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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
239/463

239.77階層

 結局、パドマはヴァーノンの意見を無視して、ダンジョン通いを続けた。

 朝ごはんにダンゴムシを食べ、おやつにツノガエルを食べ、昼ごはんにカミツキガメとダチョウを食べ、おやつにサソリを食べ、夕ごはんにアルマジロを食べる。そして、62階層の適当な部屋に転がって寝る。

 嫌だと、やめろと、どれだけ言っても、パドマは起きると師匠のひざの上にいた。護衛に苦情を言っても、床で寝るとダンジョンに喰われるから危ないの一点張りで、どうにもこうにも師匠のヒザの上に乗せられてしまうらしい。生きていれば、喰われることはないと主張しても無駄だった。起きている間は何ごとも起きないのに、寝るとゴミ判定をされるのか、何度か喰われている現場を目撃されていると言われてしまう。パドマはまったく納得できないのだが、やめろと言っても寝ている間に移動されてしまうので、どうにもできない。師匠は寝てもゴミ扱いされないのを羨むばかりである。師匠は座ってうつらうつらしているだけで、寝ていないのだが。

 そんな理由で、起き抜けから知りたくもないのに、師匠は男だと知らさせられて不愉快なのだが、朝ごはんだとチヌイ焼きを渡されて、食べていると忘れてしまう。朝はやっぱりごはんとチヌイ焼きと卵焼きと根菜煮と海藻スープだね、と師匠に誤魔化されて終了する。

 クエやタコやヤシガニやシャコを拾いながら進み、それらを交代でつまみながら、クラゲ叩きをするのが、ここ最近の日課になった。

 雷鳴剣も容赦なく使うようになったので、1回もぐると1部屋以上は進むようになった。むしろいちいち地上に戻るのは、剣でクラゲを叩きまくるより、雷鳴剣を復活させた方が早いからだ。ちなみに、水流剣は大した効果がない。ちょっと部屋の中が渦を巻いて終わる。多少クラゲは減るが、いくらも減らないから、渦巻く時間を待つならみんなで剣を振り回した方が早い。



 だが、その生活も、終わりを迎えるかもしれない。とうとう下り階段を見つけた。降りてみると、77階層には、3種類の敵がいた。


 1種類目は、背中は青く、銀白色にキラキラと光る細長い魚、ダツである。サンマのような細長い体に、針のように細長いアゴが付いている。割合と天井付近を群れで泳いでいる。サンマのようなと言ったが、体長は小さいもので、パドマの身長の3分の2くらいはあるので、そんなに可愛らしいものでもない。

 2種類目は、太短い紡錘形のミサイルのような魚、クロマグロだ。体長はパドマの約2倍、体重はパドマの10倍以上ある。そんな重量級の魚が群れを作って回遊している。止まることはないし、泳ぐ速度が馬より速いため、部屋を横切るのは一瞬の出来事に近い。油断をしていたら跳ね飛ばされるだろう。

 3種類目は、細長い円筒形の魚、ウツボだった。太ったウナギのような見た目をしている。黄色と褐色のまだら模様のものが多いが、鮮やかな原色のものも稀にいる。小さいものは手のひらサイズだが、大きいものはイレの身長を倍にしたくらい長い。そんな油断のならない魚が床近くを泳ぐか、部屋の四隅に置かれたテトラポッド状の物体の隙間に隠れ潜んでいるのが見えた。

 何もなければ、上層中層下層で住み分けているが、何かあれば全てが探索者を襲うことが、考えられた。


 パドマは、何も考えずにとりあえず一歩フロアに足を踏み入れて、すぐに階段に引き戻された。階段と部屋の間にあると言われる見えない魔法の壁に、ダツが20匹ほど刺さっていた。越えられない壁をダツのアゴが少し通り抜けている。安全圏が必ずしも安全ではないと言う証明を見せられて、パドマは嫌な気持ちになった。

「うわあ。刺さってるよー」

 サシバ並みの素早くて目で追えない攻撃なのだが、攻撃力が違った。ダツが刺さったら、急所なら即死で、それ以外なら失血死しそうである。マグロにはねられても死ねるし、大きなウツボには丸飲みにされるだろう。小さなウツボに噛まれても、帰り道で生き延びられなそうなケガを負うのだが、それを軽症の部類に入れたくなるラインナップだった。


 自分が突っ込んでいくのは構わないのだが、護衛に被害を出したくないパドマは、困ってしまう。見えない壁に突き刺さった魚を見て、尻込みしてくれるならいいのだが、皆好戦的な顔をしているのが、残念だった。パドマは、動けなくなり空中でビチビチと暴れるダツの血抜きをして、脇に退けた。

 すると、ウツボが寄ってきて、ダツを狙う。入り口がウツボだらけになったのを順に斬り伏せた。クラゲとは違った形で、また階段から出られない。

 入り口がダツとウツボでいっぱいになってしまったので、とりあえずそれを抱えて70階層まで撤退した。ウツボを抱えて、行ってない部屋からあふれてくるクラゲを剣で殴りながら移動するのは、まあまあ大変だった。



 70階層ともなると、もう火蜥蜴も到底クッキングのお供とも思えない大きさと火力なのだが、注文を出す前に武器屋のおっちゃんが、火蜥蜴専用固定器具も改良してくれたので、やってやれないこともない。

