染ませた。アイラインは控えめに入れ、ベージュのチークを乗せ、オレンジ系の口紅を中央にだけ乗せて、広げた。


 その手慣れた作業を見て、ヴァーノンは、これが男だったら嫌だと思ったし、パドマは「一層、性別がわからなくなったね」と言った。師匠の可愛さに全振りされた顔が、少し中性的になったのである。

 師匠は、パドマの言動を気に入ったのか気に入らないのか、食べ終わって落ち着いていたパドマも引きずり連れて、顔をいじった。

 口周りをぬぐう様くらいは見たことがあったが、目元は黄緑に塗られ、頬には紫色にされるらしいと知り、ヴァーノンはドン引いたが、仕上がったパドマは何故かナチュラルメイクになっていた。自分には一生理解できない領域だと納得した。自分の顔がいじられたにも関わらず、できばえも確認せずに、大人しくしていたのだからデザートを寄越せと言っている妹は、少し心配になったが。



 師匠は、デザートを買いに行こうとパドマに服を着せて、星のフライパン(武器屋)にやってきた。

 師匠の中でもここは菓子屋なのだな、と納得して席に着くと、クッキーとお茶が出てきた。パドマの来訪は予期していなかったのに、それでもお菓子が出てくるのが、流石菓子屋である。

 パドマは席に着き、サクサクとそれらを食べながら、師匠が店主に蝋板をつきつけるのを見ていた。

「嬢ちゃん、助けてくれ。師匠さんが何を言いたいのか、わからない」

 カウンターに戻っていた店主が、パドマの方にやってきたので、師匠の持つ蝋板の文字がパドマにも見えた。『私には、そんな趣味はない』と、書かれている。確かに、そんなものを急に見せられても、意味はわからないだろう。

「詳細は知らないけど、おっちゃんが書いた駄本への抗議だと思う。ウチも、あれには物申したいことが沢山あって、ツッコミどころしかない」

『増刷するなら、書き直せ』

 パドマと師匠に睨まれながら、店主も席についた。

「そうは言っても、あれは綿密な取材の果てに書いた物だぞ。念のため、『この物語は小説であり、事実と異なる箇所も御座います』と記載した。不足はなかろう」

「不足しかない。まず1ページ1行目『閉月羞花の少女がいた。』そんなものはいない。『名をパドマと言う。』無許可で名前を使うな。せめて偽名を使え」

「それは、ヴァーノン氏への取材の結果だ。沈魚落雁にするか、明眸皓歯にするか悩んだ結果、閉月羞花を選んだのは、あの兄ちゃんだ。保護者には許可を取った。不足はない!」

 店主は、ニヤリと笑った。パドマは、あまりの言い分に、頭がくらくらとした。

「マジか。お兄ちゃんは、何を考えてるんだ」

「さあな。嬢ちゃんの愛らしさを記録に残したい、と依頼したら、そう思うのは仕方がないと、いらん幼少期のエピソードから、10時間くらい語られて、途中で寝ちまったぞ」

 店主は、遠い目で教えてくれたが、それを聞いたパドマも師匠も似たような表情になった。何をしてるんだ、兄。

「じゃあ、パドマの恋の相手の過半数が知らない人なのと、知ってたとして好きでも何でもない人なのは、なんなの?」

「それは、商売の結果だ。本への出演権を売りに出したら、飛ぶように売れたんだ。武器より売れやがった。あんまり出しても、それだけで話が終わるから、値を吊り上げて、人数制限もしたんだぞ。あっという間に売り切れて、希望を聞いたら、恋人役をやりたいと、振られるまでのエピソードをそれぞれに考えてもらった。同じようなシチュエーションは不可だと言う調整が、大変だったんだぞ?」

「それは、取材とは呼ばない!」

「そうだな。恋愛パートは、応募によるものだと書き足そう。もっと売れるかもしれないからな。ちなみに、その売り上げの半額も寄付したから、許せ」

「そう言えば、何でも許されると思うなよ?」

 パドマと店主が睨み合いをしていると、師匠は大金貨を3枚詰んだ。

『私と緑の肌の可憐な乙女との恋愛パートを書け!』

 店主は、大金貨を目にして、喉をゴクリと鳴らした。何よりも、売り上げ金額を気にするおっちゃんである。落ちたな、とパドマは思ったのだが、店主はぐっと目を逸らした。

「いくら何でも、そんなにもらえるか! それに、あんたは脇キャラだ。恋愛パートなんぞ、いらん。あのヒゲ面男が嬢ちゃんの側にいる、適当な理由が欲しかっただけだ。緑の肌って何だ。そんなもの書けるか!」

「そうだね。そんな強烈な個性の端役は、困るよね。でもさ、これだけお金を積んでくれてるんだし、師匠さんの恋物語でも別に書いてあげたら?」

 それを書いている間は、パドマ本の続編は書けないだろうし、師匠の本の評判が良ければ、パドマ本の続編は一生出ないで終わるだろう。そういう目論見をしたのだが、店主はキッパリ断った。

「嬢ちゃんを傷付けるような本は、出さん」

「もう2冊も出してるよ」

「ムカついただけで、傷付いてはいないだろ? だから、セーフだ」

「傷付いたよ。本のパドマは恋ばっかりしてたけど、全然共感できなかった。きのこ狩りの先輩に優しく教えてもらって、きゅんきゅんしちゃう気持ちが、わからない。一目惚れもわからないし、久しぶりに再会したトキメキも理解できなかった。仕事を手伝ってもらっても、高いところにある物を取ってもらっても、重たい物を持ってもらっても、心配してもらっても、恋なんて始まらないよ。自分は欠陥品なんだって、思い知らされたよ」

 暗い顔をして言うパドマに、店主は困った顔をした。その理由の半分くらいは、誰でもわかるものだった。原因は、師匠と護衛としか思えなかった。日常にないものが降って湧くから、何かが生まれるのである。パドマの周囲には、手助けをする男は掃いて捨てるほどいる。名前を覚えきれないほどに、数を数えきれないほどに、沢山いる。

「それはあくまで、権利を買った男の萌え話だからな? 嬢ちゃんと合わないだけで、嬢ちゃんにスイッチがない訳じゃねぇだろう」

「でもさ、モンスターから助けてもらっても怖いとしか思えないよね。だって、その男はウチより強いモンスターより強いんだよ。やられちゃうじゃん。逃げた方が良くない? 命を助けてもらってもね。傷が痛いことしか気にならないし、ドキドキを感じるのは、走ってる時くらいなんだけど」

「それは特殊すぎる環境だな。次作では考慮しよう。確かに、死にかける傷を負ってるのに、痛いよりトキメキを感じてるのは、ドMすぎるかもしれん。リアリティに欠けるな」

 武器屋は、人生相談に乗るフリをして、本人への取材を始めた。結果、なんだよ、恋してるじゃねぇかと思ったが、それを素直に書くと、パドマを籠絡できる男が増えてしまうかもしれないので、自重することに決めた。物語のパドマはどうでもいいが、本物のパドマを傷付けるつもりはなかった。

次回、体調不良を無視して暴れに行く。

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