240.ウスユキソウの髪飾り
紅蓮華の蓮見会を断り続けていたら、シャルルマーニュ大使館からもお誘いがあった。なんと、フローレンスが戻って来ていたらしい。知らない間に第3夫人の駐在する期間は過ぎて、駐在する妻が決まったらしい。
だから、師匠におねだりして、お菓子を作ってもらい、それをお土産に持って遊びに行くことにした。確か、フローレンスは友だちにならないといけない人だった気がしたからである。
「こんにちはー」
パドマはベッドで寝て、朝から師匠の朝ごはんを食べてきたので、ご機嫌でいる。無駄に化粧されたのと、飾りを付けられたのは余計だと思っているが、いつものことだと慣れてきたから言わない。
だが、フローレンスは驚いた。所作はいつも通りのパドマだが、どこの姫よりも美しかった。イライジャやアグロたちシャルルマーニュの男たちが、夢中になるのも納得するしかない気持ちになった。パドマのような豪奢で美しく飾られた女性は、シャルルマーニュの舞踏会を探し回っても見つけられない。パドマの後ろを歩く師匠が、褒め讃えろと言っている気がする。見慣れたパットの表情で、自分の手柄だと誇っているようだ。
「ようこそおいでくださいました。ご無沙汰致しておりましたが、お変わり御座いませんでしたか?」
「お代わり? ああ、いや、うん、どうかな。多少はあるかもしれないけど、日々いろいろありすぎて、覚えてないや。でも、今日は元気だよ。大分前に骨折してね、治療途中で勝手に装具を外してたんだけど、さっき完治のお墨付きをもらったんだ」
「それは、キレイに治ったのでしょうか。大事なお身体です。大切にしてください」
フローレンスの言葉に、師匠はうんうんと首肯いている。自分の返答に間違いはないようだと確認が取れて、フローレンスは胸を撫で下ろした。
今日は暑いからと、室内に通されたのだが、ファブリックや茶器が涼やかなものに変わっていた。唄う黄熊亭には、季節ごとに調度を変えるような習慣はないので、パドマは驚いた。なるほどね、そんな風にするのか、とヴァーノンに報告するつもりで、変わったものリストを脳内に書き留めた。唄う黄熊亭を貴族御用達のお店にするつもりは一切ないが、夏が苦手なパドマは少しでも涼しく暮らしたかったのである。
今日のおやつは、師匠が作ったういろうである。何種類かの謎の粉を水で溶き合わせ、色付けした後、蒸して作るのをパドマは見ていた。色なんて付けなくていいのにと、思ったのだが、ジャムを入れたり、紫キャベツの煮汁を採取したり、師匠はいつも通り凝っていた。最終的に、黄色い星入りの青いういろうと、桃色の花入りの緑のういろうが出来上がった。パドマとフローレンスの柄なのかもしれない、とパドマは驚いた。師匠が自分を主張しないものを作るなんて!
フローレンスも驚いている。渡される時に、パドマが師匠が作ったお菓子だよ、と言ったからである。以前、茶菓子について注意を受けたことがあるから、教育的指導だと緊張した。開けてみたら、想像しなかった可愛らしい菓子が出て来て、どうしようと思っている。初めて見た菓子で、合わせる飲み物の正解がわからない。一般用はわかるが、茶を好まないというパドマ用の正解がわからない。
席には、知らない少年がいた。アグロヴァルをもう少し年若くしたような同系統の少年である。違うとすれば、髪色がライトゴールドであることと、瞳に理知的な色が浮かんでいることだろうか。アグロヴァルの時点で王子の30番目くらいだったと記憶している。隣国には、一体何人の王の子がいるんだろうな、とパドマは半眼になった。
「パドマ様、紹介させて下さい。こちらは、私の長男のレジナルドです。少しやんちゃなところも御座いますが、悪い子では御座いません。よろしくお願い致します」
フローレンスの紹介に合わせて、少年は一歩前に出て礼をした。隙がなく、そつのない動きに見えて、こいつはもしかしたら強いかもしれないぞ、とパドマは情報を書き換えた。パドマの視線を見て、師匠の目がほんのりと光り、それに気付いたフローレンスの背筋がピッと伸びた。
「お初にお目に掛かります。レジナルド・カムロス・デ・シャルルマーニュと申します。よろしくお願い致します」
