表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
236/463

236.牛を飼いたい

 パドマは、アーデルバードに戻ってきて早々に、家出をしたくて堪らなくなっている。どこに行っても、誰に会っても怒られるのである。何処に行っていた? なんで急にいなくなった? 戻りの予定を言ってから出かけろ等々、皆に同じことを言われた。戻ってくる予定なんて、あの時点ではなかったのだが。

 白蓮華の古参メンバーに言われた時は、流石にパドマも悪い事をしたと思った。小さい子たちが、戻って来てくれて良かったと泣きはらす様を見せられては、胸がえぐられた。だが、イギーやルーファスやルイの都合なんて、知ったことではない。それぞれ皆大人なのだから、勝手に生きて行けよ、と思うだけである。綺羅星ペンギンの旗印は英雄様かもしれないが、正直、パドマは世話になるばかりで、統率などしていない。だから、全員、パドマの知ったことではないのだ。



 反省したパドマは、しばらく白蓮華に入り浸り、白蓮華スタッフになったかのように過ごしていたのだが、ダンジョンに行きたくて、ウズウズしていた。牧場で狼の団体様と対峙した時は、ダラダラ過ごすことを熱望していたが、大人しく家に閉じこもっているなど、性に合わないのだな、と思い知った。だから、紅蓮華に行って、馬車を数台ジャックしてきた。持ってくる間に、御者も連れて行けなどと声を掛けられたので、誰も怒っていないようだったが。


 予告も何もしなかったからだろう。子どもが19人しか捕まらなかった。仕事なんて休んでしまえと誘拐まがいに集めたのに、それしか見つけられなかった。だが、白蓮華遠足を決行する。

「何故だろうじゃねぇから。姐さんがいなくなったら、預けに誰も来なくなったからだから。姐さんが戻ってきたのが広まるまでは、またしばらく来ねえよ」

「金持ちごはんなのに?」

「その上、無料なのにだ!」

「預けた実績のある人から預けられなくなったなら、ウチの所為じゃないと思うよ」

 パドマは、やっぱり白蓮華の経営は、他所に任せた方がいいんじゃないかな、と思いながら、馬車に乗った。小間使いとして連れてきた大人は、25人。見知った顔しかいない今回は、不安要素はないのと馬車が用意できないので、人数を絞った。それにパドマと師匠とヴァーノンを合わせて、約50人で出かけた。



 出かける先は、山である。先日、ウロウロしてきた中で最もアーデルバードから近かった、師匠のオススメポイントに出かける。そんなことでは騙されてはくれないだろうが、白蓮華の子たちに心配をかけた罪滅ぼしその1である。

 山の中腹までは馬車で行けるので、そこから少し登ってみる。別に山頂を目指すのではないから、大した距離は行かないので、交代で馬車の見張りをしてもらうことにした。イレたちみたいに、馬が何かにイジメられたら可哀想だから。


 お馬さんをイジメから守ってなどと言いながら、道中見つけたレイヨウなどを狩っているのは、パドマだから仕方がない。子どもたちは悲鳴をあげて嫌がったが、パドマが「美味しいよ。食べたことないけど」と言うと、静かになった。血が出てるのが怖いとか、死んでいく過程が怖いとか、死体が怖いとか、思うところは色々あるが、皆、パドマより内面は大人なのだ。戻ってからずっと、パドマがご機嫌ナナメでいるのに気付いていた。折角戻って来てくれたパドマが、また何処かに行ってしまわないように、最大限に配慮をしている。

 師匠が勧めてくれたのは、中腹から少し上にのぼったところである。その辺りは木が生えておらず、草原のようになっていて、見晴らしが良かった。また、いろんな花が咲いており、山側を見ても爽やかで美しい。イレさんたちを連れて来たら、きっと映えるだろうなぁ、とパドマは思った。実際に連れてきたら花も食べてしまうだろうし、食べてもお腹を壊さないか不明なので、連れては来れないが。

 師匠の仕込みではないので、いろんな花が咲いている。覚めるような濃い青のリンドウや、淡色のホタルブクロ、たんぽぽに見える花など数ある中で、パドマはウスユキソウを手に取り、師匠の頭に挿した。パドマがかつて作った髪飾りは、かなりくたびれているのに、変わらずそこに付いているのが気に入らないのだ。

