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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
24/463

24.にゃんにゃん棒とマジックハンド

 パドマは、もう師匠の弟子ではない。今まで1度たりとて弟子になったつもりはなかったが、絶対に違うと胸を張って言い張れる。

 今日は、久しぶりに兄の朝ごはんを強奪して食べて、師匠のお揃い服ではない作業着を着て、元々履いていたうるさいブーツを履いて出掛けた。剣は師匠からもらった物だが、師弟とは関係なく、ただのプレゼントだと理論武装した。だって、剣は愛人色だ。パドマは、愛人でもないが、弟子ではないと、師匠が認めた証拠だ。

 家の前に立っていた師匠は、泣いていたが無視した。どうした訳だか髪が伸びていたが、付け毛でもしているのだろうか。なんだかよくわからないが、イレと2人でカフェに行けばいい。パドマは、まっすぐダンジョンに向かった。



 まずは、心友である芋虫との武器の長さ体感練習を5部屋分こなし、トリバガとの反射神経特訓を10部屋分済ませた。物足りなさをヘビもどきシリーズで発散させ、ついでにおやつを火蜥蜴に焼いてもらって食べたら、メインディッシュに取り掛かる。


 階段をつなぐ本道からズレた、手頃な部屋を選んで飛び込んだ。

 飛び込みざまの一刀で、火蜥蜴を3匹仕留めた。反転して斜め後方に駆け抜け、5匹。切れなくてもいい。吹き飛ばす。武器の長さを把握したことで、床や壁にスレスレで、思いっきり剣を振れるようになった。

 火の粉を避けるため、ランダムな方向に、敵影に沿って駆け抜けて駆除していく。中央があけたら、壁を狙う。右、前、右、左。でたらめに動きながら、可能であれば、同じ方向に敵を吹き飛ばす。壁を片付けたら、天井だ。助走を付けて、壁を蹴飛ばし、飛び上がって薙ぎ払う。下に落ちれば何でもいい。最終的に、どうにもこうにも届かない分は、どうしようもないので、ナイフを投げて止めを刺した。

 一部屋だけだが、制圧完了である。体力的にも、集中力的にも、しんどくなって、部屋の中央でへたりこんだ。もう動きたくない。


 拍手が聞こえたが、無視した。もうあの人は、縁もゆかりもない誰だか知らない人である。朝ごはん返上で付いてきてくれたくらいじゃ、許すことはできない。やはり反省していないのか、佳人はパドマの前に座って、にこにこ笑顔で頭を撫でてきた。

「何それ」

 無視しきる予定だったのに、師匠の奇行に思わず声を発してしまった。師匠は、猫の手の形をした棒でパドマの頭を撫でている。恐らく、その棒を介した上なら、イレが師匠の奥さんの頭を撫でても許すという解に到ったのだろう。しかし、どういう思考回路でそこに到達したのかは、聞きたくもなかった。変な人だというのは、最初からわかっていた。


 変な人は1人もいらないのに、変な人の変な弟子までやってきた。

「パドマ、話が違うな? なんでできちゃうんだよ! 兄弟子を超えちゃダメだろう。お兄さんができるようになるまで、教えろ!」

 肩をつかんで、ガクガクと揺さぶられても、抵抗する力はない。

「ウチは妹弟子じゃない、関係ない流派の人だよ。イレさんのお師匠さんは、そこにいるんだから、師匠さんに教わればいいじゃん」

 パドマは、基本的に、イノシシのように突き進むしかできない人間だ。今回たまたま無傷で済んだだけで、何かを会得したのではない。イレの教えで、それに少し近付いただけだ。深階層プレイヤーに教えられるようなことがあるとは思えない。

 武器の長さを知ることで、移動しながらでも壁にくっついたトカゲを切り続けることができるようになった。動き続けることで、火の粉の命中精度を下げた。同じタイミング、同じ方向に動がないことで、トカゲの予測を裏切った。無駄に大幅に移動することで、すべてのトカゲと火の粉の位置と移動方向を視認し、避けることが可能となった。パドマのやったことは、それだけである。イレなら、全部知っていることだろう。

「あー、もう疲れた。無理だー」

 なんとか一部屋制圧したものの、痛感したのは、体力のなさだ。一部屋だけで疲れ果てていては、お話にならない。休憩している間に、隣の部屋から敵が入ってきて、やられてしまうだろう。力のなさと合わせて、どうにかしたいものの、急にはどうにもならない2大問題だった。

 いつまでも師匠と並んで座っているのは、嫌だ。立ち上がって、フライパンに、倒した火蜥蜴を拾い集めていたら、謎の小さいサスマタがパドマの腕にくっついていた。サスマタの先には、師匠がいる。今までは堂々と手をつないでいたところを、それも道具を使ってすることにしたようだ。師匠の奥さんは、他人と手をつなぐのも許されないらしい。そんなことで不満を言われるとしたら、苦労したんだろうなぁ、と思いを馳せた。