レジナルドは、パドマに見惚れることなく、見下すこともなく、淡々と挨拶を交わした。パドマも「よろしくー」と、いつも通りの適当な返事を返している。それを見て、師匠はレジナルドへの関心を失った。
フローレンスは、席をすすめ、配膳を促し、つつがなく茶会を終えられることを目指して、気を配った。パドマは、うるさく言わない気さくな相手だと思っているが、平民だった。平民のくせにとは思わないが、平民をもてなしたことのないフローレンスは、何がパドマに喜ばれるかがわからないし、師匠の査定が怖かった。師匠さえいなければ、もっと仲良しになれる気がするのだが、師匠に来るなとは言えない。
そもそもパドマは、パットの妻と言うふれこみだったが、どう見ても妻には見えなかった。惚れあっていると言うよりは、パットが一方的にパドマにくっついてきて、世話を焼いているだけのように、フローレンスには映っている。シャルルマーニュで恐怖のオーラを撒き散らかしていたパットが、今、何故妻の横で女装をしているのかが、誰に聞いてもわからなかった。パットこそ作り込んだ顔で、素顔でいると少女にしか見えず、女装もしていないのに、女にしか見えないだけなのだが、そんな事情はシャルルマーニュには気付かれていない。
イライジャは、可愛がっているのは間違いなく、本人が妻だと言ったのだから妻として遇せばいい、と言った。アグロとヴァルは、パドマ自身もパットとの関係を理解していないようだ、と言っていた。ただ血縁関係がありそうだ、とつけ加えた。それはなんとなくわかる。色は違うが、面差しは似ている。見た目は、姉弟のようなのだ。だとしたら、平民育ちなだけで、平民ではない可能性はある。パットは特殊な家柄だから、一族がどのような暮らしをしているか、不明なのである。一説には、別の土地を治める王だったから、シャルルマーニュは別の一族に託したと言われる。市井で愛する民と共に暮らす立場でいたかったから王にならなかった、という話も残っているので、平民であったとしても不思議はないのである。
そんな相手を前に、特に思うところなく会話をしている我が息子が、少し憎らしく思えるくらいに、フローレンスは気を張っていた。
「ダンジョンを案内するのは構わないけどさ。安全は保障出来ないよ。ウチも、ちょいちょいモンスターに丸飲みにされたりしてるし、最近も致死性の毒にやられたりしてるからさ」
パドマは勿論、師匠の機嫌も損ねることなくレジナルドは会話をしていたが、何か不穏なワードが聞こえた気がして、フローレンスは顔を引き攣らせた。
「ダンジョン?」
「ああ、残念。お母さんは、反対みたいだよ。行くなら、親の承諾を取ってからにしようか」
ヴァーノンの話を半分も聞いていないパドマは、笑ってそう言った。
「私の父は、王太子ではなくなりました。沢山いる王子の1人でしかありません。必然的に、私の価値も下がりました。弟もおりますし、多少の危険は問題ないでしょう。必要であれば、もう1人産んでください。ダンジョンに入らずして、アーデルバードを語ることなどできません。行かねば、私の恥となるでしょう」
レジナルドは、冷めた目でフローレンスを見つめた。パドマは背筋がざわざわとして、思わず師匠の袖をつかんだから、師匠はまたレジナルドに注目した。
ブリアンナもアグロもダンジョンで失敗している。そういう意味で、レジナルドをダンジョンに送り出したくなかったのだが、パドマの前でそれは言えない。フローレンスは困ってしまった。
フローレンスとの茶会で、パドマのモヤモヤは晴れた。前回の訪問の土産は、無事入手できたらしいし、第3夫人は幼女でも赤子でもないと聞いて、安心した。第2夫人の年齢を思えば、次はどんなのが出てくるのかドキドキしていたのだが、第1とか第2とかいうのは、結婚した順番とも年齢順とも関係なく、夫人の父の身分順だと聞いて、胸を撫で下ろしたのである。元々第2夫人だった現第3夫人が、ブリアンナとの結婚によって第3夫人になったらしいので、そこにいろいろな物語もあるかもしれないが、そんなものはメドラウトが気にすればいい。これ以上、妙な話題は耳に入れたくなかった。
パドマは、大使館から帰る途中、ペンギン食堂でセルフ食べ放題の昼食を楽しんだ後、唄う黄熊亭に戻り、約束を果たすことにした。師匠の髪飾りを作るのだ。その予定が予めあったから、ういろうに力が入っていたのかもしれない。
