表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
235/463

235.イレさんチーズ

 日の出を拝んでから、師匠がパドマの部屋に行くと、暢気な兄妹が張り付いて仲良く寝ていた。機嫌の悪い師匠は、パドマを取り上げてヴァーノンを蹴り落とし、ベッドを占拠して寝ようとしたのだが、またしても胸苦しさに襲われて眠れないので、パドマを置いて、コッペキリに宿屋がないか、探しに行くことにした。

 パドマは、それからしばらくして起きたが、バイロン家も朝ごはんはない。夜の狩りをサボっている間にオヤツ用に作っていたベーコンとジャーキーも食べ尽くしてしまった。師匠の朝ごはんもないし、悲しみが止まらない。第六感で飛び起きたヴァーノンは、慌てて狩りに出かけた。

 あっという間にアライグマを3匹仕留めると、焚き火を熾して中に丸ごと放り込み、更に獲物を取りに出かけた。相変わらず雑だなぁと、パドマは火の中からアライグマを出してみたが、既にどうしようもなくなっていたので、そのまま吊るして焼くことにした。

 ほどなくして、ヴァーノンは戻ってきて、更にアナグマを焚き火に投げ込もうとしているので、パドマは鍋を突き付けた。

「焚き火に肉を放りこむしかできない男は、2代目とは認めない。師匠さんとチェンジするよ!」


 すると、ヴァーノンは、嫌そうな顔をして生えていた木を素手で割り、台にして解体を始めた。パドマは、表面だけ焼けただろうアライグマを、ナイフで削いで、食べてみた。

「お兄ちゃんのばかー。アライグマの肉、美味しいじゃん! なんで焚き火に入れちゃうの!」

「ジャガーだのクマだのを美味いと言っているなら、それで充分だろう」

「クマは秋味だったし、ジャガーだって、手間をかければ美味しくなるんだよ。丸焼きにしかしないから、美味しくないだけだよ」

「余計な知識を叩き込まれやがって」

 ヴァーノンは、文句を言いつつも、昨日師匠が屋台で使っていた野菜や調味料を無断使用して、調理をしてくれた。1品は、さばいただけのただの焼肉だったが、もう1品は、赤ワイン煮込みだ。

「わーい。第2の母の味!」


 朝ごはんに満足したら、また肉食獣狩りに出かけた。やっていることはいつもと同じなのに、ヴァーノンがいるだけで、安心できるし楽しいんだな、とパドマは思った。

 兄妹仲良くコッペキリの前に屋台を設営し、何味で作ったらいいと思う? と相談しているところに、師匠がやってきた。心なしか顔が青白く、フラフラしている気がする。

「どうしたの? 具合が悪いなら、休んでくれていいよ」

 パドマは善意のつもりで言ったのだが、師匠にギロリと睨まれた。

「ひっ。なんで?」

 ヴァーノンの後ろに隠れたら、また師匠の目が鋭くなった。普段、いつでもふわふわ微笑みを浮かべている師匠である。軽く睨まれるくらいなら経験があるが、射殺されるほどの視線は怖くてたまらない。

『誰かが出奔してくれて以来、ロクに寝ていない。漸く見つけたら、今度はまさに今逃げ出している気がして、寝られなくなった。どうしてくれる』

「うわー。そんなことを言われても、気にしないでアーデルバードにいればいいのに、としか言えないなぁ。トレイアに行った時みたいに、単に枕が合わないだけじゃないの?」

 ヴァーノンは、少し気持ちがわかる気がして同情したが、パドマは逆の立場になってみてもわからないのだから、どうしようもない。師匠が急に消えていなくなった時、アグロヴァルがウザくて師匠タクシーがあったらいいのに、と思った記憶はあるが、師匠がいなくても夏以外はちゃんと眠れていた。夏は暑いから寝られなかっただけなので、師匠は関係ない。師匠の取り計らいで眠れるように戻ったが、師匠の存在は関係ない。暑さとアグロヴァルがいなければ、師匠の不在は何の支障もないことだった。