 どこに連れて行かれるやら、と思っていたら、ダンジョンから外に出て、いつもとは違うカフェに連れて行かれた。朝ごはんを返上する気はなかったようだ。もう昼を過ぎているかもしれないくらいなので、パドマもおなかが空いている。朝ごはんを食べ損ねた師匠には、少し胸が空いた。

 パドマは、エッグベネディクトと、ローストビーフとアボカドのオープンサンドを注文し、かぶりついた。どちらもまったりとしたソースが美味で、口の中でとろけた。

 幸せを感じていたら、そっと手前にキイチゴのオープンサンドが置かれた。別に、パドマはオープンサンド縛りをしていたつもりはないのに、何を考えたのだろう。置いた主は、両の拳を胸の前で震わせて、八の字眉でこちらを見つめている。無理矢理くちに放り込みたいところを我慢しているんだぞ、というところだろうか。可愛い顔が、ウザい。あの顔を泣かせると、それだけで自分が悪人認定されるのだが、あちらが大人で、こちらが子どもだということも加味してもらいたい。こちらを見て、ため息をついている周囲の席の客に代わってくれないか、と声をかけたくて仕方がない。キイチゴのオープンサンドと巨大ヘビ討伐がセットだと知らないから、暢気に眺めてられるのだ。本当に羨ましいなら、即刻交代して欲しい。代わりに毒霧まみれになってみればいい。誰かの口にねじ込んでやろうかと思ったが、美味しそうだったから、自分で食べた。キイチゴの甘酸っぱさがクリームにマイルドに包まれて、とても美味しかった。

 可愛い顔がキラキラ光りだしたのを見て、失敗したと思ったが、次々と出てくる甘味の魅力には抗い切れなかった。だが、失敗したという気持ちよりも、食べて満足した気持ちの方が大きかったので、後悔はしていない。

 だけど、大輪の牡丹に抱きつかれてニヤけているイレについては、どうかと思った。彼女を作るのを諦めたのではなく、男性の方が好きになってしまったのかもしれない。パドマなりに、イレのモテ化計画を頑張っていたつもりだが、もう諦めてもいいだろうか。2人の世界から、パドマを追い出してくれたら丁度いいと思うのだ。



 食後、小さいサスマタに、17階層に連れて来られた。17階層の主は、リンカルスだ。

 リンカルスは、黒い毒ヘビである。白い縞の入った個体も点在しているが、見た目は大した問題ではない。ブッシュバイパーも毒ヘビであったが、リンカルスの場合、噛まれて毒を喰らうのではなく、威嚇で毒を吹いてくるのが問題だった。経口摂取せずとも、毒が回るのである。顔にかかれば、命が助かっても失明するらしい。

 外のリンカルスであれば、精々全長1m前後である。座ったり寝転んでいたりしなければ、足にかかる程度だろうに、ダンジョン産のリンカルスは、イレを余裕で見下ろしてくるくらいに大きい。

 ちょっと試しに特攻するには、リスクの大きい相手なので、今まで避けていたのだ。とうとう相手にする時がやってきたのかと、パドマは前に踏み出したら、師匠は手で静止するよう合図を送り、イレを蹴飛ばした。


「蹴るな!」

 イレがコロコロと転がり出たところに毒霧が噴出されたが、イレは立って飛んだ。毒を避け切ったかどうか、少し微妙なタイミングであった。恐ろしくなって、師匠のサスマタを破壊して腕から外したが、2本目のサスマタが出てきただけだった。

 イレは、ヘビの胴体を駆け上がり、頭を次々と蹴飛ばして、3体のリンカルスを沈めた。


 イレは、無事なのだろうか。反対側の通路に行ってしまい、戻って来ない。パドマは、師匠のサスマタに拘束されて動けなかった。

 しばらくそのまま立っていたが、満足したのか、不意に師匠は帰り始めた。パドマも、引きずるように連れて行かれる。

「ちょっと待ってよ。イレさんを置いてくの?」

 師匠は立ち止まって、パドマの方へ顔を向け、ふわりと微笑むと、首を縦に振った。大変可愛らしい姿だった。

「うん、じゃないでしょうよ。イレさんは、師匠さんの弟子なんでしょう?」

 とんでもない師匠である。絶対に、この人の弟子にはならない、と思いつつ引きずられていたら、師匠は、また立ち止まって、パドマに布を被せて歩き出した。

 深紅のお揃い服であった。師匠色の赤の意味は、まだ聞いたことがない。暗い血のような色を見て、パドマはとても嫌な気持ちになった。

「ウチは、絶対に弟子じゃないからね!」

次回は、ピクニック?

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