「こっちの方が似合うよ」

 と言っても外してくれない。イヤイヤが止まらない。可愛いから、力づくでは奪えない。

『外して欲しかったら、新しいのを作って』

 可愛くぷるぷる首を振りながら、おっさんはくそ面倒臭い要求をしてきた。買ってと言うなら、買ってもいい。まだそのくらいなら、毛皮のお小遣いも残っている。ダンジョンに行く言い訳にもなる。だが、裁縫はパドマの趣味ではない。自分が得意だからって、簡単に言わないで欲しい。師匠が得意だからこそ、ハードルも高くなるのに。

「手伝ってくれる? これ、中心が複雑すぎて、どうしたらいいか、まったくわからないんだけど」

 折衷案を提案すると、師匠はぱあっと顔を輝かせた。それがあまりにも眩しくて、パドマは目眩をおこした。


 師匠の襟首をつかんで、ヴァーノンは子どもたちが集まる場所に引きずって行った。テッドは、パドマにリソル(パイ菓子)を与えて食べさせた。

「腹が減ると具合が悪くなるんだろ? 気を付けろよ」

「そっか。お腹が減ってたのか。それは、もりもり食べないと危ないね」

 パドマは、テッドが作ってくれた言い訳に、全力で乗っかった。深く考えたくなかったので、容易な言い訳に逃げた。広げられた弁当に次から次へと手を伸ばした。

 それを見て、野郎どもも、昼食の支度を開始した。パドマがその辺で仕留めてしまった獲物と、パドマがその辺でむしってしまった植物を中心に、調理する。野郎たちの半数は、こんな日に呼んでもらうことを夢見て、白蓮華の厨房やペンギン食堂の厨房やダンジョンの30階層で、日々腕を磨いてきたのである。パドマは、何かの機会に食べた彼らの料理を覚えていて、この行事に参加する栄誉を与えたのだった。顔は覚えてもらえたようだから、次は名前を覚えてもらって、次回も遠足に呼んでもらうことが、今日の目標である。マラソン大会で勝つよりも、パドマに気に入られる方が、出世は簡単なような気がしてならないからだ。本人たちはまったく相手にしていないらしいが、最近、グラントやハワードたちに縁談話が来ているようなのだ。是非、自分たちも、それにあやかりたい! そんな熱意を持って、肉の解体や、火起こしに取り組んでいる。そんなことならパドマに頼んだ方が早いのだが、絶対に手は借りない。


 子どもたちは、師匠が懐中から大量に取り出したドボガンそりで遊び始めた。急斜面を滑るとかなりの迫力らしく、大きい子も小さい子も大人までが絶叫をあげて遊んでいた。それを眺めて、麓まで落っこちないといいな、などと思いつつ、パドマはサンドイッチをほおばった。

 お弁当1人前を食べ切ったくらいには、肉が焼けた。食べたことのないレイヨウの肉を楽しみにしていたのだが、人任せにしたのが良くなかったらしい。既に、どれがレイヨウで、どれがシカだかわからないような状態になっていた。

 ある肉は、柔らかくさっぱりとした物足りなさを感じる肉で、ある肉は、歯応えが半端なく、だが香りがいい旨みの強い肉で、ある肉は、柔らかいが美味い肉だった。動物の種類だけでなく、部位も混ぜられているので、もうお手上げだ。なんとなく最初の肉はシカではないかと思っているが、見た目は似てなくもないのだから、味だって似ているかもしれない。どれかがレイヨウだと思うしかない。最悪、帰りにもう1頭仕留めれば良い。


 野郎どもが、シチューやら、ローストやらを作ってくれて、わくわくとパドマに食べさせてくれたのだが、残念ながらそれらは食べ飽きていた。師匠が作ってくれたアスパラの肉巻きとか、スギナごはん、クマニラペースト入りシカ肉パスタ、たんぽぽのおひたしやてんぷらの方が好きだった。師匠のごはんは第3の母の味なのだから、仕方がないと思う。ヴァーノンすらシチューに手を伸ばさないのだから、その前からシチュー生活をしていたパドマの食指が動かなくても仕方がないと思う。普段なら、そんな雑草料理は作ってくれないのだが、肉食獣を煮込みまくって、師匠も大分人間が丸くなったとパドマは思った。その辺でむしったアスパラを、口に刺したら食べてくれる日がくるなんて。