 師匠は、不機嫌顔のまま調理を開始した。鍋にだくだくと水を入れている。

「そんな時、お兄ちゃんならどうする?」

「さあ? 見つかったことに安心して、いつの間にか寝てたから、わからないな」

 ヴァーノンが役に立たないことは、わかっている。師匠は、無視して、肉を茹で始めた。



 その日の夜番も結局、師匠が担当して、次の日の夜番も師匠が担当して、結局、最後まで師匠が1人で夜番をして、夜の襲撃がなくなって、うつらうつらしている時に、パドマがやってきて、「なんだ、寝てるじゃーん」と言ったから、師匠はイライラして、パドマを紐でぐるぐる巻きにして、紐の先を自分の手に縛ってから、倒れた。何日徹夜をしたのやら、ようやく限界を迎えたようである。

 巻き方が緩すぎて、解かなくても縄抜けができそうな具合だったが、パドマは、転がる師匠の横に座って、目覚めを待った。途中、ヴァーノンもやって来て、アライグマを10匹差し入れに持ってきてくれたので、ステーキと竜田揚げとビール煮ビーフシチューにしてもらって、食べていたのだが、食べ終わったところで、師匠は起きてしまった。寝られなくて困っているという話を聞いていたのに、匂いで起こしてしまったかなぁ、とパドマは気まずい気持ちになった。

 師匠は、むくりと起き上がって、いつも通りの活動を始めた。自分の服と髪を整えて、パドマの紐を解いて、パドマが食い散らかした皿を片付けて。

「ちょ。片付けなんて、自分でやるからいいよ。もう少し寝てなよ」

 とパドマは言ったが、師匠は首を振るだけで止まらなかった。顔色は大分良くなってはいるが、その程度の休憩で睡眠が足りる訳がない。なんとか働こうとするのを止めようと動いても、パドマは引きずられて、余計な負担になるだけだった。



 数日、夜の襲撃はなくなり、林に入っても大型肉食獣が見つけられなくなったので、パドマは帰ることにした。師匠とヴァーノンにマークされているこの状態では逃げられないし、追って来られるのであれば、逃げる意味がない。

「お兄ちゃんたちに見つかっちゃったから、帰るね」

 バイロン家の皆様に、そうサラリと報告すると、何故かジェスとダドリーが泣いて嫌がった。

「コッペキリの町じゃ、さばききれないほど、毛皮を手に入れちゃったし、獣がいなくなったら、商売にもならないから、仕方ないよね」

 とパドマが正論を言っても、やだやだと泣いている。成人目前のそれほど小さくない子たちなのだが。

 何故だと、まったく理解していないパドマに、偽兄2人は半眼を向けている。アーデルバードのパドマ人気もどうかしているが、クオリティの低い男装で野に放つと、こうなるのかと呆れた。姉弟はパドマに軽く切り捨てられているが、きっと自分の扱いもさして変わらないんだろうな、と悲しい気持ちで見ていた。

 パドマは、どちらかと言うと、牛との別れを惜しんでいた。泣いて抱きしめながら、「次に襲われたら守ってあげられないから、柵を飛び越えて自力で逃げるんだよ」などと言っている。今度は牛の方が話を聞いていないし、いうことを聞けるような内容でもなかった。牛が逃げないための柵なのだ。飛び越せないようにできている。

 バイロンは牛を守った礼と餞別としてチーズをくれて、パドマが世話になった礼として、師匠はバイロンに斧を渡して、別れた。

 薪割り用の斧が古かったのはパドマも気付いていたが、師匠が渡した斧は普段から隠し持っている戦斧だった。次は自分で戦えってこと? と、パドマは思ったが、何も言わなかった。