 揚げ物は事件が起きそうな火力なので、戦闘にはまったく使っていない覗き穴付きの防護盾も準備している。防具屋のおっちゃんに相談して、作ってもらったものだ。ダンジョンモンスターより揚げものが危ないという悩みに、全然共感してもらえなかったのだが、前髪が焦げるどころか、自分が丸焼きになりそうな恐怖を感じれば、嫌でも盾の必要性がわかるだろう。何度も油を大炎上させた仕事が雑なパドマは、もう解体だけしてろと深階層の火蜥蜴は使わせてもらえない。赤い剣で焼けばいい、と追い出されてしまう。こんなところで揚げものなんてしなければいいのだが、パドマが生ものを嫌がる上に、ダンジョン食材が、揚げ物が合う食材が多いので、仕方がないのである。


 今日のおやつは、ダツとウツボに決定したが、さばける人材が、師匠しかいなかった。生き物の解体が苦手な乙女な師匠がやらなくてもいいように、緊急お料理教室が始まった。

 恐らく、このメンバーの中では最も強いのは師匠なのだが、見てくれに誤魔化されている護衛によって、厳重に守られて、基本的に師匠は戦闘に加わらないし、完全なお料理お姉さん扱いだが、その料理もやりたくない作業は全部護衛に押し付けているのだ。可愛くイヤイヤしていると、皆は進んでやってくれる。パドマ以上に甘やかされている。

 パドマは、それを眺めながら、お料理教室に参加していない護衛に手伝ってもらって、カッポレの丸焼きを作った。少し前までは、ちょっとの手間で美味しくなるのに、と料理をしていたパドマだが、ヴァーノンが丸焼きを愛する気持ちを理解できるようになってしまったのだ。たまにならともかく、毎日5食も料理するのは、面倒臭い。パドマはその1食で、30人前も食べるのである。飾り切りなんて、やっていられない。毎回、ちまちまとキレイに盛り付ける、師匠の気持ちは本当に理解できない。


 まず、ダツの刺身が回ってきた。透き通るような白身で、銀の皮色が残されているのが美しかった。カッポレの丸焼きを食べるパドマの横で、護衛の半分が食べ出した。酒が欲しいと言いながら。歯触りとほのかな風味が美味いらしい。どれだけ勧められても、パドマは食べないが。

 しばらくすると、から揚げが回ってきたので、これはパドマも食べた。しかし、下味が強すぎて、ダツ味は感じずにおわった。恐らく、ダンジョン魚にありがちなお上品な味なのだろうと、深く追及するのは諦めた。そして、いっぱいいたダツは、あっという間になくなった。

「え? これだけ?」

 よく考えればわかる。ダツは吻が長過ぎる。体長に占める頭部の割合が、他の魚より大きい。その上、細身で、骨が多く、手間をかけずにざっくり切り落とした後の身は、少ししか取れなかった。飢えていた頃のパドマなら、骨まで焼いて食べたかもしれないが、骨は骨で食欲をそそらない緑色をしていた。

「流石、ダンジョンモンスター」

 ミミズトカゲを初めて見た以来の衝撃だったかもしれない。パドマは、ダツ食い放題を諦めた。不味くはないが、運ぶのが面倒臭すぎる。


 そのうち、ウツボの刺身とタタキが回ってきた。タタキは見た目に生っぽさがなかったので、パドマも手に取った。ウツボは、ダツ以上にさばくのが大変なようなので、やっぱり量が少なくなるのかな、と妥協したのもある。

 動いている時は、なかなかのグロテスクな色合いをしていたのだが、こちらも刺身は透き通っていた。たたきは白い。

 口に含むと、ぷるぷるとした。うおー、見た目に騙された。生っぽいかも! とパドマは思ったが、食味は悪くなかった。弾力のあるあまり感じたことのない食感は慣れないが、淡白な中にも甘みがある。振り塩と柑橘の搾りで、さっぱりと食べれた。揚げもの三昧をしているパドマの胃に優しい料理だ。

 塩焼きはジューシーで、天ぷらはふわふわだった。揚げものなのに、味はさっぱりとしている。衣はサクサクで、中身はぷるぷるで、たたきよりも甘味が強かった。ウツボ鍋もウツボ蒸しも兜煮も煮凝りも、パドマはペロリと食べた。

「今日のお土産は、ウツボで決まりかな」

 パドマはすっかりウツボが気に入ったのだが、師匠が首を振った。

『ウツボは、海でいくらでも獲れる。外道だから』

「えーっ?! お兄ちゃんは獲って来てくれなかったよ」

『素手で捕まえるのは、厳しい。あと、美味しそうに見えない』

「確かに。あの面構えは、妹には見せられないかも。仕方ない。クエでも拾って帰るか」


 深階に潜ったところで、稼ぎになる何かにはまだ出会えていない。あと何階下ればイレの狩場に着くのだろうか。

 パドマは結局、サソリとビントロングとセンザンコウを持って帰った。最終的に、毒と薬と皮が金になる。寸胴鍋でもいいのだが、数が少ないので護衛たちに譲った。

次回、フローレンスと花飾り。

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