作るモチーフは、決まっている。ウスユキソウの花である。中心に7つくらいの小さく黄色い花序があり、その後ろに短い苞葉と長い苞葉で、星のような形の花になっている。苞葉は、ふわふわとした毛に包まれている。とてもキレイな花だとは思ったが、中心の花序の部分だけで、パドマの手に余る。
だから、師匠に作り方を考えてもらい、材料まで用意してもらった。師匠の手にかかれば、パドマの悩み程度はすぐに解決した。細かい花序をどうしたらいいかなんて問題ではなかった。そのものズバリの花芯なんて素材を、師匠は持って来てくれたのである。その周りに花弁を巻き、苞葉と組み合わせれば良い。これをプレゼントとして勘定していいものやら悩む、作成キットのような物を準備してくれたので、パドマはちまちまと組み立てていった。
作業は、唄う黄熊亭の客席でやっているので、ヴァーノンの胃にも優しい。時折、差し入れにパンケーキをもらったりするのに作業を中断されながら、パドマはせっせと作り続けた。
初めは、リアル通りに黄色の花序に白い苞葉のウスユキソウを作っていたが、なんだか違う気がして、色々な色味の花序で作りまくり、最終的に黄緑と水色のウスユキソウを師匠の頭に挿して、パドマは満足した。くたびれた時の交換用とともに、サンプルで作ったものと、月下美人の作り直しも師匠にあげた。これでしばらく新品の花を飾れるだろうと、満足して作業を終了した。
折角なので、今日は開店後もお店にいた。いろんな席をぐるぐると回り、つまみ食いをしまくっていたパドマだが、料理につられてイレの席に戻ってきた。狙いは、タイガープランツのテルミドールである。シャコを見る度に食べたくなるエビに、食べる白ソースのベースの白ソースとチーズをかけて焼いた料理である。パドマを呼ぶための料理だと思うくらいなのに、イレは気に入らなかったのかもしれない。嫌なことを言われた。
「パドマは、とうとう師匠と結婚したくなっちゃったんだね」
「いい加減にしてくれないかな。誰とも結婚しないし、師匠さんは特に、絶対に嫌だから」
「でも、師匠の頭の花は、パドマが作ったんでしょう? 師匠が無駄に見せびらかして歩いてるし」
イレは、師匠の方を見た。いつもは、静かに座ってステーキ肉を食べるだけの師匠は、立ち飲み客に向けて、頭の花を見せて歩いている。立ち飲み客は、師匠のファンみたいな人ばかりなので、褒めろと強要すれば大袈裟に褒め称えてくれる。それが気分が良いらしく、全然席に戻って来ない。
「うん。だって、新しいのを作るまでは、古いのをつけ続けるんだって言うからさ。ある意味、脅迫だよね。自分の方が裁縫上手なくせに、作り直してくれないんだもん」
「あの花さ、プロポーズする時に渡す、定番の花でしょう」
「え? プロポーズ? 板切れをあげるんじゃないの?」
「基本的には父親に決定権はあるけど、恋愛結婚もない訳じゃないし、結婚が決まった後に本人同士で気に入れば、プロポーズするんだって。お兄さんは、来たる日に備えて、しっかり調べているんだよ。憧れのプロポーズの言葉も、考えてるんだ!」
「そんなの知らないし。こないだ、たまたま見かけただけの花だよ。師匠さんには、なんとなく白が似合う気がすると言うか、腹黒すぎるから浄化されて欲しくて白い花を挿してみただけ」
パドマがそう言うと、師匠は泣きながら厨房へ入って行った。
「あーあ、泣いちゃった」
とイレが言っても、パドマは動じない。
「心配いらないよ。ただの嘘泣きだし」
その言葉に間違いはなかったようで、師匠はお皿を持って、パドマのところにやってきた。以前、食べ過ぎを直すために作ってくれたようなワンプレートごはんだった。チキンライスがレッサーパンダになっていたり、ハンバーグやオムレツに絵が描いてあったりするが、似たようなものだろう。
「ほらほら、いい奥さんになるよ、っていうアピールだよ」
と言うイレの言葉は余計だが。
「絶対に違うし。彼氏に向けてのごはんで、これはないし」
師匠も、ジェスチャーでパドマに賛同してくれた。だから、安心して食べる。少々読みにくいが、スープの上にありがとうと書いてあるのだから、ただそれだけだろう。
次回、王子様とダンジョン。