「お姉ちゃん、さっきから何やってるんだよ」

「ちょっとホームシック? 牧草を食べてくれる人を募集中なの。馬にレタスをあげてみたんだけど、かじられそうで怖かったから、師匠さんで代用にならないかなって」

 以前、漬け物の詰め放題をしても怒られなかったので、師匠を選んだのだが、みんなに残念な顔をされてしまった。イレさんたちの可愛さを知らないテッドたちに呆れられるのは仕方がないが、ヴァーノンにまでそんな顔をされるなんて、ショックだった。

 師匠は、立ち上がって胸を叩き、パドマを草地まで引っ張って行った。師匠監修の下、草刈りをさせられる。刈った草は麻袋に入れさせられたが、たまに、それはダメだと言う草もある。

「もしかして、食べられる草を収穫してるの?」

 師匠は、笑みを深めた。パドマは嬉しくなって、沢山草を収穫した。



 食べられない草もあるから、あまり沢山の草は収穫できなかった。小さな麻袋一袋では、おなかいっぱいにはならないと思う。

「ごめんね。これしか採れなくて」

 パドマは、洗いたての草を手でつかみ、そっとイレの口元に運んだ。

「昨日も変だったけど、何がどうなってるの?」

 昨日は、師匠が耳上にツノをあてがっていたが、サイズがわかったからか、カチューシャに改造されて、頭に装着されている。それに可愛い耳も付けられているのは、師匠の愛情だろうか。手が空いたからだろう、師匠は、席に着いて、ハジカミイオの唐揚げを食べている。パドマは、何の説明もなく、エールと草の盛り合わせを持って来て、手ずから食べさせようとしてくれる。ムカデは羨ましがっていた面々も、草となると話は変わるのか、誰も羨んでくれない。2人きりはダメだと怒っていた人たちも、目を逸らしてこちらを見ない。今こそ怒って止めてくれていいのに、誰も何も言ってくれないから、不承不承イレは口を開き、草を受け入れた。

 すると、パドマの顔が華やぎ、師匠の目も柔和になった。口に入れてみたものの、青臭いし、硬いし、美味しくないのだが、どうやら食べない以外の選択肢はないらしいことに、イレは気が付いた。

「ストレートの葉っぱはちょっと硬いから、まるい葉っぱの方が好きかな」

 せめての抵抗として、そんなつぶやきを漏らしたら、パドマは丸い葉の選別を始め、師匠は笑顔のまま、イレの足を踏んだ。

「イレさんたちは、まっすぐの葉っぱを食べてるように見えたんだけど、同じに見えても個性があるんだね」

『残った葉を私に食べさせる気か』

 なんだか知らないが、師匠が食べる予定の草をイレが食べさせられていることは、わかった。何故、師匠が草を食べる約束をしたのかはわからないし、師匠が食べさせられた草はアスパラガスで、イレが食べているのは謎の草だという違いには気付いてはいない。

「あ、この草がいい。これならまだ頑張れる気がする」

『ワガママを言うな』

「エゴポディウムかな? これなら、山まで行かなくても、その辺に生えてるし、見つけたら採ってきてあげるね」

 そう言いながら、パドマは器用に、もう片方の手で師匠の口に肉巻きアスパラを差し込んだ。

「お兄さんも、師匠と同じのがいいなぁ」

 イレがそう言ったら、パドマは涙を流して、部屋に帰ってしまった。その瞬間から、店にいた全ての人間からヘイトを集め、イレの背筋がピッと伸びた。

「いや、だって草だよ。草よりアスパラの方がいいよね」

 イレなりに弁明をしたのだが、空気はやわらがなかった。ペンギン席から男が1人やってきて、無造作に草をつかみ取り、口に入れて咀嚼すると、「お前も男なら、草ぐらい黙って食え! そのツノは、何のために生やしてやがる」という謎の啖呵をきった。瞬間、賞賛する声が巻き起こった意味が、イレにはわからなかった。

「何のために生やされてるのか、知ってるなら教えてよ。訳がわからないよ」

 草を食べさせられている状況は、どうして発生したのか、ヴァーノンと師匠しか知らない。だが、右にパドマ、左に師匠を侍らせている時点で味方は消えたのだから、イレを助けてくれる人はいないのだった。

次回、兄妹ゲンカ再び。ヴァーノンもパドマも懲りない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