 パドマとヴァーノンも多少は持ったが、毛皮の大半は師匠が担いでいく。無限に入る懐中に仕舞っていけばいいのに、師匠が嫌がったからだ。師匠は、毛皮の山に足が生えたみたいになっている。よく歩けるなと、目隠しダンジョン走りの先駆者は感心して見た。バイロンたちは、その可愛い人が荷物持ち係なの? と驚いていたが、その可愛い人しか力持ちはいない。本当に兄なんだ、とダドリーが言ったから、師匠は奮起した。兄だから! 恐らく、ダドリーの一言がなければ、師匠は毛皮をバイロンにあげるか捨てるかしていた。


 コッペキリで最後の毛皮の買取りをお願いして、大八車を購入し、残りの毛皮はそれに乗せ替え、今度はヴァーノンが運搬した。可愛い師匠に持たせるのは自分がサボっているようで、絵面が悪いからだ。

 折角、遠くまで来たので、毛皮の行商をしながら寄り道をして、各々がここまでの道中に見つけた面白いものを見せ合いながら、のんびりと帰宅した。ヴァーノンがいる場所がパドマの家だし、ヴァーノンと師匠はパドマが逃げ出さなければ、アーデルバードにこだわる理由もなかったのである。

 ヴァーノンと師匠が見せるのは、絶景だったり、変わった地方の風習だったりするのに対して、パドマは美味しい食べ物か毒物しかネタがないようなのは気になったが、きっと気のせいだろう。暇にあかせて毒物試食体験なんて、していなかったと思うことにした。



 アーデルバードを出奔した時は春真っ盛りだったのに、戻ってきたら、すっかり初夏の装いになっていた。街に着いて、まっすぐにワインのおっちゃんの家を覗いたら、笑われたのは言うまでもない。パドマはヤギ乳をもらってから、唄う黄熊亭に帰参した。

 マスターたちの熱い歓迎はヴァーノンに譲って、ヤギ乳を鍋に移して、パドマは、やっとひと心地つけた気になった。ここでうっかり寝たら、ヤギチーズが誰かに食べられてしまうので気は抜けないが、ぽかぽか陽気だし、お昼寝にちょうどいい天気だった。だが、まだ火も点けていないのに、師匠がスプーンを持って待機しているので、絶対に気は抜けない。食われてたまるか。

 ヴァーノンにミルクのことをよくよく頼んでから、パドマはママさんの胸に飛び込んでいった。



 その後、パドマは可愛いイレさんたちを食べていたことを知った。唄う黄熊亭で仕入れている品に『パヴァン印のイレサン牛肉』という商品を見つけたと、ヴァーノンが教えてくれたのだ。その他、チーズもあったらしい。

 なんでパヴァン印になってしまったのかは知らないが、牛を見てイレさんと呼んで可愛がっていた人間はパドマくらいだろうから、バイロン牧場の商品だろうことは、想像できる。

 チーズはお土産にもらった物と同じだろう。乳搾りをしているところは見た。毛を撚り合わせて作った紐も見た。パドマは、イレさんたちは、てっきり乳牛なのかと思っていたのだが、肉牛でもあったらしい。まぁ、オスは乳牛にはできないし、そりゃそうかと思わないでもないが。

 心の中では殺さないで! と思っているが、今、パドマの口の中には、イレさんのステーキが入っている。ひいき目ではなく、とても柔らかい美味しい肉だった。もっともっと食べたいが、パドマがあんまり食べたら、イレさんは絶滅してしまうかもしれない。

「イレさんたちのお肉は、美味しすぎる」

 パドマは不穏なことを言いながら、顔を見て涙を流しているし、師匠は何故か、耳上に謎のツノをあてがうのをやめてくれない。イレは困惑しながら、ワインを飲まされている。エールとワインのどっちが肉質が良くなると思う? なんて相談の後に持って来られた酒は、少し薄気味悪い。何処に行っていたのやら、ずっといなかったパドマと師匠に再会できたのは嬉しいのだが、2人はずっとイレを美味しく育てる秘訣について、討論している。意味がわからなかった。

次回、山に遠足に行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